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4-1 死者への誓約

未来の銀河帝国だから、兵士によるネット配信とかある。(重力井戸に降りてからアップする)

今、戦列艦に載ってる。これから会戦。うぇーい。

 その日の早朝、ログレス外縁領域アウターワールド第9辺境艦隊に所属するストーム戦闘艇ムスタング号第1班班長レメディア・アーツ少尉は、ひどく憂鬱な気分で起床した。惑星キャメロットのグリニッジ天文台標準時間に合わせた船内時間で、時刻は05:45。機械のように規則正しいと評判を得ているアーツ少尉は、何時もきっかりこの時間に起床している。

 本日14:00よりオベロン号第1シミュレーター室において、王立海軍所属の雷撃挺ネメシス及びリンドブルムの乗員の間で、電脳を用いた仮想空間における対抗演習が行われる予定となっているが、彼女はそれにリンドブルム側操縦士として参加することが決定していた。ちなみに相手側ネメシス号の海尉艦長ピアソン大尉は、レメディア・アーツ少尉にとって長年憧れていた人物である。


 辺境の航路警備艦隊とは言え、仮にも銀河帝国の将校であるアーツ少尉には、複数の部屋からなる個室が与えられている。

 起床してまずは洗顔と歯磨き。次いで牛乳を飲んでから入念なストレッチを行う。シャワーを浴びてからアイロンを掛けた制服をきっちりと着込むと、鏡には、目つきが鋭く堅苦しい雰囲気の、よく言えば、年齢の割には威厳のある女性軍人の姿が映っていた。


 身だしなみをチェックしたアーツ少尉は軽くうなずいてから、乗組員用の食堂へと向かった。スクランブルエッグとトースト二枚、オレンジジュース。普段どおりの朝食を口に運ぶアーツ少尉の耳に、対抗演習を話の種にしている乗組員たちの噂話が耳に入ってきた。

 ピアソン大尉とクイン大尉。両艦長のどちらに勝利の女神が微笑むか、どうやら下級船員や下士官たちが賭けを行っているらしい。自身が野次馬の無責任な賭けの対象となっていることに気づいたアーツ少尉は、眉間に皺を寄せたが咎めなかった。


 戦時には強制徴募の憂き目にあう銀河帝国の宇宙船乗りにとって、乗り込む先となる艦が何処になるかは、文字通り命を左右する。戦時と言えば、ログレスは一年を通して戦争状態にあるのだが、高の知れた小国相手の局地戦や海賊討伐、地方反乱なら兎も角、列強相手の衝突やノマド相手の会戦ともなれば、時にログレス全土で宇宙船乗りたちに大規模な動員が掛けられる。

 列強同士の本格的な戦役ともなれば数十万、数百万単位の宇宙艦艇が複数の星系、星団に跨る広大無辺な戦線を形成し、高度な訓練を受けた若い男女が、それも国家で最も勇敢で優秀な層が、百億単位で喪われる。


 ある程度、国力の拮抗した星間国家同士の戦争で戦場に赴く宇宙船乗りが生き残れるか否かは、乗り込んだ艦の艦長に一重に、とまでは言わないが、大きく懸かっている。フリゲートは愚か、戦列艦すらも蒸発する修羅の巷で、中小の艦艇を巧みに操り、時に巧みな駆け引きや詐術を駆使して生還した腕利き艦長たちの逸話は、宇宙港に面した繁華街に足を向ければ、何処の酒場でも聞くことが出来るだろう。

 それだけにオベロン号の乗組員たちにとっても、若き艦長たちの対抗演習は他人事ではなかった。いかに迷信深いと言われようとも、宇宙船乗りは常々、神に祈るし、艦長の運の強さに一方ならぬ関心を寄せてもいる。


 普段から無愛想なアーツ少尉だが、今日は一段と機嫌が悪そうに口元をへの字に曲げていた。

 ログレスは強大な星間国家だが、その戦力は銀河全域に手を伸ばすにはあまりにも限られている。

 戦力が拮抗する領域であれば如何な敵にも引けを取らぬ王立海軍とて、戦力の手薄な星域では一敗地に塗れる事態は当然に起こりうる。アーツ少尉の父親もそうして戦死していた。彼女の生まれた惑星は現在、辺境の蛮夷ヤールに脅かされており、ログレスは当該星域で未だに蛮族の艦隊と睨み合っている。

