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21世紀の中国(米中関係改善に向けて)

作者: 板堂研究所(Bando Research Corporation)

 1.中国の急速な発展


 1949年に共産党が国家を設立した中国では、毛沢東の死後、1978年に鄧小平政権発足した頃から「社会主義市場経済」を導入して経済改革・開放を進め、21世紀に入ると外国からの投資が原動力となって世界の生産工場となり、高度経済成長を実現させた。そして2010年には、世界で2番目の経済大国となった。


(1)中国はアヘン戦争(1840~42)以降、西欧列強に侵食を許し、土地や権益の割譲を繰り返してきた。1911年に清国が滅亡した後は、満州事変(1931年)を契機として日本が進出し、1937年には日中戦争が始まった。

 1945年に第2次大戦が終結した後も内戦が続き、1949年に毛沢東を中心に、中華人民共和国が成立。その後はソ連を模範とした中央計画経済に移行したものの、大躍進政策(1958~59)により2000万ともされる餓死者を出し、文化大革命(1966~77)により科学技術や生活水準を停滞させた。


(2)1976年に毛沢東が死去、その後、1978年頃より鄧小平主導の下、改革と対外開放により経済の自由化が進められた。特に1989年の天安門事件と1991年のソ連崩壊により、中国は国際的孤立に陥ったので、1992年、鄧小平は改革開放の大号令を発し、「社会主義市場経済」を打ち出した。その後、飛躍的な高度成長時代に突入し、2010年には世界第2位の経済大国となり、国連分担率も2019~21年の期間、日本を抜き第2位に浮上する事となった。


(3)19世紀後半以来の「屈辱的」とも言えるような歴史を踏まえれば、今はまさに、古代文明にまで歴史が遡る大国のステータスを回復し、また生活水準を飛躍的に向上すべき時代であろう。最近の米中貿易戦争もあり、経済成長率の鈍化に見舞われているものの、宇宙開発の成果を含め、ナショナリズム高揚は否めない。



 2.問題点


 このような中国は、21世紀に入り、マルクス・レーニンの指摘した資本主義経済の古典的問題に再び直面し、国内では所得分配の不平等、対外的には帝国主義的な資源・市場獲得のための拡張主義が指摘されている。


(1)所得の平等、無償の教育や医療による生活の安定など、計画経済時代の恩恵が失われているのに、埋め合わせをしないまま、資本主義的な経済運営にまい進したため、社会にひずみが生じている。国家の運営する企業の比重が相変わらず大きく、社会的弱者は相対的貧困に至りうる。


(東西冷戦時代、西側諸国は、資本主義の問題を別な方法で解決すべく、高い経済成長により生活水準を向上させ、富の蓄積が社会的弱者にも均霑する様、所得再配分を含む社会政策を展開し、福祉国家を目指した)


(2)中国では、人権・人道問題に対する取り組みが遅れがちとなり、国際的な基準に追いついておらず、富の蓄積と共に政治的自由を求める国民との間で軋轢が生じている。これは共産党の一党独裁を維持しようとする体制に典型的かも知れない。


(3)中国は、19世紀あるいは20世紀前半を想起させる様な、拡張主義的な対外政策を採用しがちとなり、特に周辺諸国との間で軋轢が生じている。

 例えば南シナ海の問題に関し、国際仲裁裁判所の判決に従わない等、国際協調的でない姿勢が時として目立つ。


(西側諸国は、1990年代に東西冷戦に勝利したと認識し、その利益を永続させるため、国際的な現状維持路線を追求してきた。他方、21世紀の「テロとの戦い」を踏まえ、国家間の武力紛争や戦争に対する懐疑論が強まった。また2011年頃から激烈な気候変動の時代に入り、国連憲章の謳う様な国際社会を理想とし、国家間の平和共存路線を追求してきた。


 国連憲章第2条4:「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」)


