3-20 オギュトス解放軍
おまけっぽいエピソードだぞ
一話だけ(16000文字)だから脇道にそれても許すんだ
奇怪な文化を創り上げていたザーンの貴族たちは、オギュトス領域における絶対的な支配者だった。ザーンは奴隷制度の敷かれた領域であり、ザーン人は狡猾で邪悪、気まぐれで残忍な種族であった。宇宙艦艇が在る時代。巨大な工業力と資源、科学文明と軍隊を持ち合わせた主人に哀れな奴隷たちにどんな反抗ができるだろう。ローマ時代であれば、主人も奴隷に一定の配慮をせざるを得なかったに違いないが、産業革命の後も奴隷制が敷かれていた一部の欧米諸国には、人類史上類を見ない規模の奴隷制が存在していた。ザーン人の所業は、それを数段上回っていたに違いない。幾万もの恒星系に君臨して限りなく地獄に近い世界を創り上げようと試みていたザーン人は、種族的にはアングロサクソンに近似していたが、同じくアングロサクソンの末裔である筈のログレス人とはひどく不仲であった。ログレスが変わり者の海賊の小国家に過ぎなかった時代、古きザーンは遥かに強大であり、ログレスを滅ぼしはしなかったものの、国際政治の場においてしばしば侮辱し、辱めを与えてきたからである。やがてログレスはザーンをも凌駕する勢力に至ったものの、滅ぼすよりは顔を合わせるのも嫌な存在だと公言し、両国は殆ど没交渉に近い状況であった。
ザーン人はまたねじくれたユーモアの持ち主として有名であり、しばしば保護の名を借りては、弱い種族を侵略し、人道の名を借りては、隷属させた種族を絶滅へと導くような政策を施した。これは時にひどくログレスを怒らせた。なぜならログレスが良心の呵責を覚えつつ、悪辣さを大義名分や正義で糊塗して利益のために行う侵略行為を、しばしばザーン人は醜いカリカチュアとしてそっくりに再現し、その偽善性を痛烈に嘲笑ったからである。
両国が共に今より遥かに弱小であった時代、ログレス人が地球の旅客船を襲撃して、旅行中の某王家の末裔を拉致して王位につけた時にも、ザーン人は同じく別の王家の血を引いた適当な地球人を誘拐。海賊の仮装をした貴族たちが無理矢理に少女を玉座に座らせ、国王万歳と三唱してみせる映像を放送した。更には怯える国王に粗野な海賊たちを無理やり貴族に任命させ、田舎者の海賊たちが舞い上がっては大げさに喜び、はしゃぎ、自惚れる演劇を銀河系に流してみせた。
この時ばかりは冷静なログレス人も腹に据えかねたのだろう。程なく演劇戦争が勃発。タキシードに尻を丸出しの格好で紳士気取りの海賊を演じたザーンの公爵が捕虜となり、ザーン貴族の正装としてその格好でログレスの軍事裁判にかけられ、永劫凍結刑に処されている。ログレスの首都キャメロットにある軍事博物館を訪れてみれば、いまも戦利品のコーナーに飾られているゾマ公爵の姿を目にすることが出来る筈だ。
数千万人が戦死する惨事ではあったが、互いに他に敵を抱えている立場であるために小競り合いに終始したまま三年ほどで戦争は有耶無耶のうちに終結。以降、両国の国交は公式に断絶している。ザーン国王に任命された哀れな少女がどんな末路を迎えたかは知られていない。一方、ログレスに拉致された方は、立派な海賊の親玉として今日もその家系は健在である。
アンドレッティを思い返すとき、ギディオン・ニーソンの追憶はいつも出会ったときの場面から始まる。
―――小僧、立てるか?
眼の前で絶対的な支配者だったザーン人貴族を打ち倒して、手を差し伸ばしてくるアンドレッティは大きな男だった。
ギディオン・ニーソンにとって、アンドレッティこそが偶像だった。幸運にも傍らに仕えることを許されたニーソンの思い出の中で、アンドレッティは常に快活な笑みを浮かべていた。半神の如き絶対的な力を持って星々を支配しているように見えたザーンの貴族を打ち破り、隷属の鎖を打ち砕いたあの男に為せないことなど世に何一つ無いようにさえ思えた。ニーソンだけではない。彼に助けられた誰もがそう思っていたのだ。だが、結局はその期待こそがアンドレッティを追い詰め、滅ぼしてしまったのかもしれない。
ログレスから受けた支援との引き換えに航路航行権を引き渡すという取り決めは、オギュトス解放軍の人々にとって極めて不評だった。
「アンドレッティ。ご決断を」参謀たちは約定を翻すよう、口々にアンドレッティに迫った。
「ブレナン。それに、プレグティ。ログレスとの約定を破る意味をお前たちは分かっているのか」
「誰もがそれを望んでいます」
詰め寄る参謀たちの言葉に渋々とうなずいたアンドレッティもまた、見通しが甘かった。結局はアンドレッティも人間であり、能力には限界が在った。その限界があまりにも遠くに在ったから、皆が彼さえいればなんとかなると思ってしまったのだ。だが、人間は間違いを犯しもすれば、見通しを誤りもする。
