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3-8 性悪弱者

 七列のコンテナから連れ出された三百人ばかりのメルト人たちは、まったく戸惑っている様子を見せていた。

 周囲を見回し、ぶつぶつと呟きながら体を伸ばして呻いたり、不満げに唸ったり、不安そうに仲間と固まっている彼らを一列に並ばせるのは、まったく一苦労であった。


「……宇宙艦艇は分かるか?宇宙艦艇だ。此処は、宇宙艦艇の内部で、お前たちは保護された。ログレスの王立海軍によって、これから取り調べが行われる」

 ミュラ少尉が拡声装置を使って説明していたが、メルト人の幾人かは不満げに彼女をじろじろ眺めた挙句、鼻を鳴らしてせせら笑った。

「へっ、ログレス人だってよ。冗談だろ」

 これは控えめに言っても数億の恒星系を支配する強力な星間国家の海軍士官に対して、助け出された寄る辺ない難民がとってよい態度ではなかった。

「衛兵!今、減らず口を叩いた者を連れてこい!」とミュラ少尉。

 高性能の集音機能を備えた赤い装甲服のレッドコートに突き出されると、男は怯えた表情を隠さずにミュラ少尉を見つめた。

「お前、名前は?」とミュラ少尉。

「おっ、俺はその……」

「今、なんと言った?ログレスがどうのこうの聞こえたが」

「たっ、ただの冗談で……」

「列に戻れ、二度と聞こえるところで減らず口を叩くな」ミュラ少尉が吐き捨てる。

 海兵たちに乱暴に突き飛ばされて列に戻される男の背を、水兵たちの嘲り笑う声が鞭打った。顔を真っ赤にした男は、拳を握り締めながらぶるぶると震えていた。


 後ろ手を組んで眺めているピアソン大尉の傍らにソームズ中尉が歩み寄った。

「……前途多難ですね」

 囁いたソームズ中尉をピアソン大尉が一瞥した。

「気乗りがしないようだな。ソームズ君」とピアソン大尉。

「この連中に救うだけの価値があるかは疑わしいと思います、マイロード」とソームズ中尉が肩をすくめた。

 ピアソン大尉は応えなかった。常の厳しい口調で部下の将校を呼び寄せる。

「マクラウド君。難民たちに食事と寝具を手配してやりたまえ」

「アイ・アイ・サー」マクラウド中尉が敬礼した。

「幸い、アンドロビッチ船長が彼らの収容場所を提供してくれるそうだ。下層区画だがコンテナよりはましに違いあるまい」ピアソン大尉がアンドロビッチ船長に目礼すると、酔った船長は人懐こい様子で鷹揚に手を振った。

「私の執事マッカンドリュースが君の手助けをするだろう。君が必要最低限と思う生活を与えてやれ」

 それからピアソン大尉は、マクラウド中尉に向き直った。

「言うまでもないことだが、あまり彼らに肩入れしないことだ。部下にも言い聞かせておきたまえ」

「はい」やや戸惑いつつも、マクラウド中尉がうなずいた。

「では行ってよし」


 気の利いた水兵を幾人か与えられたマクラウド中尉は、ミュラ少尉の手伝いを受けて、難民たちの住居を区画内へと割り振っていった。人数分の食料を手配し、体の弱ったものには医師の診察を受けさせ、一人当たり1日15分のシャワーも船長と交渉して割り当てる。一等水兵のスミスは、手際の良さを発揮して、一人当たりの分配量と必要量をあっという間にリスト化したが、しかし、数日もしないうちに問題が頻発し始めてしまった。

 

 難民たちに割り当てられた区画と隣り合った一室で事務仕事をしていたマクラウド中尉だが、スミスが途方に暮れた様子でやってきた。

「食料が足りない?」

 事務机の上で書類仕事をしていたマクラウド中尉が、怪訝そうにスミスに問い返した。

「はい、そうです。サー。特に粉ミルクが」とスミスと報告する。

「十分な量を提供している筈だが」マクラウド中尉が首を捻るも、スミスはやりきれなそうに言った。

「支給したうちでも、甘味や粉ミルクなどが横流しされていました。サー。他の船客と交流して酒や煙草、現金などを入手していたようで」とスミス。

「なんだと?」マクラウド中尉が絶句していると、スミスは吐き捨てるように言った。

「ワッツが見回ってなければ、赤ん坊が栄養失調で死ぬところでした。畜生。ああ、すみません」


 マクラウド中尉はため息をついた。

「ワッツを呼んでくれ」言ってから、マクラウド中尉は、スミスがひどく憔悴しているのに気づいた。目の下に隈も出ている。

「それと少し休め、スミス」

「アイ・サー」スミスはほろ苦く微笑んで敬礼を返した。


 横流しの発見者である水兵ワッツが、ピアソン大尉の執事であるマッカンドリュースを伴ってやってきた。苦い顔で横流しの発見した経緯を話すワッツは、小まめに難民たち。特に女子供などを訪ねては、話を聞いていたらしい。

