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3-17 光と影

 わいの頭の中の妖精さんA

「よ、四回分の更新を差し出して、読者様からもらった感想は一つ」

 わいの頭の中の妖精さんB

「このままじゃ、わしら飢え死にしちまうだ」

 わいの頭の中の妖精さんC

「じ、直訴しかねえ」


 ユル・ススも士官たちの食卓に出席を許されていた。メルト自由軍の不穏な動きに関する情報を耳にしたピアソン大尉が、此れは士官たちが共有すべき情報だと判断してユル・ススを士官たちの食事に同席させたのだ。


 ユル・ススは、旺盛な食欲を発揮してリゾットを忽ちのうちに平らげてしまったが、士官たちの食の進み具合を注視していたモー・モフがすかさずに進み出てきた。

「お代わりも沢山あるのよ」間延びした声でカエル型異星人がユル・ススに話しかけている。

「モラレスのオートミールが作り置きされていた筈だが、私はあれを食べよう。私のために作ったリゾットは、ユル・ススにやるといい」ピアソン大尉が精々、親切そうな口ぶりを装いつつそう告げた。

「ああ、艦長。優しいのね。ちゃんと作り直したよ。少しはましになっているはずよ」とモー・モフ。

「……作り直したのかね?」と尋ねるピアソン大尉。

 モー・モフはうなずいて、料理を乗せたワゴンの下の段から嬉々として鍋を取り出した。

「こっちは牛乳と混ぜて、ベリーで甘く味付けしたの。

 これは塩と胡椒とブイヨン足したの。スープね。お醤油で焼いた豚肉と一緒に食べると美味しいのよ。

 これはお菓子ね。乾燥させて、チョコやクッキーと混ぜたのよ。デザートよ」

 カエル型異星人は大きな目をクリクリさせながら、ピアソン大尉に尋ねてきた。

「どれがいいの?」

 ピアソン大尉は取り乱さなかった。彼は、ただ、心の中でモラレスのオートミールが二度と食べられないことを惜しみ、惜別の念に静かに目を閉じた。


 さて、ユル・ススは士官たちからの質疑応答に応じて、知っている限りのことを話し、また電脳の情報も提供したのだが、ピアソン大尉が注目したのは、メルト自由軍の動きなどではなく、ユル・ススが攫われてきた遠き故郷である惑星メルトのデーターであった。


 ユル・ススの話を改めて聞いたピアソン大尉は、常の冷ややかな眼差しを向けてから、念を押して尋ねた。

「君の故郷である惑星メルトは、人口4億に達していた。その数字に間違いはないかね?ユル・スス」

「……図書館にあった統計だと、そうなってました」

 ピアソン大尉による懲罰の記憶がいまだ残っているのか、やや脅えながらもユル・ススが返答した。

 うなずいたピアソン大尉が、食卓の上に3D画像を呼び出した。 

「諸君。これはメルト人たちを取り調べた際に聞き取り調査した資料だが……確かに彼らの母星の文明が崩壊したことをメルト人は一貫して口にしている」

 ピアソン大尉は、紅茶を口にしてから、言葉をつづけた。

「メルトは、ほぼ無名の惑星であり、銀河系においては海賊の襲撃によって滅亡する小規模な居留地、宇宙移民船、コロニー、小惑星居留地、都市国家はありふれている。故に、此れまで誰もこの資料に注目はしなかった。しかし、だ……」

 ピアソン大尉がもう一つの資料を呼び起こした。銀河系における奴隷市場の平均価格と流通ルートを示したグラフが表示される。

 3人の士官とユル・ススは手元に資料を引き寄せながら、ピアソン大尉の言葉に傾注していた。

「……第7辺境管区の奴隷市場における文明奴隷1人当たりの平均価格は3万£。そして奴隷は常に不足し、価値がある為に、大量に出回ったとしても簡単には値崩れはせず、また察知も難しい」