列強にも劣らぬ力を持ち、ログレスさえ対決を恐れていたザーンの貴族たちを打倒した今、オギュトス解放軍にログレスを恐れる理由などなかった。多少の支援は受けたが、ログレスの支配階級もまた貴族であることに変わりはない。ならば、いずれは決裂すべき時も訪れる。それまでは力を蓄えよう。そう見込んでいた一部の解放軍首脳部にとって、航路航行権の譲渡は絶対に飲めない条件だった。流通物資を把握され、徴税を取られる。経済の発達は抑えられ、軍事力はお見通しとなり、永劫に搾取され続ける。つまりログレスに組み込まれた属国への転落を意味していた。いまや、戦う以外に道はないと彼らは信じていたし、勝利を確信してもいた。数に倍するザーン軍を打ち破ったオギュトス解放軍が、戦力の集中に於いて劣るログレス軍に敗れる道理などなかった。解放軍情報部の分析によれば、ログレスはあまりにも広大な戦線を抱えており、オギュトス解放軍との戦端が開かれたとしても、膨大な戦力のごく一部しか動かせないはずであった。
解放奴隷たちは、力に酔っていた。正義と復讐の美酒に悪酔いし、全能感に似た権力の行使を楽しんでいた。アンドレッティは苦い顔をしたが、彼も、結局は運が良かっただけの凡百な指導者に過ぎなかったとログレスの歴史書に辛辣に批判されたように、味方の暴走を止めることが出来なかった。権力者にとって、最も困難な状況の一つが自分を支える部下との対立だが、アンドレッティのうちにも復讐心があったのだろうか。
解放領域の腐敗した貴族に苦しめられた人々、奴隷であった人々にとって、身分制はすべからく唾棄すべき邪悪であった。貴族は、貴族というだけで罪であり、滅びなければならない。例え、それが数千年、数万年の善政の伝統を有していようが、人民と殆ど変わらぬ暮らしをしている伝統的階級の呼び名であろうが、貴族と名のつくものは全て滅んでしかるべきであった。だから、例えば、星間国家ウーラで人民が貴族に苦しめられていると耳にしたオギュトス解放軍は、すぐに彼らを助けに向かった。
惑星ウーラで住人たちが死物狂いに統治者を守ろうと立ち向かってきても、恐怖に脅かされて貴族を守ろうとしているのだとしか思えず、憎悪の眼差しを向けられることも理解できなかった。
解放奴隷にとって、貴族を殺すことは善行ですらあった。彼らは、残酷で猟奇的なザーン貴族しか知らなかった。権利的には人民と変わらず、義務的には民衆の為に身を粉にして働く貴族がいるなど想像もつかなかった。だから、指導者である貴族を殺されたウーラの人民たちが後に最も苛烈な復讐者と化して解放奴隷たちにとって最悪の追跡者になるという理不尽な未来が訪れるなど、その時点では殆どの者が想像すらしていなかった。
旧ザーン領域を制圧した奴隷解放軍には、銀河系の全土から解放軍に参加しようと数多の人々が集まってきていた。人類もいたし、エイリアンもいた。人類型、植物型、群体型、機械生命体、珪素型。意外なことだが君主制のログレスやカペーからも、情熱に駆られた大勢の若い男女たちが参加していた。
ログレス人たちの幾らかは明確に虐殺に反対し、また難民を保護して近隣諸国へと逃した。
そうして近隣星域にオギュトス解放軍の一部の暴走や虐殺が知れ渡った頃、権威あるLBC(ログレス放送協会)で銀河全域にドキュメンタリーが流され、汚名によってアンドレッティの評判は傷つけられ、内部でも徐々に不安が広がっていた。
アンドレッティは軍規に違反した者たちを厳しく処罰したが、一度ついた汚名は拭い払えなかった。いや、LBCは最初からアンドレッティの軍閥の軍規に関しては完全な偏見を抱いており、評判を落とす報道をやや多めに流す一方で、軍規の改善に関する努力は一切、報道しなかった。オギュトス解放軍の情報担当者も気にはしていたが、他には割と好意的な報道も多く在ったので、抗議はしたものの偏見の一部に関しては最後まで放置された。
しかし、今になって考えれば、多種多様で好意的・中立的なLBCの報道の中、数多の食べられる麦にたった一粒仕込まれた毒麦のようなその偏向報道。一貫してオギュトス解放軍の暴虐を訴え続けたその報道はログレスの長期的な罠であり、オギュトス解放軍に取って命取りとなった。アンドレッティを知らぬ他国の民衆にとっては、それこそが真実となり、恐怖を煽る最大のファクターの一つとなったのだ。
いずれにしても、ログレスはあっさりとは引き下がらなかった。
「ログレスからの最新のニュースが届いたぞ!」
今は解放軍本部となった旧ザーン総統府に駆け込んできた船乗りが取り出したキャメロットタイムズの見出しを目にして、オギュトス解放軍の誰もが顔をしかめ、怒りの叫びを発した。
「なんだこれは?独裁者アンドレッティ、ログレスに対して航路航行権を要求、だと?」
「まるで出鱈目じゃないか!俺たちは本来、俺達のものを取り返そうと言うだけだ」
オギュトス解放軍の面々にとって、今やログレスの悪意は明白であったように思えた。そして彼らは強大なザーンを恐れなかったように、ザーンに匹敵する領土を保有するログレスも当然に恐れはしなかった。
「落ち着け、所詮、内向けのニュースだ。好きにほざかせておけ」
「ログレスの王立艦隊が動員を開始している。これは確かな情報だ」