 代表者にまとめて渡すという手法は、横流しを招きやすく、よろしくないと結論した3人だが、家族単位なり、少人数の班の代表に日に1度、配給を手渡す方法に変えるのも難しかった。

「もっと人手が必要となります」とマッカンドリュースが指摘して、マクラウド中尉は頭を抱えた。

 既にオベロン号の乗員から4名、水兵と海兵から6名。気の利く連中を交代で借りていた。これ以上は、ピアソン大尉の訓練計画に支障が出てしまう。大体、マクラウド中尉自身が難民救済に対して大いに乗り気だったのだ。今更できませんなどと泣きつくことは出来ない。なんとしても、与えられた人手でやりくりしなければならない。

 物資を運ぶ時には、ミュラ少尉やソームズ中尉にも手伝ってもらっている。まさか食料倉庫に難民を立ち入らせる訳にもいかない。


「横流しした者は複数名いるようです。現在、ミュラ少尉が代表者を今取り調べておりますが……こちら取り調べの様子です」マッカンドリュースが端末を操作すると、取調室の様子が映った。

 赤ん坊の粉ミルクを母親から取り上げた挙句、酒や煙草に替えていた男が、動機を問われてこう答えていた。

 俺たちも楽しむ権利がある。そう訴える男を眺めるミュラ少尉の瞳は凍土のように冷たかった。彼女が男の顎をたたき割ろうとする様子を見て慌てて駆け出しながら、マクラウド中尉は怒るよりも脱力する気分になった。


 マクラウド中尉を憮然とさせたのは、横流しグループの言動に限らなかった。メルト人たちは、まるで自分たちが保護を受けて然るべき存在であるかのようにふてぶてしい態度をとり始めて、王立海軍の兵士たちやオベロン号の保安要員たちが当初、抱いていた同情の気持ちを急速に揮発させてしまった。

 特に一部の年配者に顕著な傾向であったが、メルト人はまるで大国の裕福な観光客が貧しい小国の役人に対してふるまうような横柄な態度をしばしば見せたし、振舞われた食事や寝具に対して不満をあらわにし、当たり前のようにもっと良い代物を要求するようになった。


 士官次室ガンルーム代わりに割り当てられた応接室で、マクラウド中尉は天を仰いでいた。普段は厳しい態度のソームズ中尉が、コーヒーを入れて手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 ログレス人は、紅茶を好むような印象が強いが、コーヒーの愛好者もそれなりにいる。ソームズ中尉自身は紅茶しか飲まないが、コーヒーを入れるのが上手かった。

 チョコレートを飲んでいたミュラ少尉がうんざりした様子でぼやいていた。

「この薄ら馬鹿どもは、自分たちがどういう立場にあるか、全く分かっていないに違いありませんね」

 普段の優雅な態度もかなぐり捨ててミュラ少尉が思わず吐き出した辛辣な言葉は、しかし、不仲なソームズ中尉ですら珍しく意見の一致を見せるほどで、難民の世話に駆り出されている王立海軍の兵士たちやオベロン号の保安要員たちも同意するところであっただろう。


「今時、奴隷なんてものがあるなんて思ってませんでしたよ」

 呟いているマクラウド中尉に、ミュラ少尉が言った。

「機械のメンテや維持には、金も技術もかかります。サー。農作物の取れる星なら、人間のほうが安上がりで済みますから」

「まさか。機械で大々的に行ったほうが……」

 どうにも信じられないでいるマクラウド中尉に、ソームズ中尉も補足した。

「辺境では、その方程式が成立する。経済の方程式は、時代と場所で如何様にも変化する」

 恒星の光が降り注ぎ、植物性の食べ物が取れる土壌のある惑星では、奴隷は常に安上がりとなる。

「奴隷商人から買い取った文明人たちには、鞭と飴ですかね。文明の崩壊した惑星の生き残りか。汚染された空気を吸うよりはましと考えた実際の移民かも知れないが……」とミュラ少尉が独り言ちた。


