3-21 対抗演習
オベロン号に設けられた巨大シミュレーター区画のディスプレイの前で、アンソニー・クイン大尉は指を鳴らした。
待ちかねていた時間であった。いよいよ、気に食わない同僚であるピアソン大尉と白黒つける機会が廻ってきたのだ。
部下たちが次々とシミュレーターの配置へとついていく。同時刻、ピアソンとその部下たちも近くのシミュレーター室で配置についている筈だ。
「さて、ピアソン坊やの腕前を見てやるとしよう」
雷撃艇。継戦能力には欠けるものの、戦闘能力だけは警備艦艇や中型戦闘艦艇を遥かに凌駕する強力な戦闘艦艇をシミュレーター上で発進させると、全身に心地よいGが掛かった。
「雷撃艇リンドブルム 発進する」クイン大尉が獰猛に笑った。
眼の前に戦闘の舞台となる恒星系の情報が次々と表示されていく。今回は、整備率は100%。故障無しの設定。まずはピアソンの艦艇を探さなければならない。
「同星系内の……恐らくは主要惑星の重力圏内に潜んでいるはずだ」クイン大尉の言葉にオペレーターたちが一斉に計器に目を走らせている。
主要な索敵手段の一つである質量探知だが、巨大なエネルギー質量の近くとなればなるほどノイズが走っている。
とは言え、索敵を誤魔化す方法として、天体の重力圏に紛れる手段は万能ではない。列強の衝突では、惑星や衛星の近くに潜んでいた艦隊でも、斥力力場によって隠れ家を解体されて隠蔽を無効化されることがしばしば起こり得る。戦列艦の主砲であれば、惑星ごと敵艦を粉砕する威力を有しているし、また一度、存在を把握されてしまえば、各種の探査手段から逃れるのは容易ではなかった。
もっとも、小型艦艇である雷撃艇の兵装は天体規模の破壊力などは持ちえない。至近での威力を誇る質量弾や粒子砲、フェーザー砲などを装備し、単艦でもフリゲート級までは抗し得るだけの戦闘力を有しているが、それ以上の突撃艦や駆逐艦が相手となると、如何ともし難い差が存在している。
フリゲートやコルベット、スループ艦と言った強力な中型艦艇と伍せるように小型艦に武装を詰め込んだのが雷撃艇という艦種である。機動力と火力は高いものの、その分、中型艦艇に比して防御力場や運動性はやや劣っている。
3対1であれば、ほぼ確実にフリゲートに勝利しうるだけの戦闘能力を持つ雷撃艇だが、継戦能力の低さは否めず、運用コストもけして安いものではなかった。王立海軍のお家芸である精緻な艦隊運動に置いては、フリゲートと比べると見る影もない。仮にフリゲート1000隻と雷撃艇1000隻が艦隊規模で衝突した場合、艦隊運動能力と遠距離攻撃能力の差から最悪、フリゲート側に殆んど損害を出さずに雷撃艇が殲滅される事もありえた。とは言え、それはあくまでフリゲート側が優れた提督に指揮された場合、理論上は起こり得ると言うだけの話である。雷撃艇の調達コストは、最高度の艤装を施した場合でも1隻あたり1200億£であり、通常は250億£。フリゲート1隻の予算で雷撃艇4隻を調達可能なコストと価格帯での圧倒的な戦闘力から、旧世界列強においては航路警備や惑星防衛に多用されている。まとめれば、1対1でもある程度までの格上と戦う能力を有しているが、一線を越えた相手には全く歯が立たず、一方的に遠距離砲撃で撃沈されてしまい、また大規模な会戦でも補給を必要とし、使い所も限られてしまうが、航路警備や惑星防衛など、敵が海賊や蛮族、また少規模の艦隊戦であれば、大いに活躍するだけのスペックを有しているのが雷撃艇という艦種であった。
戦闘は、星系内の互いにランダムな位置に出現した敵艦への索敵から開始される。
「ドローン偵察機及びハンター有人偵察機を発進。パターンは3。索敵範囲最大。見逃すなよ」