 ヤールの侵攻時、王立海軍の主力は強力な異星種族メル・セヴェリスと国境付近で大規模な会戦を行っていた。

 数万隻のHMSを動かし、膨大な人命と資源を湯水のように蕩尽して8年も戦った挙げ句、当該戦域の星々を粉々にしただけで決着もつかずに痛み分けという結果で終わった恒例行事の大会戦は、しかし、浪費した艦隊戦力のほんの一部でも廻されていれば、辺境サファイア領域に侵攻してきた蛮族を鎧袖一触に粉砕できた筈であった。


(私の人生は、一度だって思うように運んだことなどない)

 鉄面皮を維持しつつ、アーツ少尉は内心で愚痴っぽく思った。

 王立海軍では、艦艇勤務の海尉を採用するに当たって艦長に一定の裁量が認められている。

 先日、アーツ少尉は、かねてより尊敬するピアソン大尉の知遇を得たいとオベロン号の賓客たちが出席する夕食会へと赴いた。創設以来、海賊と戦い続けているピアソン一門は半ば伝説的な家系であり、銀河帝国に数ある軍人貴族のうちでも屈指の名門として、武門の家柄の婦女にとっては正しく憧憬の対象となっている。


 艦隊勤務を勝ち取りたいとまでは思わなかったが、胸を高鳴らせて会食場へとやってきたアーツ少尉は、しかし、偶像であるピアソン大尉を前にして、緊張を隠しきれなかった。

 元より、やや権威主義的なパーソナリティの持ち主であるアーツ少尉であった。加えて、辺境惑星出身のコンプレックスと、騎士階級の子女として純朴な箱入り娘の側面もあって、今ひとつ図々しく成りきれない。ピアソン大尉と総督府の高級役人の会話に入り込めず、話しかける機会を伺いながら、落ち着かない犬のようにウロウロしている間に、後からやってきた同僚たちに先を越されてしまう。


 忌々しきは僚艦ピーコック号のロックウェルとコッパード。真っ先にピアソン大尉に話しかけたのは、ロックウェル准尉だった。

「我ら両名、閣下の旗の下で戦いたいのです」

「何卒、閣下に忠誠を捧げることをお許しください」

 アーツ少尉の知るロックウェル准尉とコッパード曹長は、確かに平民出としては珍しく、硬質の雰囲気を纏う娘たちだった。しかし、それにしても高級役人や王立海軍の艦長を前にしてもまるで物怖じせず、自らを売り込めるほどの豪胆さはなかったように思える。ほんの2、3年前までは学生であった二人だ。出身地も貴族が殆んど実権を持たないリベラルな惑星で、辺境警備艦隊の勤務に就いてからも、交渉で場数を踏むような機会に恵まれたこともなかった筈。


 それが目上の人物に対して気後れは愚か、欠片の躊躇いも見せず、完璧な礼儀を守りながら、堂々と忠誠を誓約し、そしてピアソン大尉も、あっさりと托身を受け入れた。

 まるで仕えるべき主君に出会った放浪の騎士のように厳粛な雰囲気さえ漂わせて跪くロックウェル准尉とコッパード曹長、そしてその肩に剣を当てたピアソン大尉の姿は、一枚の絵画のように様になっていた。


 正直なところ、眼前で見た光景はアーツ少尉が幼い頃から憧れていた場面でもあった。夢見がちとは自覚しつつも、仕えるに相応しい主君と巡り合う機会を望んでいた身としては、同僚に先を越された衝撃を隠しきれずに呆然としても仕方ないではないか。

