3-6 積み荷
「換気口ですね、艦長」
倉庫の四方八方へとドローンを飛ばしていたミュラ少尉がそう告げた。
「床や天井にも点検口がある。間違いないかね?」とピアソン大尉と指摘した。
宇宙艦艇には土埃は発生しない。人や生き物から生まれた埃は、重力装置が働いて床へと落ちる。空気の浄化装置も働いており、埃の有無で侵入の痕跡を判別するのは難しい。
「換気口の鉄格子に外した痕跡があります」根拠を告げたミュラ少尉の腰の辺りを小型の偵察用浮遊ドローンが漂っている。
うなずいたピアソン大尉が、ミュラ少尉の言葉が指し示す倉庫の奥を見上げた。
以前に海賊から奪い取ったドローン偵察機の設定を手早く済ませると、ミュラ少尉はピアソン大尉にうなずきかけた。
「私のドローンなら、換気口に入り込めます。今すぐでも行けますよ」
ピアソン大尉が頷くと、換気口に十数台が飛び込んでいく。
「おや、内部にも重力が働いています。遮蔽力場も使われないので空気はあると」ミュラ少尉が宇宙船ごとに異なるであろう内部構造について一々つぶやいて報告してくる。
オベロン号は、払い下げられたとはいえ、仮にも元軍用船であった。現役時代であれば、電波信号遮断機能やドローン探知及びEMP防衛システムは設置してある筈だが、維持には万事コストが掛かるので、現在はどうだろうか。いずれにしてもミュラ少尉はトラップや防御システムにも対処できるよう、一定の電波シールドを施し、自己判断プログラムを組んで送り込んでいた。
ドローンはダクトを探索しては帰還してミュラ少尉に情報を報告し、また探索しに戻っていく。
「わお、鉄パイプとロープ、それに滑車でクレーンを作ってあります」
ミュラ少尉が、何かを見つけたらしい。手持ちの機器にドローンの持ち帰った3D映像を映し出す。
「ふうむ、動き回れるようになっているのか」覗き込むマクラウド中尉がうなり声をあげた。
映画などでは、人の移動に使われることの多い通気口だが、実際は人が出入りできるほどに広くはない。少なくとも地上の建設物では、大人が出入りするのは困難なのだが、宇宙艦艇では逆にダクトが避難経路としても使えるように余裕をもって設計されている場合も多かった。
「だが、火災延焼を防ぐための防火用ダンパーは?」元要塞勤務士官らしく、地上建設物との違いについて疑問を口にした。
「手動で外せるようになっています」船の士官ケンダルが答えた。
「いざという時に、人間の避難経路にも使えるように設計されていて。エイリアンや鼠などに侵入された時には、ウィスキー・キャットが迎え撃ちます」ケンダルがマクラウド中尉に説明する。
「ウィスキー・キャット?」とマクラウド中尉。
「遺伝子強化された猫です。猫用のレールガンやレーザーガンを装備して、人間に入れない狭い箇所を守るんです。この船にも軍で働くには年寄りすぎる猫が何匹か飼われています」とケンダル。
「過分にして聞いたことがなかった」
「ドローンのほうが正式装備だし、安上がりですからね。でも、ウィスキー・キャットのほうが信頼できると考える船長も結構多いんですよ」
ピアソン大尉は、厳しい顔つきを保ったまま、隣に並んだユル・ススに告げた。
「お前の言うことが正しければ、船内に奴隷として運ばれている者たちがいるのだな」
「はい」少年はか細い声で震えながら答えた。
「飢えの為に盗んだのであれば情状を酌量し、囚われた者たちがいるのであれば、力となろう。だが、もし、口から出まかせで私を謀っているのであれば……」
後ろ手に掌を組んだまま、言葉を区切って、ピアソン大尉が鋭い視線で少年を一瞥した。
「後悔することになる」
少年は怯えた表情で、喘ぐように言葉を漏らした。
「嘘はついてません。でも……」
ピアソン大尉は冷たい眼差しで口ごもったユル・ススに先を促した。