(4)東西冷戦時代に西側諸国の得た教訓に照らせば、中国は国家創立の1949年から1970年代後半に経済改革を導入するまでの約30年間、計画経済時代の「ロスタイム」が足を引っ張っていよう。2019年に建国70周年を迎えるだろうが、資本主義経済を運営する国家としては、この「ロスタイム」を引き算し、40年しか経験のない国と位置づけられよう。



 3.米中間の覇権争い



(1)この様な状況の中で、2017年、米国でトランプ政権が誕生したが、すぐに北朝鮮の核・ミサイル問題が紛糾し、これまでになく両国間の緊張が高まった。しかし2018年6月の米朝首脳会談以降、北朝鮮の核・ミサイル問題に関し、平和的解決を追求する路線が定着した。

 この米朝会談の直後から、トランプ政権は、国際的な最優先的課題として、中国との覇権争いに焦点を移した感がある。すなわち中国が、21世紀前半にも米国を抜き、世界最大の経済大国となる事が予想される中で、露骨な覇権争いに転じ、2018年の夏以降、相互的な関税の応酬等により、激烈に展開する様になった。

 トランプ大統領は、自分の任期中に中国が米国を抜くようなシナリオを容認出来ず、どうしても阻止したいのだろう。

 その余波として、中国の経済に大きな悪影響が及び、習近平政権が打ち出した「一帯一路」戦略にも多大な悪影響が及んでいる。


(2)然るに米中覇権争いが暫く続くため、日本を含む世界経済に悪影響が続くだろうとの悲観論が唱えられるものの、中国の人口動態等を勘案すれば、中国は、結局、米国との間で何らかの形で、短期的に折り合いをつけざるを得ないものと思われる。

 米国国家情報会議の編纂した「2030年 世界はこう変わる」によれば、中国は「一人っ子政策」の帰結もあり、2010年の中心年齢は35才、2030年の中心年齢は43才。経済が飛躍的に成長し得る、ダイナミズムの展開できる時期を、1990年~2025年と捉えており、それ以降は高齢化が進むため「機会の窓」が閉じると予想されている。(それ以降は、インドが飛躍的に発展する由)


(3)その後、中国の「一人っ子政策」は解消されつつある模様だが、この分析が概ね正しいとすれば、中国は、米国との無駄な覇権争いを早めに収拾させようとするに違いない。米中交渉において、早めにある程度の妥協をしてでも、2025年までに残された6年間を出来るだけフルに活用し、中国経済を発展させ、国防態勢を整備し、権益を延ばすのが賢明な選択肢、と判断するだろう。2025年以降は、人口が高齢化してダイナミズムを失う可能性があるので、兎に角、今現在の経済の勢いを出来るだけ保ちたいに違いない。


(4)また中国は、米中交渉を通じ、米国からの外圧を受ける形で、計画経済時代の「ロスタイム」を速やかに解消すれば良いのだろう。経済運営における国際的スタンダードを取り込み、国際法秩序を尊重する姿勢を養い、国際協調主義的な哲学を身につける事が出来れば、一石二鳥と考えられる。



 4.南シナ海問題に関する経済制裁



(1)この様に米中貿易戦争に関し、2国間の貿易不均衡是正の名を借りた単なる「覇権争い」と捉える事は簡単だが、他方、中国が南シナ海で「九段線」を根拠に、特にベトナム戦争の終わる1975年頃から積極的に進出し、周辺諸国との間で領有権、EEZ、漁業権等を巡り大きな問題を起こしてきている。

 これに対してフィリピンが(中国の同意を得ぬまま)常設仲裁裁判所 (ハーグ)に提訴し、2013年に裁定が行われた。その結果、概ねフィリピンの主張が認められ、「九段線」が否定された。

 この裁定には国連海洋法条約に基づく拘束力があるにも拘わらず、中国はこれを拒否し、そのため国際的非難を受ける結果となった。その後、中国はASEANとの関係改善を図っており、「一帯一路」政策を標榜しながら経済協力を積極的に提供し、また南シナ海における行動規範(COC)の策定を図っている。


