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3-29 ロロ

 ロロにとっては、全く厄日であった。

 メルト自由軍の一等兵ロロの憂鬱な一日は、目覚まし時計のベルと共に始まる。ログレス人たちがお情けで配給してくれる、しかし、美味しそうな食事を二人分受け取ると、まずは一人分を家にいる母へ届ける。それから他の子どもたちがそれを味わっているのを横目にメルト自由軍の上官である軍曹へと差し出して、代わりに不味い乾燥バーを受け取るのだ。

「あ、ありがとうございます。サー」とロロが言った。

「ん」バーを放った若い軍曹は、ロロたちを見もしない。当然の権利のように二人分の食事をぱくつきながら、食事についている余分な菓子やフルーツなどは売り払って小遣いにしている。買ったばかりの櫛で髪型を整え、オーデコロンを使うと、手鏡で確認してから満足そうに頷いていた。

(……畜生、ニキビ面め)ロロは恨めしく思ったが、口には出さなかった。


 食事が終わるとメム・リルがやってきた。ロロと同時期にメルト自由軍に加入していた孤児で、義務感と言うよりは他に行き場がないから留まっている子供だった。他の悪ガキに虐められていたところを一度かばってやっただけなのに、なにが嬉しいのかニコニコ顔でロロの後ろをついて回る金魚のフンだ。食事の後は、重要な任務が待っている。メルト自由軍が何処からか仕入れてきた酒やドラッグ、煙草など、自由軍に所属する仲間たちと共に客室を廻って売って回る。此れも楽しい仕事ではない。小金を持った旅行者は多いが、同業者も多い。ロロたちの扱っている商品は上質だった。元からあった縄張りに新参者が現れた上に、いい商品を安く卸している。同価格帯の同業者たちには嫌われて、自然と小競り合いも増える。暴力沙汰に巻き込まれることは少なくないし、稀に相手が大人ということすら在る。叩きのめされて、商品と有り金を奪われた売り子が出てから、数人のグループで行動するように指導されたが、同時にノルマが達成できないと軍曹の腹パンが待っている。どうしたってロロは単独で行動せざるを得ない。

 現状、軍曹の部下は、ロロ一等兵一人だった。大量加入した難民の子どもたちは、ニア・ススによって軍曹が良いようにあしらわれてからは、メルト自由軍を離脱していた。

 それがまた軍曹の機嫌を損ねて、ロロに当たり散らす。逃げ出したいと願ったロロだが、そうもいかない。子どもたちは集団で纏まって船内を遊び回り、または余ったおやつを乗客と交換して小遣いを得ていた。羨望の目で見つめるロロに気づくと、子どもたちは顔を見合わせて遠ざかる。最初にメルト自由軍に加入してさらに他の子を勧誘したのがロロであり、軍曹の醜態からメルト自由軍に幻滅したのが響いているのだろう。

(一人ぐらい残ってくれてもいいだろ)そう思うロロだが、自業自得であるだけに逃げ場がない。子どもたちには嫌われた(とロロは思っていた)し、メルト自由軍を離れたら、おっかないニア・ススにどんな目に合わされるかも分からない。

 

 売上がノルマに足らない時は、母親へ配給される化粧品やらをちょろまかして売り飛ばし、なんとか補填していた。母は薄々感づいている節があるが、ロロを一言も責めなかった。ただ、心配したように尋ねてくる母に、今の惨めな状況など打ち明けられる筈なかった。自然、母と顔を合わせづらくなり、ロロは家からも遠ざかるようになっていた。


「旦那。お酒買ってよ。薬もあるよ」売り物は、食料、粉ミルク、砂糖、煙草、甘味に天然バターなんでもあった。籠に入れて売って回る。販売価格は、店内の正規の売店よりも2~4割低い。紙幣に貨幣、エネルギー貨幣にチップに電子決済。オベロン号船内だけで通用する通貨にザラ£、辺境管区内で軍や企業によって発行される通貨まで、相場と為替、決済方法を覚えなければならない。

