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3-18 宇宙の孤児

 もう一年も前の話となるだろうか。惑星ダリュムの宇宙港近くにある裏路地の大型店舗で、奴隷商人はリストを検索しながらつぶやいた。

「そうだな。お前は気立てもいい。できるだけ、親切な主人に売ってやろう。何人か、心当たりがある」

 壁際に立つ若い娘に対して、空中の3D画像で幾人かの顧客のリストを提示した。

「一番いいのはシンプソンだろうな。あの人の下なら、お前にも新しい人生が開けるだろうよ」

 奴隷商人は冷酷だが不必要に残忍な性格ではなかったから、ニア・ススは奴隷商人の言葉に素直にうなずいた。


 ニア・ススとユル・ススが買い取られてからも、リゴン人たちは惑星ダリュムの各都市を廻っては、手ごろな価格のメルト人奴隷を買い求めていた。

 リゴン人たちは可能な限り多くの奴隷を欲する一方で、しかし、その懐具合は豊かとはいえないようで、各都市を回って交易を行ったり、労働に励むことで少しでもクレジットや金貨など購入資金をかき集めようとしていた。

 しかし、その頃のダリュムは、奴隷価格は高騰する傾向を示していた。安値で購入できる価格帯のメルト人たちは、技能も性格もそれほどよろしくはなかったが、リゴン人たちは人手が欲しいようで兎に角、人数をかき集めようとしていた。

 大陸の町々を巡る間、リゴン人たちはメルト人奴隷だけでなく、街の若者や流れ者に対しても盛んに母星の開拓団への参加を呼び掛けていたが、家畜や土地、機械を報酬に約束しようにも結果は芳しくなかった。

 当たり前といえば当たり前の話だった。今やおびただしい数の開拓者たちが流れ込んでいるメルト……ダリュムの地には、家族連れや技術者たちも多かったが、そういった人物たちは、前途洋々な現在の生活を捨てるつもりなど微塵もなかったし、食い詰めた宇宙開拓者なども、新生活への希望に燃えていた。

 結果として、リゴン開拓団への勧誘に対するダリュム人たちの肯定的な反応は殆んどと言っていいほど得られずに、リゴン人たちはこの惑星での勧誘に早々に見切りをつけざるを得なかった。

 当時のダリュムは空前の好景気に沸いており、また巷にはチャンスが溢れていた。

 【発見】された新惑星には、数億の人々を許容できるほどの殆んど無尽蔵と言っていい新天地が広がっていた。土地は余り、税も極めて安く、人手が不足していた。一文無しの無頼漢や廃棄コロニー生まれの貧しい孤児でさえ、上手くチャンスを掴めれば、ちょっとした農場主や牧場主、新たに切り開かれた町や植民都市の有力者や顔役に成り上がれる機会が転がっている。いや、それ以上のもの……主権国家の夢を見て雨後の筍のごとく、自称王国やら、共和国やらといった小国家が、惑星の各地に林立している時期でもあった。

 一国の主の地位さえ夢ですらないのに、いったい何者が、遠い危険な開拓地での一開拓者としての暮らしを望んで赴くだろうか。ダリュムは無限のチャンスに溢れており、誰も彼もが幸運の女神のさし伸ばした腕を掴もうと熱気に浮かされていた。明日をも知れない危険な外縁領域の開拓惑星に移り住むことを希望する者などいよう筈もない。もはや故郷すら奪われ、自らの意思に拠らずして移住を強制された原住民……哀れなメルトティアン奴隷を除いてはの話であったが。


 リゴン人たち自身、あまり金回りは良くなさそうで、滞在費を節約しつつ、各都市で交易をおこなったり、労働に励んで金貨やクレジットの貯蓄に励んでいた。彼らが買い求めたメルト人奴隷は、しかし、残念ながら、それほど質が良くなかった。

