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3-9 失われた空

本日2回目


 物心ついた時には空は失われていた。衛星を失って通信網が喪失すると共に、各地との連絡が途絶した。それでもインターネットはしばらく使えたが、天空を舞う異星人の巨大戦艦が都市に舞い降りて人狩りを行うたびに数百万の人々が拉致された。

 一つ、また一つと都市が陥落し、首都も幾度かの襲撃を受けて、人々は首都圏から地方へ流れ出した。学術機関の大半は都心に集中していたから、そうしてまず技術者や科学者の後継が先細りになったが、それでも指導者たちは脱出して政府と軍隊を再構築し、戦い続けた。

 地方都市は、しかし、異星人の一度の襲撃で無人と化した。数日の間、狩りを逃げ延びることができても、殆んど無人と化した都市で生きるのは簡単ではなく、少人数では都市を維持することもできなくなっていた。

 人々は首都圏から郊外へ。郊外から地方都市へ。地方都市から市町村へ。市町村から田園へ。精密機器は失われ、工業製品も作れなくなり、インフラは奪われ、流通は遮断された。

 小規模な都市は一晩で根こそぎにされた。何とか逃げ延びることはできても、その時に一緒に逃げた友人たちとは混乱の中で逸れた。

 襲撃の規模は小さくなり、その代わりに頻度が増大し、小さな田舎町までも襲撃を受けるようになった。入れ替わりに異星人たちが小さな町へと入り込み、嬉々としてトラクターを操縦し、畑を耕す姿を遠目に見るようになった。

 侵略者曰く【新世界】への入植が始まったのだ。言葉は分かるのだ。新世界とはなんだ、と思った。同じ言葉を話している筈なのに、外見も殆んど同じなのに、彼らは私たちを人間とはみなさず、まるで害獣のように扱った。

 彼らは占拠した町を城塞化して、私たちを原住民と呼び、賞金を懸けて狩り立て、奴隷としたり、頭の皮を剥いで記念品としたりした。中には自ら奴隷として売り込むようになった者たちもいたが、殆んどのメルト人たちは、それでも戦いを止めようとはしなかった。その抵抗は、でも、誇り高さというよりは絶望からくるものであったかもしれない。

 その頃には発電所も奪われ、工場も失われ、拠点を失うたびに軍隊はぜい弱化していったのだ。すでに航空機も戦車も底をついていた。他の星系へ救援を求めに行こうにも宇宙艦艇は何処にもなく、もはや部品すら製造するのは不可能だった。

 そして私たちは遂に平野部から追われた。人里離れた森林や山奥で細々と、半ば中世のような生活を行いながら、異星人たちの狩りに脅え続ける日を送り続けることになった。

 ステルスの透明化した浮遊艇に見つかってしまえば、その日のうちには狩りが始まる。もはや宇宙母艦を見ることも無くなっていたけれども、今は代わりに住み着いた侵略者たち。彼らの自称するところでは、開拓民たちが私たち原住民を狩り立てるようになっていた。時折、レジスタンスがまだ僅かに残る電磁投射砲や粒子砲で浮遊艇を撃沈したけれども、連中は既に惑星上の施設でその程度の兵器を量産していたから、全くの無意味だった。そして連中の母船は、核ミサイルの直撃程度ではびくともしないくらいには頑丈だったから、地上軍の残存兵器ではどうあがいても抗いようがなかった。

 港湾、鉄道、空港、高速道路、橋梁、トンネル……集結するための移動手段を封じられたメルト人たちは、もう分断されたも同然で、多少の人数が残っていようとも後は各個撃破されるだけだった。

 ユル・ススが生まれたのは、薄汚れた天幕の一角。私たちの最後の安住の地であった森の居留地の片隅だった。あの子はそびえたつ摩天楼も知らないし、宇宙艦艇が飛び立つ姿も知らない。メルト人がかつては星の海に漕ぎ出していた事さえ伝聞でしか知らない。同じ年齢の遊び友達も殆んどおらず、あの子はいつも図書館の地下で電脳と一緒に遊んでいた。

 変わった子。風変わりな子。

 それでもあの子はたった一人。私にとって残された最後の家族だった。


 怪我の手当てを受けたユル・ススが割り当てられた部屋へと戻ると、姉のニア・ススが誰かと立ち話をしていた。

「お姉ちゃん?」

 相手が杖を突いた初老の男。リゴン人奴隷商人の頭目であるシンプソンと気づいて、ユル・ススはさっと顔を強張らせた。一方でシンプソンもユル・ススに気づいて、帽子を上げて会釈をしてきた。

