3-16 辺境航路
マクラウド中尉とユル・スス。そしてミュラ少尉の乗ったエレベータが中層区画に到着したところで、マクラウド中尉は、隠密行動中に気が散るのを避けるために一時的に切っていた携帯端末の受信スイッチを入れた。途端に携帯端末がわめき始めた。
「重要人物!重要人物!お前のボスからだ!」
「ええい!黙らんか。このポンコツ電脳め!」
受信を知らせるメロディを激しく鳴らす電脳を叱りつけてから、マクラウド中尉は画面を確認する。
「いかん、ピアソン大尉からの通信が来ていたのか」
慌ててマクラウド中尉は、携帯端末を手に取ると、上司に対して電話を掛けなおした。
「マクラウドです。はい、端末を切っておりました。第3格納庫に……はっ、いえ。ただいま中層部の士官室のすぐ近くまで戻っております。はい、ただちに伺います」
ため息をつきながら、マクラウド中尉が端末を切った。
「どうでしたか?」とミュラ少尉。
「事情は後で聞くので、取りあえず兵員食堂に来いと」とマクラウド中尉。
「ああ、そう言えば、モラレスの日だったわね」ミュラ少尉が、悲しげに天を仰いだ。
不思議そうな顔をしているユル・ススに、ミュラ少尉は肩をすくめる。
「ピアソン大尉は、これと言って欠点のない人だけど、食事に関してだけは部下に苦行を強いるのは止めてほしいわね」
王立海軍には時折、極端に質素な食事を好む艦長がいて、美味しい食事を軟弱さの証だと考えているのか、自らのみならず部下に対しても粗食を強制する傾向があった。カペーの最良の艦長は、部下全員に自分と同じ美食を提供するのだが、カペーの最悪の艦長は、自分だけ美食をとって部下に粗食を強制する。
そしてログレスの最悪の艦長は、部下全員に自分と同じ粗食を強制するのだ。
どちらがよりひどいかは判断がつかない。いずれにしても、ピアソン大尉も、食事に関してどうでもいいと考えている類ではないかとミュラ少尉は疑念と恐れを抱いていた。
だが、マクラウド中尉が明るい声を上げた。
「それに関しては朗報が一つある。モラレスは司厨士を首になった。代わりが入ったぞ」
「新しい料理人ねえ」ミュラ少尉は、疑わしげに呟いてから、到底、期待できなさそうだと首を横に振った。
「部下を苦しめるために、もっとひどい料理人を見つけ出したのかもしれないわ」
その考えは想像力の埒外にあったに違いない。マクラウド中尉が顏をしかめる。
「銀河系を探しても、モラレスよりひどい料理人は十人とおるまいよ」
「そうね。いくらピアソン大尉でもこの短期間に九番目を見つけてこれるとは思えないわ」
鬱々とした口調でミュラ少尉がぼやいた。
「モラレスよりはましなことを祈りましょう。もっとも、食事に関してだけはピアソン大尉の判断は信用できないけれど」
「モー・モフよ。ケダ・モーね」
兵員食堂では、カエル型異星人がピアソン大尉とソームズ中尉の前で挨拶していた。
「どちらが名前でしょうか」とソームズ中尉が疑問を呈した。
カエル型異星人の上司であったケンダル2等士官が言うには、彼の種族は、人類には基本的な概念から理解不能な理由によって複数の名前を持っているとのことだ。宗教でもなければ、祖先の名前や遺伝でも、また霊的な理由でも、肉体に複数の頭脳や人格を有している訳でもない。
しかし、ピアソン大尉にはどうでもいいことであった。
「まあ、好きに名乗りたまえ」
食事などというものは、必要最低限の味と栄養を提供出来るのであれば問題ないと見做しているピアソン大尉は、事務的な口調で告げた。
「前任の司厨士であるモラレスから台所の権限を引き継いだかね?モー・モフ」
「引き継いだよ。でも彼は料理人じゃないよ」とモー・モフが怒ったように喉を肥大させた。
「兎に角、なんでこの素晴らしい小麦でこんなおぞましい代物ができてしまうの?味覚の破壊者よ。料理への冒涜よ」
モラレスを司厨士に任命したのはピアソン大尉だが、過ぎた美食は兵士を軟弱にするとのドクトリンを信奉している彼は、しかし、モー・モフの言葉にも僅かに目を細めただけだった。
「君がその言葉の半分でも力量のある料理人であることを期待している」