「連中の惑星はメルトというらしい。聞いたことがあるかね?」軽く首を傾げて、ソームズ中尉は尋ねた。

「幾つか聞き覚えはありますが、いずれも遠く離れた宙域の惑星や恒星です」とミュラ少尉。

「外縁領域第七辺境管区では、その名の惑星を耳にしたことはありません」とマクラウド中尉の言葉にソームズ中尉がうなずいた。

「わたしもだ。どうやら未踏領域の何処かにその無名の惑星はあったらしいが、この連中め。母星の座標も分からなければ、銀河星図の読み方も誰一人知らないときている。こいつらを元の故郷へと送り返すのは、殆んど不可能に思えるな」



 オベロン号は全長4700メートル。鯨に似た優美な流線型の胴体は、複数の区画に仕切られていた。

 1区画当たり百メートル平方程の面積を持ち、特に乗客用のエリアは複数階層に区切られていたので、殆んど一つの町に匹敵する収容能力があって100人ほどの難民には充分すぎるほどに広かったし、寝具も食事もそれなりの物が配給されていたので、今までよりは遥かにましな境遇の筈であった。


 一方で巨大な宇宙艦艇の常として、オベロンはその内部に膨大なインフラを抱えていたが、メンテナンスが行き届かない場所も生じてきた。修繕も基本、主要な機関や船殻が優先されていたので、中には薄暗く人気の少ない場所も生じている。そして難民のうちには、そうした場所に好んで屯する輩も少なくなかった。


 切れかけた電灯がちらつく薄暗い物陰で、着古しのローブを着込んだメルト人の男たちが顔を合わせていた。

「……カイトはどうなったよ?」

「相変わらず独房だとよ。顎を割られちまって流動食だ」

「ログレスの野蛮人が……」煙草を吸いながら、吐き捨てた。

 現在、船内での軽作業と引き換えに幾らかの物資と賃金を与えられるようになっていた。若干の煙草の配給もあるが、彼らが感謝することはない。むしろ足りないと思っている。


 オベロン号には生体細胞膜が備えられていて、船内で循環する空気を如何な組成にも調整することが可能であった。コンテナにも機械式空気清浄装置も備え付けられていたが、これは安価な代物で常に空気が臭かったから、今は以前より遥かに恵まれている筈だったが、男たちの不満は収まらなかった。

 むしろ喋っているうちに苛立ちが募ってきたのだろう。広大な通路の彼方に険悪な眼差しを投げかける。そこには安価な下等客室や区画を貸し切りで宇宙を旅する放浪者たちの姿があった。

 今の自分たちがそれら宇宙放浪者と同じくみすぼらしい風体だとは認識していないのか。あるいは、だからこそ我慢ならないのか。メルト人の男たちは、忌々しげに吐き捨てた。

「……よりによってログレス人なんかに逮捕されるとは」

「ああ、落ちぶれたもんだなあ」吐き捨てた男が立ち上がった。

 そして通路の反対側で配給された食料を抱えて家路を急いでいたユル・ススの前に立ちはだかった。

「おい。聞いてるのか、裏切り小僧。お前だよ」


 唐突な罵声は全く心外な言いがかりで、ユル・ススを傷つけるよりは戸惑いを与えた。

 或いは、無視すればよかったかも知れないが、ユル・ススは謂れのない罵倒を無視するには勝気な性格だったし、彼らの言葉はあまりにも酷すぎて我慢できなかった。


「子供に絡んで恥ずかしくないのか?」ユル・ススの言葉を男が鼻であしらった。

「裏切者は別だ」

「なにが、裏切ってなんかない」

 カッと頭に血を昇らせたユル・ススを、男たちはなぶるように言葉の針で傷つけようとした。

「ログレス人に取り入ってるだろが。裏切りだよ」

「お前が余計なことをするから、カイトが捕まっちまった」

「密告屋め。恥知らずが」

「赤ん坊の粉ミルクを取り上げるほうが恥知らずだい!」

 ユル・ススは真っ当な言い分だったが、男たちは元から話し合うつもりではなく、鬱憤晴らしが目的で難癖をつけているだけだった。

「てめえも食い物盗んでいたのに釈放されたな。裏切りの証拠だな。有罪だ」

「あんたたちだって、腹が空いたって言ってたじゃないか!僕は鞭うたれたんだぞ」ユル・ススが涙目で叫んだ。

「鞭打たれた。ほう!ほう!」

「どうやって取り入った?ン?そのかわいい顔でしゃぶったのか?」

 二人組の男は荒んだ笑い声をあげたが、此れはひどくユル・ススを傷つけた。


「なんでログレス人を馬鹿にできるんだ。そのお情けで生きているのに。そっちの方がよっぽど恥知らずよ」これは男たちの誇りを……彼らにそんなものがあるとすればの話だが、酷く傷つけた。

