3-12 恋愛談義
本日2回目
前の話がくどかったので削った。
「ファイアー!」ピアソン大尉の命令に砲手長たちが瞬時に反応した。
「ファイアー!」士官たちの叫び声が耳に心地よく連鎖し、次々と砲火が敵戦闘機に炸裂する。
水兵たちの練度は確実に上昇していた。かつてのように反応速度の急激な上昇はもはや期待できないが、代わりに着実な粘り強さが生まれていた。長時間の戦闘でも反応速度が劣化し難くなり、死傷判定が増えても戦闘力が低下し辛くなってきている。
ピアソン大尉の図抜けた統率力と冷静さに、部下たちは確かに応えつつあった。ピアソン大尉は訓練の意図を明確にし、徹底して説明すると同時に部下に厳しく服従を要求し、激しく扱き上げた。それは各人に必死の尽力を要求するとはいえ、決して不可能ではなく、ぎりぎりの線を見極めて行われる訓練であって、部下たちはピアソン大尉を鬼のように呪いながらも、彼の訓練についていき確実に力量を向上させていた。とは言え、幾つかの問題も発生している。
訓練では幾度となく敗北することを予想し、それによって問題を洗い出すことを想定していたピアソン大尉だったが、現実に近いはずのシミュレーターで、彼の卓越した先読みと指揮、戦術は、仮想敵に対して連戦連勝させてしまった。
部下たちは無邪気に喜んだが、簡易シミュレーターによる訓練とはいえ、格上の敵まで撃沈してしまったピアソン大尉は渋い顔を見せている。
勝ちすぎるのは明らかによろしくない。かといって、ありえない強さの設定やあまりに多数の敵、戦術や性能が現実離れした強力な仮想敵艦との戦闘は、実戦を経験していない部下の育成にとって百害あって一利なしであろう。
結局、ピアソン大尉は自分の船を武装商船や惑星強襲艦、輸送船などに設定し、敵戦力をより強力な雷撃艇や大型海賊船、戦闘艇とすることでようやく予定通りに劣勢時のダメージコントロールや敗走の訓練を行うことが出来るようになった。
将来的には、敵艦が武装商船や戦闘輸送艦という状況も、多々生じるだろうから、非力な艦艇にとっては雷撃艇や種々の艦艇がいかに脅威かを知ることはピアソン大尉とその将兵にとってけして無益ではなかったし、またどのような状況で各々の艦種が力を発揮し、いかな状況で脆いかを熟知し、その上で様々な状況に対応する戦術的柔軟さに磨きを掛け続けていた。
「よおし!よくやった!」
シミュレーター訓練終了後、マクラウド中尉が水兵たちを激励している。
「だが、調子に乗ってはいかん。お前たちはまだまだこれからだ。
今のこの訓練は、あくまで弱体な敵戦力に対する追撃と拿捕の訓練だ!」
ミュラ少尉も、拿捕賞金を示唆することで士気を高める。
「こちらの戦闘力はやや強めであり、敵艦は当然に戦闘力皆無の艦艇だが、実戦でも今のように上手くやれば拿捕賞金を得られるだろう!」
「大尉殿も諸君らに期待している。解散!」ソームズ中尉が解散を命じる。
まさか新兵たちに、実戦の敵はこれより弱いですよ。などと言える筈もない。同格の艦艇による練度Cのシミュレーターは、古強者の艦長でさえ10回に3回は撃沈されるような代物だ。
それを実戦より強い敵に負けなしですなどと新兵たちに教えてしまえば、調子に乗った挙句、突然に失態や恐慌を起こすかも知れない。なので、士官たちは、相談の結果。仮想敵をスループはコルベット、同級の雷撃艇を惑星強襲艦などと落ちた相手に偽装して戦闘レポートを部下たちに見せていた。
部下たちの力量の向上には満足しているピアソン大尉だったが、しかし、どうしても足りないものがあった。艦長がミスを犯し、それをリカバリーした経験が皆無なのは問題だった。
想定し、心構えを説き、実際に訓練でやらせてはいるが、なにしろピアソン大尉が勝ちすぎるし、ダメージコントロールも常に想定の範囲内に収めてしまう。