 ピアソン大尉がもう一つの資料を呼び出した。ログレスとその影響力下およそ3万光年内にある星系での宇宙艦艇の市場価格が表示された。


 ピアソン大尉が言葉を切って、3人の士官とユル・ススを見回した。

 最初に口火を切ったのは、腹心のソームズ中尉であった。いつも通りの冷静な表情で淡々と指摘する。

「3億人が売られた場合、9兆£。経費を除いても襲撃した海賊組織には3~5兆£が手に入る計算になる。

 カッター型やスクーナー型であれば、戦闘用の艤装と防護力場を施しても……2000から3000隻を揃えられる金額です」

「4億の人口を養える環境のいい惑星が存在しており、偶々、どの列強の庇護も受けられない辺境に位置し、奴隷として高く売れる程度には文明は発達しており、宇宙海賊に勝てない程度には海軍力が脆弱で、か。なんとも間が悪いことね。ユル・ススの発言が真実だとしたら、の話だけど」ミュラ少尉は肩をすくめる。


 マクラウド中尉は、一惑星の文明が踏み躙られ、4億の人々が財産と命を奪われ、自由を剥奪された挙句、いまや宇宙の隅々に売り飛ばされているという現実に衝撃を受けたのか。口を引き結び、沈黙を守っている。


 ピアソン大尉は、淡々と宇宙海賊の手に落ちたであろう財産の数々を数え上げた。

「3億人の奴隷。豊かな惑星に対する蓄積された莫大な富の収奪、獲得した工場や造船所、発電所や各種インフラ。美しく暮らしやすい惑星の3億人のエイリアンへの不動産売買、数千万人の労働力の搾取、移民への水や電気の販売」

 此処で言葉を切って、3人の士官を見回した。

「あくまでユル・ススの話が本当であれば。そして海賊勢力が母星への投資などではなく、戦力の増強に資金を費やした場合だが……諸君。我々の仕事は、当初の見積もりよりも少々、手間がかかるかもしれんよ」

「控えめな言い方ですね」ミュラ少尉が不敵に微笑んだ。

 マクラウド中尉は、無言で沈み込んだユル・ススの肩を力強く抱き寄せてやった。



 士官たちとの会食を終えた直後、ピアソン大尉は、ユル・ススとマクラウド中尉を伴ってアンドロビッチ船長に面会を求めた。

「やれやれ。なんです?今度は宇宙海賊の襲撃でも察知しましたか?」

 就寝直前に訪問を受けたアンドロビッチ船長は、機嫌の悪さを隠そうともしていなかった。

「当たらずと雖も遠からずというべきかな。船長。面白くない話と嫌な話のどちらから聞きたいかね?」

 面白くない話は、メルト人の一部が海賊初心者として記念すべき初仕事を近々行うであろう予想であり、嫌な話とは、メルト人の財産と労働力、そして先祖伝来の大地を貪り食ったであろう海賊組織が肥大化しているであろう可能性の指摘であった。

 あくまで推測に過ぎないが、可能性は高かった為、アンドロビッチ船長も眠気が覚めたらしい。

 アンドロビッチ船長の呪うような罵り声が、ピアソン大尉に向けられたものか、それとも海賊に向けたものかは分からない。

 いずれにしても元々、険しい顔つきのアンドロビッチ船長に睨まれたユル・ススは、思わず体を竦ませたが、兎も角もメルト自由軍に関する情報を提供する事となり、また接触したばかりであることもあって、アンドロビッチ船長のうちにメルト人に対する偏見や警戒は生まれておらず、早めに手を打つことと有事の際にも、残りのメルト人の責任は問わずに一部実行犯だけの責任で済ませることを約束してくれた。

 その後、ピアソン大尉とアンドロビッチ船長。そしてユル・ススを交えた3人の間で長い話し合いがあって、マクラウド中尉に経緯は分からないものの、ユル・ススはオベロン号上層の客室でボーイ見習いとして働くことになった。

 船長曰く簡単な仕事であり、休憩時間にはアンドロビッチ船長の取り計らいで、同じ階層にある控室で他のオベロン号乗組員の子供たちと共に面倒を見てもらえることと相成った。

 

 

 ―――マクラウド君、君はここで待っていたまえ。

 ピアソン大尉は、アンドロビッチ船長の部屋の前でマクラウド中尉を待たせたまま、アンドロビッチ船長及びユル・ススと2時間もの間、話し込んでいた。

 すでに時刻は夜半に近づきつつあった。下層部の途中までユル・ススを送り届けながら、マクラウド中尉は、思い切って尋ねた。

「お前、何か危ないことを命じられたんではなかろうね?」

 なんとも釈然としないマクラウド中尉は、こうユル・ススに尋ねてみた。

「それは……」言い淀んでから、ユル・ススは不安そうに首を横に振った。

「それは大丈夫。二人とも、船長は注視してくれるって。ピアソン大尉は僕の安全に凄く考慮してくれた。頭のいい人たちだよ。凄く……だから、僕は安全だと思う。僕は……」

 だが、そう告げたユル・ススの表情はひどく辛そうだった。

「どんなことを聞かれたのだい?」

「メルト星のこととメルト自由軍の構成や活動について知ってる限りのことを……他のみんなの責任は問わないって約束してくれた」ユル・ススは、聞かれるのを恐れるように囁くように呟いた。