「分かってまさぁ、サー」ハンフリーズ艇長が相槌を打った。士官不足のリンドブルムで臨時に副長役を務めているハンフリーズだが、長い海軍生活で培った能力は、クイン大尉を補佐するに十分な水準に達していた。長いこと海軍に務めているため、下士官としてもかなり高い給与等級に到達しており、入りたての少尉よりも給料をもらっている。実際、ハンフリーズほどの男であれば、航海士だって務まるだろうし、そこから更に士官にだって出世できるとクインは踏んでいたが、本人はまるで出世を望んでおらず、艦長付き艇長の地位で十分に満足しているようだった。
兎に角、偵察行動のパターン3は、各機がステルス性の高い低速度で索敵しつつ、首尾よく敵を発見した場合も悟られないように僅かな信号のみか、それが許されるなら帰還して報告を行う戦術を意味していた。
クイン大尉の命令に従ってCIC(戦闘指揮所)の要員たちが次々と水兵に指示を出し、3Dディスプレイの星系内エリアが時間と共に偵察済みの色へと変化していくが、未だ、互いに相手の位置情報を掴んではいない。WW2の潜水艦同士の戦いにも似た時間と根気のいる作業を飽きることなくクルーは続けている。
「ドローン一つでも亜光速で移動していれば、すぐに探知できるんですがね」ぼやいたオペレーターの一人にクイン大尉はうなずきかけた。
「少なくとも坊やも馬鹿ではないようだ」
艦種や対戦の組み合わせ、数や戦場の設定次第で、宇宙艦艇の戦術や陣形の定石もいかようにも異なってくる。
全長1000キロ近くの戦列艦ともなれば、強力なエネルギー動力源によって100億キロ彼方でも隠れようもないが、マイクロブラックホールや亜光速弾、転移砲をぶつけようが揺るぎもしない防護力場と装甲を駆使しての数億キロ距離での転移エネルギー砲での砲撃戦が基本戦術となっていた。
同級の戦艦対決であっても、重力波や星間物質の濃い場所であれば亜光速を出すのも危険であるため、艦載機を駆使してのシールドと武装の潰し合いとなり、それらの薄い外宇宙であれば転移を繰り返しての砲撃戦となる場合もある。
小型艦艇や戦闘機でも、封建制国家であれば一対一のドッグファイトを忌避しない操縦士が多い一方、海賊や議会制国家であれば致命傷になりづらい加速しての一撃離脱戦法を好む傾向があった。
初手を取る。それが強力な攻撃力と脆弱な防護力場を併せ持つ雷撃艇同士の戦闘において、尤も重要な要素であった。初撃において能う限りの打撃を与え、出来るならば戦闘力の何割かを奪う。機先を制し、そのまま、なし崩しに押し込んでみせるのが理想の決着では在るが、そう容易くは行かせてくれまいとクイン大尉も踏んでいた。
なにしろ相手はピアソン一族。百万年の伝統を誇る王立海軍のうちでも、先祖代々が将官まで上り詰めた海軍一族の末裔であれば、そんな生易しい相手ではない。
海軍一家の出身者は兎に角、立て直すのが早い。戦術の閃きに個人の差はあれども、大軍が相手でも容易く負けない粘り強さが特徴だった。一方的に片が着くことは滅多になく大概、苦しい殴り合いまで持ち込まれる。しかし、アンソニー・クイン大尉とて属領ノスの平民から現地の士官学校に合格し、名だたる海軍一家の子弟やログレス士族の候補生を相手に競り合ってきた男であった。長期戦は覚悟している。
光学反応で恒星やアステロイドベルト、惑星の影など、潜んでいそうな場所を探査し、重力波を解析、時空歪曲フィールドや光学解析でエリアを絞り込んでいく。
実時間3時間、シミュレーター上で12時間後。第3、第4惑星の至近宙域でクイン大尉の偵察機が標的の無人偵察機と遭遇。クイン大尉が3機、相手が7機を喪失していた。多少の目は奪ったが、それだけだった。
「見つかりませんな」
内惑星にいるのは確かだったが、分かったのはそれだけだ。ぼやくように呟いたハンフリーズ艇長にうなずくと、クイン大尉は新たな指示を出した。
「c-24エリアからD-21エリアまでのドローン偵察機を撤収。E―33からE-42までの区画に移動させろ」