「奥さん。お酒にバター。なんでもあるよ!」必死に声を掛けて回るロロだが、今日の売れ行きは今一つだった。これだけ必死に働いても、ロロには一£すらも手に入らない。メルトの自由と独立に捧げるべき、子供でもできる戦いがあると聞かされたからロロはメルト自由軍に入った。だけど、現実には、ロロが稼いだ金は全部、軍曹の腕時計や電脳端末、洒落た衣服や靴を買う資金に化けて、稼ぎが足りなければ殴られる。それが現実。メルト自由軍の大義だった。

「おい、ロロ上等兵」軍曹が仕事中のロロを監督しに来ることも多かった。

 疲れて休憩しているところを見つかって軍曹に叩きのめされてからは、ロロは片時も気を抜くこともできなくなった。軍曹は暴君で、巨大な後ろ盾を持っている。裏切り者は許さない。裏切り者の家族も裏切り者だ。それが軍曹の口癖だ。軍曹が切れたら、母さんに何をされるかも分からない。ロロは、逃げることも許されなかった。

「は、はい!軍曹殿!」

 仕事中だったロロは敬礼した。先進国の駅前で慈善団体によって募金活動に動員される子供と同じ、滑稽な姿だ。周囲の乗客たちから、嘲りや好奇の視線を受けるのも辛かった。

「いくら稼いだ」横柄な口調で軍曹がロロの顔を覗き込んだ。

「12£です」急いで言う。

「クズが。出せ。それと今日中にあと30£稼いでおけ」

 軍曹が手を伸ばしてビクビクしているロロから紙幣とアルコールを一本、取り上げた。此のアルコールは監督料だった。軍曹に手間を掛けさせた分、ロロはさらに稼いでお返ししなければならない。

「お前のケチな商売もメルト復興運動の一助になるのだ。此れからも励めよ」

 この時がロロが抜け出す好機だったかも知れない。ケチな商売の上前跳ねてるのは誰だ。そう言ってやりたいと思った。だが、軍曹に受けた暴力はロロの心身を萎縮させていた。


 是非とも今日中に30£を稼がなければならない。30£を稼ぐには、60から80£を売り上げる必要がある。ロロは治安は良いが同業者が多い通行路を外れて、格納庫に近い区画に踏み込んだ。

 格納庫に近い区画をうろついている客は宇宙船持ちが多い。彼らは大金を持っており、気前もよい。当然に多くの売上が見込める区画だが、それだけに物売りの激戦区であり、古顔の物売りたちが仕切っている。彼らは新参者が商売することを好まない。特にその新参者が何度も顔を見せたり、手広く商売をやり始めると、揉め事が起きることもあった。ロロが船に乗り込んでからの短い期間で三人が亡くなっている。だけど、ロロは絶対に売上を達成しなくてはならなかった。


「ロロ、危ないよぉ。駄目だよぉ」

 何故か、メム・リルがおどおどしながら引き留めようとし、それが無理だと分かるとついてきた。

「格納庫には近づくなって曹長言ってたよぉ」呟いているメム・リルの上司は、軍曹よりはまともなのかも知れない。だが、恐怖と絶望に苛まれたロロは、視野狭窄に陥っていた。

「金を稼がないといけないんだよ」

「じゃ、じゃあ、稼いだら、すぐに帰ろ。ね」

 メム・リルがビクビクしながら言い出した。

「ロロを手伝うから」

 ロロが選んだ売り場は、格納庫からはそれほど近くはないが、いざという時に通行路に逃げ込めないほど離れてもいない十字路の付近だった。本人的には、安全と売上の妥協点を探ったつもりであったが、実際にはどっち着かずの中途半端な場所に過ぎず、結局、実際に襲われた時にも、ロロは逃げ出すことも出来なければ人に助けを求めることも出来ずにあっさりと詰んだ。