 宇宙船の長い回廊に設けられたベンチや分厚い窓を、壁に埋め込まれた薄暗い電灯が仄かな明かりで照らしていた。

 窓から彼方に見える星は瞬く事もなく、また位置を変えることもなく同じ位置にあり続けている。

 跳躍するたびに数十光年以内の星は姿を消し、或いは大きく位置を変えた。そして数千光年先の恒星から届く光は殆んど変わらぬように見えて、やはり少しずつ大きくなり、また小さくなっている。

 マクラウド中尉は、途中の自販機で暖かいコーヒーを購入した。

 何を飲むかね?言いかけてからマクラウド中尉は、言葉を変えた。

「何が好きかね?」

「え、悪いよ」とユル・スス。

「私は好きな飲み物を聞いただけだよ。奢るとは一言も言ってない。さあ、何が好きか言いなさい」

「……ホット・オレンジジュース」恐る恐るユル・ススが言った。

 マクラウド中尉は、カードでホットオレンジジュースを購入した。

「飲むといい」マクラウド中尉が手渡して、受け取ったユル・ススがこくんとうなずいた。

「……暖かい」

 設けられたベンチに座って、窓の外に広がる星の海を眺めながら、穏やかな闇に包まれた二人は、しばし何を言うこともなく、ただ感慨に耽った。

 時折、巨大な船の軋む音と機械の微かな動作音が僅かにするだけの深海の底のような圧倒的な静寂の中、ユル・ススは自分の心臓の鼓動の音も聞こえそうな気がして目を閉じた。

 マクラウド中尉がポツリとつぶやいた。

「ほんの半年前。私は要塞勤務の士官でね。こんな遠いところにやってくるなんて夢にも思っていなかった」マクラウド中尉の物言いには、何故か物悲しい風情があった。

「僕も一年前は、森の隠れ里で暮らしていて、こんな風に宇宙船に乗って旅をするなんて夢にも思ってなかった」

 ユル・ススも昔を追憶して、それから俯いてそっと呟いた。

「でも、中尉に会えてよかったと思ってる」

 少し照れた様子で、ユル・ススはそう告げた。


 人の身からすれば永久不滅のようにも思える深宇宙を見やりながら、ユル・ススとマクラウド中尉は、自分たちの今までと此れからについて暫しの間、想いを馳せていた。

 やがてユル・ススがポツリと口を開いた。

「ねえ、中尉。ログレスってどんな国なの?」

「うーむ。聞いたことないのかね」とマクラウド中尉。

「うん。大人は何か知ってるみたいだけど」とユル・ススはおずおずと言ったが、その態度からするにあまり良い評判ではないに違いない。

 マクラウド中尉は、しばし考えてから無難な言葉を口にした。

「ふーむ。銀河の100分の1を支配していると言われている」

「すごいね」ユル・ススには、素直に感嘆された。

「……まあ、そうだね。銀河系でも列強と言われているよ」マクラウド中尉は、つぶやいた。

 これはやや控えめな言い方だった。勢力圏の数百万。もしかしたら数千万にも及ぶ有人惑星の殆んどにはログレス軍の宇宙艦艇。フリゲートやコルベット、ストーム戦闘艇やワイバーン戦闘艇といった強力な宇宙戦力が配備されており、数億、数十億の恒星系に跨る広大無辺な星間航路の安全を確保している。

 銀河系の恒星は4000億ともそれ以上とも言われているが、100分の1となると40億。実際のログレス領土はそこまで広大ではないが、勢力圏の主だった地球型有人惑星とその航路には、ほぼログレス船籍の交易船が出入りしている。