クイン大尉は第3、第4惑星の近くに展開させていた無人偵察機を撤退させ、さらには有人偵察機に第5惑星を中心とした遠距離偵察を命じた。
「解析率30%です。帰還できませんぜ。よろしいので?」
有人偵察機の足の短さを指摘しつつ、ハンフリーズ艇長が尋ねてきた。
「構わん。それが狙いだ。偵察機のパイロットたちは途中で脱出させて、後は自動操縦で所定の位置に向かわせろ」
ハンフリーズ艇長が首を傾げているので、クイン大尉は腕組みしながら補足の説明を行った。
「こちらの位置を掴ませないことが大事だぜ、ハンフリーズ。あちらさんから見れば、有人機を回収できない距離に送るとは思わんだろうからな」
此れは、同じ兵器を運用している海賊や反乱軍と言った相手にこそ用いるべき戦術だった。なまじスペックを把握している相手だからこそ、航続距離を逆算してしまいクイン大尉に騙される。
「味噌は有人偵察機を途中で無人誘導に切り替えるところにある。有人偵察機の行動範囲から割り出すとしたら、だ」クイン大尉の言葉にハンフリーズ艇長がにやりとした。
「なるほど。こちらの場所を見誤りますね」
3Dホログラフィに、恒星及び諸惑星と雷撃艇リンドブルムの位置関係。そして雷撃艇ネメシスの予測位置が表示されていた。
「やっこさんが偵察機の分布からこちらの位置を割り出すとして、本艦の位置は恐らくE24だと当たりをつける。E24を狙うとすれば、第5惑星の月の陰に潜むだろうな」
脳裏でおおよその位置を計算しつつ、クイン大尉はコンピューターに航路計算を行わせた。
「本命の偵察機と、デコイは?」とクイン大尉。
「すでに送ってあります」オペレーターが頷いた。
E24の位置には、ステルス状態の雷撃艇が放つ程度の微弱なエネルギーを放つ囮を設置している。雷撃艇の貧弱な索敵機能では、至近でなければ見抜けないだろう。偵察機を送ってきても撃墜出来るモス迎撃戦闘機を護衛として侍らせている。
「哨戒区域を構築したか?」クイン大尉が再び尋ねた。
「しました。奴さんがいた場合、探査データーをこちらに送ってくるはずです」
クイン大尉は、数の限られた本命の高性能偵察機を複数用いて、予想されるネメシスの進撃路に哨戒エリアを構築していた。
「現在、全本命偵察機が、岩石にカモフラージュして、休眠中でステルス状態」オペレーターの報告に満足そうに頷いてから、クイン大尉が全乗組員に通達した。
「第5惑星にネメシス出現後、E24区域に侵入して30万キロの距離で砲撃を開始する」
クインの狙いは、囮でピアソンを所定のエリアに誘い込んで狙い撃ちすることにあった。
クインの戦術を解りやすく見取り図にするとこうなる。
E24(偽のクインの位置)←ピアソン(偽の位置に誘われた)←クイン(月の重力圏内でステルス)
ピアソンが囮に引っかかった場合、その機動は内惑星の偵察機接触地帯からE(第5惑星)近隣を目指すためにある程度は予測できる。クインの位置をE24とピアソンが予想した場合、ネメシスは感知に引っかからないステルス可能な低速度で内惑星から移動するであろう。おおよその機動は複数の予測された進路に配備した本命の偵察機(ステルス状態)のいずれかで把握可能であり、一度把握すれば、此方もステルス状態を保っているクインの雷撃艇リンドブルムで有利な位置を取り、奇襲攻撃することが可能な筈であった。
待つこと4時間。微弱な偵察機からの電波を受信して、オペレーターがクイン大尉に報告する。
「未確認の飛行物体を感知!ステルス状態にある雷撃艇とほぼ同等の質量及びエネルギーからネメシスと思われます!」
ピアソンは、予想以上にあっさりと食いついた。もっと冷静な性格かと踏んでいたが、ログレス貴族らしく積極果敢な性質の持ち主のようだとクインは頷いた。