 ニア・ススと同じ居留地から買われた者たちは兎も角、基地や地下都市で暮らしていた一派は、確かに科学技術を使いこなす技能を所持していたが、長い逃亡生活とストレスに大半は性格が卑屈か、さもなくばねじくれており、万事に対して猜疑的で刺々しく振舞うようになっていた。安値で大量に仕入れたメルト人たちは、しかし、暴動を起こしかねない性質を帯びており、リゴン人たちは止む無く、彼らを一括して監視できるようコンテナへと入れて運ぶことにした。


 鳴り響く目覚まし時計のアラーム音に、ニア・ススは目を見開いた。

 薄闇の中、身じろぎせずにそうっと周囲を見回した。現在いる場所がダリュムの奴隷屋の檻の中でもなく、コンテナの内部でもないことにどうしようもなく違和感を覚えて、じっと身を竦ませている。無論、今いるのがオベロン号の寝台の上だとは、起床と共にしっかりと認識していた。それでも恐怖の記憶は中々に抜けないものだ。人生の大半を過ごした森の小屋での楽しい思い出は遠く薄れつつあり、幼少の頃のメルト人たちがまだ暮らしていた小さな町での懐かしい思い出は殆んど消えつつあった。思い出せないことを物悲しいと思わないでもなかったが、自分が脅かされることのない自由民になったのだという感覚に、彼女は未だ慣れることが出来ないでいた。


 少しずつ呼吸を整えて、ニアは物音を立てずに起き上がった。頭では安全なことは理解していても、体に染みついた習性ばかりは早々に変えられない。部屋の中央に音もなく立つとゆっくりと伸びをして関節を伸ばした。体を動かし、怒声も暴力も飛んでこないこと、体を自由に自分の意志で動かし、好きな場所に行けるということに本能的な恐れを覚えつつ、一方でほっと安堵の吐息を漏らしもする。なんだかんだ言っても、やはり個室があるというのは素晴らしい環境なのだろう。

 ログレス人から支給されたカーディガンを羽織り、居間へと向かうと、机の上に朝食が作っておかれていた。

 ハムエッグにトマトとサラダ、ジャガイモ。トーストと数種のジャム。オレンジジュースと牛乳が冷却コップの中に満たされており、立てかけられていた小さなカードを手に取った。

「先にお仕事行ってきます。オベロン号のボーイ見習の仕事を貰いました。朝ごはん食べてね、か」

 小さなユル・ススの残したメッセージに、くすっと微笑んだ。



 30分後、身支度を整えたニア・ススが部屋の扉を開けて通路へと出てきた。

 これからオベロン号の第3格納庫へと赴いて仕事を探すのだ。第3格納庫で見つからなければ、気は進まないが第4格納庫へも行ってみようと考えている。さすがに第5格納庫には剣呑な雰囲気が漂っているので近寄るのも躊躇われるが、第4格納庫の辺りなら、保安要員も見回っていると知己の難民から耳にしていた。

 メルト人居住区の中心にある円状の広場には、若者たちが集まって音楽を鳴り響かせ、アルコール飲料などを片手にはしゃぎ騒いでいた。メルト人の若者たちの一部は解放されてこの方、仕事を探そうともせずに、毎日集まっては享楽に耽っていたが、しかし、ニア・ススはそれを責めようとは思わなかった、

 彼らは確かに怠け者で、賢いとも言えないけれど、荒んだ目つきでオベロン号船内を当て所もなくうろついては、保安要員たちに叱り飛ばされているメルト自由軍と名乗っている連中よりは遥かにましだと思えるのだ。

 今、歌い、笑っている若者たちにとっては、きっと生涯で初めての追われることもなく、食べることも心配しないで済む日々に違いない。ザラについてからの人生が、どうなるかも分からず、故郷も滅ぼされて戻るところもない。