「どうする?」
「今はまだ、ログレス本土に攻め込む力はない。もう五年もすれば確実に勝てるだろうがな」
首脳部がそれでも楽観視している中、一人アンドレッティだけが沈黙していた。
その時、オギュトス解放軍の指導者は随分と長いこと沈黙していたが、天を仰いで呟いた。
「どうやら竜の尾を踏んだらしいな」
オギュトス解放軍は要求を撤回した。ログレスの大使たちは、引き続き、領土境界線に関する交渉を続行していたが、ある日、急に交渉の打ち切りを通告してくると、宇宙船で逃げ出すように姿をくらました。
それと入れ替わるように、キャメロットからの最新ニュースを携えて、交渉担当者が駆け込んできた。
「アンドレッティに賞金がかけられた。新聞で、これを!」
【ザーンの全域を征服した独裁者アンドレッティは、いまやログレスにまでその邪悪な欲望を向けた。彼とその軍隊はログレス航路に出没し、臨検を行い、船を拿捕した。この忘恩の徒を放置すれば、どれほどの暴挙を為すかは想像に難くない。第2のナポレオンが誕生するであろう】
手違いは何処にでも在る。ログレスは、新世界諸国や第七帝国とは異なり、自作自演工作をそれほど多用しない。それよりは偶発的に起きた事象をうまく組み合わせて、しかし、全体的な印象を全くつくり変える手腕に長けていた。あまりにも上手く嘘をつくので、しばしば、当事者でさえ誤解や不運の結果と思い込んでしまうが、ログレスは確固たる意思に基づいて戦争計画を遂行する。
ログレスの領域は、ザーンを含むオギュトス領域全土に匹敵するとも、それ以上に広大だとも言われていたが、しかし、オギュトス解放軍の殆どのメンバーは、ログレスに関する実際の正確な知識を持たなかった。星の海の彼方にある勢力がいかに広大な領域を誇ろうとも、彼らになんの関わりがあるだろうか。
そうしてオギュトス解放軍の将兵たちは、1割の貴族と9割の奴隷が支配する世界で、奢侈に財を蕩尽してきたザーン貴族と、ログレス貴族を同一視して戦いを始めることとなった。
数百万年に渡って蓄積された富とインフラ。常に強大な敵と対峙することで絶えず研磨されてきたログレスの戦略と戦術。宇宙艦隊に重点を置くログレスの軍事力は、果たして奴隷を踏み潰すための道具であるザーン正規軍と同程度だろうか。危ぶむものも少なからずいたが、ログレスが如何に強大だとしても、例えその戦力がザーンを上回っているとしても、正義はオギュトス解放軍にあり、過程がどうあれ最終的な勝利は疑うべくもなかった。解放軍将兵の大半は、戦争を恐れず、むしろ嬉々としてログレスとの開戦の一報を受け入れた。
第一報は、ノルザック星団だった。最もログレスの戦力が重点配置されている国境であったから、これは想定通りだった。
「ログレス軍の先鋒は、ノルザック星団に侵入しつつあり。大型艦8万隻を中心にした正規軍160万隻。王立海軍です!」
「黄金有翼騎兵艦隊………ピアソンか」とブレナン作戦部長が苦い顔で呟いた。
王立海軍でも名だたる提督の一人だった。
「予想はしていたことだ」アンドレッティは揺るがない。
「戦力を集結させよう。マウリヤからクレイロスにかけての兵力を移動させて、防衛力を高めろ。此処で押し返す。一歩も踏み込ませるな」
アンドレッティの指示は冷静で的確であり、艦隊は命令に従って素早く縦深を構築した。ピアソンの艦隊がうかつに進めば、機動力に長けた軽快な小型艦艇が退路を遮断し、四方八方から食いついて殲滅するであろう。
第2報が飛び込んできたのは3日後、ベートリー星団の守備隊からであった。
「ベートリーから敵艦隊侵入!数およそ120万」
第2戦線を構築されたアンドレッティは、しかし、なおも動揺は見せなかった。
第3報は、さらに12時間後。ゲルマ星団から40万隻。第4報、タイナスから200万隻が侵攻してきたのは、30時間後だった。
1週間後には、統合作戦本部の巨大航路図の上に、6本の太い矢印が細かな矢印を枝分かれさせつつ、中央へと進んできている姿が描かれていた。
「さらにワィムからHMS20万を中核とした大小420万隻。これが本隊と思われます」
「もういい」報告する副官を遮ったアンドレッティの声はひび割れていた。
「指揮官は、ピアソン、モートン、ジブソン、レイノルズ、シャリス………」
「首吊判事、海賊処刑人、死神、ブレードトゥース、ノマド」
提督の名を呼び上げる報告に合わせるようにつぶやかれた声は隠しようの無い不吉さを伴っていた。
「………手強いんですか?」不安そうに尋ねたニーソン少年に近くにいた軍人が首を振った。
「王立海軍で十指に入る連中だ。さらに言えば、どいつもこいつも血も涙もない」
「ログレス艦隊の総兵力、およそ1500万」前線からの報告に静まり返る。
構成比率の内訳は戦列艦が120~130、ドレッドノート級230~250、巡洋戦艦500~700、巡洋艦2000、駆逐艦8000、突撃艦7万、補給艦、揚陸艦が各々15万、フリゲート30万。そして戦闘艇1400万。