 お情けで生きていることに一番忸怩たる想いを抱えていたのは、実は自負を持った彼らであったかもしれないが、男たちは自省するよりも、体面を傷つけた小生意気な小僧に教訓をくれてやることを瞬時に決めた。

「大人への敬意って奴を叩き込んでやるぞ、洟垂れが」

 頬を張り飛ばされたユル・ススが地面に倒れこんでも、誰も助けようとはしなかった。


 メルト人たちは殆んどの大人も、そして子供も、無気力で虚ろな表情で遠巻きにしているだけで、幾人かは同情の眼差しを向け、苦々しい表情を浮かべていたが、ユル・ススが腹を蹴られて苦しげに蹲っても、やはり割って入るほどのことはなかった。

 それどころか、一人の子供は、ユル・ススが持っていた配給の食料をさっと拾い上げると素早く姿を消した。

「ここには!ログレス人は!いないぜ!」

 数発蹴られてぐったりとしたユル・ススに唾を吐きかけながら、男たちが嘲笑を浴びせた。

「また無力な子供に転落したな」

「餓鬼が大人に逆らうんじゃねえよ」

 ユル・ススは弱々しく痙攣していたが、その瞳だけはなおも男たちを悔しげに睨みつけていた。


「生意気な目だな。いいか。事故なんて、どこでも起き……」

 言いかけた男の頬桁が砕ける音と共に、白い歯が床に散らばった。

 相棒の無残な姿に驚愕してもう一人の男が振り向くと、そこにはログレスの水兵服を着こんだ屈強の青年が、怒りに燃える緑の瞳で彼を睨んでいた。

「ひっ、あ」

 何を言いかけたのかは分からない。もう一人も、たちまちに反吐をまき散らして通路に這いつくばることになった。

 


「ワッツ。なにごとだ!」

 ノックをせずに事務室に飛び込んできた水兵をマクラウド中尉は叱り飛ばしたが、すぐに顔色を変えた。ワッツが、ぐったりとした少年を抱きかかけていたからだ。

「すみません。サー」

 謝罪するワッツに、マクラウド中尉は仕事を中断して立ち上がった。

「……なにがあった」

 事務室には簡単な手当てをするくらいの医療キットは備え付けられており、寝台に座らされたユル・ススも力なく項垂れながら強がっていた。

「……大丈夫、お腹は一発だけだから」

「なにが大丈夫なものか。しかし、一体どうしたことだ」マクラウド中尉は、痣の出来た頬に軟膏を塗ってやりながらぼやいた。

「この子が孤立しています、サー」とワッツ。

「なぜだ?」

 マクラウド中尉は、当惑した。難民の間で、ユル・ススが孤立する理由などないからだ。

 ワッツは言い難そうに首を振った。

「粉ミルクの件です。サー。この子が密告したと思われてます」

「……馬鹿な。そんな筈あるものか」マクラウド中尉は、憮然として言った。

「そうです。全く、その通りです。でも連中にとっては違うんです。どうでもいいんです。要は魔女狩りです」

 ワッツの言葉に、ユル・ススがうつむいた。

「……魔女狩り」馬鹿みたいに言葉を繰り返すマクラウド中尉には、善良すぎて理解できなかった。

 彼も若い時には幾らかの困窮も経験したし、性格の鈍さから笑いものにされて恥をかいた経験もあったが、その時も弱いものに当たったりせず、実際やられた以上に相手を憎んだりもしなかった。


「連中は、鬱憤が溜まってます。沸騰している汚泥みたいなもんで、生活に余裕を取り戻して、むしろ怒りが噴出したんでしょう」ワッツはため息を漏らしながら言った。

「この子には関係なかろう。むしろ……」言いかけたが、ワッツと口論しても現実が変わる訳ではないので、マクラウド中尉は沈黙した。

 結局のところ、自分は本当に辛酸を舐めたことがない。マクラウド中尉は思いつつ、歯を食い縛ってぽろぽろと泣いているユル・ススに歩み寄って、優しく手を取って椅子に座らせてやった。


「平気……何でもないから」

 言ってるユル・ススだったが、落ち着いたのだろう。腹の音が鳴った。

 恥ずかしさのあまり、頬を染めて俯いたユル・ススを見ながら、マクラウド中尉とワッツが笑った。

「おや、どうしたのかな」

「なっ、なんでもないって」とユル・スス。

「うむむ」

 マクラウド中尉が、鞄からアップルパイを取り出した。

「たべたまえ」

 包み紙に包まれた良い香りのするアップルパイを見て、ユル・ススのお腹の音がさらに大きくなる。

「子供が遠慮するものではない。君だって、いずれは大人になる。その時にはもう誰もアップルパイをくれないんだぞ。さあ、だから、大人になる前にそのアップルパイを食べるんだ」