「後でログレス史を見てみるかね?」

 少し躊躇うような素振りを見せてから、マクラウド中尉はユル・ススに顔を向けた。

「いいの?」とユル・スス。

「一般教養の本が何冊か電脳に入っていたはずだが……いや、それよりももっといいものがある」

 携帯端末を取り出したマクラウド中尉だが、ふと思いついたように立ち上がって壁の自販機へと歩み寄った。


 実をいうと銀河系でのログレスの評判は少々、芳しくない。覇権国家に挑戦者が現れるのは世の常であったが、ログレスは今日まで比較的、穏当に勢力圏を支配しつつ、勃興してきた他勢力を巧みに噛み合わせて近隣での勢力均衡を図ることで、大乱を上手く避けてきていた。

 他の銀河帝国のように領土拡大を求めての無暗な侵略戦争などは滅多に行わないが、交易上の要地が外交で入手できない時に武力を行使しての占領もある。勿論、褒められた態度ではないが、銀河系の生存競争は綺麗ごとだけでは済まないとログレス人は考えていたし、少なくとも生存圏拡大を求める総力戦や民族絶滅戦争なども、自ら始めたことはない。

 陰謀や外交的挑発によって凄惨な戦争に巻き込まれた事例も幾つかあるが、仕掛けた当事者には大抵、ログレス以上の打撃を報復として与えてきた。

 自国民や属国は勿論、占領地に対する理不尽な圧政や重税、虐殺も、銀河有数の帝国としてはかなり少なめであり、どちらかと言えば無理のない通商による利益で艦隊を維持している。にも拘らず、敵国からは銀河系最大の海賊、九枚の舌を持つ陰謀家などと謂れのないレッテルを張られている上、民族や国家独立、政治上、経済上の権利を求めての地方反乱も根強く続いている。


 銀河系宇宙に並ぶものなき栄光に彩られたログレスの歴史の影には、歴史書に記されぬ夥しい血と怨嗟の響きが渦巻いているのだ。学校でありのままのログレス史を教えた場合、子供たちが鬱病になってしまう程度には、褒められたものではない。

 正直なところ、マクラウド中尉は気が進まないが、ユル・ススは聡い子であり、過酷な経験もしてきた子であった。生きることは綺麗ごとでは済まないと知っているであろうし、遠からず自分で調べ上げるであろう。ならば、隠すのは意味がないとマクラウド中尉は結論する。


 マクラウド中尉は、壁の自販機を操作する。と、しばらくして一冊の本が受け取り口に落ちてきた。

「受け取ってくれるかね?」

「わあ、紙の本。本当にいいの?」目を輝かせたユル・ススに、マクラウド中尉はうなずいた。

「勿論だ。ただそれは入門書だからね。他の本も渡しておこう」

 購入した歴史書の権利をユル・ススへと委譲しながら、マクラウド中尉は、どこか寂しげにつぶやいた。

「ログレスの歴史を学ぶ前に、ひとつ言っておくことがあるとしたら、ログレスは残念ながら正義の味方ではないが、かといっておとぎ話の悪の帝国でもないんだ」

 ユル・ススは黙って聞いていた。

「そのことは覚えておいて欲しい。そして出来ることなら、私の国を嫌わないで欲しい」

 子供に何を言っているんだろうな。思いつつ、マクラウド中尉は、思うところを告げて、ユル・ススはこくりとうなずいた。


 メルト人たちに無償提供されている下層区画では、26時間のうち夜間に当たる時間帯には照明が落とされる。これは人が寝入る時間での不穏分子の活動と治安の悪化を避ける為の対処であったが、実際に不穏な意図を抱いて闇の中で活動する者たちを抑制する効果は殆んどなく、オレンジ色の薄暗い照明の下、彼らは物陰に蠢きながら、ぼそぼそとした話し声を回廊へ響かせていた。

 

 ユル・ススは、メルト自由軍や眠る気になれない者たちの目を巧みに避けて帰宅していた。自分たちに割り当てられた部屋はコンテナハウスめいた外観で、確かにかつて立派な暮らしをしていた人たちにとっては不満かもしれないが、現状、ただで与えてもらったのなら文句を言う筋合いではないとユル・ススには思えるのだ。


 ユル・ススに、かつての町の生活。公園や花屋、喫茶店、誕生日パーティーや学校などの思い出を優しく語ってくれた老人たちはもう一人としていない。奴隷商人たちに処分されてしまった。その時のことを思い出すたびにユル・ススの小さな胸には、凍り付くような恐怖と憎悪の氷が張り詰めていくのだ。

