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3-11 メルト自由軍

 惑星メルトでの奴隷狩りは終わることなく続いていた。奴隷商人による襲撃はその頻度を増し、隠れ住むメルト人の居留地は一つ、また一つと消滅し、あるいは通信が途絶していった。

 抗いようのない強大な力によって世界は変容していった。最後の都市が陥落して以降、採算が取れなくなり、奴隷狩りの主力は大手海賊から、開拓民の護衛も請け負う中小海賊集団に。やがて、開拓民が兼業する小規模な人狩り業者へ。今は、原住民がどれほど生き残っているのかも分からない。

 そうしてついに私たちにも終わりが来た。暁の奇襲だった。最後の襲撃で祖父母もいなくなって、ユル・ススと私は降りてきた邪悪な装甲服の歩兵たちに追い掛け回され、捕まった。

 結局のところ、時間の問題だった。鹿狩りをしに森を訪れた開拓民に見つかって、警察と自警団からなる一団が出動。地元の州では数年ぶりに見つかった害獣を狩り立てて、売るに適さない年老いた連中は始末して、売れそうな生き残りをクレジットに替えるために宇宙港へと持ち帰った。

 惑星メルトの宇宙港では、奴隷市場が開かれていた。異星人の奴隷商人たちには奴隷扱いされたが、皮肉なことに開拓民からの害獣扱いよりはよっぽどましな扱いだった。


 奴隷市場で檻の中に入れられた私たちは、商品として衆目に晒された。屈辱に耐えきれず、自ら命を絶つメルト人もいた。

 宇宙港を観光中の旅行者らしき年頃の姉妹が、物珍しそうに檻の外から私たちを眺めていた姿がひどく印象に残っている。檻の内と外とで少しだけ話した。異星人と交流することで急速に発展した近隣の惑星リーパの富裕層だった。それ以前は、メルトの勢力下にあった貧しい惑星リーパは、皮肉なことにメルト人が追い払ったログレスと条約を結んで、貿易港として繁栄しているらしい。

「メルト人って凄いわね。ログレスを追い返すなんて。リーパ人には想像もつかないわ」

 祖父はログレス人を追い払った宇宙艦隊の一員であったから、少女の一言には面映ゆい思いをした。

 観光客の少女は無邪気に微笑みながら、尋ねてきた。

「ね、どうやってあのログレスを追い返したの?」

 その瞬間は、ログレス人が軍事力は弱くとも貿易は得意な種族だと理解したばかりだったから。実は、それすらも滑稽な誤解だったのだが、観光客の少女が口にした質問の意図を理解できなかった。

「どうやってって?」

 戸惑う様子を楽しむように眺める観光客の少女の背後。宇宙港の猥雑な雑踏をかき分けて路地を近寄ってくる恐ろしげな赤い装甲服の一隊が目に入った。

「レッドコートだ」

 陽光を反射して赤く煌めく装甲服を目にして、奴隷屋の見習い小僧が怯えた声を漏らした。


 装甲服を着こんだ見慣れぬ兵士の分隊が、奴隷販売店の前で立ち止まった。

「身分証を」

 少女がうなずいて差し出した。

「どうぞ、兵隊さん」

 兵士たちがうなずいて少女にパスを返した。次に恐ろしいマスクを奴隷商人たちに向けると、先頭の奴隷商人は真っ蒼になってぺちゃくちゃと聞かれもしない言い訳を始めた。

「黙れ!貴様らのしみったれた商売などどうでもよい!さっさと質問に答えろ!」

 レッドコートが威圧的に叱り飛ばした。奴隷商人たちは哀れなほどに震え上がって縮まっていた。

 レッドコートの質問内容からすると、手配中の密輸業者の一味を探しているらしい。

「あの。こ奴らは、不逞な反乱軍の一味でしょうか?例の……」と奴隷商人の一人が恐る恐るレッドコートに尋ねた。

「お前たちがそれを知る必要はない。こいつらを見かけたら、すぐに知らせろ」

 威圧的で居丈高な物言いだったけれど、奴隷商人は卑屈なほどのへつらいの笑みを浮かべた。

「はい、旦那」奴隷商人は従順に言った。

 去り際にレッドコートの将校が立ち止まって、奴隷商人をじっと見つめた。

「覚えておけ。大ログレスは、銀河系でのいかな反乱の兆しも見逃さないのだ」

 漆黒のV字型バイザーの向こう側でモノアイが不気味な赤光を放っていた。レッドコートの将校に念を押された奴隷商人たちは、誰も彼も壊れた人形のように首をこくこくと動かした。