 マクラウド中尉の言い草に少年が笑った。

「ありがとう……ありがとうございます」

 手を伸ばしてアップルパイをとると、ユル・ススは笑いながら泣いた。堰を切ったようにぼろぼろと泣きながら食べて、あっという間に平らげた。

「お腹が空いていたんだな」ワッツが優しくいった。

「だが、他には、もうまずいオートミールしかないんだ。火曜は、よりによってモラレスの日だしなぁ」

 マクラウド中尉のぼやきに、ワッツが笑いながら相槌を打った。

「モラレスの作るオートミールはひどい味でな。あの不味さときたら、王立海軍でも一、二を争うほどだ」

「まあ、温めれば、それなりに食えるかもしれん。チーズもかけよう。ワッツ。冷蔵庫に何か甘いものは残ってたかね?」

「リンゴのジュースが大瓶で残ってました。サー。それに麦ジュースもあります」とワッツ。

「よし。リンゴを持ってきてくれ。ピアソン大尉の麦ジュースはいらん。一口貰ったが、あの邪悪な飲み物はモラレスのオートミールより酷い味だった。子供にやるものではない。さあ、私たちも昼食と行こうじゃないか」マクラウド中尉が手をたたいて陽気に言った。


 湯気を立てたチーズ入りオートミールとリンゴジュースを前にユル・ススは旺盛な食欲を見せたが、人心地がつくと同時に思考力も戻ってきたのだろう。食べる手を休めると、憂鬱そうにため息を漏らした。

「……どうすればいいんだろう、僕」

 マクラウド中尉は、掛ける言葉を探したがなにも見つからなかった。

「君が、どうしたいかだな」結局、毒にも薬にもならない言葉を投げかけるも、うつむいたユル・ススの姿にマクラウド中尉は自己嫌悪に襲われた。

 一ヶ月もしないうちに、輸送船はザラへと到着する。そこから先、ユル・ススは自力で生きていかなければならない。この子の姉とて世慣れているとは到底言えないが、マクラウド中尉に出来ることもない。難民の誰も彼もが荒んでいることはなかろうが、しかし、暴力的な大人がいる狭い世界へとこの子を戻すのはいかにも気が進まなかった。誰か頼りになりそうな大人を見つけなければなるまい。


「……ピアソン大尉は、君たちを解放した。しかし、選べる道は多くないだろう。ザラで暮らすか。リゴンへと向かうか。故郷に戻るのは難しいかな。宇宙放浪者となるよりは、リゴンへの移住のほうがマシかもしれん」

 結局のところ、マクラウド中尉にしてやれることなど一時の保護と慰めだけであったし、ユル・ススもそれを理解していた。

「……メルトに戻りたいよ」ユル・ススがつぶやいた。

「……海賊というのは根こそぎ奪うものだ」ワッツが言った。

「君たちの人生も、尊厳も、生きてきた大地さえも……それはもう取り戻せないが、それでも生きていくしかない」

「それは違うぞ。ワッツ」マクラウド中尉はしわがれた声で決めつけた。

「ユル・ススの人生はこれから決まるのだ。この子は尊厳を失ってはおらん。人生だって取り戻せるに違いやしない。それに故郷だって、だ。めそめそしちゃいかんぞ」

 自分の言葉を虚しいと思いつつ、マクラウド中尉はユル・ススを勇気づけるために自分でも信じていない言葉を口にした。彼の言葉には温かさと心配が溢れていたから、ユル・ススは強張りつつも、笑みを浮かべた。

「そうだ。ピアソン一族だって、故郷を取り戻したではないか」マクラウド中尉が言った。

「ピアソン大尉?」ユル・ススが見上げた。

「そうだ、ログレスでは、海賊のほうが根こそぎにされたんだ。それをしたのがあのピアソン大尉の一族だぞ」マクラウド中尉は微笑みを浮かべたが、ユル・ススが歴史に残るような傑物でもなければ、高貴な末裔でもない事は、二人ともよく分かっていた。

「復讐を……したいのかな」俯いたユル・ススはぽつりとつぶやいた。

 やりきれない気持ちになったマクラウド中尉は、少年の頭を抱き寄せて無言で撫でた。



(正月からやることもないから小説書いたけど、

 待っていてくれる読者がいると思って書きましたって書いておこう。

 もしかしたら1人2人は騙されて感想書くかもしれねえ)


 待ってくれている読者のために書きました。(*^ワ^*)

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