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3-32 壊滅

今日3回目 ラストー


 歴史上、抑圧を受けてきた者たちが力関係を逆転し、自らが力を振るう立場に立った時、一転、過度な残酷さを持って統治に当たるのはまま在る事例だった。復讐、或いは権力という甘美な味わいの美酒には、理性を麻痺させる働きがあるのだろうか。如何な行いも正当化できる立場に立った時、己を抑制できたものは意外と少ない。

 下層区画の薄暗い倉庫では、メルト自由軍の兵士たちが、まるで家畜でも処分するかのように冷酷にトートメンを処理していた。しかし、実際には襲撃者たちは殺戮を楽しんではいない。多感な時期に殺すか、殺されるかの環境で育ってきた若き男女たちは、敵を遇するに他の方法を知らなかった。


「もう、いい。ここまでだ」

 指導者であるシシ准将が制止命令を一言、告げた。メルト自由軍の兵士たちがあっさりと処刑を止めたのは、感情に拠ってではなく、ただ作業として処刑に当たっていたからか。

 床に転がる処刑されたトートメンの亡骸を眺めながら、部下たちを止めたシシ准将は杖を付いてゆっくりと生き残りの捕虜たちへと歩み寄っていく。

「……滅茶苦茶しやがるな」生き残ったトートメンの一人が毒づくように吐き捨てた。

「敗者は代償を支払わねばならない」

 冷淡に告げたシシ准将がトートメンの眼前に手を伸ばし、マスクを剥ぎ取った。

「お前が仕入れ担当者の一人であることは知っている。オベロンから余剰物資やエネルギーを払い下げられていることも」

 メルト自由軍に内情を把握されていたことが衝撃だったのか。息を呑む気配とともにシシ准将に言葉を掛けられたトートメンが微かに肩を震わせる。

 トートメンの思惑を見透かすように覗き込んだシシ准将が、視線を逸らさずに低い声で告げる。

「卸のルートを貰おう。それで手打ちにしてやる」


 しばらく沈黙していたトートメンだが、是とも否とも告げずに淡々と問い返してきた。

「お前ら、保安隊が恐くないのか」

 質問を受けたシシ准将は、さも意外そうに軽く目を見開いた。

「通報するかね」

 くつくつと笑ったシシ准将にトートメンが苦い表情を向けた。

「やりすぎだ。当局が介入してくる」

「司法が助けてくれるかね」

 感情の伺えない掠れた声で告げたシシ准将は、船の天井を見上げてから何処か穏やかな微笑みを浮かべた。

「お前たちも殺しただろう。些か加減を誤ったかも知れんが、いみじくもお前たちが我らに警告したように、下層区画で難民が殺し合おうが銀河帝国は関与しない」

 トートメンはしばらく絶句していた。静かに笑みを浮かべたシシ准将は好々爺そのもので、何も知らなければ、とても直前まで虐殺の指揮を取っていた人物とは思えないだろう。

 トートメンが目を閉じた。ゆっくりと喉から声を絞り出すようにしてシシ准将に質問する。

「……俺たちの縄張りを荒らしたのも、激発するように動いたのも、誘い受けだったのか?」

「さて、な」シシ准将は、微かに目を細める。


 問答する指揮官の後ろ。メルト自由軍の兵士の一人が、腰の通信機に手を伸ばした。残余のメンバーに対して、作戦の成功と終了を伝えようとしたのだが、しかし、無線が通じないことに気がついた。

「電波障害のようです」

 きっとオベロン号の各階層を隔壁のごとく遮る防護力場の仕業だろう。

 ジャミングの可能性は低いが、一応は仲間に警戒するよう伝えようとした直前、制圧したトートメンの根城を探索していた兵士が一人、仲間の元へと駆け寄ってきた。

 彼の腕の中には裸の。少年とも少女ともつかぬ、小柄な人影が毛布で包み込まれてぐったりとしていた。


「……ロロ」

 60階上の階層にある豪奢な会食場。ユル・ススが自らの腕をギュッと抱きしめて低くつぶやいた。

 立体映像に僅かなノイズが混ざった。『作戦が開始されました』同時に空中に表示されていた赤色のカウントが0:00となって消え、代わりに緑色のカウントが0:01から増えていく。