優勢な敵からは、あっさりと逃げ切ってのけるので、苦境での経験が詰めないのだ。贅沢な悩みだと思いつつも、ピアソン大尉は悩んでいる。戦闘能力をさらに向上させる訓練のアイディアは、いくらでも脳髄に湧いてくるのだが、実際に経験したことがない苦境での訓練は、流石の彼にも想像力の限界があった。
「どう思う、ソームズ君」一つアイディアを思いついたピアソン大尉は、副長に相談してみた。
「艦長の思うようになさるべきかと」
「そうか」
ソームズ中尉は、常のように崇拝と親愛の目をピアソン大尉に向けていた。
あまりにも一途なこの娘を、ピアソン大尉はとても裏切ったり、傷つけたりする気になれず、想いに応えて手を握ってやった。
ソームズ中尉が満足したように目を閉じた。おそらくピアソン大尉は、海賊たちには勝てるだろう。そしておそらく反乱軍にも。しかし、冷酷なピアソン大尉も、情愛に浸る瞬間には、反乱軍の将兵や海賊たちにも、やはり愛する者がいるのだろうかと考えてしまうのだった。
水兵たちの訓練にこれから先、要求されるであろう雷撃艇での役割分担と組織作り、そして難民救済の書類製作や配給作業と、マクラウド中尉は仕事に忙殺されていたが、現在の境遇に完全に満足していた。
戦術シミュレーターで示されたピアソン大尉の能力は、王立海軍の名だたる士官たち、ウルフやダニエルズ、チェスニー、ネヴィルにすら勝るとも劣らないとマクラウド中尉には思えた。
しかも、水兵たちの技量は、なおも向上の途中であった。
むろん、シミュレーターと実戦は異なっているとはいえ、もし実戦においても訓練同様の動きが出来るのであれば、雷撃艇ネメシスはきっと赫々たる戦果を上げるに違いない。
もしかすれば、自分は古のネルソンのような伝説的な提督の若き日の姿を見ているのかも知れない。
そう思うとマクラウド中尉は、年甲斐もなく胸がわくわくするのだった。
遠い日、王都上空を整然と進行する王立海軍宇宙艦隊を仰ぎ見た少年の時分に戻ったような気持ちになって、マクラウド中尉は、訓練に励むのだった。
ミュラ少尉も、満足していた。定期的なシミュレーターはミュラ少尉の闘争本能をとりあえずは満たしてくれたし、艦長や海尉たちの素晴らしい力量と赴任先にまつわる諸々の危険な噂が、彼女の拿捕賞金への望みを高めて、未来に希望を与えてくれた。
普通の人間ならしり込みするような海賊の話題を耳にするたび、ミュラ少尉は猛々しい昂ぶりに襲われ、一刻も早く海賊と戦いたいと願った。
欲しいものをまとめたノートと通販のカタログを見比べては、物欲を満たす品々を手に入れることを夢想して一人で悦に入るミュラ少尉の不満といえば、現在の恋人がいないことくらいであったが、理想的な相手であるピアソン大尉にはソームズ中尉が四六時中を張り付いているし、他に魅力的な異性というとワッツくらいであったが、彼はいまだ2等水兵に過ぎず、残念ながらさすがに士官の相手としては不足があった。
シミュレーター訓練を終えたピアソン大尉は、データーを纏めた後、幾人かの海兵たちと戦技訓練を行っていた。ピアソン大尉は、徒手格闘や射撃においても優れた技術の持ち主であったが、流石に操艦や戦術と異なり、人間離れした領域を誇っている訳ではなかった。
格闘で兎に角、やばいのは、チビのノマドである。強すぎる。人間と殴り合ってる気がしない。
ボクシングでソームズ中尉にのされたミュラ少尉は、リングの中央に寝っ転がって天井を見上げていた。
なんとかピアソン大尉と懇ろになる方法はないものだろうか?ミュラ少尉は、恋愛と戦争では手段を選ぶ必要はないというドクトリンの信奉者であったが、見たところピアソン大尉とソームズ中尉。二人の絆はかなり固い。おまけに上司と同僚なので略奪愛はまずかろう。なんとか二号あたりで手を打てないかしらん。思いつつ、おまけにライバルが増えつつあった。
首を転がしてみれば、ジムの入り口では、黒い制服を着こんだ娘たちが、ピアソン大尉に話しかけていた。最近、ちょくちょく訓練に顔を出している辺境軍の准士官と下士官だった。ピアソン大尉に、シミュレーター訓練などで指導を受けている。