 これから先がどうなるか、誰にも何も分からない。きっと彼らも不安なのだ。

 メルト人たちは、大宇宙の孤児だった。そしてきっと、銀河系ではそうした流浪の民は珍しくもないのだ。宇宙はただ弱肉強食で、大国同士のグレートゲームの足元では数億、数兆の人々が顧みられることなく踏み潰されている。それでも……いや、だからこそ、もしユル・ススが真実、ログレス人将校の庇護を受けられるのであれば、ニア・ススには否やはない。彼女は、ただ一人の身内の為なら、正しくなんでもするつもりだった。ただ、非情な銀河帝国将校の気まぐれでなければいいと、それだけを祈るような気持ちで願っていた。ユル・ススが裏切られて傷つく姿だけは見たくない。故郷、ただ一人の友人、祖父と老人たち。あの子はもう此れまでの人生で、充分すぎるほどに色々なものを奪われてきたのだから。


 鯨に似た形状のオベロン号は恐ろしく巨大な船であり、内部は込み入った通路が入り組んでさながら迷宮のようだった。下級の船室からは、幾つかの無重力階段とエレベーターを経由しなければ、隣接した区画へと移動することも出来ない。通路には、暴動に備えた巨大な隔壁が設置されており、時折、ブラスターで武装した保安要員の姿を目にすることが出来た。そんな保安要員たちも、王立海軍の水兵に対しては、警戒しつつも、ある種の敬意を持って接してるのが理解できた。王立海軍の水兵たちは恐れられている一方で旅行者らしき人類やエイリアンのうちには時折、明らかに憧れと分かる眼差しを向けている若い男女も少なからずいるようだった。もしかしたら、ユル・ススも数年後には縞々の水兵シャツを着ているかも知れないが、王立海軍での暮らしは自分が思っているよりも悪い生活ではないのかもしれないとニア・ススはそう思った。


 この巨鯨のはらわたを移動している最中、第3格納庫へと向かうメルト区画の通路の途中、お揃いのバンダナを身に着けた若者たちが荒んだ目で屯しているのを幾度も見かけた。

 いやな気分のニア・ススが区画の終わりあたりに通りがかった時、複数の小柄な人影が行く手を遮るように物陰から飛び出してきた。

「止まれ!」ニア・ススの目の前に立ちはだかった小柄な若者たちのうち、数人は顔を隠すマスクを被っている。

「あら、なに?」とニア・スス。

「徴税を行う!」調子っぱずれの甲高い声で、真正面の人影が叫んだ。

「徴税?」首をかしげるニア・ススに、さらに覆いかぶせるように叫ぶ。

「お前たちが働きに出ていることは知っている!メルトの栄光に奉仕できることをこう……こう……光栄に思え!」

 つっかえながら叫んでいる覆面の少年をじっと見つめてから、ニア・ススはため息を漏らした。

「ロロ、お母さんが悲しむわよ。貴方がこんなことをしていると知っているの?」

 ギョッとしたように一瞬、体を強張らせた覆面の少年から視線を外すと、周囲を取り囲んでいる覆面の少年少女の名を一人一人上げていく。

「ミドナ・スー。ムム・ロー。それにエル・カカ……」

 いずれも同じ集落で育った子供たちのはずだった。覆面した少年少女の名前を当てると、動揺したように呻きを漏らした。怯んだ気配からするに後ろ暗くは思っているらしい。

 唯一の身内が此処に加わっていないことにホッとすると同時に、メルト人に絶望をしただろうユル・ススの想いのうちを鑑みれば、ニア・ススさえ辛くて胸が張り裂けそうになる。

 それでも、どうやらまだ聞く耳が残っている様子に、わずかに安堵を覚えつつ、気持ちを気丈に振り絞ってニア・ススはお説教の言葉を口にした。

「真面目に働いている大人から強盗することが、自由になったあなたたちの本当にやりたかったことなの?違うでしょう?」

「ご、強盗なんかじゃ……」

 手を腰に当ててニア・ススは強い口調で言った。

「誰に焚きつけられたのか知らないけれど、直ぐにこんなことはお辞めなさい!今なら、あなたたちのお父さんお母さんには報告しないで上げるわ」

「……ど、どうしよう」

 親を出されて顔見知りのお姉さんと近所の子供の関係に戻ってしまったらしく、少年強盗団は動揺して顔を見合わせた。

「次に見かけたら、船の保安員に報告するわ。そうしたら、あなたたちはコンテナに逆戻りよ。分かったわね?」とニア・ススは言ってから、脅しが足りないと考え、彼女は、危惧している状況を具体的な言葉にした。