此れは王立海軍に一般的な編成と構成比率。つまり、総督配下の辺境軍や諸侯軍などではなく、精鋭である正規機動艦隊であることを意味していた。
「王立海軍の15%か。なんとも光栄なことだ」アンドレッティはなんとか笑ってみせた。
王立海軍が主力艦1億隻を擁しているなどという与太話は、アンドレッティとて信じていない。
しかし、ログレスの戦力配置からして、抱えている各戦線に負担をかけず、動員できると想定していたギリギリの数。恐らくありえないと考えていただけの数を動員してきた。そして恐らくログレスの信じがたいほどの生産力と経済力を持ってすれば、一年を通して動員し続ける事のできる兵力でも在った。
「抽出するにしても、後3ヶ月はかかると見ていたが………」
「こちらの配置は?」
「いかにログレスでも大型艦70万隻の行動を長期間、支えきれる筈がない」
クーム提督の指摘にプレグッティ参謀長がうなずいた。
「大軍の維持には莫大な物資が必要です。エネルギー、食料、弾薬」
「前もって物資の備蓄をしてあったんだ」一人の青年将校がうめいた。
「不可能だ。たとえログレスでも、こんな短期間に出来るはずがない」
「ログレスが。俺たちがザーンを滅ぼす前から、輸送船を雇って、国境沿いの植民・テラフォーミングに。エネルギープラントを設置していた。動乱の時代が終わったから、と」
青年将校は崩れ落ちてうめいた。頭をかきむしる。
「俺も雇われた。俺達の手で連中の物資を………」
戦況が一旦、整理されて改めて説明された。
「各戦線とも辛うじて持ちこたえています。現時点での1日当たりの損耗は6万隻。
ただしこれは解放軍の有する最も大型で、最も強力な艦艇が含まれています。ログレスの損耗は日に2万隻ですが、充当されている模様です。
前線には日に15万隻を補充しており、こちらの戦力が整い次第、各戦線で反撃を開始します」
1日当たり6万隻の損耗は、ザーンとの激戦時に迫る膨大な数であったが、解放軍は1億を超える戦闘艦艇を有している。
「もっと深く誘い込めないのか?」幾人かの前線指揮官の要望は、参謀たちによって却下された。
「ログレスの各艦隊は、現時点で我々の最も重要な要衝に迫りつつあります。陥落すれば、工業力に甚大な被害を受けるか。連結を遮断されることになるでしょう」
「此方の集結は、あと2週間は必要だ」
「前線では、我々の最も勇敢な男女が命がけで時間を稼いでいることをお忘れなく」
ログレス軍だけが相手であれば、オギュトス解放軍は勝てないまでももう少し善戦しただろう。
最も強力な艦艇がログレスとの戦争の為に占領地から次々と引き抜かれ、後背の広大な領域が手薄になりつつあっても、解放軍首脳部は自分たちがザーンと同じ戦略上の過ちを犯しているとは考えずに、何故か事態を極めて楽観視していた。
為に後背で大規模な暴動が発生した時、彼らは狼狽し、大義を守るための戦争に献身すべき状況で身勝手な要求を突き上げてくる我儘な人民に対して怒りさえ覚えて、軍事力による速やかな制圧を選択した。
勿論、戦争で不利な状況にある時に支配領域での弾圧がどんな結果を迎えるかは、火を見るよりも明らかであった。
アンドレッティや首脳部の命令系統にない制圧指令が次々と出され、オギュトス解放軍による虐殺事件が頻発した。現地の暴走もあれば、明らかな撹乱工作も在った。ザーンによるものか、ログレスによるものか。恐らくは前者だろう。ログレスが如何にインテリジェンスと外交工作に優れているとは言え、オギュトス解放軍の指揮系統に短期間で蜘蛛の巣のようにネットワークを張り巡らせることが出来るとは思えない。ただし、ログレスはこの状況を最大限に活用し、列国のマスメディアは虐殺事件を連日報道し続けた。各地で暴動が頻発し、解放軍に対して立ち上がる解放軍が、反乱軍が、革命軍が次々と誕生した。
オギュトス解放軍は、苦境に立たされつつあった。今までにない苦しい戦いであった。前線の敵はザーンより遥かに機能的なことは今や明白になりつつあった。後背では撹乱が続いている。ザーンとの戦いには協力的であったオギュトス各星系の国々は、いまや解放軍にとって信頼できぬ同盟者となっており、叛乱防止のために解放軍の政治将校がやむなく行った最低限の綱紀粛正すらも過大に喧伝されて益々彼らの敵意を煽っていた。それでもなお解放軍の将兵は希望を失っていなかった。解放軍艦隊は、王立海軍を前線で押し留めていたし、無敵を誇る解放軍の主力艦隊が今や集結しつつ在ったからだ。
「それらは枝葉末節に過ぎない。ログレスを撃退すれば、自然と枯れる」
アンドレッティの声には、人々を落ち着かせるだけの力が込められていた。
「ログレス軍を迎え撃ってくれ」
アンドレッティの命令に、フルール・トゥルヌミール提督は、表情を強張らせながら、それでも大きく頷いた。カペー人だが、解放軍の初期から加わっていた歴戦の名将で、此処までの戦いのほとんどに勝利して確かな声望を獲得していた。
「貴族のドラ息子共に本当の戦争を教えてやりますよ」