(2)中国が、常設仲裁裁判所の裁定に違反しても制裁が課せられない事につけ込み、南シナ海における勢力伸長を継続しようとする事に関し、米国等の西側諸国は、国際社会のルールとして重視する「法の支配」の拒否として問題視し、特に中国が経済・軍事等で増々大きな存在感を示している事に鑑み、大いに懸念する結果となった。


(3)然るに米国は、2018年夏以降、貿易不均衡是正措置として中国製品に対する関税を大幅に引き上げ、米中「貿易戦争」が始まったが、見方によっては中国が、南シナ海進出に関する2013年の上記裁定を拒否し、原則的立場を変えようとしない事に対し、独自の制裁を課したものと解釈する事も可能だろう。

 その場合、これは単なる米中の覇権争いではなく、中国が地域の経済・軍事大国になった以上、増々法の支配に応じる必要がある、と米国からのメッセージが込められているのかも知れない。



 5.海軍力の問題



(1)中国は、最近、海軍力の増強に努めているが、歴史的に大陸国の性格が強く、イメージ的に海洋覇権を主張し争う国では従来なかっただろう。それだけに20世紀末からの高度成長を背景に、海軍力を増強し、古代以来(明代の一時期を除き?)如何なる王朝・政権も成し得なかった「海軍大国」のステータスを獲得するのは大きな夢であり「国家100年の計」と呼ぶに相応しいのだろう。それだけに軍部が熱心であり、習近平政権としても支持してきたに違いない。


(ア)中国で帆船を使う様になったのは記録上、漢の武帝時代(紀元前1世紀)にしか遡らず、これに対して古代エジプトでは、紀元前3000年~4000年代から帆船を描いた記録が残っているので、古代の中国文明の遅れた側面に違いない。(歴史的にシルクロードは有名でも、中国海路は遅れていただろう)


(イ)元の時代には、フビライが大船団を日本に送り征服を図ったが、暴風雨により失敗に終わった。(1274年の文永の役、1281年の弘安の役)更に明の時代には、永楽帝、宣徳帝が、南方諸国に朝貢を促すため、鄭和の率いる大艦隊をインド洋一帯に7回にわたり派遣し(1405~31年)、ペルシャ湾岸のホルムズ海峡まで到達している。しかし明代後期の16世紀になると、欧州では大航海時代が展開し、逆にポルトガル人等が東アジアに進出する様になった。また1590年代には秀吉の朝鮮侵攻(文禄・慶長の役)があり、明朝は、李氏朝鮮を救うために大軍を派遣せざるを得なかった。


(ウ)1644年には明が倒れ清朝が成立した。1683年には台湾が中国の統治下に入った。しかし18世紀末から欧州諸国では産業革命が起こり、これを背景に海軍力を増強させながら中国に進出し、アヘン戦争(1840~42年)以降、次々と権益を獲得する様になった。そして日清戦争(1894~95年)では日本に敗北を来す結果となり、東アジアの軍事大国として日本が登場するきっかけとなった。


(2)米国から見た場合、中国の軍事面の最大の問題は、2隻の空母を配備する等、海軍力を急速に増大させ、第2次大戦以来の太平洋における米海軍の圧倒的優位に挑戦している様に見える事であり、中国の南シナ海への進出が刺激剤となってきた。それが「自由で開かれたインド太平洋」の構想に繋がっていよう。

 バイデン政権となり、2020年夏に米軍がアフガンから撤退した今や、米国が影響力維持を図るべき重点地域として、インド洋周辺では、クアッドのメンバーになったインド。南シナ海周辺では、シンガポールを含め、特に大陸を離れた島しょ国家。東シナ海周辺では、日本、韓国に加え、南シナ海と東シナ海を繋ぐ海上交通の要衝たる台湾を選んだ模様である。

 米国は「一帯一路」の戦略に関し、シルクロードの歴史に鑑み「一路」には寛容足り得ても、海洋覇権に繋がり得る「一帯」には抵抗感が強いのかも知れない。従って中国は、米中の覇権争いには経済的側面と軍事的側面がある事を認識し、米中関係の安定と改善に向け、特に南シナ海・東シナ海における海軍の活動に関し、従来と比して突出しない様に抑制するのが賢明だろう。