「そうね。もしかしたら王立海軍の水兵がやってくるかも。彼らはリゴン人や奴隷商人なんかよりずっと恐くて容赦はないわよ。奴隷商人の扱いがお遊びだったっていうくらい、辛い目にあわされるわ」

 この言葉に覆面の少年少女たちは、本気で震えあがった。失禁したものまでいたが、これだけ脅さなければ子供たちは道を誤ったまま、突き進むかもしれない。まだ、引き返せる。今が肝心だった。


「さあ、子供たち。家に帰りなさい。そして今だけの恵まれた時間と環境を生かして、子供らしく遊ぶか、勉強なさい。それと、その前にその悪趣味な覆面を私に渡しなさい。処分しておくから」

 ニア・ススの強気な言葉に、子供たちは戸惑い、躊躇いを見せていた。

 そして子供の一人がおずおずと覆面を脱いでから、手渡そうとした。

「いい子ね」

 ニア・ススが微笑みかけた時、背後から怒鳴り声が飛んできた。


「バカ者ども!なにをしてる!」

 大股に歩み寄ってくるのは、軍服めいた服を着こんだメルト人の若い青年だった。

「……ぐ、軍曹」子供の一人がおびえたように声を漏らす。

「黙れ!さっさと整列!民間人の言葉に惑わされるな!」

「あら、あなたが追いはぎの親玉なの。随分と若そうに見えるけど。いい年して、子供を脅しつけてお山の大将を気取って」

 言ったニア・ススの頬が軍曹の張り手に張り飛ばされた。

「侮辱は許さん」と軍曹。

「ログレスは甘くはないわよ。少し調べたけれど、海賊は絞首刑になるわ」

 ニア・ススは平然と言葉を続けた。彼女は死と恐怖、そして苦痛に慣れている。幼少から、間近で家族を失ってきた。戦って生き残ってきた。好んで慣れた訳ではないが、暮らしていたのはそうせざるを得ない環境だったのだ。開拓者たちの放った妖獣や狩人に脅かされ、時に戦いながらの生活に比べれば、軍曹の行為も言葉も何の脅しにもならない。

「絞首刑?それがどうした。俺たちは何も恐れはしない。真のメルト人の兵士に恐れはない」

 軍曹の言葉があまりにも軽くって、頬に触れてからニア・ススは思わず嘲笑を浮かべた。

「女の子と子供に対しては勇敢な坊やね」

「もう一度叩かれたいか!女!」

 軍曹が腕を張り上げた。しかし、相手は森の奥で暮らしてきた女。集落を守るため、危険な野生動物や妖獣、そして逸れ奴隷商人の小グループとライフルやナイフで渡り合ってきた娘だった。

「いい加減にしなさい」

 振り下ろされた若者の腕の手首を掴んで、腕をひねり上げ、腰で払いのけて床へと叩きつけた。

「どうしようもない馬鹿ね」

 息もできない軍曹を足蹴に体を固定し、腕をねじり上げてニア・ススはつぶやいた。それから子供たちに振り返る。

「さっさとうちに帰りなさい。そしてもうこんなどうしようもないごっこ遊びは辞めるの。分かったわね」

「許さんぞ」

 足の下で喚いている軍曹を見下ろして、ニア・ススはため息を漏らした。

「カツアゲ君が偉そうなこと言わない」

「カツアゲではない!これはメルト独立のための崇高な活動だ!メルト民族運動の活動資金となるのだ!メルトの大義に身を捧げられることを光栄に思え!」

 腕を捻った。軍曹が悲鳴を上げた。

「あらあら、死を恐れない割には痛みにはずいぶん弱いのね」

「や、やめろ。折れる」

 予想外に痛みに弱かった。若造でも、大人でも、奴隷商人でも、仲間でも、腕が折れようが悲鳴一つ上げない連中を大勢見てきたが、何故か、この青年は幸い口ほどにもない部類であったようだ。メルト人にしては珍しい。