そう言って手を振るとモー・モフを調理場に下がらせたピアソン大尉は、次いで処理すべき書類に意識を戻した。下士官及び兵士たちの力量は、おおよそ満足すべき水準に到達しつつあった。後は訓練スケジュールを組んで、水兵としての練度を上げつつ、3年から5年先を目途に、学業及び技術的な資格を欲する部下たちに対する支援についても考えておかねばならない。
生涯を王立海軍で過ごす予定のピアソン大尉やソームズ中尉と異なり、水兵の大半はいずれ陸に上がって自分なりの生活に戻っていく。家庭を築くなり、仕事を求めるなり、一般社会に戻った部下たちが困窮しないように生活基盤を整えてやるのも、ピアソン大尉にとっては士官としての責務の範疇であった。
「ザラにおける講習施設のリストはあるかね。ソームズ君」
「最新のものがこちらに」ピアソン大尉の言葉に、ソームズ中尉が電脳を操作してリストを呈示した。
「ザラにおける彼らの生活にも目を配らねばならん。ネメシスに乗り込んでからの、日常生活に関しても同様だ。信頼できる納入業者を選ばねばならんが……」
海軍生活で比較的に取得しやすく、かつ一般社会で使い出のある資格に関してピアソン大尉が纏めているうちに、二人の士官が帰還した。
「マクラウド。只今戻りました。サー」
「ミュラ、ただいま帰還いたしました。サー」
揃って敬礼した二人の士官だが、マクラウド中尉が何か言いたげな表情を浮かべているのに気付いたピアソン大尉は、仕事を中断して振り向いた。
「なんだね?マクラウド君」
仕事に忙殺されているピアソン大尉を前に、マクラウド中尉はひどく申し訳なさそうに口を開いた。
「取り急ぎ、報告すべき件があると判断したのですが、お時間をいただけるでしょうか?」
ピアソン大尉は、不機嫌そうに指で机を叩いた。しかし、彼は部下の提案にもっともな理由がある時は、無下にしない男だった。
オベロン号の最上層に位置するスイートルームは、艦艇中央部に位置する動力炉が撃破されようとも、或いは、外部からの攻撃で船郭が破壊されたとしても、最も生存率が高い区画に設置されていた。
辺境第7管区に位置するザラ総督府の高級役人ルパート・ジャクソン・パーシヴァル卿の客室は、オベロン号で用意できるうちでもっとも広大、かつ豪奢な部屋であったが、しかし、赴任先ザラの館における快適な生活に比べれば全く不足している。
パーシヴァル卿がオベロン号へと同行させた使用人の数は僅か6名、護衛も4名に過ぎない。
パーシヴァル卿は過度に華燭を好む人間ではなかったが、何分にも急を要する報告であったので、自ら外縁領域第7辺境管区の行政機構の中心地である惑星グリムズビーにどうしても直接に赴かなければならないと判断していた。その為、秘書と調理人にその助手、執事とメイド2名だけの小所帯で移動せざるを得なかったのだが、本来は最低でも倍の人数がいなければ、快適な生活は過ごせない。
とは言え、今はグリムズビーでの用件も片付き、数人の旧友を招いて赴任地への帰路の旅を楽しんでいる最中であった。
パーシヴァル卿の客室に招かれた列席者は、いずれもザラ総督府の高級役人や上級将校たちであった。第7辺境管区でも先端に位置するザラに赴くのに、オベロン号はもっとも安全な手段のひとつと見做されており、重要人物たちが乗り合わせている。
「いいワインだ。アルハンブラかね」辺境軍のブキャナン准将が目を閉じたまま、香りを楽しむようにグラスを回していた。
「プリオラートだ。質としてはカペーのものにも引けを取らん」パーシヴァル卿がうなずいた。
プリオラートは、長い伝統を持つアルハンブラ産ワインの地名ブランドであった。
ワインの愛好者として一家言持つパーシヴァル卿は、プリオラートでも最良のものを選ぶ嗅覚を有していたようで、彼の提供したワインの深みのある味と芳醇な香りは列席者たちを充分に満足させていた。
「なるほど、私も取り寄せよう」ブキャナン准将が言ったが、パーシヴァル卿は首を振った。
「都合の悪いことに先年からオブシディアン領域との連絡がしばしば遮断されておる。保険料が値上がりしてね。残念ながらこれが最後の一本になりそうだ」