「やあ、ユル・スス」

「おかえりなさい」とニア・スス。

 ユル・ススは、俯き加減に二人の横を通り抜けると、無言で部屋の奥へと駆け込んだ。

「やれやれ、嫌われたものだ」シンプソンの苦笑する気配。

「あの……」とニア・ススがぼそぼそと何かを告げて、

「かまわない」シンプソンが何か応じた。

 奥の部屋でクッションを抱きかかえていたユル・ススだが、顔をゆがめて耳を塞いだ。

 二人はかなりの長話をしていたが、やがてシンプソンが帰った気配がして、ニア・ススが部屋の奥へとやってきた。

 ユル・ススは、窓からシンプソンの背中を憎々しげに睨みつけながら、姉に尋ねた。

「あいつ。なにしに来たの」

「心配して来てくれたのよ」ニア・ススが苦笑しながら言った。

「心配?」ユル・ススは吐き捨てた。

「まだ、僕たちを所有物だと思っているんだね。なんて嫌な奴だろう」


 ニア・ススは少し考えてから、遠くを見るような眼差しになった。

「私たちの行先について。ザラについてからどうするか」と姉の言葉に、ユル・ススは奇妙に頬をゆがめた。

「望んだ人はリゴンへ連れて行ってくれるって」とニア・ススが言った。

「誰が行くものか」

「乞食になるよりはましでしょう」と窘めるようなニア・ススの言葉。

「だって、あいつは……あいつは奴隷商人なんだよ」ユル・ススは訴えたが、ニア・ススは首を振った。

「違うわ」そこで姉は、じっとユル・ススを見つめた。

「怪我しているのね」


「助け合わないといけないのに、どうして喧嘩するの?」ニア・ススは頬に触れながら尋ねてきた。

 ユル・ススは、姉に手当てされるのが好きだった。わざと怪我しようとは思わないけれどもニア・ススの手はユル・ススにとっていつも優しく温かかった。だけど、今は胸が苦しくなるだけだった。

「僕を裏切り者だって……」とユル・ススは言った。

「あの人たちを責めてはいけないわ」

「あいつら、卑怯者だ。自分だって食べたのに……僕を泥棒だって」ユル・ススは訴えた。慰めてほしかったが、姉は首を振った。

「それにあなたにも怒らせた理由があるのではなくて」

 何気ない言葉だったが、ユル・ススは中傷された時よりもずっと傷ついた。


「顔を見せて」

 ユル・ススの頬を掴んで傷を見るが、王立海軍の薬は殆んど傷を癒していた。

「よかった。傷は痕にはならないわね。手加減してもらったんだわ」

 心が冷えたように感じた。違うと言いたかったが、ユル・ススは苦しくて言葉が出てこなかった。

「皆が助け合わないといけないわ」ニア・ススは穏やかに諭すように告げた。

「……あいつらに助けてもらったことなんて一度だってない。いつも文句ばっかり言って。何も出来なかった癖に……」

 憎々しげにユル・ススは言った。

「……あなたが生まれたときに、助けてくれた人もいたわ。危険を冒して街に電池と薬を取りに行って、それで貴方を。みんな祝福してくれたのよ」

「……本当に?」とユル・スス

「ええ」姉は微笑んだが、ユル・ススは信じられない様子で俯いた。なぜか、姉の笑顔が憎たらしく感じて、そんな自分が怖くなってきゅっと目を瞑った。

(ああ、ぼくはどうしちゃったんだろう。穴が開いたみたいに胸が冷たくて、頭がぐちゃぐちゃだ)


 ユル・ススは、虚栄心ばかり強いように見えるメルト人たちに失望しつつあった。ユル・ススは追い詰められ、絶望した時期のメルト人たちしか知らなかった。それは不幸なことであったに違いないが、打ち続く災厄に翻弄され、打ちのめされてしまったメルト人たちは誰もユル・ススに手を差し伸べず、奪うだけであったし、善良なものも自分を守るだけで精いっぱいであった。

 そしてユル・ススは、奴隷商人であるリゴン人たちを憎み、それ以上に流されるままのメルト人たちを軽蔑しつつあった。ユル・ススの目には、メルト人は立派なところの何一つない臆病で卑屈で空威張りばかりする連中にしか見えなかったが、だけど自分がそのメルト人の一人だと思うと気も狂いそうな気がするのだった。