「大尉殿。大尉殿はザラへと赴任なされるのですか」准尉が熱心な口調で尋ねている。
「雷撃艇ネメシスの艦長に就任予定だ」とピアソン大尉。
「私たち。私たちは……」
辺境軍の上級曹長が咳払いしてから言い直した。
「2年後に現在の契約。辺境軍の兵役期間が明けます。その後、王立海軍に志願してもよろしいでしょうか?」
「大尉殿の下で働きたいのです」と准尉。
「それを望むのであれば歓迎しよう」ピアソン大尉は素っ気なくうなずいた。
辺境軍の娘たちの頬が薔薇色に染まるのを見て、ミュラ少尉は面白くなさそうに唸った。
「余裕かましててよろしいんですか?ソームズ中尉」
「何の話だ?」リングのロープに寄りかかって、グローブを外していたソームズ中尉が言った。
「キャメロット士官学校出の英才で海尉艦長。おまけに伯爵の孫。非の打ち所がない物件です。それは蜜に惹かれた蝶たちが我も我もと寄ってこようというものですよ」
ミュラ少尉は起き上がろうとして無様に失敗した。足が生まれたての小鹿のように痙攣している。まったくノマドのパンチときたら、人を殺せる代物だった。
「君の頭はそればかりか?」呆れたように言ったソームズ中尉が手を伸ばしてきた。
「小官は人生を大いに楽しむ主義でして……」
ソームズ中尉の手を掴んで起き上がりながら、ミュラ少尉は嘯いた。
「人生という料理を味わうのであれば、恋愛というスパイスは欠かせないでしょう」
「いかにもカペー人らしい意見だな」
ミュラ少尉は、ソームズ中尉の手を借りて立ち上がったが、パンチを食らった頭がまだくらくらしていた。パンチドランカーは癖になる。念のために、後で診断を受けたほうが良さそうだった。
ソームズ中尉は、コーナーポストに寄りかかりながら、敬愛する上官の様子を眺めていた。
「ピアソン大尉は……ああ見えて優しい方だ。表面でしか物で見ない人間には邪推されるが、彼女らも艦長に対する崇敬の気持ちに嘘はあるまい。そしておそらく、中々に役に立ちそうな人材でもある」
「それでよろしいんですか?」とミュラ少尉。
ため息を漏らした。
「何を聞きたい?わたしが大尉に他の女を傍に置かないで下さいと縋り付けば満足か?」
ソームズ中尉の言葉は思いがけないものだったから、ミュラ少尉は軽く目を見開いた。
「何を意外そうな顔をしている。君が聞いたのだろう?」
「それはそうですが……」とミュラ少尉。
「君だってそうだが、役に立つと見込んだ人間の半分を切り捨てることになるな」
「おや、意外と評価してくださる」とミュラ少尉は食えない笑みを浮かべた。
「しているさ。でなければ態々、誘ったりはしない」ソームズ中尉が肩をすくめた。
「君もチャンスが欲しかったのだろう?カペー人とて、色恋沙汰で引っ掻き回すような真似はすまい」
「しかし、他のメンバーは?ピアソン派閥には錚々たる顔ぶれが揃っていたではありませんか?」
言ってから気づいて、ミュラ少尉は顔をしかめた。
「……あ」
「勿論、彼ら彼女らはすでに海尉艦長や正規艦艇の海尉、提督の参謀を務めている。ピアソン大尉が栄達するにつれて、幾人かは呼び戻すつもりだがな」
「本当に忠臣ですね」とミュラ少尉は、感心して言った。
「大尉殿が栄達なさることを信じて疑っていない」とミュラ少尉の言葉に、ソームズ中尉が片眉を上げた。
「君は疑っているのか?」
「大尉殿が私の知る限りで最も有能な士官であることに疑いはありません。血筋もあります。生き残れば、必ずや出世なさるでしょう」とミュラ少尉は言った。
「含みのある言い方だな」
「【闘犬】バッセル艦長は、コギューの戦いで、撤退する味方の殿を務め、同級7隻を相手に3隻まで行動不能に追い込みましたが、最後には袋叩きにあって沈みました」ミュラ少尉は平然と言ってのけた。
「確かに、ジェームズ・アーサー・ピアソンとて人間だ。ノマドや列強のいずれかには彼を上回る艦長がいるかもしれないし、大群に囲まれれば、衆寡敵せずに星の海に沈むかも知れない」