「海賊かね」とブキャナン准将が言った。
「第4辺境管区を荒らしまわる海賊……オストラコンの小僧だよ。忌々しい奴だ」
既に老化防止処置を緩めつつあるパーシヴァル卿は、憎々しげに言って軽くせき込んだ。
「先月、ザラ星系に隣接する航路で、警備艦隊が海賊らしき小艦隊と交戦したのを諸君は覚えているかね?」
パーシヴァル卿の言葉に、幾人かの惑星総督府の高官がうなずいた。
「覚えているとも。鹵獲賞金を目の前にして若い連中がひどく奮い立っていたからな。抑えるには苦労したよ」
ブキャナン准将が赤ワインを楽しみながら、パーシヴァル卿へと笑いかけた。
「君の部下の幾人か、撃沈して賞与を獲得していたのではなかったか?サー・パーシヴァル」
パーシヴァル卿は、ひどく憂鬱そうな表情で窓の外へと視線を転じると、彼方を眺めるように遠い目をしてつぶやいた。
「近年、海賊の出没がひどく増えている」
ブキャナン准将にも心当たりがあったのだろう。パーシヴァル卿の言葉にふむ、とうなずいた。
「海賊がザラ攻撃でも目論んでいると?」
「……もっと悪いかもしれん。エニス君」
呟いたパーシヴァル卿が振り向いて、使用人らしき女性へ頷きかけた。部屋の隅に佇むスーツの女性が指を動かす。すると、一同の前に宙域航路図が3D画像で呼び出された。
「これはザラと近隣の航路における海賊の襲撃回数のグラフと、航路上で消息を絶った船舶をリストにしたものだ」
一瞬の沈黙の後、ざわめきが一同の間から巻き起こった。
「なんだ、これは……」ささやくような声が漏れた。
「わずか2、30年で倍増しているではないか」官僚の一人がうめくように言った。
「しかし、なぜ気づかなかった?」一同を代表してブキャナン准将が尋ねかけた。
一同を見回したパーシヴァル卿が、落ち着き払った声で説明した。
「護衛艦に守られたログレス船団に対する被害は抑えられていた為に気付くのが遅れたのだ。だが、ログレスと直接の利害が薄い中小の貿易会社や独立商人たちの船舶は、甚大な被害を受けている。
そこでわしは、手持ちの警備艇や警備艇を割いて、普段はログレスとの交流が薄い、近隣のコロニーや小惑星、都市国家などに送り込み、調査にあたらせたのだ」
パーシヴァル卿が調査報告を3D画像として出すたびに、惑星総督府の高官たちの顔色が悪くなっていく。
「今もザラに情報が集まってきておるが、状況は極めて深刻だぞ、諸君。調査に送った範囲の殆どの星域で船舶の喪失や居留地への襲撃など、海賊により何らかの被害が生じていたのだ」
空中映像に星域航路図に船舶の沈没や消息不明を示す赤い点が生じ、その被害の広範さが高官たちをぎょっとさせた。
パーシヴァル卿が再び咳き込んだ。
「……失礼。確証を得たわしは、管区総督府へと赴いた。そこで管区総督も同様の調査を行い、わしと総督は一つの結論を出した」
惑星総督府の高官一同が息を飲んでパーシヴァル卿を見つめている。
「近年の辺境管区における海賊勢力の活発化は、ただ事ではない」
彼は言葉をつづけた。
「管区総督の話に拠れば……」パーシヴァル卿を注視している役人や軍人たちに向かって、彼は重々しく言った。
「第7辺境管区方面だけの話ではない。第4辺境管区を中心に海賊の居留地や航路における船舶の被害はことごとく増加の一途をたどっており、いまや管区総督府の戦力をも上回っていると見て間違いはあるまい」
列席者の一人である辺境軍少佐が疑わしげな疑念の表情を浮かべながら、パーシヴァル卿に尋ねた。
「失礼ながら、パーシヴァル卿。貴方と総督の考えを疑う訳ではないが、些か深刻に事態をとらえすぎではないでしょうか?」
「わしは管区総督府において保険組合のエージェントとも接触した。このデーターは、一部の将校が作成したものなのだが、ロイズもほぼ同じ指標を示していた」
更なるデーターとロイズ保険組合がデーターの信頼性を保証する署名、そして第7辺境管区総督ニコラ・スチュワードのパーシヴァル卿への信任を表す署名までもが表示された。
