3-13 宇宙艦艇 Starship
王立海軍のストーム戦闘艇は、これは最高水準の兵装と防護力場を艤装した場合の金額ではあるが、1隻当たりの調達コストが50億£(ポンド)とされている。握り拳を縦に二つ合わせたような独特の形状をしたこの戦闘艇は、元は旧世界のホーコン王国で設計されたシュトルム戦闘艇が宇宙海賊相手の追撃戦に大いに戦果を発揮したのを目にして王立海軍が正式採用を決定。チューンアップしてライセンス生産されたものがストーム戦闘艇であった。
少し古い資料であるがベアトリス2世女王185年の御代における財務省の指標によると、ログレスの市民権保持者一人当たりGDPが10万£。市民階級を除いたログレス臣民の平均GDPが4万£で、また、50億£はログレス人10万人分の年収にほぼ匹敵する。この金額を高いとみるか、安いとみるかは人によるだろう。
しかし、辺境軍におけるストーム戦闘艇は、殆んどが使い古しをリストア。或いは、損傷の酷い機体を合体、つまりズビアン(ログレス語でニコイチの意)した正規軍の払い下げか。甚だしくは、撃沈された機体から部品をかき集めての再生品であり、艤装も二級品である為、一機当たりのコストは30億£から8億£程度に抑えられていた。
辺境管区におけるストーム戦闘艇の生産台数は、おおよそ年間200万隻(辺境軍における建造予算の10%)であるが、銀河系の王を僭称した海賊アンドレッティ討伐の際には、王立海軍と辺境軍で5年間で1億隻が生産されている。ログレス全軍でのストーム戦闘艇の保有台数は、6億隻とも8億隻とも言われており、一度、王立海軍によって手配された宇宙海賊は、銀河系の何処の有人惑星に逃げ込もうとも、ストーム戦闘艇の追跡から逃れることはできない。
王立海軍のストーム戦闘艇は、50億£。60から80mの艤装済み警備艦艇とほぼ同額である。これに対して、民生品としては強力な防護力場を備えた武装商船が3~12億£。ジャンクからの再生品から保証付きの新品まで随分と価格差は出るが、このクラスの船はそれなりの戦闘力を有しており、船団を組むことで宇宙戦闘機や警備艦艇などにも引けを取らない。とはいえ、強力なストーム戦闘艇の編隊には抗すべくもない。
防護力場付きの宇宙戦闘機ワイバーンも、ほぼ同じ価格帯で購入可能で、3~4機あればストーム戦闘艇にも拮抗できるが、より大型の防護力場発生装置を複数兼ね備えたストーム戦闘艇のシールドを抜くことは中々に困難で、大抵はストーム戦闘艇のほうに軍配が上がる。
さて、さらに安価な宇宙戦闘機や戦闘艇を購入することも可能であるが、ここから下は随分と性能が落ちる。強力なストーム戦闘艇は、複数のシールド発生装置によって多層防護力場を展開しているが、市販品は軍用規格に比して防護力場の性能が段違いに劣り、宇宙艦艇によっては力場発生装置が一基しか備えられていないこともある。そうなるとたった2~3度の攻撃が直撃しただけでシールドが破れてしまうことすらあった。オベロン号のような大型艦艇やストーム戦闘艇のように強力な防護力場を展開できる軍用艦艇は、星間物質が濃い領域も亜光速で突っ切れるが、防護力場の薄い小型艇が危険領域で亜光速を出すのは自殺行為と言っていい。
しかし、それでも低価格帯の中小艦艇には大きな需要が存在していた。基本的には動力炉、船殻、装甲、防護力場、スラスター、跳躍装置、重力及び慣性制御装置などが宇宙艦艇の価格を押し上げる要因であるが、これら全てを有り物の部品で済ませた場合、宇宙艦艇は恐ろしく安価に製造することも可能となる。20~60メートルほどの小型貨物船や採掘船でも、正規品でおおよそ3000~6000万£。
ログレスを始めとする列強諸国産の比較的、安価で信頼性のある宇宙艦艇の部品が流通している領域では、辺境の惑星でも十分な知識と技術を持った者たちが集まれば、そして宇宙船のジャンクから必要な部品を搔き集めるための20~30万£程度の元手と5~30年ほどの時間さえあれば、まったくの手作業で一から小型艇を自作することもけして不可能ではなかった。