「はい。隊長さん。すぐに知らせます。はい。女王陛下に逆らうなど、全く不逞な奴らです。はい」

 奴隷商人たちは誰も彼も、見せしめにメルト人の大男を機械の片腕で縊り殺した恐ろしいサイボーグの元締めさえもが、レッドコートにぺこぺこしていた。立ち去ってからも、しばらくは誰も口をきこうとしなかった。

 レッドコートの威圧的な姿が遠ざかってから、ようやく年かさの奴隷商人の一人が忌々しげに毒づいた。

「ログレス人共め。どっちが海賊だ」

「貪欲な海賊どもめ。数億も恒星系を支配しておいて、まだ足りないらしい」

 賛同の声があちこちで上がったが、聞かれるのを恐れるかのように低い臆病な囁きばかりだった。

「大ログレスは、銀河系の小さな反抗すらも見逃さないのだ」

 ログレス兵を真似て、鯱張った口調でそう呟いた観光客の少女は、くすくす笑いながら檻に向かって振り返った。

 本国から数万光年離れた辺境の惑星ですら、我が物顔で臨検している銀河帝国のレッドコートたちを横目で意味ありげに眺めると、観光客の少女は妹を大事そうに抱きしめた。

「貴方たちには本当に感謝しているの。ログレスの持ちかけた通商条約を突っぱねてくれてありがとう」

 少女は残酷な微笑みを浮かべながら、優しい口調で嘲るように心を打ち砕く真実を告げた。

「私たちの惑星、本当は第二候補だったのよ」



 ログレス船籍の貨物船オベロン号を利用している船客の大半は地球由来の人類であり、その他の種族もログレスの公用語である共通語ベーシックを学んでいたので、英語由来の単語を300から800程度身に着けていれば、全くの異星人相手にも簡単な会話くらいは通じた。


 ただし、先祖伝来の正統ログレスクイーンズログレッシュを頑固に守り続けるログレス王国と、新世界やその他の共通語圏では、同じ共通語由来の文化的基盤を有していながらも、惑星ごとにかなりの単語や文法の変化が発生しつつあったし、また、旧世界の列強諸国では、文化復興運動の隆盛と影響から、翻訳機がなければログレス語を全く話せない人間も多かった。


 いずれにしても、地球由来人類の御多分に漏れず、メルト人たちも共通語を通じて他の異星人たちと意思の疎通を図ることが可能であって、今までは辺境領域のほんの一部地域で孤立して生きてきたメルト人たちは、宇宙艦艇の下層の乗客たちとの接触を通して、広大な銀河系全土の事情とログレスの強大さを今さらになって徐々に耳に入れつつあったのだが、メルト人たちがそれを素直に信じるか否かは、また別の話であった。


 割り当てられた労働。重労働な船内のごみ処理や下水系の整備などを終えたメルト人の一団。彼らだけでの作業は許されず、先輩作業員に混じって監督されての仕事であり、それも一番きつくて、一番給料が安い仕事であったが、とにかくも終えたメルト人労働者たちの一団は、食堂の隅で仲間だけで固まって遅めの食事をとっていた。