 6.中国の開発途上国性と「発展する権利」



 米中間の覇権争いに関し、多くの論者に欠けている視点があるとすれば、その経済的な余波であり、中国が未だ開発途上国であり、国民の生活水準を引き上げる為にも「発展する権利」があるのではないか、との視点だろう。至極単純な議論を試みれば、次の通り。


(1)先ず両国を統計的に比較する。


 ........................................(中国)           (米国)

  (人口)       13.9億人       3億2775万人

 (GDP)        12兆146億米ドル   19兆3906億米ドル

 (一人当たりGDP)    8643米ドル      57638米ドル


(2)中国の人口は、米国の人口の約4.24倍である。従って単純に考えればGDPが米国の4.24倍に達しないと、一人当たりGDPも米国に追いつかない計算となる。


(3)然るに米国として経済的な覇権争いゆえ、中国の経済成長を阻もうと目論む場合には、結果的に中国のGDPを抑え、国民一人当たりのGDPを抑え、もってその生活水準を米国以下に抑えようとする事と、ほとんど等価に見えるだろう。

 例えば「中国が米国のGDPを凌駕し、世界一の経済大国になる事を許してはならない」との議論を突き詰めれば、中国のGDPは最大でも19兆3906億米ドルを超えてはいけない事となり、この数字を現在の中国の人口で割った場合、約13950米ドルになるので、一人当たりGDPにおいて米国が4.13倍との水準を維持し、これが許容限度となろう。

 更にこの場合、日本の一人当たりGDPは、41020米ドル(IMF)なので中国の2.94倍となろう。例えば日本人に対して「米国との覇権争いがあり、一人当たりGDPを13950米ドル(隣国の約3分の1)の水準に抑えざるを得ない」と持ち掛けたら、どの様な反応が想像されるだろうか。


(4)更に中国の経済成長を抑制する発想は、中国の人権問題を取り上げる際の根拠となる人権・人道主義に反し、矛盾する結果ともなろう。

 一つの議論としては、中国が豊かになり、国民生活が向上すれば、自ずと政治的自由や人権・人道主義の主張の拡大とその実現に繋がるはずであり、覇権争いの観点から中国の経済発展を抑え込もうとすれば、むしろその芽をつんでしまう結果となろう。

(共産党の一党独裁体制が解消される見込みは当分ないのかも知れないが、現体制の下で、少しづつ国民の自由が広がる事が期待され、時として市民の街頭デモが発生し、信仰の自由には柔軟化の兆しありとも伝えられている)


(5)また中国は米国等の外圧を背景に、2019年3月に「外商投資法」を制定し(2020年1月施行)、外国投資に関し、ネガティブリスト以外の分野で内国民待遇を与え、その権益を保護し、知的財産権を保護する等の措置を講ずる事としており、国内法制を国際基準に見合うよう調整する方針と見られる。従って覇権争いは別問題として、時間をかけながら米国の要望にも可能な範囲で応じようとしており、相応に評価すべきだろう。



 7.北朝鮮問題への余波



(1)中国は北朝鮮の最大の貿易相手国であるが、2017年9月、北朝鮮の6回目の核実験以降、国連安保理で対北朝鮮制裁決議に対して協力的になり、これが経済制裁の強化に繋がった。しかし2018年夏、米中貿易戦争の激化する頃から北朝鮮に対する非核化圧力を弱め、北朝鮮と首脳レベルの対話を密に行い、米国との対話では経済制裁緩和に比重を移し、北朝鮮の友好国の姿勢を鮮明にする様になった。ロシアもこれに同調する姿勢である。


(2)北朝鮮の非核化問題は、中国の姿勢に大きく依存し、転じて米中の覇権争いの推移次第だろう。米国は北京冬季五輪を外交的にボイコットする旨発表したが、朝鮮戦争の終戦宣言実現を企図する韓国大統領が、これに同調しない姿勢を示したのは興味深く、北朝鮮を意識した五輪外交を展開する意図が窺われる。