「ショータイム」ミュラ少尉が何処かでそう嘯き、アンドロビッチ船長が酒盃を掲げた。


 シシ准将は、毛布に包まれ、抱きかかえられたロロへと歩み寄った。

 虚ろな目をしてぼんやりと見上げている少年の額にそっと触れる。暖かさに目を見開いたロロの額をシシ准将は優しく撫でると、穏やかな声をかけた。

「よく頑張ったな」

「……准将」

「さあ、君の家に帰ろう」告げたシシ准将が、次の瞬間、体を大きく震わせた。白目を剥き、食いしばった口から鮮血を吹き出している。額から血が流れ落ちた。

 

 叫びよりも早く、銃弾の雨が降り注いだ。レーザー。そしてブラスターの攻撃を示す閃光の煌めきが昏い倉庫の壁を照らし出した。

 倉庫の一角。扉を蹴り破って武装した一団が突入してきていた。


  レーザー銃そのものは不可視の光速射出兵器であり出力も一瞬に過ぎないが、空間の塵を燃やすために埃の浮かぶ土壌で弾道の痕跡が微かに空中に残されることがある。またレーザー光線を可視化するゴーグルも、レーザーの弾道を分かりやすく視覚に表示した。

「外の見張りは何を!?」叫んだメルト自由軍の兵士が太腿をレーザーに穿たれ、床に転倒しつつも、歯を食いしばり、物陰に転がりながら反撃へと移行した。

「敵襲!勢力7から10!西口!」

 この場合の西は便宜的な代物であり、船内を惑星に見立てて、進行方向(12時の方角)を北、右舷(3時)を東。左舷方向が西であり9時と方角が設定されている。数と場所を告げる声が響いたその瞬間には、練度を誇るメルト自由軍の兵士たちは既に態勢を立て直しつつあった。奇襲を受けた倉庫の西口(9時方向)エリアから素早く後退し、有利な交戦地域を確保しつつ、連携可能な位置を維持して戦線を構築していく。

「トートメンの新手か!」敵の標的に成りにくい位置に散開し、敵の侵入口である扉に対して遮蔽と射線を確保したメルト自由軍が、素早く猛烈な反撃を開始する。


(およそ5秒。早い、もう立て直した)戦闘能力を分析するソームズ中尉の通信にミュラ少尉が補足を付け加えた。

(戦闘員17名は全員、連携し、援護しあえる位置についていますね。5名は救出した味方捕虜を確保して後退。銃撃の精度も高い。やりますね。ですが……)

 メルト自由軍によってマシンガンを撃ち込まれ、床に叩きつけられても、突撃してきたトートメンはなお立ち上がって反撃を続けている。

 銃撃戦に完全に拘束されているメルト自由軍の後背で、扉が煙を上げて吹き飛んだ。

「東からも!挟撃されるぞ!」

 さらなる新手。トートメン以外の兵士も若干、混ざっている。


「船舶の下層で雇った傭兵たちです」

 上層の会食場では、ケンダル士官が傭兵たちの顔写真と経歴をデーターに表示しながら、上司たちに説明していた。

「連中は、真の雇い主を知りません。金を払ったのも、顔を合わせたのも、トートメンにいる我々の協力者を経由しています」

 アンドロビッチ船長が、眠くなったのか。とろんとした目で眼の前のグラスにスピリッツを足しながら、ケンダル士官にうなずいていたが、ピアソン大尉に向かって説明を補足した。

「先々代の船長の頃から、密かに協力しているのだよ。もっとも、トートメンの頭目も仲間の一人が船とここまで密接なコネクションを保持しているとは知るまいがね」


 メルト自由軍は、敵に対して銃弾の雨を浴びせていた。遮蔽物の多さ、判断の速さ、連携の巧みさ、メルト自由軍の練度は、烏合の衆と屍兵士の混成軍である襲撃者を遥かに凌駕しており、被弾率は比較にならない。しかし、それも戦局をひっくり返せるほどではない。


 新たな襲撃者側の継戦能力の高さ。銃弾を受けても、重装甲を纏っている屍兵は容易く崩れず、さらに言えば、保有する火器と弾薬に圧倒的な物量差が存在していた。

 トートメンの新手も多少の損耗は受けるだろうが、メルト自由軍は完全に包囲され、かつ撤退も補給も不可能な状況に陥っており、覆い返すことがほぼ不可能な戦術的窮地に追い込まれていることを状況を俯瞰している者たちは確信する。