 おまけに放心して固まっている間に妙な男に捕まってしまい、何故か、なし崩しに操舵手を務める事になってしまった。

 それが隣の男、クイン大尉。いやしくも王立海軍の士官でありながら無精髭を生やした妙に馴れ馴れしい態度の青年士官であった。多分、いや間違いなく平民であろう。


「よう!アーツ君。探したぜ!」

 王立海軍は、基本、海尉に対して男性、女性、(植物型の)雌しべ、雄しべに単性生殖、知性機械を問わず、全て敬称としてミスター付である。

 食堂へとやってきたクイン大尉は、でかい声でアーツ少尉の名前を呼んでから、断りもなく隣の席へと座り込み、気安い態度で肩を叩いてきた。

 露骨に嫌そうな顔をするアーツ少尉に気づかないほど鈍感なのか。気づいても気にしないほど無神経なのか。給仕に対してアイスクリームとコーヒーを注文したクイン大尉が「朝食はもう済ませたんでな」と親しげな態度で頷いた。


「君がいてくれて助かったぜ」

 身を乗り出したクイン大尉が言葉を続けた。

「腕の良い操舵手が欲しいと思っていたところだ」

「今回だけです」とアーツ少尉は素っ気なく言った。

「それで結構」クイン大尉は、ニヤリと笑った。

「操縦をひと目見たときから、欲しいと思ってたんだ。あのムスタング号の操船は君だろ?」

 アーツ少尉の表情筋は殆んど動かない。他人に認められて嬉しくない訳ではないが、感情をそれほど表に出さない気質だった。

「ストーム戦闘艇と雷撃艇では違います。期待に添えるとは限りません」

 アーツ少尉のやや無礼に見える素っ気ない態度にも、クイン大尉は腹を立てた様子もなく言葉を続ける。

「正直言って、士官抜きで戦うのはきついからな。シミュレーション記録も見せてもらったが、君は良い腕をしてる」

 小型艇の操縦であればそれなり以上の自信は持っているアーツ少尉だが、仮にも軍艦に属する大型艦艇とでは、色々と勝手が異なっている。ストーム戦闘艇であれば、手足のように操れる。そう断言できるアーツ少尉も、雷撃艇となると一応、操船を修得していると言える水準でしかない。仮想空間であれば問題なく動かせる程度には習熟しているものの、熟練の操舵手に勝てると思うほど自惚れてはいない。

 演習までに少しでも慣らしておこうとシミュレーター室へと向かうアーツ少尉だが、食事を終えても、クイン大尉は彼女の背中を追ってきた。


 演習1時間前には、最後の打ち合わせが残っている。それまで精々、研鑽を積もうと演習場でもあるシミュレーター室へと足早に向かうアーツ少尉だったが、クイン大尉はクルーと合同で訓練するべきだと主張した。

 高度に洗練されたシミュレーターは、単身で訓練している兵士も、即日で船の一員として協調できるよう設計されている。が、やはり顔を合わせなければ、息が合うという水準には中々に至らない。

 クイン大尉の言葉の正しさを認めたアーツ少尉は、共に回廊を歩きながら小さく肩をすくめた。

「元々、ピアソン大尉に腕を見てもらいたくて会食に出たんですけどね」

 中層へと通じるエレベーターが見えてきた。

「隣りにいるのが、貴公子でなくて残念だな。アーツ君」

 エレベーター前に立ち止まったクイン大尉が、アーツ少尉に向かって笑いかけた。

「そこまで贅沢は言いませんが……」

 アーツ少尉もわずかに苦笑を浮かべた。


 階級上は差があるとは言え、王立海軍と辺境軍では所属も指揮系統も異っている。元々、辺境艦隊は、正規の軍人と言うよりも軍属に近い。気安い口を叩こうとは思わないが、出会ってから2日。少しは気心も知れている相手にアーツ少尉は一つ、忠告することにした。

「ソームズ中尉は手強い相手です」

 エレベーターに乗り込みながら、低い声で呟くように告げた。

「ソームズ?」心当たりが無いのか。クイン大尉は怪訝そうな表情を見せた。

「マーシャ・ソームズ中尉。ピアソン大尉の副官です」

 アーツ少尉は、前を向いたまま、恐らくは操舵手として自分の相手になるだろうノマドの顔を思い浮かべた。

「……あのノマドの娘か」

「ヘクトルの反乱はご存知ですか?」とアーツ少尉。

「たしか戦列艦ヘクトルの艦長が、母星の分離主義勢力に加担した事件だったか?」

 やや自信なさげなクイン大尉の返答にアーツ少尉は頷いた。

「近衛艦隊の戦列艦ヘクトルが反乱に加担した際、分離主義者の封鎖線を破って本国へ反乱を知らせたのが彼女です。一介の士官候補生だったソームズ中尉はスクア戦闘爆撃機を奪ってヘクトルから脱出。その際、追手に掛けられたモスキート戦闘機3機を返り討ちにしています」