「おい。小僧。煙草と酒をくれ」

 場所を移して5分。早速やってきた最初の客にメム・リルが笑顔で応答した。コンテナカートロボットを引き連れた髭面の男だった。

「はい。どれをお買い上げですか」

「全部だ」髭面の客は、凶暴な異星生命体の革を剥いで作った漆黒の戦闘服を纏っている。

 ロロと、メム・リルは顔を見合わせた。メム・リルが、喜色満面に浮かべる。

 ロロは、素早く会計した。

「全部ですね。285£になります」

「金はねえ、つけとけ」

 ぽかんとしたメム・リルが阿呆みたいに見上げると、頑健そうな歯をむき出しに客は笑った。

「ああ。後、お前らの命も貰おうか」

 見えないほどの膝蹴りが腹部に当たり、メム・リルの小さな体が壁に叩きつけられた。吐瀉撒き散らして痙攣するメム・リルが白目を向いているにも関わらず、男は更に顔を蹴りつけた。

「てめえ、なにしてやがる!」

 叫んだロロの顔面を、軍曹の拳とは比較にならない強烈な衝撃が襲った。

「なに、釣りはいらねえ。とっておきな」

 陽気な笑顔の髭面は、痙攣するロロとメム・リルの足を引っ張ってカートへ放り込むと、拉致した子供たちを引き連れて、鼻歌を歌いながら十字路を立ち去った。



 メルト自由軍が拠点としている無人区画に、彼らが使っている子供の一人が血相変えて駆け込んできたのは、正午少し前だった。

「爆発物反応。そこで停止しろ」

 区画の入り口。機械音での警告に駆け込んできた子供が息を切らしながら告げた。

「メ、メッセージです」

 首輪をつけて泣きそうな顔の少女が差し出したのは、メッセージ用データーだった。


 巨大構造の無人区画と言われて、メルト人が普通思い浮かべるのは、剥き出しの鉄骨とコンクリートの床だが、オベロン号においては想像は半分しか当たっていない。

 鉄骨とコンクリート以外にも、強化プラスチックの床。光ファイバーや複数の管が生き物の内臓めいた配置で生き物のように蠢いており、螺旋を描いた光の柱が煌めく坑の近くには、葉っぱに似た構造の金属の柵が作られている。ガラスに似た素材の天井近くには、毛の生えた猫のしっぽに似たワイヤーが張り巡らされていた。

 機械と有機物、植物と昆虫が融合したような、物質とエネルギーの境目すら曖昧に見える巨大な構造物は、残念ながらメルト人の科学力では、素材も、船においてどんな役割を果たしているかすらもまるで見当がつかなかった。ただ理解できるのは、オベロン号が途方もなく高度な科学力の産物であるという事実だけだ。

 兎も角も、メルト自由軍の主要構成員が無人区画の一角に集まってからデーターは再生された。包帯とガスマスクの不気味なエイリアンが空中に現れる。

 薄暗く何処とも知れない、ただ此方はメルト人の美的感覚でも真っ当な構造をした倉庫らしき場所に立つエイリアンの足元には、数人のメルト自由軍下部構成員が拘束されて転がっていた。

「ハロー。クソ野郎共。最近派手に稼いでいるらしいじゃないか。俺様の庭でな。此の糞ったれの××野郎が!」

 転がっているメルト人の青年の一人が、頭を撃ち抜かれた。悲鳴が上がる。

「残りの連中も殺されたくなければ、挨拶に来い」

 拳銃で頭をかきながら、付け足した。「ああ、あと、そこのクソガキの首輪爆弾だけどな。メッセージ再生し終わったら、爆発するから。再生する前に外してよ。アデュー」

「やぁ……ロぉ」何かを言いかけた子供の首が爆発して、血肉が四方に飛び散った。


「いかがされますか?」床に飛び散った血肉をしばし眺めてから、士官の一人が指導者に問いかけた。

「ふむ」准将と呼ばれる老人は、床に転がった首の目を閉じさせてから、部下たちにうなずきかけた。

「挨拶に来いと言ってるのだ。行ってやろうではないか」

 老人たちから影となった場所では、人の眼球にも似た不気味な機械がじっと彼らの会話の一部始終を見つめていた。



 上部区画の会食場には、幾十もの立体映像が浮かび上がっていた。ピアソン大尉の目前には対立する二つの組織。トートメンとメルト自由軍の動きが表示されている。両組織の武装、主要構成員のリスト。移動および集結の状態、作戦に至るまでが立体画像で開示されていた。眼の前に浮かんだ幾つもの小さな窓では、重要な会話や通信のやりとりも繰り返されている。完全に筒抜けであり、傍らで佇むユル・ススは驚愕の眼差しで自身を取り巻く立体画像を見回していた。