 壮年の者たちは、他所の区画に赴いては他の乗客の施設と比較して今の生活に愚痴を漏らし、若者たちは働くでもなく、与えられた食料を貪りながら妙な気勢を上げている。もちろん、眉を顰めたり、諫める大人や若者もいないではないが、不平屋たちは聞く耳を持たない。彼らがログレス製の地獄に落ちるのは勝手だが、他人を巻き込まないでほしいとユル・ススは思った。


 自らの部屋の前で立ち止まったユル・ススは、頭の中で姉の叱責と自らの言い訳を数パターン用意してから、扉を開けた。

「ただいま、お姉ちゃん。僕ね。オベロン号のボーイに……」言いかけて立ち止まった。

 部屋にいたのは姉のニア・ススだけではなかった。彼女と向き合うようにして、部屋の中央の椅子には奴隷商人のニーソンが腰かけていた。その背後にも二人、白装束の屈強な男女が後ろ手に立っている。

 白い装束を優美にまとった長身の男は、ユル・ススを見て、ふっと微笑んだ。

「遅いお帰りだな、ユル・スス」

「何をしに来た。何でここに……」呻くように言いながら、ユル・ススはこみあげてきた恐怖に顔を強張らせてあと退った。

「お言葉だな。君を心配した姉さんが探してくれるように私に頼んだのに」

 ニーソンが椅子から立ち上がった。ユル・ススへと歩み寄ると、一瞬で手にしていた単行本を奪い取った。

「だが、ログレスの将校と会っていたなら、その心配もいらなかったようだな」ニーソン氏がうなずいた。

「かっ、返せよ」とユル・ススが手を伸ばしたが、ニーソン氏は意に介さず、パラパラと本を捲った。

「トレヴァー・リードのログレス帝国の形成と歴史区分、か。手前味噌な部分はあるが、まあ、害はないだろう」

 まるで保護者が子供にとってその本が有害か否かを判別するかのような態度をとった後、うなずいたニーソン氏が差し出したそれを、ユル・ススはひったくるようにして取り戻し、ぎゅっと胸に抱いた。

 ひどく大事な部分に無遠慮に踏み込まれて、汚されたような気がして、強い怒りでユル・ススの背が震えた。


 姉のニア・ススが、愁いを帯びたような声でニーソン氏に語り掛けた。

「ログレスはやはりそれほどに強大な国家なのですか?」

「なにしろ銀河系最大の覇権国家の一つだ」うなずいたニーソン氏が、目を閉じてから言葉をつづけた。

「かのアンドレッティですら、敵わなかった」

「アンドレッティ?」とニア・スス。

 姉とニーソンの間に醸し出された親しげな雰囲気。錯覚だと思いたいユル・ススだったが、背筋がぞわぞわするような、足元から氷が這い上がってくるような不快感に表情をゆがめた。

「銀河系から奴隷を無くそうとした男だ。奴隷商人の支配する星域で解放奴隷を率いて戦い続けた英雄さ。だが、その最後は無惨だった」ニーソン氏の語る口調は、一見、淡々としていたが、その言葉に強い激情が含まれているのは室内の誰もが。ユル・ススでさえも感じ取れた。

「奴隷解放まではログレスはアンドレッティを支援していた。だが、彼が征服した星々の航路を難民や放浪民たちに解放することは許さなかった。ログレスの真の目的は、当時、ベレスの奴隷商人勢力が治めていた航路だったのさ」ニーソン氏が大きく息を吐いた。

「あとはお決まりの転落劇だ。ログレスが手のひらを反してアンドレッティはお尋ね者扱い。鼠のように追い掛け回され、嬲り殺された」ニーソン氏の言葉に、姉のニア・ススは大きくため息を漏らした。

 

「俺は彼に解放された奴隷の一人だった。幼い俺に彼が頭をなでてくれた瞬間のことを今でも鮮明に覚えているよ」ニーソン氏は後ろに立つ二人を振り返ってから、ニア・ススに告げた。