(ノマドは空間認識能力に関して最高の資質を有している。私がソームズ中尉に勝てると思っているものはいないだろう)

 クイン大尉の沈黙を当然と思いつつも、アーツ少尉はほろ苦い想いを抱いた。

「ソームズ中尉は王立海軍でも最良の部類のパイロットであり、最良の操舵手の一人です」

 言ってから、微かに悔しさの滲んだ口調でアーツ少尉は客観的な事実を口にした。

「認めたくはありませんが、私はソームズ中尉に及ばないと思います」

 しかし、クイン大尉は即答した。

「だとしても、俺は君がいい。アーツ君」


 

 穏やかな青の照明がシミュレータールームに隣接する観覧室を照らしていた。閲覧室に足を踏み入れたコッパード曹長は、僚友のロックウェル准尉が先に来ていたことに気がついて微かに瞳を細めた。 

 シミュレーション内容が表示されている水晶のピラミッドの前で、長身のロックウェル准尉が腕組みをして佇んでいた。水晶にコッパード曹長の影が映ると、ロックウェル准尉も小さく頷いた。

「閣下は?」コッパード曹長の問いかけに、ロックウェル准尉は背後であるブラインドに閉ざされた貴賓席の人影を見上げた。

「貴賓室でご覧になる、と。丁度、対抗戦前に最後の調整に入ったところだよ」

「では、我々もマクラウド中尉のお手並みを拝見するとしよう」コッパード曹長が頷いた。

 ロックウェル准尉の隣に並ぶと、着席せずに、立ったままガラス越しに展開される設定画面を注視する。

「マクラウド中尉か。どのような人物かな?

 何度か、蒼い髪の子供と一緒にいるのを見たけれど」とロックウェル准尉。

「その子は解放奴隷だね」とコッパード曹長が答えた。

「奴隷?」やや怪訝そうなロックウェル准尉。

「外縁人によって船内に持ち込まれていた。伯爵閣下への直訴で解放されたと」とコッパード曹長。

「嘆かわしいな。ログレスの勢力圏でさえ、奴隷商人や海賊どもは蔓延っている」

 ロックウェル准尉が、苦い表情でかぶりを振った。

「とは言え、私たちに何が出来るわけでもないが……悔しいな」

「そう、だからこそ、でしょう?」

 呟いたコッパード曹長の横顔をロックウェル准尉が眺めた。

「ピアソン大尉なら、私たちと違い、海賊と戦う力を持っている」コッパード曹長は淡々と言葉を続ける。

「そうなると良いね」腕組みしたまま、ロックウェル准尉は、小さくため息を漏らした。

「ちっぽけな命であっても、やはり出来れば捧げるに値する大義の下で戦いたいからね」


 彼女たちは奴隷制や海賊、無法者を嫌っている。しかし辺境軍の一下士官、一准士官に過ぎない自分たちに何が出来るわけでもないことも重々承知していた。

 銀河帝国は、あまりにも広大無辺で、数億の恒星系に及ぶ領域の隅々に目を光らせることなど王立海軍であっても到底、不可能であった。戦力は常に限られている一方で、海賊はそこに経済的利益が生じる限り、砂漠の砂のように尽きることはない。


 さらに銀河帝国内部の政界は、無数の民族やイデオロギー、学閥、宗教と文化が入り乱れており、極めて混沌とした情勢を形作っていた。貴族や政治家たちは常に地元に利益を誘導しようと目論み、企業と資産家たちは自らの利益のために政策に介入しようとする。王室の権威とログレス議会に伝統的な適切な妥協から、機能不全と言うほど状況は悪くないが、経済と政治の力学が常に軍事力を制約している。