 12時間前からの一連の出来事。一部始終の映像と報告書。必要と思われる情報に関してはほぼ記され、撮影されている。一体、幾つの目と耳があれば、此れほど情報を収集し、また纏めることが出来るのだろうか。幾人を監視に回したかは分からないが、監視体制は驚くべき水準で完成していた。 


 会食場に座しているピアソン大尉がケンダル2等士官に尋ねた。

「連中をどうやって噛み合わせたのかね?」

 ケンダル2等士官が鉛筆で書かれたメモを手渡し、大尉と船長が手元のそれをちらりと見つめた。

 思わずユル・ススの視線も追ってしまい、ピアソン大尉に視線を返された。

「知りたいかね?」

「申し訳ありません」とユル・スス。

 知るべきではない。咎められたと考えて頭を下げる。


「ふむ。構わない。それで、どうやって動かしたと思うね?」重ねてピアソン大尉が問うてくる。

「そちらのグループのボス、ないし幹部が保安部とつながりがあるのでしょうか?」

 ユル・ススは、恐る恐る返答をした。都市に巣食っている小規模な犯罪者集団が、治安当局に他のグループに関する動向や噂を流す代わりに軽犯罪を目溢しして貰うというのは、地球は中世時代からありふれた治安維持の手法の一つでもあった。

 無難な答えだったが、ピアソン大尉は微かに笑った。

 辛うじて合格点だったのだろうか。ユル・ススには分からない。

 ピアソン大尉がメモを蝋燭の火にかざしてから灰皿の上に落とした。メモが燃え上がる。

「ドローンの動かし方を覚えておきたまえ。良い経験になる」ピアソン大尉の言葉にユル・ススが頷いた時、画面に変化があった。

 船内の両組織の戦闘員とその武装がリストアップされ、トートメンのいる倉庫が俯瞰図に変わりトートメンが赤。メルト自由軍が青へと色付けされる。

「……始まりました」ケンダル2等士官が呟いた。



 ミュラ少尉が配置したドローンは、1112体。聴覚と視覚、熱源視野を有するそれを彼女は完全に掌握し、操作している。AIたちはあらかじめ主人が行った設定に基づいて標的を追跡、或いは先回りし、両陣営に全く悟られないままに構成員の動きを完全に把握していた。メルト自由軍の主要戦闘員は28名。対するトートメンの戦闘員は52名。武装はマシンガンや拳銃。ブラスター。レーザー銃。


 両グループの戦闘員の位置は、ドローンや監視カメラによって完全に把握され、逐一、報告されていた。一区画だけで万に迫る乗客の動向全てを僅かな保安員だけで把握できよう筈もないが、予め目をつけておけば話は別だ。オベロン号でアンドロビッチ船長の目を逃れることは不可能であった。


 集結したトートメンの迎撃体制に対するは、廊下を悠々と進むメルト自由軍の首領とボディガードたち。陽動部隊に敵組織の目を惹きつけながら、地下点検口を通って間合いを詰めるメルト自由軍の主力部隊の位置と人数までもがリアルタイムでアンドロビッチ船長とピアソン大尉の目前に展開されていた。


 メルト自由軍は、行動開始と共にトートメンに対して電子戦を仕掛けていた。監視任務についているミュラ少尉から見れば稚拙なメルト自由軍の電子戦技術だが、しかし、トートメンのお粗末な電子技術に対してはある程度有効であったようで、あっさりと電脳防壁を破るや監視カメラを掌握するのに成功する。