 至近での銃撃戦になろうとも練度の高いメルト自由軍は、そう容易くは崩れない。しかし、それは勇敢だが、無意味な戦いであった。

 ミュラ少尉が24体の屍兵士に指令を送り、高度に操作する一方で、奇襲に混ざったソームズ中尉は手元のライフルを微調整していた。

 完全に背景に溶け込んだソームズ中尉は、特に高密度の交戦がなされているエリアを定めると、遮蔽を保ちつつ陣形の要として機能しているメルト自由軍の兵士に割り出した。

 スコープは必要ない。戦士として、宇宙船の生体部品として遺伝子操作されたノマドの生身の視力は、地球上の猛禽類さえも遥かに凌駕する。宇宙の彼方に塵を視認する水準の視力で狙いを定めると、引き金に指を掛けゆっくりと絞った。

 銃火に晒されながらも、辛うじて持ちこたえていたメルト自由軍の兵士が肩を撃ち抜かれた。

「くそっ……たれ」

 舌打ちしつつも、それまで敵を釘付けにしていた勇敢な兵士はなおも反撃を続行した。

 如何に応急処置が発達しようが戦闘能力低下は避けられない筈が、電子頭脳の補助もなく、後方の兵士が負傷した兵士を庇いながら、後方の兵士が役割を交替するかのように派手に銃弾をばら撒いて連携を機能させる。メルト自由軍の連携には、殆んど一瞬の衰えも起きなかった。

「下手くそが」

 口の中で罵って、撃ち返す。メルト兵士の一撃が屍兵士の顔面を打ち抜き、流石に不死身の怪物も耐えきれずに『戦死』した。

(屍兵士の耐久力37%低下。脱落個体2-b、3-R)ミュラ少尉が戦況を報告する。

(恐ろしく強いな。牽制役が負傷した瞬間、瞬時に交代に移った。あの連携は容易くは崩れまい)

 ソームズ中尉であれば、単独でも容易くメルト自由軍を殲滅できただろう。だが、彼女はそれをしない。メルト自由軍の兵士の戦力を。もっと言うならば継戦能力を僅かに削って戦況を拮抗させる目論見を持っていた。屍兵士が全滅し、傭兵の3割が損耗するまで状況を膠着させるよう戦闘状況をコントロールし続ける。

(メルト自由軍には今日、この場で壊滅してもらう。そして生き残った者たちも、ログレスの介入に気づくことはない。だが、思っていたよりも困難な仕事になるな、これは)



 地球系人類。特に欧州諸国の流れを多く汲む旧世界オールドワールド諸国において、高級将校は外交官を兼ねると見做されている。中でも、宇宙艦艇艦長の任に就くものには広範な知識と教養が求められており、特にログレスは国風としてインテリジェンスを重視している。

 銀河帝国ログレスの士官であるピアソン大尉がもっとも危惧し、警戒していたのは、シシ准将の言動から読み取れる思想と行動原理であった。

 公的な教育機関が失われた難民の共同体において、子どもたちの知の欠如を避けるために、有力な武装勢力の構成員が教職を務めることは、地球時代からままある事例であった。

 メルト至上主義。状況によっては容易く反ログレス主義となりえるだろう思想を戴く武装組織がメルト人のうちで主流派を占め、子どもたちに反ログレス主義を刷り込むことは避けたかった。伝統とは良くも悪くも民族意識の形成に大きく働きかける力を持っている。

 たかが一千人に満たぬとはいえ、相互補助組織として纏まれるだけの人数を確保したオベロン号のメルト人解放奴隷たちは、これから惑星ザラに根付いて地歩を固めていく可能性が高い。銀河帝国直轄地である惑星ザラは希少な鉱石を産出する資源地帯であり、中央から豊富なログレス£が流入している経済的に豊かな有人惑星である。そして近隣星域には数十万、数百万のメルト人奴隷たちが流通しており、彼らと合流する可能性もあった。

 ピアソン大尉の分析するところ、この解放メルティアン奴隷の集団は、民族再興運動の中核となりうるポテンシャルを秘めており、注視に値すると判断している。

 伝統が再び形成されようとしているこの時期、民族再興の礎となるもっとも重要な黎明期において、シシ准将とメルト自由軍主要メンバーの死を持ってして、メルト人難民の主流は穏健派が握ることになる。子どもたちは、少なくともログレスに対して中立的な大人たちによって教育されるだろう。