 海賊との戦いに命を懸けてもいい。理想に燃える若者の英雄願望であれば、きっと良かったのだろうが、実際には彼女たちの闘争心は、もっと昏く陰惨な心象の産物だった。


 未熟だった二人を逃がすために海賊を足止めし、捕虜となった僚友がいた。美しかった彼女は、四肢をバラバラにされ、脳と僅かな神経、骨だけで生かされ続けた挙げ句、助けられた後も死を懇願し続けた。

 なんの罪もなく攫われた辺境惑星の親子は動物や虫、機械とかけ合わせた姿に成り果て、家畜として売却され、言葉も奪われるままに使役されていた。

 海賊船の降伏を詐術だと主張していた下士官は、しかし、接収を間抜けな新任士官に命令され、砲撃のプラズマに飲み込まれて、連絡艇ごと気化した。

 気のいい二等兵は、銃撃戦の硝煙と閃光の中、大口径ブラスターで骨まで燃え上がった。


 人道主義者は、海賊であれば女子供でも殺害する二人を非難するだろう。平和な故郷で暮らす家族や友人は、今のコッパードやロックウェルの行動を知れば忌避するかも知れない。だが、構わない。海賊と戦う。死んでいった者たちの無念を晴らす。命と引き換えにしてでも、一匹でも多くの海賊を殺す。それが敷いては故郷の友人や家族を守ることにも繋がる。


 海賊共がのうのうと大手を振って生きていることに我慢ならない。出来ればこの手で一人でも多く駆逐してやりたい。

 だが、辺境軍の一兵士がいかに奮戦しようとも、相手が海賊か、蛮族か、反乱軍かは分からないが、おそらく無益に死ぬだろうと理解している。

 しかし、心底では、いずれにせよ死が避けられないのであれば、いやなればこそ精々、命を有効に活用したいとも願っていた。


 ピアソン大尉はどうだろうか。彼の一族は、海賊と戦い続けてきた家系だ。

 名将とまでは期待出来ないかも知れないが、腕利きの艦長であり、優れた戦術家であるのは間違いない。彼の一族に纏わる逸話が半分でも真実ならば、身命を託すに足るのではないか?


「ザラの状況は極めて厳しいと言わざるを得ない。場合によっては、君たちに死んでもらうこととなる」

 古くからの軍人貴族の末裔、J・A・ピアソン男爵は言葉を飾らなかった。

 余人には奇妙に思えるかも知れないが、ロックウェル准尉も、コッパード曹長も、その言葉に酷く満足感を覚えた。

「忠誠の誓約を立てる前によく考え給え。生涯を海賊との闘争に捧げることになるかも知れん」

「それを望んでいます」「それこそが我らにとっての喜びです」

 共に戦って死ぬもよし。例え、勝利かヴァルハラかを迫られる戦況で捨て駒になろうとも、連中を道連れに出来るなら構わない。生き延びて、ピアソン大尉の旗の下で海賊を狩り続けることが出来るなら、なお言うことはない。


 ピアソンの父祖が残した戦場での伝説と公式記録とが、積み上げた敵兵の万億を数える骸が、彼が武人にとって身命を捧げるに相応しい一族の末裔を証立てていた。

 ログレスの軍人貴族は、死者を裏切らない。過去、戦場において捧げられた歴代ピアソンと死んでいった将兵の血が、伝統を築き上げ、末裔であるピアソン大尉の魂を形作っている。

 人によっては呪詛と見做すやも知れぬ。しかし、ロックウェルやコッパードのような人種にとって、それこそが、血塗られたアーレスの祝福であった。

 銀河文明の時代、立憲君主制であるログレスにおいて尚、一部軍人たちに息づいている封建制の伝統とは、このようなものだった。


 ピアソン大尉が正義を掲げて戦場に立つ限り、ログレスを脅かす敵と戦う限り、二人はピアソン大尉に仕え、その剣となり盾となって戦う。その代りにピアソン大尉は、二人が命を懸けるに相応しい敵と戦場を用意し、そして死に場所を与える。それが貴族としてのピアソン男爵と二人が結んだ庇護と奉仕の契約だった。







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― 新着の感想 ―
[良い点] クイン大尉が噛ませっぽいところ [一言] サー、マクラウド中尉の成長が見たいであります。
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