綿密に作られた作戦行動に基づいて、解放軍で最も優秀な提督たちがログレス軍を迎え撃つべく、出撃していった。ログレスは分散している。戦力を集中しての各個撃破を図る。解放軍の出撃させた戦列艦は43隻。最初に撃破すべき、ピアソンの戦列艦が27隻。できれば、戦列艦を拿捕して戦力を増強する。きっと勝てる。解放軍の誇る7提督は、今まで何度も勝ち目のない戦いをひっくり返してきた英雄たちだったから、何処かで皆も信じていて全員、初戦で戦死した。特にトゥルヌミール提督はパーフェクトゲームを決められていた。ピアソンの戦列艦を一隻も沈められず、虎の子の戦列艦と戦艦、空母、巡洋戦艦を全て沈められるか、拿捕されて、彼女はピストルで自分の脳みそを撃ち抜いた。
後で読んだピアソン伯爵の戦記では、この退屈な戦役で唯一、危機感を覚えた相手だったと評していた。艦隊の編成と構成比率、航路が丸裸になっていれば、当然の結果だと伯爵は述べていたが、あっさりと負けたように見えたトゥルヌミール提督への民衆の落胆と怒りは凄まじく、彼女の生前の声望は地に落ちて、家は燃やされ、一緒に住んでいた者たちはリンチにかけられ、裏切り者扱いするものまでいた。
解放軍は態勢を立て直そうとしたが、それよりも早く仇敵が動き出した。
「フレイア星系でザーン軍が大規模攻勢を開始。我軍は押されています!」
「こんな時に………ザーン人の残党ごときに何を手間取っている!」
参謀たちは叫んだが、元々拮抗していた戦線から最も強力な艦艇を引き抜いたのだ。支えきれる筈がない。更にザーン軍は、此処を先途と惜しげもなく大金を投入して、傭兵艦隊を雇い入れていた。
「ケルピー傭兵団の艦隊を確認しました。バルジュハラ戦士団も………」
ついで近隣諸国と列強が国境を侵食し始める。
隣国のシラトゥスとパエラの艦隊が国境を突破し、更に列強であるカペーが動員を開始したとの情報も入ってきた。
幾つかの国連艦隊や宗教連合軍が、加盟国の要請に応じて動き出した。それまでは解放軍に連絡将校を置いていたキリスト教諸侯連合軍がオギュトス領域に在る国々の要請に応じて参戦して来た時、アンドレッティは敗北を悟っていたに違いない。
「さて、見捨てる訳にはいかないか。正念場だぞ。アンドレッティ」解放軍指導者が自らに言い聞かせるようにつぶやいた姿を、当時のニーソンは覚えている。きっとこの時が、アンドレッティが逃げ出して平穏な生活を手に入れる最後の機会だったのかも知れない。
「聖十字騎士団、聖銀乙女百合騎士団、血盟騎士団が確認されております」
「ザーン人は莫大な金額を献金していたからな。一方で、我々の占領地域では一部の将軍が教会の資産を没収し、聖職者を追放した」
「我々の責任だと言うのか!」
オギュトス解放軍は急速に瓦解しつつ在った。苦境に立たされると膨れ上がった軍勢は脆いもので、内輪もめが次々と発生し始める。士気とモラルが低下し、脱走兵が相次いだ。
端から乏しかった解放軍の勝ち目はこうして完全に消え去った。後は消化試合。前線では、ログレス艦隊相手に敗北を重ねていた解放軍艦隊は、殆ど消滅しつつあった。ログレス相手に徹底した主戦論者だったクーム提督は、艦隊ごといの一番に降伏した。捲土重来に燃えるザーン人の勢いは凄まじかった。近隣諸国が国境を次々と切り取り始めていた。列強の租界が誕生した。企業群や海賊が乗り込んできた。ノマドが出没し始めていた。解放軍が支配下に置いていた惑星で反乱が勃発し、数多の義勇軍や解放軍、王党派や自由軍が解放軍相手に戦争を開始した。オギュトスの数十万の有人惑星は、どうしようもない混乱に見舞われ、無秩序状態に陥っていたが、ログレスは要衝だけ占領すると、航路の領有を宣言して後は、我関せず。承認や条約を巧みに使いこなして相争う現地人から身を引き、中立の立場で戦乱を眺めながら、あっさりと大半の占領地からも手を引いた。
間抜けな話だが、オギュトス解放軍の将兵の大半は、この頃になってようやく、王立海軍との隔絶した戦力差を認識し始めていた。
解放軍は1億隻の戦闘艦艇を保有していたが、大半は武装商船や小型の戦闘艇、低文明の戦闘艦などで、ログレス軍のストーム戦闘艇と戦える性能を有していたのは、うち1割にも満たなかった。それでも戦意に優る解放軍は、装備に優るザーン軍を打ち破ってきたが、コルベットやスループなど中型以上の戦闘艦は200万隻。フリゲート以上となると辛うじて30万隻を数えるのみであった。
それに比べてログレス軍は、最低でも大型艦が71万隻。フリゲートだけでも30万隻を超えていた。ログレスの戦力は、派遣軍だけでオギュトス解放軍の全戦力を遥かに上回っていた。