「短期間で失われた膨大な船舶の数が、海賊の戦力の増大を示している。破壊された宇宙艦艇も1万や2万隻ではすまんぞ」
パーシヴァル卿は、一同を見回して決然たる口調で宣告した。
「もはや一刻の猶予もあるまい。我々はこの脅威に対して断固として対処しなければならん」
「エニス君を紹介しよう。保険組合の調査員。と言っても保険を売りに来たのではないぞ。ザラにおける我々とロイズとの窓口になってくれる」パーシヴァル卿が冗談交じりにスーツの女性を手で示した。
それまでパーシヴァル卿の背後に控えて、礼儀正しく無視されていた女性が一歩だけ前に進み出ると、恭しく一礼した。
「クリスティン・エニスです。ロイズ・オブ・キャメロットより、ザラ総督府との連絡を絶やさぬよう。また皆さまに海賊に関する情報を提供し、ささやかな助言させて頂くために派遣されて参りました」
高官たちに対して手を胸と腰に当てて一礼したクリスティン・エニスは若い女性であったが、ロイズのエージェントである以上、相応の能力と知性の持ち主であることを此れまでの経歴で証明してきたに違いない。
「エニス君にはオブザーバーとして参加してもらう」パーシヴァル卿の言葉に一同は軽くうなずいた。
宇宙船舶に関する海賊被害の増大は、保険会社にとって業績に直結する。いまだログレス船籍の船の被害は些少であるが、他人事である内に介入し、跳梁跋扈する海賊の始末をつけるべきであった。
ロイズとは会社の名前ではなく、ログレスにおける信用の高い保険会社や保険引受人が集合した単なる一組合の名称であった。しかし、ログレスの伝統的な社会では、ロイズ・オブ・キャメロット保険組合はかなりの影響力を有しており、王立海軍や辺境勅許会社に対してもオブザーバーを派遣して、小規模な軍事活動であれば、作戦行動に介入することも珍しくない。王立海軍のほうも政府上層部からの圧力があっての判断ではあるが、ロイズ・オブ・キャメロットの有形無形の支援、何より銀河系の各地に張り巡らせた情報網から提供される現地の情勢は、ログレスに数多の勝利をもたらす形で貢献してきた。辺境軍の軍人や総督府の役人にとっても、無下にする理由はなかった。
「では、エニス君」
パーシヴァル卿がうなずいて、エニスが幾つかの艦種のデーター及び推定される海賊の艦艇構成比率を3D画面に出した。
「近年、急速に勢力を伸ばしつつあるこの海賊戦力は、大半が戦闘艇を伴ったブリッグやスクーナー、中級の惑星強襲艦にガンシップなどで構成されており、一部にはコルベットやスループ・オブ・ウォー、アイスキュロス級フリゲートすら確認されています。そして襲撃回数と規模から推測するに、その総戦力は……」
エニス調査員が躊躇って言いよどんだ言葉を、パーシヴァル卿が引き継いだ。
「3000隻から4000隻程度と推測されている。無論、これは随伴の小型戦闘艇を除いての数だが」
パーシヴァル卿が自分の発言の効果を図るように、言葉を切って沈黙した。ヴィクトリア朝の調度で統一された広大な部屋を、暫し重苦しい沈黙が満たしていた。
やがて列席者の一名が恐怖の入り混じった声で絞り出すように言った。
「……4000隻だと。信じられん」
口々に否定しようとする惑星総督府の高官たちを前にパーシヴァル卿は鷲のように鋭い瞳で睨みつけた。
「だが、事実だ」
「寧ろ合点がいくのではないかな?」
狼狽を隠せぬ惑星総督府の高官たちを前に、パーシヴァル卿は一人悠々と指摘した。
「ここ数年の辺境における宇宙艦艇の市場での払底。ログレス連邦に属さぬ小国群における流通の寸断と異様な物価の高騰」
辺境艦隊のスターリング少佐が再び疑問を呈した。
「しかし、宇宙艦艇は、湧いては来ない。
……建造するにせよ、買い求めるにしろ、極めて高価な代物です。
特に海賊行為に耐えうるだけの戦闘用艤装を施した宇宙艦艇ともなれば……」
宇宙艦艇は、貿易船や貨物船にしろ、採掘艦やコロニーにしろ、例え民間船であろうともすべからく防衛の為に陽子砲や電磁砲など相応の武装が施されており、これの抵抗を打ち破る為には、ただでさえ高価な宇宙艦艇の値をさらに跳ね上げるだけの兵装や防護力場、外殻を艤装しなければならなかった。