「どう思う?」一人がカツレツを口に入れながら、仲間たちに尋ねてきた。

「なにがだ?」

「例の話だ」味わいながら、肩をすくめる。

 隣のメルト人と顔を合わせてから、相手はうなずいてせせら笑った。

「ログレスが銀河を支配しているとかいう噂か」

「そう、それだ」砂糖をぶち込んだ茶を飲みながら、最初のメルト人が言葉をつづけた。

「俺には、どうにも信じられん。与太話の類としか」

「同感だ」

 銀河系共通クレジットを獲得するために、メルト人たちは宇宙船内で働いていた。この場合、銀河系共通クレジットとはログレス£のことであった。大メルトの末裔が、いまやログレスごときの通貨を稼がなくてはならない境遇まで落ちぶれたと思うと、メルト人たちも苦々しい思いに駆られるのだった。


「見ろよ。あれを」テーブルについてるメルト人の一人が囁いた。

 彼が指さした先では、食堂の入り口に立つ若いログレス水兵が給仕の娘に迫っていた。

 へらへらと締まりのない笑顔で口説いていたが、娘のほうも満更でなさそうな態度で笑みを返している。ところがそこに別の海軍水兵が現れて割って入ってきた。給仕娘を傍らに、二人の水兵が言い争いから取っ組み合いに至るまでほんの数十秒。

「ろくでもない若造共だな」

「若造だけではないさ」

 無気力そうに壁に座り込んで、オベロン号乗員の異星人と話し込んでいる年寄り水兵を眺めながら、つぶやいた。全盛期のメルト宇宙艦隊であれば、絶対に採用しないようなだらしのない男たち。

「俺も昔、王立海軍の船に乗ってたよ」と異星人の水夫。

「へえ、何年くらい乗ってたんだね」と王立海軍の老水兵。

「うーん、600年くらいかな。700年かも」と異星人。

「600年かい!」老水兵が驚いたように言った。

「いろんな船長に仕えたよ。でも、今のところポアソン艦長ほどシミュレーターの強い艦長は見たことがないね」

「ピアソン艦長だよ。異星人のとっつぁん」

「おう、そうね。ポアソン艦長だ。ポアソン艦長はいいよ。すごいいい」

 カエルに似たエイリアン水夫ののんびりした言葉に、老水兵は嬉しそうにうなずいて、意気投合したのかなにやらピアソン艦長についての話をし始めた。


 彼らの話を耳にしたメルト人たちは、薄い嘲りの笑みを口元に浮かべた。

「馬鹿な異星人め」

「600年も生きてきて、自分の艦長の名前もまともに覚えられないとはな」

「あんな連中が銀河系を支配しているなどと聞かされて信じるほうがどうかしている。まあ、2、3の星域。人口が少ないか、低文明しかなかった領域を火事場泥棒的に運良く支配したのは事実らしいが、ログレス人ども。夜郎自大に銀河の支配者だと吹いて、単純な被支配民族がそれを信じ込んでしまったのだろう」

「そんなところだろうな。われらメルト人が良心と他国の尊重に拘ったがゆえに行えなかった非道な征服を行えば、ログレス程度でもちょっとした帝国を築くのはさして困難ではあるまい」