 国家にとっては永遠の友も永遠の敵もいない。シシ准将がログレスへの恭順と利用価値を示すならば、ピアソン大尉としてはメルト自由軍と接触し、一定の援助を行っても構わなかった。ログレスへの敵意。ただそれだけが問題であった。それさえなければ、例え、メルト人が元の母星の移民たちに対して、テロリズムまがいの武力闘争を挑もうとも、統治外の領域で海賊行為を仕掛けようともピアソン大尉の関知するところではなかった。

 

 難民が武装勢力に支配され、子どもたちが力を信奉する思想を刷り込まれるのは、必ずしも悪とも言い切れない。武器を取る人生が幸福とは言い切れまいが、しかし、世の中の白黒は容易に区別がつくものでもない。戦わなければ勝ち取れない状況も確かに存在している。だが、銀河帝国に対して反意を抱いている武装勢力が子どもたちを教育する事態だけは、断じて望ましくない。


「君にとっての脅威も此れで消え去ることになる」

 ピアソン大尉の淡々としたつぶやきに、メルト人の少年は硬い表情でうなずき返した。

 ユル・ススは、ある意味でメルト自由軍を滅ぼした。ユル・ススが集めた情報と分析が結果としてメルト自由軍の面々を殺したことは生涯、忘れられないに違いない。そしてピアソン大尉も忘れてはくれないだろう。


 立体映像が示す戦況図が切り替わり、現状に至るまでの全ての事象が画面に表示された。

 トートメンに潜り込んでいたエージェントが傭兵を雇用し、反撃を行うまでの一連の交渉と資金の流れ、武装の調達。そして戦闘状況が時系列と共に示されている。

 現在戦闘中のグループの大半は、元々、死体だが、残りは生身の傭兵であり、トートメンに雇われてメルト自由軍に反撃を行っている。

 メルト自由軍を相手にしたはトートメン。メルト自由軍も、トートメンの構成員も、現在、倉庫で死闘を繰り広げているほぼ全員が事態の流れをそう認識しているに違いない。そして、その事実を情報として拡散するための要員として、作戦に参加し、生き残る傭兵が数人は必要だった。


 シシ准将は額からおびただしく出血し、虚ろな目付きで床に崩れ落ちている。

 屍兵士は、文字通り不死身に近い生命力を発揮していたが、一方のメルト自由軍の兵士たちにも、数箇所を被弾してもなお戦い続けている者が幾人となく存在していた。

 膠着状態に焦れたのか。傭兵の一人がブラスターライフルを取り出した。遮蔽と防護スーツを貫通し、直撃したメルト自由軍兵士の肉体が高温に拠って松明のように炎上する。


 しかし、傭兵たちも中央を確保しつつあるものの、其れ以上は進めないでいる。

 襲撃した傭兵の一人が、床に転がっている生きたトートメンを物陰へと引きずり込んだ。拘束している繊維を切断し、自由を取り戻したトートメンが苦い表情で腕を動かした。

「遅れてすまんな」

 傭兵の言葉にトートメンが方をすくめた。

「全くだ。頭目が死んだ」

「おや、まあ。お気の毒に」全く気の毒と思ってなさそうな飄々とした口調で傭兵が言った。

「もう少し早く来てくれると助かったんだがね」



 画面には、メンバーの経歴や戦闘能力が表示されていた。ピアソン大尉も知らないことだが、実際には、オベロン号の諜報員がトートメンに潜り込んだのではなく、トートメンのうちにオベロン号へ協力するものがいる。協力者は生まれついての純粋なトートメンの一人であり、父親からオベロン号への窓口の役割を受け継いでいる。オベロン号保安部は、資金提供や船内での商業許可などトートメン全体にあからさまではない便宜を図ることで、外部との交渉に当たるトートメンのうちに氏族トートメンも知らぬ協力者の家系を数十年も前から確保していた。


 そうして先代以前の保安主任の頃から、アンドロビッチ船長とケンダル士官は船内に張り巡らされたネットワークを引き継いでいる。協力者と接触する窓口は、個人的な協力関係を除けば、オベロン号の側でもほぼ最小限に限られており、船内でも殆どのものはネットワークの存在すらしない。

 噂としては、各船舶にそうしたネットワークがあるのではないかとの憶測が都市伝説に近い形で銀河系に流布しているが、他の似て非なる諸々の噂の存在が、木を隠した森のように真実の発覚を防いでいた。