小型艦の特性を活かしたゲリラ戦を行おうにも、ログレス軍は無闇に戦線を拡大せずに、航路上の要衝に基地を構築しつつ、残りの領域は気前よく参戦国や海賊、傭兵などに約束し、条約を結んでいった。オギュトス解放軍は怒り狂い、条約は無効だと関係各国に通達したが、一時はオギュトス解放軍を承認した国々からの反応はなく、全くの無意味だった。ログレス軍は、航路近隣の星域でオギュトス解放軍を駆逐しては、対価も要求せずに現地政権を承認し、深入りせずに引き返し、一方で必要と考えた星域については戦力を集結。多数の工作艦や採掘艦、移動造兵廠でも在るコロニー群を設置して、長期戦の構えで徹底的、かつ極めて効率的に解放軍を掃滅していった。
ログレスは、全土の支配を狙っている、故に奴らとの共存は不可能だ。そう確信し、警戒していたブレナン参謀長は、なおも自論に拘泥していた。仮にこのような戦乱状態に陥らなければ、ログレスはきっと全土の支配を狙ったに違いないと主張し続けた。それは正しかったかもしれないが、その頃には誰もが彼を鼻つまみ者の戦犯とみなしていたので、参謀長は毎日のように泥酔するようになり、ある日、軍工廠で足を滑らせて転落死したが、誰もその死を惜しまなかった。そうして理解者を失ったアンドレッティはますます孤独となった。
バムトゥーからケルラ、イッツラ、セドシェルと主要星系の会戦で解放軍は連敗した。解放軍艦隊は、各地で侵略者や反乱軍を相手に奮戦したが、ログレス艦隊相手には一度も勝てなかった。
わずか2年でアンドレッティが夢見た共和国は落日の時を告げようとしていた。
王立海軍が解放軍の首都に迫りつつあった。HMS25万隻を中核として侵攻してくる王立海軍400万隻に対して、700万を超えるオギュトス解放軍の艦艇が集結し、迎え撃とうとしていた。
最後の戦いとなったウルナハル星域会戦。オギュトス解放軍は、二重三重の防衛戦を構築していたが、星系の外縁部では、100隻を超える王立海軍戦列艦の遠距離砲撃と王立海軍の統率の取れた波状攻撃に、解放軍艦隊が連日20万隻以上を喪失し続けていた。
惑星ウルナハルの宇宙港では、民間人を乗せた最後の脱出船団が未踏領域へ向けて飛び立とうとしていた。
「俺も戦わせてください!」言い張るニーソンにアンドレッティが笑いかけた。久しぶりに見せた快活な力強い笑みだった。
「馬鹿を言うな。坊や。これは大人の仕事だ」
アンドレッティはそう言ってから、ニーソンの肩をたたいた。
「家族を守ってやれ。ギディオン・ニーソン。お前にしか出来ないことだ」
ニーソンは妹と母親に目をやってから、渋々とうなずいた。
「父様、いやだぁ」泣いている少女がアンドレッティにすがりつく。
「お父さんを困らせないでくれ」アンドレッティは少女を撫でてから、妻へと微笑みかけた。
「リィナ、子どもたちを頼むぞ」
妻を抱きしめるアンドレッティ。それがニーソンが見た彼の最後の姿だった。此処から先は、ニーソンがドキュメンタリーで見たパーソナルメモリーの画像だ。この時代、人々は誰もがその目で見たものを録画できる。生き残った者たちの映像と記憶、そして手記から組み合わせたアンドレッティの記憶だ。
「子どもたちの脱出の時間を稼ぐぞ」
叫んでいるアンドレッティが乗り込んだ戦列艦スパルタカスの艦橋には、見送ったはずの妻がいた。
「ごめんなさい。船に乗り遅れてしまいました、貴方」
軍人時代の制服を着て微笑むリィナ夫人を前に、天を仰いでからアンドレッティが妻を抱きしめた。
「………もう何も言うまい。背中を任せたぞ」
「はい」夫人が艶やかに微笑んだ。
遂に防衛線が破られた。ウルナハル星系外縁を防衛する艦隊は完全に王立海軍に包囲されており、火砲の性能からして降伏か、玉砕かの二択を選ぶしかなかったが、ここまでアンドレッティに付き従ってきた戦士たちは、古代ローマのスパルタカスに率いられた脱走奴隷たちのように殆んどの艦艇が乗員が全滅するまで戦った。
追い詰められた最後の解放軍艦隊の前にログレス艦隊が隊列を組んでいる。王立海軍の一見すると奇怪な陣形は、しかし、兵器の性能を最大限に活かすことを前提とした最適解なのだろう。
接近してきた王立海軍のドレッドノートから超光速通信が入った。
「家族との別れは済ませたかな。アンドレッティ君」
通信が繋がり、スクリーンに姿を見せたのは、銀髪を後ろにまとめた王立海軍の提督だった。
「………ピアソンか。お前こそ、家族に別れを告げてきたか?」とアンドレッティ。
ピアソン提督の鷹のように鋭く冷たい瞳は、おぞましい程に孫に酷似していた。
「心配は無用だ。我が一族は常にいかなる時も親しいものとの別れを覚悟している」とピアソン提督が淡々と告げる。
「………お前さんの孫には気の毒なことになるな」アンドレッティがにやりと笑った。
「どちらが気の毒なことになるかは、最後まで分からん。では、始めるとしよう」
ピアソン提督が片手を上げて通信を打ち切った。超光速通信や短距離跳躍は、戦闘が始まっては互いに時空撹乱力場で使えなくなる。通信スクリーンが消え去る。両軍が動き出した。両軍合わせて大小一千万隻の艦艇が真正面からぶつかり合う。
オギュトス解放軍は、大型戦闘艦との戦いを幾度となく経験している。
ザーンの誇る戦列艦を撃破してきた歴戦の勇士たちに恐れはない。