人目を避けてオベロン号下層の第3格納庫へとやってきたマクラウド中尉は辺りを見回した。周囲には小さなコンテナや整備用の機械、補給物資の箱などが山積みになっている。
「おるかね?」
マクラウド中尉が囁くような声でそっと暗闇へと呼びかけると物陰から小さな人影が飛び出してきた。
「中尉!」
マクラウド中尉は、ユル・ススが自分に懐いているとは思っていたが、しかし、数日会わないだけで胸に飛び込んでくるとは思っていなかった。
思ったより強い力でコアラのようにしがみ付いて深呼吸してから、ユル・ススが離れた。目尻の端には、涙が浮かんでいる。
「ご、御免なさい。お姉ちゃんがログレス人のところに行くなって言われて。それであの……」
些か懐きすぎな気もするが、親代わりを求めているのかもしれない。これほどに慕われれば、マクラウド中尉も悪い気はしない。
「いや、いいんだ。元気そうで何よりだよ」
「会いたかったけど、ただ呼び出した訳ではないの」
マクラウド中尉の電脳に割り込んでメールを送ってきたユル・ススが中尉の手を引っ張った。
少し用心深そうに周囲を見回しながら、格納庫の奥へと引きずり込もうとする。
「こっちに来て」
マクラウド中尉は、戦争映画でこういうシーンを映画で見たことあるなと思い出した。主人公の友人役の軍人が懐いた振りをした子供におびき出されて襲われ、殺害されるのだ。
ログレス軍でも、幼いテロリストに襲われて死ぬ軍人は意外なほどに多い。が、ユル・ススには何のメリットも動機もない。のでついていくことにした。
マクラウド中尉は、鈍そうな見た目よりもずっと深く物事を考えることができたが、この子を信じて死ぬのなら、特に被害が自分一人で限定されるなら、それも構わないと考えた。
マクラウド中尉は、噯にも疑いを表情に出さずに、引っ張られるままに大人しくついていくと、なんとユル・ススは、山積みされた箱を登り始めたではないか。軍人として最低限の登攀能力はあるが、見た目からもわかるようにマクラウド中尉は、けして身軽なほうではない。
マクラウド中尉は、恐る恐るとコンテナを登った。さっさと頂に登りつめたユル・ススに息を切らして追いつくと、その隣に伏せる。ユル・ススがコンテナに隠れるように伏せて、小型の宇宙艦艇が並んでいる場所を見つめていたからだ。
「随分と高い位置まで登ったな。さて、事情を説明してくれるね?」マクラウド中尉の言葉に、ユル・ススが鉄の箱の隙間から指をさした。
「分かる?あそこ」
ユル・ススの示した先にマクラウド中尉は目を凝らした。
「どれどれ?」
第3格納庫の床には小型の宇宙艦艇が整列しているが、どれもこれもログレス人の基準では、空飛ぶ鉄屑としか言いようのない恐ろしげな物体ばかりであった。
幾つかの宇宙艦艇では、乗組員らしき異星人たちが整備している姿を見ることが出来たが、石器時代に発明されたようなシールド発生装置を見るに、防護力場も極めて貧弱か、下手をすれば皆無かも知れない代物ばかりで、星間物質の濃い領域で亜光速を出そうものなら、即座にバラバラになりそうな威風を漂わせていた。
「おお、なんて恐ろしい!なんてことだ!信じられん!あの宇宙船、みたところシールド発生装置を一切、載せてないぞ!あんなもので深宇宙を飛ぶなんて小型艦艇で銀河間横断に挑んだロビンソンより無謀な連中だ!」
「……違う。そこじゃないよ」
ユル・ススは、不満げにマクラウド中尉の袖をくいと引っ張った。
「此処から見下ろせる位置。ほら、あの柱のそばの赤いマークの箱の物陰」
ヴォルガ系のサドムスカヤ運輸公社のマークが入っている郵便コンテナの陰。物陰に潜むように数人のメルト人が寄りかかっていた。
「……自分たちでは、メルト自由軍って名乗ってる」
ユル・ススの囁きに、マクラウド中尉はふむ、とうなずいた。
「ずっと様子をうかがっているんだ。何か目論んでいるのかも」