 トートメンの首領すら、有力な幹部の一人にログレスの息のかかった人間がいることは知らない。


 勿論、ユル・ススが今回の件に関する全ての事象を把握しているわけではないが、おおよその流れを俯瞰して見下ろす立場にいれば、トートメン側にオベロン号への協力者がいることは一目瞭然であった

(ピアソン大尉は、僕にもそれを期待しているのかな)

 ユル・ススが作成して提出したリストは、メルト人難民のうちで有力な人物の大半を網羅している。

 人望がある穏健派の名と同時に、過激な言動を取る人物、仲間を上手く組織した影響力を持つ人物、いち早く資金源を獲得した利け者などもリスト化されている。

 直接的な見聞と船内に張り巡らされた監視網を駆使して知った限りのことをユル・ススは全て報告していた。恐らく、他にもピアソン大尉の息のかかったメルト人、取り引きしているメルト人がいるに違いない。

 そう推測したユル・ススだが、考えてみれば、自由軍を除いた残余のメルト人たちはそこまで警戒すべき集団でもない。

 接触しているものは幾人かいるかも知れないが、単なる情報収集の取り引きにも諜報担当者のリソースは割かれてしまう。

 たかの知れた小集団だし、実際には息の掛かっているのはユル・スス一人かも知れない。

 それとも、これから接触するのだろうか。

 メルト人の少年は、目を閉じる。ピアソン大尉を恐れていた。こんなにも恐いと思った相手は生涯で始めてだった。そして何より恐ろしいのは、智謀に長けたピアソン大尉も、豪胆なアンドロビッチ船長も、強大なログレスにとっては何億、何百億もいるただ一介の士官と船長に過ぎないのだ。


 メルト自由軍は、指導者と投入した人員の七割強を失う。それは予定された決定事項であった。

 立体映像の向こう側では、なおも激しい戦闘が続いている。メルト自由軍は奮戦し、寧ろ傭兵たちを押し返し、追い詰めているようにすらユル・ススには思えた。しかし、歴戦の軍人であるピアソン大尉の目には如何に映ったのだろう。

「君が大人になる頃には……」

 立体映像の中で手榴弾が爆発する。バタバタと使嗾した傭兵や屍兵が倒れたにも関わらず、ピアソン大尉は淡々と言葉を紡いでいる。

「メルト人たちにも、より良い未来が開けていることだろう」

 蒼く輝く凍りついた冷たい瞳でユル・ススを見つめると、ピアソン大尉はゆっくりとうなずいた。

「どんな明日を望んでいるにしても、悩んだ時は大人を頼り給え。いかな道に進もうとも支援の準備がある」

「ありがとうございます」ユル・ススの声は、微かに震えを隠しきれなかった。


 それが報奨。或いはメルト自由軍の死に拠ってもたらされた対価だった。

 自分は裏切り者なのだろうか。少年は、ふと思ったが、いや、違う。とすぐに否定した。

 自由軍は、ユル・ススと姉の生活を脅かしていた。同胞ではあるが、しかし、メルト人の一派に過ぎない。連中に、メルト人の未来を把握させてはならなかった。

 メルト人には、もっと穏便な未来を用意されて然るべきだ。そう考えてから、ユル・ススはうつむいたまま、皮肉っぽく小さな笑みを口元に浮かべた。だけど、自由軍の面々も、自分たちがメルト人を救うと信じていたのだ。

 彼らは終わった。力で未来を切り開こうと望み、それ以上の『力』に警戒されて、あっさりと芽は摘まれて、道は永遠に閉ざされた。

 現実のメルト自由軍は、ただ粗暴な、武力抗争に負けた民兵としてのみ記録されることになるだろう。

 敗者の宿命だ。ユル・ススは、静かに目を閉じた。恐怖への慄きが一瞬だけ、呼吸を乱した。


 ユル・スス自身はどうだろうか。民族再興の為の組織の一員となるべきだろうか。

 だが、実際のところ、少年はメルト人に愛想を尽かしつつあった。

 (ぼくは大義の為に働くよりも、他の道を進みたい)

 マクラウド中尉の穏やかな顔を思い浮かべて、そっと胸に手をやった。

 メルト人に理知的な大人がいない訳ではない。指導者に相応しい数人の大人は、既に目星をつけている。メルトの未来を託すに値する大人たちだと、ユル・ススは思いたかった。

 後は、ピアソン大尉か、それとも別の人間か。いずれにしても、銀河帝国の誰かが相応しい人物を精査するだろう。

 それにユル・スス自身は、銀河帝国に絡め取られている。

 彼我の差は大きすぎて、逃げることすら考えられない。

(踏み込みすぎたかな)とも思った。引き返せない。でも、どのみち、居場所もなかったのだ。

 ピアソン大尉は、こんな子供一人を随分と厚遇してくれた。

(目をかけているのか。それとも……)