「シールド全開、懐に潜り込んで切り込む」とアンドレッティが指示を出した。
オギュトス解放軍の戦闘艦隊がビームや亜光速弾、粒子砲、ミサイルを乱射しながら突き進んでいく。
王立海軍の戦列艦は信じられないほどに素早く柔軟な艦隊運動を行った。
相互の連携を可能とする陣形を保ちつつ、解放軍から距離を取りながら、火力を一点に集中砲火。
アンドレッティ艦隊の先陣は、あっさりと突撃をいなされ艦艇数を削られて消滅していった。
アンドレッティの表情が強張り、それ以降の戦闘の経過を、いつもニーソンは苦痛と共に眺める。
艦隊運動の練度と火力の精度、戦術の的確さ、判断と伝達の速さ。オギュトス解放軍と王立海軍では何もかもが違いすぎた。奴隷解放軍の艦隊は着実に削られていく。銀河帝国の大型艦を一隻も沈められない。王立海軍は、損傷した艦艇を後方に回して工作艦で修繕する余裕さえ持っていた。
量産性と航続距離、居住性を重視している為にか。意外に思うかもしれないが、ログレスの艦艇の戦闘能力は列強と比してそれほど高くない。だが、数が揃うと強い。艦の性能がバラバラでありながら、ピタリと当てはまる。単艦性能で言えばログレスの同級に9割勝てるノマドすらも、艦隊戦となると度々、敗北を喫していた。ましてピアソンは王立海軍でも一級の用兵家として知られていた。奇跡は起きなかった。
息切れし、動きの鈍ったオギュトス解放軍に向かって、ピアソンは再編していたドミニオン艦載機と火力機動力に優れた突撃艦、雷撃艇を叩きつけた。絶妙のタイミング、一瞬で解き放たれた莫大な火力が虚空を破壊的なエネルギーで満たし、解放軍の艦艇を乗員の戦意諸共に原子へと還元した。
戦闘開始から96時間後。オギュトス解放艦隊は戦力の七割を損耗し、組織的抵抗力を喪失していた。
戦列艦スパルタカス以外、殆んどの大型艦艇が撃沈か、鹵獲されていた。もはや時空撹拌力場を展開する力もなく、アンドレッティのもとにピアソンからの降伏勧告が入ったのは、傷ついた味方艦艇が逃げる時間を稼ぐために残余の大型艦がラグランジュポイントに集結しつつあった時である。
「降伏するかね?アンドレッティ君。そうしてくれると手間が省けるのだが」
ピアソン提督が常の淡々とした口調で告げてきた。
「随分と余裕綽々だな、伯爵。もう勝ったつもりかね?」とアンドレッティ。
「ザーンを倒したのだ。もう少し、楽しめるかと期待していたんだがね」
「はっ、ご期待に添えずに申し訳ない」獰猛に笑うアンドレッティを見て、ピアソン提督はなにかに気づいたようだ。少し考えてから、言葉を続けた。
「もしかして、別働隊が背後を突くことを期待しているのかな」
ピアソン提督は、アンドレッティの顔色の変化を観察しながらつぶやいた。
「あれはもう全滅したよ。なんでウッドウィル君が此処にいないと思っているんだね?」
「地獄に落ちろ、ピアソン」
「敗者にはよく言われる」とピアソン提督。
しばらくアンドレッティを観察してから、伯爵はひどくどうでも良さそうに呟いた。
「君たちは戦争が弱いな。では、もう言うこともなさそうだ。ごきげんよう、アンドレッティ君。さようなら」
ウルナハル星系外にワープアウトしてくる艦隊が戦列艦スパルタカスからも光学観測された。
「……60億キロの距離に、ウッドウィルの銀色一角獣艦隊を確認」オペレーターが掠れた声で報告する。
敵味方の位置を示す3Dホログラムが刻一刻と変化し、王立海軍を表す青い領域が完全にスパルタカスを包囲していた。
「黄金有翼騎兵艦隊が包囲を縮めようとしています」
アンドレッティが隣に立つリィナ夫人の肩を無言で抱いた時、異変は起こった。
同時刻、戦列艦ネメシスの艦橋では軽食を取っていたピアソン提督に通信が入った。
「閣下、緊急の通信が入っております」
レモンの浮かぶ紅茶を啜りつつ、固いビスケットを食べていたピアソン提督が眉をひそめた。
「ふむ?」
ピアソン提督は、赤い制服を着込んだ侍従からヴィクトリア朝様式の優美な電話機を受け取った。
「ピアソンだ……なに?生け捕り?なぜ?裁判に?」
受話器を使っているピアソンの声が不機嫌そうに高められた。
「しかし、それでは将兵に無駄な犠牲が……いいだろう。好きにしたまえ。露払いは引き受けよう」
無線機を返しながら、ピアソン提督が冷たく鼻を鳴らした。
「ディケンズ君もご苦労なことだ。その価値が在るとも思えないが」
ピアソン提督の艦隊が拡散し、スパルタカスではなく恒星系内に展開して、なおも奮闘している解放軍艦艇への攻撃を開始した。しかし、スパルタカスは、ピアソンと戦うことも撤退することも出来なかった。恒星系天頂方面から高速戦闘艦を中心とした王立海軍の新手が一本の矢のように満身創痍のスパルタカスへと襲いかかってきた。
「スルトを確認。レイラ・ディケンズの旗艦。青薔薇弓騎兵艦隊です」
オペレーターがなおも冷静を保って報告する。
「フリゲートを中心に8000隻。突撃してきます」