「聞いた話じゃ……」

 ニヤニヤしながら、メルト人の一人が真顔になって仲間を見回した。

「ログレス人は、星を砕けるような宇宙戦艦を一億隻も持ってるそうだ」

 メルト人の間からくすくす笑いが巻き起こった。

「聞けば聞くほど、有り得ない話ばかりですな」

「人は信じたいものを信じるものさ」

 その言葉に説得力を覚えたのか、テーブルのメルト人たちが口々に賛意を口にした。

「星を砕けるような戦艦か。あって欲しくないな」

「ないさ。星を砕くのにどれだけのエネルギーが必要か考えれば、すぐに理解できる。全盛期のメルト宇宙軍全艦隊を集めたって、そんな火力は出せっこない」

 冷静にメルト人の一人が指摘した。

「まあ、ログレス人は思ったよりも大きな勢力を持っているようだが、何度かジャンプすれば、法律も政府も違う領域に到達できるだろう」

 一人がそう結論をだして、仲間たちを見回した。

「一旦、宇宙船を奪い取れば、もうこっちのものだ。追いかけようがない」

「准将はどう思われますか?」

 メルト人たちは、一斉に准将と呼ばれた髭の老人に視線を集中させる。

「基本計画はそれでよい。が、船の目星はつけたのか?」と准将。

「7~8人で操縦できそうな小型貨物船がありました」機敏そうなメルト人がきびきびと報告する。

「もっと大型の。戦闘艦艇のほうがいいと思うがね」と一人が口を挟む。

「なぜ、その機体を選んだ?」准将が鋭い視線を向けて尋ねた。

 居住まいを整えて、メルト人が回答する。

「まず、格納庫の中だけで同型の宇宙艦艇を4、5機見かけたこと。この辺りの星域で流行っているなら、修理や整備の部品も手に入れやすいはずです。

 それと少人数で動かせる艦艇だと思わぬカスタマイズしていることがあります。7~8人で動かせる船。それも比較的新しいなら、カスタマイズは少ないと予想しました」

 じっと見つめた准将がようやくうなずいた。ほっとしたように若いメルト人が補足する。

「ああ、それと油断しているのか、見張りは少ないです。日中一人か二人。夜間でも二人にすぎません」

「ふむ」准将が先を促した。

「どうやら小口の貿易業者らしいが、缶詰など、おあつらえ向きの積み荷を積んでいます。水と食料の心配はいらないでしょう」

「よろしい」

 准将と呼ばれた老人は、重々しくうなづいてから仲間を見回し、そっとささやいた。

「諸君。メルト復活の狼煙を上げる日は遠くないぞ。油断なきようにな」



 メルト人難民たちに割り当てられた下層部空気の空気は余りよろしくない。

 勿論、最近までいたコンテナ内部の劣悪な環境に比べれば、はるかに快適なはずだったが、しかし、中層以上の客室区画や共有区画に立ち入って清浄な空気を一度でも味わってしまえば、自分たちに廻されたのが匂いがついた余り物の安い空気なのは一目瞭然であった。

 メルト難民たちは、これから生きていく為の資金を得る為にもオベロン号内での簡易労働をして賃金を得ることを許されていた。安い給料での慣れぬ労働はメルト人たちの一部。特に都市の地下などで抵抗を続けていた旧軍人などにとっては屈辱であり、恥辱であったが、一方で、森などに隠れ住んでいた大半のメルト人たちは今の境遇に満足していた。


 マクラウド中尉から貰った食べ物を抱えて、ユル・ススが難民たちに割り当てられた居住区へと戻ると、物陰では見慣れないメルト人たちが小声でぼそぼそと興奮したような囁きを交し合っていた。

 ユル・ススは、最近、居住区で嫌な雰囲気を感じていた。肌で刺すようなピリピリした感覚は、生涯を追われる弱小の種族、生まれ落ちた時より狩られる立場と定められていたが故に身についた言葉にできぬ第六感であったかもしれない。

 一口にメルト人難民といっても、必ずしも仲間ではない。出身地ごとに小さなグループに分かれているのが実情だったが、最近になって状況に変化が生まれ始めていた。

 元々、あまり付き合いのなかったグループが此方のグループに与えられた地区にやってきて、若いメルト人たちを中心に声を掛けていた。

 いやに人目を避けてこそこそしている態度から、ユル・ススにはあまりろくな風潮に感じられなかった。古い基地跡に潜んでいて捕まったらしい大きな集団が中心になって、何かを企んでいる。