(五輪本来の目的に照らせば、米国のボイコットへの同調問題も、目的次第で相対化され、米国に対して説明可能だろう。日本の検討材料としては、中国が重要な隣国である事、また東京五輪の際の中国側対応に加え、北京冬季五輪にロシア大統領等の出席が見込まれるならば、日ロ交渉再開あるいは拉致問題の解決に向け、適役と見られる人物を出席させる事も検討に値しよう)



 8.台湾問題



 香港で民主化運動が活発化し、その後、当局により抑えられた経緯もあり、台湾問題が俄かにクローズアップされているが、中国から見て最大の問題は、台湾の蔡英文総統の自立路線だろう。中国空軍が台湾の防空識別圏で示威行為を繰り返す等の展開もあり、「中国は、武力により強引に台湾を併合する事を検討するのでは」との論調もあろうが、蔡総統の任期は最長で2期8年であり、2024年には違う総統が誕生する筈である。

 従って中国としては、次の総統がもう少し親中的な路線を選ぶ事を期待しつつ、それまで(承認問題でせめぎあい、また時折、威嚇しつつ)待てば良いだけの話であり、無駄な武力紛争を自ら起こすとは、とても思えない。



 9.マクロ経済政策上の選択肢



(1)6月の大阪G0首脳会議では米中首脳会談が開催され、その結果、米国は中国に対する追加的な関税措置をひとまず見送る事となり、問題の解決方法を探る間の「休戦」と見られている。


(2)米国の真意が、対中貿易赤字の削減である場合、このため不規則に各取引分野毎に関税引き上げ措置が導入され、その応酬が続くと、米中以外の各国にも及ぶので世界経済に先行き不透明感が強く漂い、成長の大きなマイナス要因となろう。


(3)他方、理論経済学の教科書を開けば、二国間の貿易収支の不均衡は、為替レートが変動可能な場合、その調整を通じて中長期的に均衡に向かう、と書いてあるだろう。そこでこの際、米中間の貿易不均衡の重要な原因として、人民元の対米ドル為替レートにも着目すべきではなかろうか。

 そして中国が世界第2位の経済大国になった2010年以降、世界経済が大きな転換期を迎えたと認識し、米中両国は、人民元と米ドルとの為替レートを実質的に調整する方向で検討する道も探るべきだろう。そして合意に至る場合には、人民元の切り上げを前提に、累次の関税措置を相互に撤廃して貿易戦争を収束させ、可及的速やかに自由貿易体制に戻るのである。


(ア)この様な発想は、1985年に日、米、英、西独、仏が財務大臣・中央銀行総裁会議(G5)の際、ドル高是正のために「プラザ合意」を成立させた事を想起させよう。当時は為替レートが固定されていたので、この様な調整は画期的ながら、十分現実的な選択肢だったに違いない。


(イ)現在の人民元の場合、2005年以降、通貨バスケット制度により決まる基準値の上下2%以内に収める「管理変動相場制」であり、米ドルに対して実質的な切り上げ効果を生む事も、一応、当局の裁量の下にあるものと見られる。


(ウ)中国から見れば、人民元の切り上げは輸出競争力の低下をもたらし、対米国だけでなくグローバルに影響しよう。しかし中長期的に経済が安定軌道に戻る事が見込めれば、米国との関税引き上げ合戦による貿易戦争が無制限に継続するよりも、はるかに望ましい選択肢だろう。また中国の経済力の大幅な上昇を背景に人民元の購買力が高まるので、国家的プライドの観点から歓迎すべきだろう。


(4)他方、人民元の対米ドルレートが切り上げられる場合、米ドル以外の通貨にも影響が及び、世界経済に多大なる余波を中長期的に及ぼすだろう。日本の様な第3国は、米中貿易戦争の収束自体は歓迎すべきだろうが、その手段として人民元の為替レートが調整された場合(中国産品の価格上昇、中国からの観光促進を含め)副作用が如何に及ぶのか、良く見極める必要があろう。