 トートメンのドローンや監視カメラに逆ハッキングを仕掛けると共に、囮とした首領に食いつく部隊を外周に配置した偵察要員で把握。電波の逆探知や目視にて監視員の居場所をほぼ特定し、監視カメラに用意していた合成画像を流すと共に、トートメンの監視員を強襲して制圧していった。

 船内の俯瞰図を眺めながら、ピアソン大尉は少しだけメルト自由軍に対する評価を見直した。

 ただの愚連隊の類いかと思っていたが、基本的な作戦計画は悪くない。戦術的思考は手堅く、兵士たちは落ち着きをよく保ちながら標的を手際よく無力化している。加えて、メルト自由軍の接近戦における制圧能力は極めて高く統率もよく取れていた。

 現役の王立海軍士官が思わず感心する水準で、メルト自由軍はトートメンを包囲し、制圧しつつあった。トートメンの本隊は全くの無傷だが、攻撃を受けていることに気づいておらず、逃げ道を塞がれつつあった。戦術的不利な条件が構築されているのにも気づかず、人質を脅しつけているところなどは、所詮は半端者のギャング団に過ぎないようだ。それに対して、メルト自由軍の通信は最低限。既にトートメンが拠点とする倉庫から壁一枚隔てただけの隣の倉庫を完全に制圧し、トートメンの動力源である発電機の送電線も確保している。

「素手の近接戦ならば、SASを上回るかもしれんな」

 ピアソン大尉のふとした呟きに同席者たちがギョッとしたように身じろぎした。

「ご冗談でしょう?」銀河帝国の伝説的特殊部隊にも匹敵すると言われて、船長が顔をしかめた。

「あくまで、素手における近接戦のみの話だよ。船長」ピアソン大尉はあくまで落ち着いた口調で呟いた。

 SASは、素手の格闘訓練だけに傾注する訳にはいかない。この時代、素手という言葉にはナチュラル状態の肉体も指していた。大国の特殊部隊員たちは強化時やサイボーグ状態の肉体の使い方も学ばねばならないし、かなりの高速で動き回る戦闘アーマを纏っての戦闘にも慣れねばならない。その他、ありとあらゆる銃火器や爆発物、医学や物理学、装甲アーマーやバイオ兵器の扱いにも高水準で熟達しなければならない。

 時間は誰にとっても平等だ。同じ才能を持つとして、ヘビー級のプロボクサーが、素手の喧嘩では軍人よりも強いのは当たり前だろう。メルト自由軍は、確かに素手やナイフと言った近接武器での制圧経験は豊富だとピアソン大尉は見て取ったが、それが彼らをしてログレス軍に対抗できる力を持つことを意味してはいない。軍人であれば、敵の戦力を正しく評価する必要がある。ピアソン大尉の発言も、単に味方のもっとも高水準な部隊を評価基準としただけで他意はなく、またメルト自由軍の戦闘力が、たとえSASを一部凌駕するものだとしても、一分野だけであればどうにでも手の打ちようはあった。

 素手の喧嘩が多少強いだけでは、戦闘装甲服を保持し、補修整備する能力を有する地上軍歩兵レッドコートには到底、敵うまい。ピアソン大尉はアンドロビッチ船長に自身の考えを一々説明はしなかったが、自分の発言が誤解を招いたことを悟って、アンドロビッチ船長を宥める為の言葉を口にした。

「問題はない。ようは多少、素手の喧嘩が強いだけだ。現実に彼らは、故郷の惑星でたかが知れた奴隷商人の手勢に制圧され、捕縛されている」

 実際に敵対したとしても、現有戦力で制圧する目算も十分にあった。

 ピアソン大尉の言葉に不快げに目尻を痙攣させつつアンドロビッチ船長は頷いてから、メルト自由軍の動きに対して目を凝らした。実際、ピアソン大尉の言葉は言い過ぎだとしても、メルト自由軍は中々に手際の良さを発揮していた。



 トートメンもまた、メルト自由軍と同じく人気の少ない区画の倉庫に拠点を構えていた。

 拠点へ通じる廊下を塞いでいるトートメンのメンバー。拠点に近づくものがいれば、警告を与え、追い返すために武装した構成員たちを配置している。人数は5名。ほんの数十秒で制圧された。