「ほら、ほら」軽く関節の可動域を往来するたびに、大げさに悲鳴を上げている。

「ぎゃあああああ!やめどお!」

 ニア・ススは、痛みに叫ぶ軍曹の腕を固めたまま、子供たちに振り返った。

「あなたたち。覆面捨ててさっさとおうちに帰る」

 子供たちは戸惑い、固まっている。

「返事!」それまでのんびりした言葉だったニア・ススが初めて出した鋭い声に、子供たちが飛び上がった。

「は、はい!」

 蜘蛛の子を散らすように、子供たちが覆面を地面に捨てて逃げ去っていった。


「さて、君はどうしようかな?」とニア・スス。

 拘束された軍曹は息も絶え絶えだった。

「保安隊に突き出したほうがいいかしら」ニア・ススの言葉に軍曹はびくりと体を震わせた。

 クスクス笑ったニア・ススだが、笑みを止めてメルト人居住区の方角へと振り返った。

 ニア・ススの視線の先、数人の屈強そうな男女に囲まれた老人が一人、杖をついて彼女を値踏みするように眺めていた。

「そこまでにしてもらえるかね」老人がほほ笑んだ。

「そんなのでも我々の貴重な同志なのだ。放してもらえるかな。ニア・スス」


 ニア・ススは沈黙したまま、首をかしげると、老人が言葉をつづけた。

「名前を知られているのが意外かね?君とユル・スス君には、前から注視していた」

 ニア・ススの表情に、少し警戒の色が濃くなった。それを見て老人が笑みを深くした。亀裂のような笑みであった。


「リゴン人どもに交渉して、女子供にはよい部屋を与えてくれた。私からも感謝の言葉を贈ろう。君たち二人の働きは称賛に値する。そこの馬鹿者とは違う」

 老人が杖を浮かべて、軍曹を差し、再び杖を下した。

「とはいえ、そのような輩でも貴重なメルト人なのだ。残念だがね」

 本人は称賛しているつもりなのか。しかし、老人の視線にニア・ススは気分が悪くなった。

 露骨すぎる威圧感を漂わせた老人には、ニア・ススも見覚えがあった。安っぽい新世界のムービーに出てくるような大物気取りのこの老人、つい最近までコンテナの一角に惨めな姿で放り込まれていたのをニア・ススはよく覚えている。彼女とは違う集団に属していた。古い基地で捕まって、一山いくらの処分品として買われたメルト人集団の一人だったはずだ。


 ニア・ススは老人の言葉を無視することにした。構わずに軍曹の腕をさらにねじり上げた。足の下で悲鳴が上がる。軍曹は泡を吹いていた。

「……放してくれんかね?」老人が戸惑ってつぶやいた。

「いや?」

 老人の周囲にいた若い男女たちが剣呑な気配を発した。こちらは間違いなく暴力に慣れている気配を肉体から周囲に放射している。多少の強弱はあれども、多分一人一人がニア・ススと同程度には戦えるだろう。二人以上を相手にしたら、まず勝てない程度の相手だった。だが、別にニア・ススは怯まなかった。

「んー、私を殺す?多分、保安要員がすぐに来るけど」老人を見ないで、軍曹をいじめ続ける。

 男女の背後にいた覆面の大人の一人が脅かすような声を出した。

「そう強がるものではないよ。ニア・スス。事故に見せかける方法など幾らでもあるものだ」

「あっきれた。アレ・ルラ。いい大人までこんなバカな行事に参加しているなんて」

 ニア・ススがついに吐き捨てた。

「逃げ場のない船の中で独立運動ごっこ?何の成算があるの?子供を変な遊びに誘わないで欲しいものね」


 ニア・ススの棘のある言葉にも、しかし、老人は苦笑を浮かべるだけであった。

「出来れば、君たちにも是非、独立運動への協力を願いたいところだが……」

「なにをする気か知らないけれど……ログレス人を刺激するような真似だけはしないでもらいたいものね」

 ニア・ススは呟いた。ログレスに関する本を僅かだが読んだ。海賊一千万人を絞首刑にし、一作戦で十億の地上兵力を投入するような海賊帝国の船に乗っているのだ。いくら助けてくれたとはいえ、馬鹿な真似をしたら、メルト人なんか簡単に抹殺されてしまうかも知れない。