格納庫は高低差120メートル。5段ほどに区切られた各々200メートル四方ほどの空間に30~100隻ほどの宇宙艦艇が収容されている。中型の貨物船から強力なイオンレーザーを備えた自由商人の武装貿易船、跳躍能力に劣る航路船や運貨船など、大半は、星間領域を突っ切る為のシールド発生装置や跳躍装置のエネルギー代よりも、オベロンの船内で運ばれるほうが安く付くと考えた貿易業者などだろう(王立海軍の強襲揚陸艦であったオベロンは頑丈さに関しては保証付きだし、おまけにログレス軍の護衛付きだ)が、いくつかは放浪者たちのスクラップにしか見えない船も見かけられた。こうした放浪者や冒険者たちの船は、大半は見かけ通りのポンコツだが、中には改修に改修を重ねて、一部には王立海軍のHMS。フリゲート級の艦艇をも返り討ちにする強力な艦艇も存在しているとの噂も流れている。あくまで噂であったが、しかし、王立海軍の一部には、それらを追跡する任務を負った部隊も実在している。とは言え、冒険者や独立諸侯、宇宙氏族の保有する最も強力なタイタン級ですら、王立海軍の戦列艦には歯が立たないのだから、仮に特殊艦艇とやらが実在していたとしても、強大な王立海軍が恐れる必要など全くないとマクラウド中尉は考えていた。
顔だけを出して格納庫を覗き込んだユル・ススが、今度は格納庫の中ほどに鎮座している全長30メートルほどの小型宇宙船を指さした。
「多分、あの象みたいな人たちに目をつけていると思うの。何をするかは分からないけど……」
「偶然ではないのかね?」とマクラウド中尉。
ユル・ススが3D映像を空中に出現させた。鮮やかな画面だった。映像ディスプレイ機能を電脳に新調したらしい。
「あのね。こ、これ盗んだんじゃないよ。ちゃんと交換したんだ。
貰ったログレス£と。でちょっと待って。ここ72時間の監視カメラの映像だよ」
ユル・ススの言葉とともに、画面に動き回る自由軍のメンバーが映し出された。
「72時間のカメラAとカメラC、それに中央のカメラの映像を分析してみると、最初は色々な宇宙船を見て回っている。歩き回った位置をデーターにしたのがこれ」
ユル・ススの言葉とともに3D画像に格納庫の縮図と、自由軍の行動の解析図が現れた。
「で、彼らの視線の向いた方向を割り出して対象物のカウントをグラフ化すると、徐々に何かの候補を絞っている。彼らは12時間前に最終的に三つの宇宙船に候補を絞って、その周辺をうろついているんだけど、この3つの宇宙船の共通項は、乗員が少なくて警戒が手薄なこと。他にも警戒の手薄な宇宙艦艇はいっぱいあるけど、この3台は市販品で同型機も並んでいる。部品も手に入り易いし、操縦しやすいよね。だから、何か盗むか、最悪、宇宙船を奪うつもりなんじゃないかって。
で、カメラBの映像で、自由……」
次々浮かぶリストとともに、雪崩のようにしゃべり続けるユル・ススをマクラウド中尉は制止した。
「少し待ちなさい」
それからマクラウド中尉は、渋い顔を浮かべてユル・ススを見下ろした。
「お前、またハッキングしたのだね」
「ごめんなさい」
ユル・ススは傍目にもしょげていたが、それでも言葉をつづけた。
「でも、あいつらが何かしたら、中尉に責任が負わされちゃうかも。それに犯罪を未然に防いだら、中尉のお手柄になるよね」ユル・ススが口にした。
「そうねえ」マクラウド中尉の耳元で、女の声がこたえた。
「面白そうなことをしていますね」物陰から染み出るように音もなくミュラ少尉が姿を見せた。
「ミュラ君。音もなく背後に立たないでくれ。心臓に悪い」とマクラウド中尉。
「褒めてあげたらどうです?中尉の役に立ちたくて一生懸命なんですよ」
いったミュラ少尉だが、この状況を楽しんでいるように口元に笑みを浮かべていた。
マクラウド中尉がミュラ少尉をにらんだ。
「了解です、サー」としれっとミュラ少尉が敬礼した。
「この子にあまり変なことを吹き込まんでくれよ、ミュラ少尉」
一つ咳払いすると、マクラウド中尉は、自分が上官だと思い出させつつ釘を刺したが、ミュラ少尉は薄く微笑んで敬礼した。
「あら、今は私的な会話だと思ったけど、公的な会話でしたか。失礼しました。マクラウド中尉殿」
メルト自由軍の一件を公的な話題にするかと切り返された。公的な会話であれば、ピアソン大尉に報告する必要が出るし、ユル・ススを巻き込まざるを得ない。
ミュラ少尉は、機知に富んでいる。俺には欠けている資質だ。思いつつ、マクラウド中尉は苦い顔で返答した。
「いや、これは……私的な会話だよ」