 そして仮に米中間で為替レートの調整につき協議が行われ、合意に結び付く見通しの場合、(昔のG5等の乗りで)関係国でこれを了承、追認する必要があろう。


(5)経済以外のドル高要因


(ア)他方、仮にトランプ政権として、既存の国際紛争や対立関係を利用して更に国際緊張を高め、もって総需要の喚起と景気浮揚に結び付けようとの発想があり、これに基づいて外交政策を練る傾向が有るとした場合、その姿勢自体がドル高を招く事を認識する必要があろう。


(イ)すなわち国際緊張が高まり、危機感が醸成される場合、それはドル買い圧力を招き、米ドルが高値に寄り付きがちとなるので、米国にとっては、中長期的な(輸入促進、輸出減少をもたらす)赤字促進要因となろう。


(ウ)その意味で、マクロ経済政策を活用して中国の人民元と米ドルの関係を調整しようとしても、国際緊張が高い場合には、ドル買い圧力が強すぎて、ドル高是正が達成困難になるかも知れない。


(6)米国の利下げ


(ア)最近、米国の連邦準備銀行(FRB)が、景気過熱対策として利上げするのではないか、との大方の予想に反して、最近、利下げに打って出た。これに対し、市場は、

「トランプ政権は、この9月に対中関税を再度引き上げる第4弾の措置につき発表したが、FRBがこの様な利下げに踏み切る理由は、米中貿易戦争による今後の経済への悪影響が余程大きくなるものと予想し、先行き悲観論が強いからに違いない」と解釈し、これが株価下落に繋がっている。


(イ)ところが解釈によっては、この利下げは、米中貿易戦争に終止符を打つための苦肉の策にして妙案にも見える。すなわち米国の利下げに対し、多くの国が同様の利下げに走る中で、中国が利下げをしない場合には、米ドルが下落し、人民元が上昇する要因となり得るのではないか。


(ウ)もしも米中間で既に、「米国は利下げし、中国は反応せず、利子率を維持する」旨の了解が得られている場合には、少し実験的かも知れないが、変動制の為替レートを前提に、米ドル・人民元の交換レートを元高方向に調整し、もって米国の対中貿易赤字を縮小させる奇策とも考えられる。

 トランプ大統領が「利下げ幅がまだまだ小さい」とコメントする背景には、この様な事情があるのかも知れない。



 10.コロナ時代の停戦



(1)2020年に入り、コロナ新型感染症の影響が広がり、米国でも戦時を思わせる数の犠牲者が出ている。他方、この感染症が最初に発生した中国では犠牲者は累積的に多いものの、収束の兆しが感じられる。

 派生的な大問題として、米国をはじめ各国の経済状況が急激に悪化しており、石油価格や株式市場の低迷に反映されている。リーマンショック以来、いや1929年の大恐慌以来かとの声も聞かれる。


(2)米国では2020年が大統領選の年でもあるところ、この基本的環境の劣悪化を率直に受け止め、コロナ時代を何とか生き抜くため、発想のコペルニクス的転換をすべきだろう。

 歴史をふりかえれば、紀元前1200年頃にはヒッタイト、ミケーネ、ミノア等、地中海の青銅器文明が次々に崩壊したが、一つの原因は疫病と考えられる。また中世のヨーロッパで蔓延したペストは多くの指導者をも犠牲にし、時代転換のきっかけとなった。


(3)現在のコロナ危機は人類共通の敵であり、宇宙人の襲来の様なものである。この際、米中貿易戦争に関し、各国の景気悪化や社会問題の根源的要因であると再認識し、コロナ感染症の沈静化が実現するまでの間、停戦を宣言する英断を行い、その証として米中間に残る貿易制限措置を順次撤回していくべきだろう。

 先ずコロナ感染症の広まった原因に関して、今さら中国あるいはWHOを名指ししても建設的でないので、それを止めて協調・協力路線を打ち出す事から始めたら良いに違いない。

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