「3000から4000隻の宇宙艦艇と、ほぼ倍の宇宙戦闘機。
それだけの宇宙艦艇を揃えるのに幾らかかる」役人の一人が首を振るい、軍人が答えた。
「デチューンされた戦闘用スループで200億から300億£。中古の戦闘用スクーナーが50億£、警備カッターでも20億£」
「軽装の武装商船ならもっと安くつくがね。それでも3億から6億£」惑星総督府で役職についているザラの貿易商が相場を告げた。
「仮に警備艇を中心にして揃えても、必要な金額は6兆£となる」とスターリング少佐。
「……人口1000万の豊かな文明惑星に対する大規模襲撃を立て続けに百回。ほとんど損害なしで成功させなければ、そのように巨額の資金は手に入らない」と貿易商。
「海賊どもはどこでそんな巨額の資金を入手したのだ?どこぞの大国の援助かね?」とブキャナン准将が言った。
頬を歪めながら、パーシヴァル卿は杖で床をたたき、一同を見回した。
「……わしもそれを知りたいと思っている」
オベロン号中層にある兵員食堂では、ピアソン大尉と彼の乗組員たちが夕食を共にしていた。ピアソン大尉は兵士たちの栄養状態を把握するため、週に一度、士官および下士官が、兵士たちと同じ食事を取る日を決めていた。
食卓に顔を揃えた士官たちは、約2名を除いて、舌鼓を打って夕食をとっていた。ピアソン大尉と料理人のモー・モフである。
近くの食堂から水兵たちの歓声が聞こえてくる。リゾットは、トマトをベースにベーコンとコンソメで出汁を取り、カリカリのニンニクを散りばめ、熱くとろけたチーズが振りかけてある。具は切り刻んだ旬の玉ねぎとジャガイモ、人参、キャベツ、鶏肉。濃厚なコンソメと米が深皿に程よく調和した熱々のリゾットを忌々しげに睨みつけてから、ピアソン大尉は近くにある焼き立てのパンを千切って口に入れた。
パンまでが甘く、柔らかく、香ばしい。固いビスケットとは大違いで、ピアソン大尉は沈黙した。
「あら、おいしい。これなら、士官が食べてもいいわね」ミュラ少尉がため息を漏らし、感想を告げた。
「……新しい司厨士の仕事だ。苦情の多かったモラレスと交替させた」
ぶっきらぼうに告げたピアソン大尉は、口直しにクラレットを口にした。
「司厨士ですか?」それまで無言でリゾットを味わっていたマクラウド中尉が尋ねてきたので、ピアソン大尉は食堂の片隅に視線をくれた。
「モー・モフだ」
料理人の格好をして壁際でたたずんでいるカエル型異星人がシェフ帽を脱いで恭しく一礼して見せた。
「彼が……彼女かもしれないけれどシェフ?食材の間違いでは?」
つぶやいたミュラ少尉をマクラウド中尉が恐ろしげに眺めた。
「新しい司厨士を連れてきてくださった艦長に万歳三唱!」
兵士たちの集まった食堂で、何者かは知らないが余計なことを叫んだ者がいた。ピアソン大尉を称える唱和が巻き起こる。
hip-hip-hurrah!!
hip-hip-hurrah!!
hip-hip-hurrah!!
歓声を聞いたソームズ中尉が、我がことのように誇らしげに胸を張って微笑んだ。
ピアソン大尉は、忠実な腹心であるソームズ中尉を眺めて、口の中で馬鹿めとつぶやいた。
「二度と口にすることがないであろうモラレスの忌々しいオートミールと、新しい司厨士のモー・モフにも!」
これはお調子者のエド・グリーン3等水兵の声だった。
再び歓声が三度鳴り響いた。ピアソン大尉の顔がわずかに不機嫌そうになり、眉間のしわが深まった。
王立海軍は、堕落しつつあるに違いない。ピアソン大尉は確信する。
しかし、この件に関してだけはピアソン大尉には味方はおらず、彼は食卓の中で孤独を噛み締めた。
忌々しいカエル型異星人がカペー軍の捕虜となり、悲嘆にくれる船員たちの前で再びモラレスを司厨士に任命したら、どんなに気持ちが晴れるだろうか。
「諸君、我々はモー・モフを失った。だが、まだモラレスがいるではないか」
嵐に弄ばれる帆船の中、厳格な祖父と二人で食べた固いビスケットを懐かしみながら、ピアソン大尉は惨めな空想を頭の中でもてあそんだ。