 

 ピアソン大尉は、輸送中でも将兵を休ませる気はなかった。各地で寄港するたびに一時休暇は与えたものの、脱走した場合、逃亡兵があっさりと闇に紛れてしまうような大都会では、部下に基地内から出ることを許さなかった。しかし、そうした大都市の場合は大抵、基地内にかなり大きな規模の酒保や歓楽街が設けられており、水兵たちが不満を持たないようにできる限りは酒色を許した。辺境に入ってからの小さな田舎町では外出を許可しつつ、しっかりした水兵を仮の班長に任命し、大尉本人が居場所を掌握することで一定以上にたがを外さぬよう対処した。勤務中は厳しく規則違反を咎めたものの、自室や水兵の領域である艦艇下層での休息中はかなり大目に見るということを説明せずに水兵たちに肌で理解させる頃には、水兵たちも引き締まって初期とは別人のように効率的に動くようになっていた。


 金属片を鍛えて切れ味鋭い剣を鍛造するように、ピアソン大尉は水兵たちに試練を与えて彼らを鍛え抜いた王立海軍の乗組員。一つの艦内で生活し、運命を共にする戦闘艦艇の水兵という一個の生き物へと作り変えようとしていたが、一方では彼らの精神状態を量りつつ、過度のストレスをため込まぬよう娯楽や息抜きなどを手配して気を配ってもいた。


「30秒に縮めろ!よくやった!」

「行動を開始せよ!衛兵伍長!一番遅かったものの名を控えておけ!」

 ピアソン大尉の訓練は、効率的で徹底的であったから、そして彼は部下に徹底的に意図を説明する人間であったから、兵士たちはシミュレーター上とはいえ、メキメキと能力を高めていた。

 他所から回ってきた熟練の水兵や下士官たちも、ピアソン大尉の自他ともに厳しい姿勢やその指導力。そしてなにより無限の活力には感心することしきりであった。ピアソン大尉は、自分だけが楽をすることは無かったし、生来、有能な人間にありがちな、自分のできることは他人にも出来るという思い込みを持っていなかったので、厳しくも潰れる水兵はいなかった。特に意外なことに一見、無能な部下でも、その能力を正確に測って長所を見つけて伸ばす術に長けていたから、老ハラーなどは益々熱狂して大尉の熱心な信奉者になるのだ。


 航海が終わりに近づくにつれて、部下の大半はピアソン大尉は生まれながらの艦長であり、完璧な人間なのだと見做しつつあったが、自己一人の責任において40名の部下を采配するのは、実際はピアソン大尉にしても初めての経験であり、訓練で思うような成果が上がらない時期や、想定していなかった事態に困惑を覚えた時など、仮宿である安全な輸送艦での定数3分の1での訓練で此れなのだから、実際に雷撃艇を預かり、乗組員を補充した時には、果たして掌握しきれるのか。もしかして自分は王立海軍でもっとも無能な艦長であり、実戦になったら化けの皮が剥がれて衆目に無様さを晒してしまうのではないかと恐れ戦く日もあった。


 そうしたピアソン大尉の誰にも漏らさない恐れを悟ったのは、付き合いの長いソームズ中尉だけであった。彼女はピアソン大尉ならできると励まし、駄目であった時は、例えどんなに無様をさらしてもせめて自分だけは一緒に死ぬと慰めたのだった。


 さて、アンソニー・クイン大尉が、シミュレーターによる仮想訓練を終えたばかりのジェームズ・アーサー・ピアソン大尉に話しかけてきたのは、ザラまでの航路を半ば消化したある日であった。

「よう、ピアソン君。熱心にやっとるな」

 王立海軍の士官たちに貸し与えられたオベロンの一室、と言ってもクイン大尉は他に海尉を連れていなかったので、実質、ピアソン大尉の一行が独占していた士官室にクイン大尉がやってきてこう提案した。

「どうだい。ここで一つ、お互いに対抗演習をやってみないか」

 クイン大尉の提案にミュラ少尉は面白そうな表情を浮かべた。ソームズ中尉は礼儀正しく無表情を守っていた。マクラウド中尉は気づかわしげに二人の海尉艦長を見比べた。マクラウド中尉は、此処3か月の訓練で、自分の艦長が王立海軍でも卓越した指揮官の一人ではないかとの考えを抱きつつあったが、とは言え、艦長足るもの誰もが彼の想定を越えた能力の持ち主である可能性も否めなかった。