「シンプソンに託されて教育を受け、今はリゴンの外交官という立場になった。だが、自分が奴隷であったことを忘れたことはあの時から一度もない」

 ニア・ススは、ニーソン氏をじっと見つめた。ユル・ススは姉に声をかけようとしたが、声帯が凍ったように言葉が出なかった。

「そして、あっさりと切り捨てられ、家族を抱きしめていた瞬間のアンドレッティのことも。ログレスが彼に何をしたかも、一瞬も忘れたことはない」

 そう告げたニーソン氏に、ユル・ススは憎悪を込めて言い放った。

「なのに、今は自分が奴隷商人なんだね」

「ユル!」姉の言葉とともにユル・ススの頬に痛みが走った。その痛みは、恐ろしいピアソン大尉の鞭よりもずっと痛かったように感じた。

「彼はそんな人ではないわ」

 ニア・ススの瞳は燃えるようだった。どうして自分をそんな目で見るのか。ニア・ススには分からなかった。

「お姉ちゃ……」やっと言葉を絞り出すが、縋るような眼をしたユル・ススに、ニア・ススは厳しい目を向けるだけだった。

「謝りなさい。ユル」


 膝から力が抜けた。ふらついたユル・ススは、近くの棚に掴みかかって、ようやく無様に崩れ落ちるのだけは防いだ。

「その子がそう思うのも、無理はない」ニーソン氏は苦笑を浮かべて、姉に歩み寄った。腕を掴み、頷きかける。

「では、俺は帰るよ」言ったニーソン氏に、ニア・ススは名残惜しそうにうなずいて、そっと体を離した。

 ユル・ススは、世界の崩れた音を聞いたと思った。石像のように固まったユル・ススの傍らを通り過ぎるときに、ニーソン氏が声をかけた。

「またな。ニア・スス」

 ユル・ススは動かずに、ただ床を見つめていた。

 姉の言葉が耳に遠く響いた。

「気を付けて。メルトには貴方たちを怨んでいる人もいるから」

「気を付けよう」ニーソン氏がいい、扉の閉まる音。

 ユル・ススは深呼吸してから、そっと顔を上げた。

 ニア・ススが心配そうに見つめてきている。

 ユル・ススは、青ざめた顔に何とか微笑みを浮かべた。

「僕……今日はもう休むね」

「……ユル」

「オベロン号のお仕事をもらえたんだ。明日から早いから。ごめんなさい。明日聞きます」

 顔色を見られないよう頭を下げて姉のそばを通り過ぎ、ユル・ススは自室に駆け込んだ。

 ベッドに飛び込んで、目を閉じる。

 眠ろう。明日が来れば、この辛い気持ちもきっと楽になっているはずだった。


アンドレッティ「うおお!奴隷解放するで!」

ログレス   「ああー、ええことしとるやんけ。

       (交易路の中心で頑張っとる奴隷商人共も目障りだし)支援したろ。頑張るんやで^^」

アンドレッティ「ありがとやでー。ログレスのおかげで奴隷商人も倒せたし、独立国作ったろ」

ログレス   「承認したるでー。見返りは航路航行権だけでええでー(ニッコリ」

アンドレッティ「んー、約束はしたけど、航路航行権ないと経済立ち行かんな。

        それに貧乏な惑星はずっと貧しいままや。

        よっしゃ、貧しい惑星の連中のために航路開放したろ」

商人     「うおお!航路の使用料が格安やで!ログカスの高い航路なんぞポイーや!

        これからの時代はアンドレッティや!」

ログレス   「ふぁ?くそが!よくも恩を仇で返してくれたやないけ!

        アンドレッティぶっ殺して領土占領や!」

        ログレスのターン。王立海軍発進。相手は死ぬ

アンドレッティ「ふぁー?なんでわしが賞金首になっとるんですか?!今まで仲良くやってたやんか?」

ログレス   「アンドレッティは邪悪な海賊です。近隣諸国共通の安全保障の脅威やで^^

        奴隷商人さん。一緒にやつを討伐しましょ?奪った領地は半々で」

奴隷商人   「もともと、わしらの領地やないですか……仕方ない。半分戻ってくるだけでも儲けもんや」

ログカス   「海賊と奴隷商人かみ合わせて、損耗なしで要地獲得!丸儲けや!

        これもワイの日ごろの行いがいいからやね!サインはV!」

アンドレッティ ぐえー、死んだんご!ログカスぇ……チーン

奴隷商人   「勢力半減したわ……ログカスぇ」


震えあがるほどに鬼畜(なお自分からは約束を破らない


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