 幸いというべきか。元から同じ集落にいた大人たちは距離をとっているようだが、中には基地のグループの勧誘に乗りそうな迂闊な若者もいる。



 ユル・ススが姉と暮らす部屋が見える回廊に差し掛かったところで、横合いの路地から数人の若者が飛び出してきた。

「おっと。何処へ行くんだ。ユル・スス」

「ロロ」

 びっくりしたが、相手は友人のロロであったのでユル・ススはほっとした。

 とはいえ、周囲に出てきてユル・ススを取り囲んだのは、顔も名前も知らない少年たちであった。

「何を持っているんだ」

 ユル・ススの抱えた包みをじろじろと眺めるロロは、今まで一度だってユル・ススに対してしたことのない、いやあな目つきをしていた。その眼つきには見覚えがあって、ユル・ススはすっと背中が冷える感覚を覚えた。獣めいた奴隷商人たちが獲物を見る時と全く同じ目つきで、だけどユル・ススはもう幾度も絶望して、そして立ち上がってきた経験があったので、友人だと思っていた幼馴染のそんな目つきにも辛うじて冷静さを失わないで済んだ。

「食べ物だよ」ユル・ススは無邪気に言った。

「あー、うー。ちょ、ちょう……だ」自信満々に何かを言いかけたロロが、口ごもった。

「徴発だ、バカ。ちょうはつ」囲んでいる少年の一人がそういった。別の少年の一人が自信満々にユル・ススの手にした包みに手を伸ばした。

「徴発する。メルト自由軍の名においてお前の物資を徴発する」

 やっと思い出したロロがそう言って、得意げな顔をした。

「メルトの栄光に奉仕できることを光栄に思え」

 包みに手にかけた少年に、ユル・ススは抵抗せず、ただこう言った。

「別にいいけど。中尉からの預かりものだよ。むち打ちで済むといいけど」

 少年は、ギョッとしたように手を止めた。

「僕もやられたけど、あれはきつかった」

 ユル・ススの物言いに、少年たちが顔をゆがめた。

「密告する気か?」

「俺たちの名前を出すなよ、ただじゃ済まないぞ」

 口々に脅しを口にする少年たちに、ユル・ススはあきれたように肩をすくめた。

「仕事中に包みを取られたんだもの。出すに決まってるじゃないか。僕の友達のロロ。いや、知り合いのロロにかっぱらわれましたって報告するよ。じゃなきゃあ、僕が怒られちゃう」

「俺たちの名前を出したら、お前を殺してやるぞ」

「なら、今やれば?」せせら笑ったりして刺激するようなことはせず、恐れを見せることもせず、淡々とユル・ススは告げた。

「幸い、僕はマクラウド中尉に可愛がられているから、彼はきっとこう言うよ。

 おや、可愛いユル・ススが顔に傷を作っているぞ。何があったか聞かなけりゃなるまい。

 で、君たちの名前。メルト自由軍だっけ?そういう不良グループの名前も出てくる」

 ユル・ススの言葉に、少年たちの顔つきが険しくなった。

「俺たちは不良じゃねえ。ぶっ殺すぞ」

 不良少年の一人が凄んだが正直、ピアソン大尉の淡々とした処刑宣言のほうが百億倍も恐かった。

「まあ、死体でも同じだよね。何人も大人がこっちに注目しているし。ロロ。君は真っ先に逮捕される。船内だから逃げ場はない。お母さんは嘆き悲しむだろうね」

 指さして言われたロロが真っ青になって固まった。

「母ちゃんは関係ないだろう」絞り出すような声だった。

「それでもよけりゃ、僕を殺して包みを持っていきなよ」とユル・ススは言った。

「おべっか使いめ!」

「卑怯者が!」

 一人を集団で囲んでいた不良少年たちは、罵り声をかけてから一斉に走り去った。後を追いかけようとしたロロにユル・ススは声をかけた。

「ロロ」

「なんだよ」ロロは険悪な表情で立ち止まった。

「あいつらとはもう付き合うな」

「黙れ!おべっか使いめ」ロロが叫んでいた。

「俺のことはロロ上等兵と呼べ!俺はメルト解放軍の兵士なんだぞ!」

 じっと幼馴染を見つめたユル・ススは、一瞬悲しそうに目を伏せたが、口にしたのは馬鹿にしたように軽い言葉だった。

「今度はごっこ遊び?いい加減、卒業したほうがいいよ」


 与えられた部屋に駆けこむ最後の数歩は自然、早足になった。部屋に駆け込んで扉を閉めた。鍵を掛けて、ようやく今頃になって震えが来た。脅されたことと友人の変化に衝撃を受けていた。扉に触れたまま、ぺたんと床へと座り込んだ。それから無残な末路を迎えたロロとの在りし日の友情を思い出して、涙を出して2、3分の間を一人で静かに泣いた。