「クイン君。しかし、君の部下は……」ピアソン大尉が肩をすくめるが、クイン大尉はにやりと笑った。

「もう素人ではないぜ。かなりしごき上げたからな」

 無邪気に声をかけてきたクイン大尉をどう扱うべきか。ピアソン大尉は迷った。

 負ける気はしないが、実際にクインはよくやっていた。部下に細かく声を掛けて回り、一体感を形成して、素人の雑多な集まりから、纏まりのある集団を構築しつつあった。

 ピアソン大尉は悩んだ。クイン大尉の作るチーム意識の強いそれと、各人の資質と能力を解析し、配置と訓練カリキュラムを最適化することで高度な戦闘集団を構築するピアソン大尉の組織論とは別種のものであったから対決に興味は覚えたものの、現時点では勝負するべきではないと考えていた。

 互いに得るものはあるだろうが、下手をすれば敗北した側が今までの努力を台無しにしてしまう恐れもあった。

 それは良くないが、素直に告げては恐れを抱いているとクインは受け取るだろう。

 どちらかといえば、クインのほうが失うものは大きい。後任の海尉艦長に一蹴されては、艦長の威信は粉々になる。ピアソン大尉に対して、敵意を抱くかもしれない。

 熟考の末、ピアソン大尉は断ることにした。自身の練度を理由とする。

「すまないが、訓練の途上だからな。連中はまだ半人前で、ほかの部隊と競うのは早すぎる」

「そうか。残念だな」クイン大尉は拘泥することもなく頷いて、あっさりと部屋を去った。


「どうでした?」廊下で待ち受けていた艦長付き艇長のハンフリーズがクイン大尉に尋ねた。

「断られた。坊やは部下の前で恥をかきたくないとさ」クイン大尉は冷ややかに肩をすくめた。

「へえ、そいつは」ハンフリーズが唸った。

 廊下を歩きながら、部下たちの訓練記録を眺める。

「そろそろ人間相手にも経験を積ませたかったが、ザラまでお預けか」クイン大尉がぼやいた。

「へへっ、と言っても、向こうの水兵の話じゃ、ピアソン大尉は負け知らずだそうで」

 ハンフリーズがにやりと笑った。

「気の毒にな」艇長の言葉を聞いたクイン大尉が吐き捨てるように言った。

「なにがです?」ハンフリーズが首を傾げた。

「水兵たちだ」とクイン大尉。

「楽に勝てるレベルの訓練だけして、いきなり実戦ではな」

 クイン大尉は、自身のシミュレーターの記録を呼び起こして、顎を撫でた。


 条件・雷撃艇 整備率100


 敵条件                      old / new

・練度G 海賊  武装商船  整備率30 勝率 88% ×〇〇〇〇 〇〇〇〇

・練度F 海賊  戦闘艇   整備率40 勝率 88% ×〇〇〇〇 〇〇〇〇

・練度E 海賊  スクーナー 整備率50 勝率 71% ×〇×〇〇 〇〇

・練度D 海賊  ブリッグ  整備率60 勝率 57% ××〇〇× 〇〇

・練度D 海賊  雷撃艇   整備率60 勝率 50% ×〇〇×


 実際には、練度DからFが海賊の平均的な練度で、雷撃艇のような強力な艦艇と遭遇することは殆んどない。シミュレーター上で練度Dのブリッグ型軍艦に危なげなく勝利できるならば、実戦でも殆んど心配はいらないだろう。

 すでにクイン大尉の部下たちは、危なげなくスクーナー型の小型軍艦には勝利できるだけの力量を獲得しつつあったから、もう少し練度を高めれば、さらに大型のブリッグ型軍艦も撃沈できるようになるだろう。だが、クイン大尉は満足せずに、部下たちに勝てるか分からない互角の戦力の敵手との仮想戦闘訓練を積ませていた。万が一の恐れは常にある。いずれ雷撃艇やそれより強力なコルベットやスループなどと遭遇する日が来ないとも限らないのだ。



ああー、はやく無双させたいんじゃー

このままでは読者様に飽きられてしまうー

まあ、今は世界観の説明なんで、もうちょっとだけ待ってね


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