 自分が銀河帝国ログレスの走狗に堕ちていることをユル・ススは自覚していたが、利用されることに取り立てて不満はない。


(切り捨てられなければいいな……卑屈だとは自覚してるよ)

 ユル・ススとて、ピアソン大尉に掌を返されて始末されるかも分からない。

 メルト自由軍さえ殲滅したピアソン大尉だ。少しばかり目端の効く辺境の難民の子など、始末するのは指一つ動かすよりも簡単だろう。保証など何一つないのだ。

 或いは、ユル・ススがただ単に、より優れた敵手に屠られる時が来るかも知れない。


 人によっては自身を裏切り者と見做すかも知れないとユル・ススは自覚している。それでも、選んだ道に後悔はなかった。少年は、昏い過去を洗い流したかった。奴隷商人の×××××から再び人間に返り咲きたかった。他人を蹴落としてでも、幸せを掴みたかった。光を浴びる世界に立ちたかったのだ。

 それに自分の行いは、結果としてメルト人の幸福につながるはずだ。そう考えてから、皮肉っぽい想いに捕らわれて、ユル・ススは自嘲の笑みを浮かべた。

 なるほど。歴史上に記された勝者も、敗者も、裏切り者として記憶された者たちも、誰も彼もが自分の行いこそ最良の道だと信じていたには違いない。

 

 メルト自由軍は、奮戦しつつも敵の包囲を突破できずにいた。彼らは今日、これから七割の戦力を失うことになる。戦力推移から電脳機械の演算によって導き出された目標までの予定時刻は、17分を切っている。それは既に決定事項であり、ほぼ避けられない未来だった。仮にメルト自由軍が奮戦して勝利した場合の作戦案についても、破棄されている。

 多分、銀河帝国には何百億人もいるだろう凡百の陰謀家に捻り潰されたシシ准将。自らを民族を導く英雄と信じていた老人は、最後まで、誰の手のうちで踊っていたかすら気づかなかった。メルト自由軍の勇敢な兵士たちも、今日ここで16分42秒以内にトートメンと船内の三下傭兵によって殲滅される。仮に生き残ったとしても、生涯、真の敵に気づくこともなく、トートメンの脅威に震え、或いは復讐の炎に身を焦がして命を浪費することになる。


 ユル・ススはピアソン大尉を。その頭脳と精神を心底、恐れていた。そして彼の如き人物すら、一介の大尉に過ぎないログレスの恐るべき文化に、深淵をのぞき込んだような強い畏怖の念を抱かざるを得なかった。

 実際には、尉官の地位で高度なインテリジェンスを行う能力と権限を持つ士官は、流石に銀河帝国広しと言えども、さほど多くはなかった。事は単純な戦闘だけではなく、政治や経済にも関わるが為に高度な判断力と広範な知識を求められる。提督も輩出した代々の海軍一家であり、有人惑星を統べる領地貴族であり、王都キャメロットの士官学校を上位席次で卒業したが故のピアソン大尉の権限であり、知識であったが、今のユル・ススに実情を知るすべはなく、またピアソン大尉も敢えて誤解を解く必要は認めなかった。大尉は、この利発で野心的なメルト人の少年に一定の利用価値を認めていたし(なにより奴隷商人への強い憎悪が気に入っていた)そして古来より、恐怖と欲望こそが統治と支配にとってもっとも親しい友人であることを承知していたからだ。


 画面の向こう側でシシ准将の血と脳漿を浴びたロロが絶叫していた。ユル・ススは、もう友人の末路に興味を示さなかった。銀白色の自律ワゴンから酒肴とワインの代わりを取り出して配膳してから、ピアソン大尉とアンドロビッチ船長に恭しく一礼すると、喉も枯れ果てんばかりの恐怖の悲鳴を背景に優美な足取りで音もなくその場から退出していった。



灰とダイヤモンド読んで、妄想するうちにこんなんなった。

読んだものにすぐ影響受けちゃうんだ(バカ)しかも、面白いか自分だと分からないんだ。ばぶー


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