 だが、老人はなぜか余裕の笑みを崩そうともせず、愉快そうに目を細めただけだった。

 なぜか酷い不快感と寒気を覚えたニア・ススは、老人をじっと見つめた。

「……ログレス人か。連中は中々に上手くやっているようだ。ふふ、自分たちの勢力を強大に見せかける手妻など、実に大したものだ」

 老人はひどく楽しげに言葉をつづけた。

「だが、わたしは奴らの正体を知っている。本当の正体をね」

「なにを……言ってるの?」とニア・スス。不気味にほくそ笑む老人から得体のしれない圧迫感を覚えていた。

「ログレス人。大ログレス。銀河の支配者。フフ、君はそれを本当に信じているらしいが、それらは全て虚構に過ぎんとしたらどうするね?」

「……ログレスは、この宇宙船も彼らのものよ」ニア・ススは首を振ってつぶやいた。老人は何を言うつもりなのか。

「そう。確かに客船を持っているね。大したものだと認めてもいい。だが、他には?では、実際に連中の自慢する宇宙艦隊を目にしたかね?」と老人。

「……いえ」とニア・スス。

「ふむ。一万光年の領土は?三万光年の勢力圏は?銀河全域の通商網は?連中が自慢する惑星をも破壊する数万の戦艦や戦列艦は?そのうち一隻でも目にしたかね?」老人は歌うように言葉を告げてから、強く杖で床をたたいた。その音がひどく強く響いたような気がして、思わずニア・ススは息を飲んだ。

「かつて我々メルト人はログレスをうち払ったのだよ。あの詐欺師どもを。ふふ。演技を見破ってな。慌てふためく連中の滑稽さときたら」

 杖を強く握りしめ、確信に満ちた狂的な笑みを老人は口元に張り付けて大きく笑う。

「そうとも。わたしは真実を見抜いたのだよ。くふ。奴らの正体を。虚構に満ちた存在せぬ帝国と幻想の軍事力を。だが、広大な通商網だけは実在し、富をもたらしている。

 そうした詐欺師ども。実体のない帝国を吹聴する山師どもは、君には想像もつかんだろうが、銀河系には星の数ほどもいるのだ」


 老人は強い瞳でニア・ススを射抜き、うなずいた。

「今のところ、ログレス人どもは上手くやっているようだが。ふふ。虚飾を暴かれたとき、連中はどんな顔をするかな。今から楽しみだよ」そう告げた老人が踵を返した。

「協力の件。考えておいてくれたまえ。我らとて残り少ない同胞たちと好き好んでことを荒立てようとは考えていない」

 立ち止まって老人は、一言だけ告げる。

「だが、我々の邪魔だけはしないでもらおう」

「何をするつもり?」ニア・ススは恐る恐る訪ねた。

「ログレス人にできたのならば、メルト人に出来ぬはずがあろうか」

 老人の全身から強烈な自負と自信が発された。

「彼奴ら詐欺師どもが不当に収奪している富を、銀河を真に制するに相応しい者たちが奪い取って悪いわけがあるかね?いずれ、銀河はその正統なる支配者。偉大なる民族の手に帰するであろう。その時は……遠くない」

「准将!准将閣下!」

「メルトに栄光あれ!」

 メルト軍の士官服に似せた衣装を着こんだ若い男女の集団。メルト自由軍の青年士官たちが熱狂した様子で叫んでいる。

 老人は銀河をつかむように手のひらを握りしめた。

「その時こそ、誤った歴史は正され、大メルトの夜明けが訪れるだろう」




ニア・スス どこかのんきそうなお姉さん。普段は眠たげな細い瞳。

      目を見開くと、ユル・ススに似て美形。胸は大きい。


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