ソームズ中尉は肯定した上で、艶冶に微笑んでみせた。
「だが、少なくとも、一緒に生きて一緒に死ぬことはできる」
このノマドの返答を、ミュラ少尉は気に入った。
「生死を共にする戦友を選ぶのであれば、お二人に優る上官と僚友はおらぬでしょう」
手を広げて大きく頷いてから、ミュラ少尉はにやりと笑って付け足した。
「何時か、お二人からもそう思っていただけるよう、鋭意努力いたしたいと思っています」
士官学校時代の選択を誤ったかなー。更衣室で着替えながら、ミュラ少尉はつらつらと思っていた。
ピアソン大尉は意外と面倒見がよく、ソームズ中尉も意外と話せる。ピアソン派閥のほうが面白かったかもしれない。といっても、両派閥とも人数集まっていたから、学生の頃はここまで親しくなることはできなかっただろう。当時は派閥についての思慮など及ばなかったし、立場も遠すぎた。
まあ、気長にやろう。人生二百年の時代だ。チャンスも来るさ。
起き上がりながら、ミュラ少尉は唇を舐めた。ソームズ中尉の恋慕を美しいと応援すると同時に、しかし、チャンスがあれば、ピアソン大尉を狙ってみようとも思っている。
人によっては彼女を恩知らずと謗るかもしれないが、ミュラ少尉は別に利害だけで陣営を選ぶリアリストではなかった。男女を問わず、人生を楽しませてくれそうな相手と付き合いたいという享楽主義的な観点に基づいて行動している。
まあ、今はいいや。ザラにいい男がいるかも知れないし。ふふん
制服に袖を通してジムから出て、と、そこでミュラ少尉は気づいた。マクラウド中尉がいない。
どうもここ数日そわそわしていたが、今日は特に酷かった。なにかあったかな?
ミュラ少尉は、いくつかの通路に配置したドローンにマクラウド中尉の所在を尋ねた。と丁度、下層区画へと続くエレベーターを見張っていた人工電脳が、マクラウド中尉が、人目を避けながら乗り込んだことを報告してきた。
なんとやっこさん。手織りの外套にすっぽりと身を包んでいた。
女の子と逢瀬でもするのかしらん?
興味を抱いたミュラ少尉は、先任士官の後をつけてみることにした。
[2019年 01月 08日 10時 01分]
矛盾?
邪悪な弱者
この連中め。母星の座標も分からなければ、銀河星図の読み方も誰一人知らないときている。こいつらを元の故郷へと送り返すのは、殆んど不可能に思えるな
宇宙船を奪おうとしている、メルト船乗りがいるのに、母星の座標が分からないのは違和感
宇宙船を操作できると思うくらいの教育をうけているのであれば、星図を理解しているか、少なくとも理解せずに航行できないことは分かるはず。
また、リーパ人と会話しており、第二候補とリーパ人という情報があれば、メルト星がどこかは分かりそう。
〇回答
同じ星間文明でも、銀河の端から端まで(時間は掛かっても)往来できるログレス人と、数百光年を往復するのが精一杯のメルト人には大きな差がある。
メルト人の既知世界は、100光年。宇宙艦艇の移動能力もそれに準じている。
その為、メルト人とログレス人では、保有している星図が全く異なる。
ログレスの航海図や星図は、数万光年に及び、大半の恒星は番号だけ振って、重要な恒星系と惑星だけをデーターに載せている。
メルト人は数十光年範囲の詳細な星図しかもっていない。
ログレス船は、リゴン人たちが積み荷(メルト人)たちを乗せた寄港地から既に1000光年以上を移動している。
地球人の天文学者がある程度、地球中心の恒星間の距離を知っていたとしても、数千光年先の未知のランダムな恒星系に移動した場合、地球の元の座標を探し出すのは困難かもしれない。
リーパ人と会話したのは、ニア・ススが母星いた時点での話。
母星メルトで買われて奴隷商人の小型船で数百光年を移動 → 宇宙船ごとオベロン号に乗り込んで数千光年を移動 →今どこ?
リゴン人は、大航海時代の奴隷商人よろしく、数百人の高度文明人をまとめ買いできる未踏領域までわざわざ買い付けに来た。