 

 気持ちを立て直してから、ユル・ススは姉の部屋をノックした。

「いるよー」と呑気なニア・ススの声。ユル・ススはほっとした。

「お姉ちゃん。ご飯食べた?」ユル・ススは、笑顔を作ろうとした。どこか顔が強張ってないだろうか。気づかれないだろうか。顔に少し触れて確かめてから、扉を開けた。

「マクラウド中尉がね。お仕事をお手伝いしたら、食事を分けてくれたんだ。一緒に食べようと思って」

 包みをほどいて、ミートポテトパイや焼き立てのまだ香ばしいブレッドを取り出した。

「沢山あるわね」山盛りの料理を眺めて、姉のニア・ススは首を傾げた。

「ロロのところにも持って行ってあげましょう」

 姉の言葉に、ユル・ススは一瞬だけ固まった。

「……ロロは」

 先刻、決裂した相手の名を口にしてから、ユル・ススは唾を飲み込んでなんとか言葉を続けた。

「実は帰る途中、ロロに絡まれて、食べ物をとられそうになった」

「まあ」とニア・ススがつぶやいた。

「中尉の名前を出さなかったら取られていた。だから……」

「分けてあげなかったの?」姉の声に非難の響きを聞き取ったのは、ニア・ススの穿ちすぎだろうか。

「話聞いてた?ロロたちにとられそうになったんだよ」

「ロロも困っていたのよ。おばさんは……」姉は困ったように微笑んだ。

「僕たちも困っている。それに中尉の名前を出したのに食べ物を上げたら、僕が困るよ」

「それで独り占めするの?」ニア・ススの言ってることはどうにも的外れだとユル・ススには感じられた。


 不満げなユル・ススと、マクラウド中尉の手料理を見つめてから、ニア・ススはどこか哀しげに微笑んだ。

「ユル。もうログレス人のところへは行かないほうがいいわ」

「え?」ユル・ススは、姉の思わぬ一言に動揺した。

「な、なんで?」

「あなたが皆から孤立してしまうわ」とニア・スス。

「みんなって……」

 皆って誰?誰が僕たちを助けてくれたの。言いかけて、姉が悲しむと思い、ユル・ススは口を閉じた。

 代わりに違う言葉を絞り出した。

「マクラウド中尉はいい人だよ」と訴える。

「……そうね。中尉さんはいい人かもしれない」

 ニア・ススも不承不承に認めた。が、どうにもログレスに対して隔意があるようだった。

 ユル・ススにはそれが不思議でならない。自分たちがログレス人に何かされた訳ではなかったからだ。

「でも軍人だわ。上の命令には従わないとならない。そしてログレスは……銀河帝国は、あまりにも気まぐれだわ」

 ユル・ススが不満げに首を傾げているのを見て、ニア・ススは言葉をつづけた。

「かつて銀河帝国は私たちをあっさりと切り捨てた。過去のメルト人たちは愚かだったかもしれないけれど、だからと言って、こんな風に踏みにじられてよいほど悪いことをしたとは思わない」

 ユル・ススが無言でいると、ニア・ススが手を伸ばしてきた。

 ユル・ススの髪を優しくくしゃりと撫でる。

「お願い。傷つくあなたを見たくないの」

「それは……」

 ログレスとどんなことがあったのか。詳しいことを知らなかったので、ユル・ススはとりあえず判断を保留して、別のことを聞いた。

「でも、お金はどうするの?」

「なんとかするわ」ニア・ススは微笑んでから、弟を抱きしめた。



大英帝国程度にブリカスな銀河帝国だぞ

SWとか黄金樹な銀河帝国よりだいぶましだぞ

さあ支配を受け入れるんだ 

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