 奇襲を仕掛けたメルト自由軍のコマンドは死角に潜んで時間を同調させ、標的を割り振り、短時間で全員が対象を無力化した。口で言うのは簡単だが、建物の構造を把握し、相手の死角を割り出し、近接における制圧能力を全員が欠けることなく保持していなければ、これは行えない。恐らく、長い歳月を故郷の惑星での不正規戦に費やしてきたに違いなかった。メルト自由軍は、人工構造物での戦闘に慣れている。 


 ピアソン大尉やアンドロビッチ船長が見ている船内俯瞰図での赤色勢力の兵士。トートメンが船内に配置した監視員の人数がみるみるうちに減っていた。メルト自由軍は電子機器の逆探知と単純な斥候、そして斥候の予測されるポイントからトートメンの監視員を逆算して割り出していた。ドローンを用いていない遠距離、或いは一般人に扮しての一部監視員をメルト自由軍は把握しきれていないようで、トートメンの数名を見逃しているが、トートメンは新参者に対して、警戒を怠っていたか。それとも作戦立案能力が低いのか。少なくとも戦闘員の練度は、メルト自由軍と比すべくもなく低劣であり、ドローンを駆使しての偵察は、船内に不慣れであるにも関わらずメルト自由軍のほうが一歩抜きん出ているようだった。

 メルト自由軍の動きは統率が取れていた。トートメンの見張りを体術で制圧し、次々と無力化。今のところは、死人どころか怪我人さえ出していない。


 トートメンとメルト自由軍の戦況情報はミュラ少尉とソームズ中尉にも、リアルタイムで配信されていた。

(中々、やる)とそれがソームズ中尉のメルト自由軍への戦力評価であった。しかし、それはあくまで普通の、ナチュラルな人間の兵士として見た時の水準だった。ソームズ中尉であれば、メルト自由軍の立てた作戦に乗じて、コマンド28名を殲滅できるだろう。

 彼女の個体戦闘力と電脳、そして脳神経の処理速度は、小口径や鈍器しか持たない尋常の人間であれば、たかが28名程度は単独で皆殺しにしてみせる。それがソームズ中尉の肉体と本能が訴えかけてくる判断であり、彼女の知性と理性が計算の果てに算出した演算結果でもあった。


 今はミュラ少尉のバックアップもある。ドローン操作に関しては中々に出来る能力の持ち主で、作戦遂行時の能力を評価するに、ミュラ少尉はその気になれば理性的に振る舞うことも出来るようだ。多分、直情的に振る舞うほうが人生が楽しいからそうしているだけで、必要なら性格を変化させられる人物なのだろう。単純なように見えて、中々に複雑で読みにくい人物でもあるが、当初、思っていたよりは好きになってきている。

「今であれば、綺麗さっぱり掃除することも出来そうですね」ミュラ少尉から通信が入った。

 ソームズ中尉も同意見だった。メルト自由軍は、集結直前で分散している。奇襲をかけるのであれば、今しかない。

(……そうするべきかな、だが大尉殿はメルト自由軍に対して何をお考えなのだろうか)ソームズ中尉は、ピアソン大尉が近くにいると判断を委ねすぎる癖があった。悪癖と自覚しつつも、治す気はさらさらない。

「(相打ちに見せかけて)幾らか片付けておきますか?」ミュラ少尉が重ねて訊ねてくる。

 大尉殿の判断を仰ごうと口にする寸前、ピアソン大尉から返答が返ってきた。

「必要ない。(戦術の)解析を続けたまえ」

「了解」とソームズ中尉。

 此処までの通信内容は、仮に誰かが傍受していたとしても単語だけでは全く意味は通じない。

 ピアソン大尉には、何らかの考えがあるのだろう。命じられたとおりソームズ中尉は、メルト自由軍の戦術データを収集する作業へと戻ることにした。そして、いまや、メルト自由軍は、完全にトートメンの首魁と主力への包囲を完成させつつあった。



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