クイン大尉の雷撃艇が月の周囲を漂う岩塊の影から発進する。低速で進むピアソンの雷撃艇の斜め後ろを取り、主砲での攻撃準備を行いつつ、クイン大尉は考え込んでいた。
「……随分と、あっさりと見つかったな」
「どのみち殴り合って決着つけるしかありませんからね」
ハンフリーズ艇長は気にした様子もなく、頷いた。
「まあ、俺は真正面から殴り合うつもりなどないがね。悪く思うなよ。ピアソン君」
罠に嵌りつつある僚艦を眺めて頷いたクイン大尉が、ネメシスを射程に入る直前。リンドブルムが大きく揺れた。
損害状況を表すオレンジの報告が、次々とクイン大尉の眼の前に表示される。
「なんだ!?」とクイン大尉が叫んだ。
「ステルス機雷です!」とハンフリーズ艇長。
「なんだこりゃ!なんで!」オペレーターたちが驚愕に叫んでいる。
「鎮まれ!(Silence!)此方が背後を取ることを予想していたか!」
舌打ちしつつ、むしろクイン大尉は獰猛な笑みを浮かべた。
「いくつか位置を予想して進路に送り込んでいたな。思ったより楽しませてくれるじゃないか!ピアソン!」
「シールド12%低下!」オペレーターが上擦ってはいるが十分に抑制された声で報告してきた。
画面の向こう側では、ピアソン大尉の雷撃艇が虹色に防御力場を輝かせながら、反転し、迫ってこようとしている。
「反撃だ!」クイン大尉が吠える。
雷撃艇リンドブルムが機関を猛然と震わせながら、主砲を撃ち始める。わずかに怯んだかのように押されたネメシスは、いなしながら、クイン大尉の予期した方向へと艦を移動して攻撃をいなしている。
「甘いぜ!」クイン大尉とて予想した敵の進路に罠を仕掛けてない筈がない。
「無人偵察機に信号!特攻かけさせろ!」ハンフリーズ艇長に合図を送った。
「アイアイサー!」
ハンフリーズ艇長がコンソールで信号を発信すると、一光秒の位置のドローン偵察機が次々と雷撃艇ネメシスへと突撃していく。予想された進路に伏せておいたクイン大尉の仕込みの一つだった。
猛然と主砲を打ち続けるリンドブルムへの対処と波長を合わせたかのような自動機械群の攻撃。マンパワーを割かれたか。ネメシスは体当りするドローン偵察機や機雷を辛うじて撃退するものの、最初に爆発した数発の機雷と偵察機がばら撒いたチャフや電磁波に索敵精度が低下したか。対空砲火の精度が傍目にも低下する。
「引きつけて撃ちすぎたな!ピアソン」クイン大尉が叫んだ。
リンドブルムの粒子砲の数発がネメシスを直撃した。シールドが頑丈で防ぎ切るも、背後から突撃してきた偵察機が遂に体当りした。ネメシスが大きく揺れる。
「虹色!よし!威力のでかい奴が当たったぞ!」クイン大尉が叫んだ。
リンドブルムの方角に防御力場を全開させていたのだろう。思わぬ伏兵にかなりの打撃を受けたようだ。
「よし。此れで互角か!仰角24度!ファイア!」
互いに防御力場をきらめかせ、2隻の雷撃艇は虚空を泳ぐようにエネルギーの刃を用いた死の決闘を踊り続ける。今や、戦いは真正面からの殴り合いにもつれ込んだ。
先に緊張を切らせたほうが沈むだろう。だが、ピアソン大尉は、クイン大尉が予想していたよりも遥かに粘り強く食らいついてくる。
「やるじゃないか!ピアソン!」クイン大尉が歯を剥き出して叫んだ。
幾人かの人間にとって波乱の幕開けとなった一日は、恒例のシミュレーター訓練から始まった。
オベロン号のシミュレーター設備で、配置についた乗組員たちを前に、ピアソン大尉はなんでもない調子で呟いた。
「マクラウド君」
「はい。艦長」呼びかけられたマクラウド2等海尉が返答すると、ピアソン大尉は彼をじっと見つめてから、ゆっくりと頷いた。
「私は負傷した。ソームズ君もだ」
「はい?」とマクラウド中尉が返答した。
「2等海尉である君が指揮を執り給え」
淡々と告げると、ピアソン大尉とソームズ中尉は相次いでシミュレーター室から出て行った。