「ファイアー!」アンドレッティの号令とともに、残された数万の兵器が一斉にエネルギーを投射した。しかし、フリゲートの一群は煌めく虹色の力場に包まれて、一隻たりとも崩れない。
「シールドが強力です!……突き破れない」報告するオペレーターの冷静さがひび割れて、声にうめきが混じった。
アンドレッティは舌打ちする。
周囲の解放軍艦艇はほぼ撃滅され、スパルタカスはもはや孤軍。消耗しきったスパルタカスに向かってほぼ百%出力で展開させれば、フリゲートの貧弱なシールドでも戦列艦相手に短時間は持ちこたえられる。
戦列艦スパルタカスが大きく揺れた。フリゲートは巧みに艦隊運動を取りながら、質量弾やミサイルを次々と叩き込み、戦列艦の兵装を削ってきていた。
強力無比の戦列艦が、たかがフリゲートに翻弄されている。その光景を眺めながら、王立海軍のウッドウィル提督は、呟いた。
「せめて突撃艦を用いるべきだろう。フリゲートでは戦列艦は沈まないよ」
「法務省の要望だ。突撃艦の攻撃力では、アンドレッティを殺害する恐れがあるそうだ」
通信していたピアソン提督が鼻を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい。いかにも役人の考えそうなことだ。まあ、いい。此方は雑兵どもを片付けるとしよう」ウッドウィル提督が苦々しげに肩をすくめた。
それでも、スパルタカスは奮戦した。10分に一隻ほどはログレスのフリゲートを沈めていたが、その数倍の効率で戦列艦の武装は削られつつあった。時間と共にスパルタカスの砲門は削られ、ドローン戦闘機や艦載機も飛び回るストーム戦闘艇やワイバーン戦闘艇、そして強力なドミニオン戦闘機に撃墜され、抵抗する力を失ったままに辛うじて、味方の逃げ去った彼方の宇宙へ向けて虚空を進み続けていた。
味方が逃げ去ったはずの星系外縁に満身創痍の解放軍艦艇が次々と跳躍してきた時、スパルタカスも遂に動くのを止めた。
「アンドレッティ。撤退中の避難船団が襲撃を受けたと……」
撃沈寸前の味方艦艇からの通信に、スパルタカスの艦橋は静まり返った。
「ブレードトゥースの艦隊に補足されて、一隻残らず殲滅か、拿捕されたそうです」
オペレーターの報告だけが淡々と告げられていた。
「此処までやるか」うめいたアンドレッティが膝から崩れ落ちた時、腹心のプレグティが動いた。
将校たちが一斉にアンドレッティと夫人に銃を突きつけた。
「なんの………つもりだ」アンドレッティが目を見張って、仲間であったはずの男女を見回した。
「ログレスに降伏します。皆の総意です」プレグティがささやくような声でつぶやいた。
「貴方と、貴方の家族を手土産にすれば、残りのものは助けてもらえると」
アンドレッティは呆然とし、ついで激発した。
「ふざけるな………お前が!お前たちがログレスとの戦いを望んだのだろう!避けようとした俺に皆がそれを望んでいると!そのお前が!」
解放軍指導者は、プレグティに詰め寄ろうとして制止され、殴打を受けた。
床に崩れ落ちた彼に申し訳なさそうにプレグティは声を掛けた。
「私はなんと非難されようと、処刑されても構いません。でも家族は助けたいのです。許してください」
見上げたアンドレッティからプレグティが目をそらした。
「連れて行け」周囲の兵士たちにそう命じる。
「待て!妻と娘たちを……引き渡せば処刑される!頼む!プレグティ………プレグティ!」
アンドレッティの叫び声が徐々に遠くなっていった。
ログレスは、アンドレッティを処刑しなかった。アンドレッティとその家族は、戦後に樹立されたプレグティを首班とする人民政府の裁判に掛けられて国家反逆罪及び人道に反する罪にて有罪。死刑宣告を受けて公開処刑された。プレグティはどうなったか。彼は長生きして孫と子孫に囲まれて今も幸せに生きている。
あとに残されたのは、半世紀後の今も終わらぬ地獄。そして組織的な抵抗力を失った解放軍首脳部への徹底した残党狩りだった。
ログレスは、自分たちの抑えた航路と幾らかの要衝を承認する相手であれば、どんな勢力も承認した。
「残念ながら、我々の戦力では航路を安全に保つだけで精一杯なのです」
彼らは宇宙航路にしか興味がないと婉曲に公言していたし、事実そのように振る舞った。時折、気まぐれに害のない集団に助けの手を差し伸べて、LBCドキュメンタリーでオギュトス領域の混乱を憂いる意見を学者が述べたが、現実は変わらない。今もオギュトスでは、血で血を洗う抗争が続いている。
Q「いつになったら任地につくのかなぁ?」
A「頭ん中の妖精さんが突然にこういう話書きたいって言い出したんだ。
艦隊戦をちょっと書きたかったんだ。次回、本筋に戻るんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
●フロッグ・トゥルヌミールズ0➖43ブリカス・ピアソンズ○
(120時間コールド勝ち
トゥルヌミールズ監督のコメント「次は地元でのゲーム。こう簡単には行きませんよ」
なおオーナーは監督に対して敗戦責任を追求、解任の意向。