「ただ、どちらにせよ、この件はピアソン大尉に報告したほうがよろしいかと思います。その子の為にも」
ミュラ少尉の返答は変幻自在だな。発言内容を一瞬でひっくり返したくせに妙に説得力を持たせる術を知っている。すっかり面白くなくなったマクラウド中尉は、唸るように聞いた。
「どういう意味かね」
「早めに手を打った方がいいと思います。連中が事を起こしてしまっては、この子にも類が及ぶかもしれません」
「ほとんど初めから聞いていたんだな。それならわかってると思うが、連中はメルト人だ。下手に動けば、この子が同胞から裏切り者として扱われるかもしれない」
「ええ、だからこそ」とミュラ少尉がうなずいている。
「ふむ?」
「私たちが無い知恵絞るよりもピアソン大尉に任せたほうが上手くいくでしょう。なんと言っても、大尉の一族は、海賊退治の専門家です。そして海賊退治とは、宇宙艦艇での砲雷撃戦の強さだけでは成し遂げられません」とミュラ少尉の発言。
「なるほど……しかし」マクラウド中尉は言いよどんだ。
マクラウド中尉は、上司の力量は信用しているものの、いまひとつピアソン大尉の人格を読み切れなかった。けして愚か者ではないし、恐らくは残酷でもないが、過度に厳格すぎるのではないかと疑いを抱いている。
部下だけではなく自己に対しても厳しい点は好感を持てる。やや威圧的な側面があるが、少なくとも無闇に暴力的であったり、威張り散らすだけの艦長よりも遥かにいい。とは言え、時として厳格で清貧な人物が自己中毒に陥るように、ピアソン大尉も見た目の公正さに拘り過ぎて他人に無用な苦痛を強いるかもしれないし、法を妄信している人物かも知れない。そこら辺の微妙な機微は、長い付き合いの中で、互いに危うい場面に踏み込まなければ理解できない面もあって、しかし、付き合って3か月経っても、艦長を理解する機会はまだ訪れてはいなかった。
どうにも気が進まずに渋るマクラウド中尉を傍らに置いたまま、ミュラ少尉が中腰にかがみこんでユル・ススを覗き込んだ。
「マクラウド中尉の役に立ちたい?」
「中尉の役に立ちたいよ」ユル・ススは、マクラウド中尉が口を挟む暇もないほど即答した。
ミュラ少尉はユル・ススの返答に鼠を食べてご満悦の猫のように目を細める。
と、そこでようやくマクラウド中尉が、強い口調で口を挟んだ。
「わかった。ピアソン大尉に報告しよう。だが、いいかね。私は君を危険な状況に曝すのと引き換えのお手柄なんか金輪際御免だ」
ユル・ススの肩をつかむと、向き直らせた。
「私を怒らせたり、悲しませたりしたくなければ、勝手な行動は慎んでくれ」
「……だけど、うん」
「今も、これから先もだ」マクラウド中尉が念を押した。
ユル・ススは僅かに躊躇った。
「約束できるかね?」とマクラウド中尉が尋ねた。
「でも、あいつらが事件を起こしたら、僕たちの担当の中尉に迷惑が……」
ユル・ススは、何かを言いたげにマクラウド中尉の腕を両手で掴んだ。
「私は大人だ。責任はとれる。それよりも君のことだ。
できないなら安全なところで関わらないでくれ。その場合でも君とお姉さんは必ず守るよ。いいね」
「……待って」ユル・ススは、渋々と言った。
「約束します。一人で探ったりしない。中尉の指示を聞きますから、役に立たせて」
「よし、約束だ」
マクラウド中尉は、ユル・ススの頭を撫でてやった。
「よかったわね。これから先も、面倒を見てくれるって」ミュラ少尉が笑っていった。
「なぜ、そうなる」マクラウド中尉が怪訝そうに眉を挙げた。
「人生を束縛したんだから、その分、美味しい目に合わせてあげないといけませんよ」軽く笑ったミュラ少尉は、カモシカのように身軽な動きでコンテナを降りていった。
「やれやれ、まずは此処から降りんとな」
ミュラ少尉をうらやましそうに眺めたマクラウド中尉は、冷や汗をかきながら、ため息まじりにそっと足を踏み出した。
宇宙艦艇の建造費
人件費のみで
3~10人の技術者が折を見ての改修 2~6万£×3~10人 ×20年
状態のいい外殻を見つけて修理すれば、もっと安く短時間で修繕できることもある。
宇宙艦艇を修繕して宇宙の海に出るとか、ボーイミーツガールの始まりにありそうな設定も可能。