マクラウド中尉は仰天した。指揮官としては、きっと物おじしないミュラ少尉の方がよかっただろう。彼女は、喧嘩が上手い。間合いの取り方の上手さや呼吸の読み合いは、半ば本能的なものだろう。 戦術が単調で裏をかかれやすいが、いざという時の勢いは凄まじいものがある。砲撃の命中率の低さを補える掌砲長や副長が付けば、今すぐにでも艦長として通用しそうな安定した強さを持っていた。
それに比べてマクラウド中尉は、意図せぬ事態に弱いというべきか。端的に言うと惨敗した。
「2等海尉のマクラウド中尉だ。今回、ピアソン大尉とソームズ中尉が負傷したために、私が臨時で指揮を執る。で、では状況を開始する」
自信の無さげな声で指揮官の交代を告げられた部下たちは、人が変わったように精彩を欠き、マクラウド中尉の戦術も敵の後手後手に回った。
敵の意図を読もうとして空回りし、素早い機動に対応しきれず、その砲撃精度に怯んで、不用意に間合いを取った。士官学校の一年生でももっとましな戦い方をするだろうという無様さで、シミュレーター室に居合わせて見学していたオベロン号の士官たちが苦笑いをするほどであった。
ソームズ中尉は後ろ手を組んだ姿勢で無言で注視し、ピアソン大尉は採点するようにノートに戦術や戦訓を次々と書き込んでいる。
マクラウド中尉にとって地獄のような6時間がようやく終わりを告げた。シミュレーターの画面に戦績が表示される。
マクラウド中尉の戦歴
条件・雷撃艇 整備率100
敵条件
・練度C 正規軍 ストーム戦闘艇3隻 整備率80 勝率 33% ▲(敗走)
3隻のストーム戦闘艇に翻弄され、1隻を撃沈したものの残り2隻に散々に叩かれ、半身不随状態でワープポイントから逃走したとき、マクラウド中尉のプライドはボロボロになっていた。
ピアソン大尉が、ゆっくりとシミュレーション設備へと降りてきた。
「悪くない」開口一番にそう告げた。
「ですが、しかし……」とマクラウド中尉が口ごもった。
「誰と比べているのかね?」ピアソン大尉は片方の眉を軽く上げた。
「私とソームズ君は物心ついた時から訓練を開始している。もし、十分の一の訓練時間で追いつけると思われていたのならば、侮られたものだ」嗜めるように淡々と告げた。
「は、はい」マクラウド中尉が背筋を伸ばした。
「私は、君に……」ピアソン大尉が言いかけた時に、背後で無遠慮な声が上がった。
「しかし、ひどいもんだ」
シミュレーション設備に数人の見物人がやってくることは珍しくない。その中にオベロン号の乗組員もいれば、王立海軍や辺境軍の士官たちもいた。遠慮のない声は、アンソニー・クイン大尉のものだった。
ピアソン大尉が冷ややかにクイン大尉を眺めてから、シミュレーター上でのネメシスの動きを3Dホログラムへと表して、頷いた。
「この戦いを酷いと思うのは、見る目がないものだけだ。一つ一つの意図はよく考えられている。君は最後まで諦めなかった」その言い草にアンソニー・クイン大尉が上げた派手な笑い声は、どうやらジェームズ・アーサー・ピアソン大尉の勘に触ったらしい。
「見ていて退屈だろう。クイン君。どうかな。仮想対抗訓練をしないかね?」
「面白いな」ピアソン大尉のこの挑戦に、クイン大尉がにやりと笑った。
「では、2日後の17時に。お互いに部下の体調を整えておこう」ピアソン大尉がそっけなく告げた。
大型シミュレーター室から退出するクイン大尉の後ろ姿に鼻を鳴らした後、ピアソン大尉がマクラウド中尉に振り返った。
「た、大尉殿。」申し訳なさそうなマクラウド中尉のしけた表情を見やってピアソン大尉がうなずいた。
「マクラウド君。クイン君は君を侮っている。叩き潰してやりたまえ」
「私が戦うのですか?」マクラウド中尉は仰天したが、ピアソン大尉は常の冷淡な表情を崩さずに素っ気なく告げた。
「侮辱を受けたのは君だ。それとも私に戦って欲しいのかね?」