「でも……貴方を信じていいのか、分からない」
鼻をすすった。
「前に助けてくれると言った軍人さんは死んでしまった」
「共に捕まっている人間を救うためにも、知っていることを話したまえ」
「本当に助けてくれますか?」ユル・ススの言葉には、縋るような響きが込められていた。
「言葉に嘘がなければ、全力は尽くそう」ピアソン大尉は素っ気なく言った。
ミュラ少尉の胸の辺りに3D映像でオベロン号の全体像とダクト内の映像が浮かび上がっていた。
捜索済みのダクトの構造が蜘蛛の巣のようにオベロン号の下へ、下へと伸びていく。
「……監視カメラが壊れているな」
通路の画像を眺めていたケンダルが、不機嫌そうに吐き捨てた。
「入る前から壊れていた」ユル・ススが言うと渋い顔でうなずいた。
「ああ、くそ。予算が足りないんだ」
ドローンの移動が停滞した。ミュラ少尉が指を動かすと、画像が拡大される。
防火用のダンパーがダクトを遮っていた。数台のドローンがうろうろと立ち往生している映像が映し出されていた。
「この先にあるようですが、さて……」ミュラ少尉がつぶやいた。
「蓋をハッキングして通り抜けました。僕を戻してください。いないことがばれたら」
ユル・ススの言葉にケンダルが船内用の携帯通信機を取り出した。
「スタンリーか?ケンダルだ。これから検査用のドローンを通気口内に送り込む」
携帯の向こう側でスタンリーが何か言ったようだ。ケンダルは相槌を打っている。
「……ああ、いや。
ちょっとした検査だ。乗客からの苦情で、ネズミがいるんじゃないかってな。船長に報告の必要はない。17番の蓋を開けろ。それと電磁波遮断機能を暫くオフにしてくれ」
ミュラ少尉の電脳にドローンからの電波が届きだした。
胸の前の3D画像にドローンのリアルタイム画像が入り始める。
ケンダルも画像を確認してからうなずき、手元の携帯端末を耳元にあてた。
「よし確認した。ああ」
ミュラ少尉がそのまま開いた蓋の向こう側へとドローンを飛ばすと、大きな空間が広がっていた。
床にコンテナが設置された鋼材がむき出しの空間。ドローンは音もなく殺風景な部屋の四方へと分散し、構造を確認していく。撮影された映像が次々とミュラ少尉の周囲へと浮かび上がり、それを見たケンダルが首を振ってつぶやいた。
「12番区画です。生物貨物扱いで、貸し切り。それにコンテナ。動物輸送用のコンテナです」
腹を括ったのだろう。ケンダルが士官のクリアランスで閲覧できる乗客情報を説明する。
「借り主はジェイク・ウィルハム・ニーソン。リゴンの貿易商。一等客室の乗客です」
「コンテナの扉は閉まっているな。君はどうやって外に出た」
ピアソン大尉がユル・ススに尋ねた。
「ハッキングです。古い電子錠だったので」
うなずいたピアソン大尉がミュラ少尉に尋ねた。
「ミュラ君、開けられるか?」
「やってみます。10秒ほどいただければ」
「貸して」
舌足らずな言い方をしたユル・ススが、ミュラ少尉の電脳に干渉してきた。
特に抵抗はしなかったが、そこからドローンを通じてわずか0.2秒ほどで開いた。
「おや」ミュラ少尉がつぶやいた。
「中をのぞけるか?」とピアソン大尉。
ユル・ススの鮮やかな手並みを目の当たりにして、ミュラ少尉の電子戦技術者としての矜持はちょっぴり傷ついたが、すぐに気持ちを切り替えて肯いた。
操作されたドローンがコンテナの中へと飛び込んだ。
画像が映し出されると、そこには鉄格子のなかで項垂れている人々の姿があった。
「ああっ、くそっ。人間をコンテナに閉じ込めてやがる」
再びケンダルが天を仰いで罵った。
「旅券法違反ね」ミュラ少尉が諧謔を口にして、ピアソン大尉に睨まれた。
コイン程度の大きさの光学迷彩式ドローンになかにいる人々は気づいていないのだろう。
床には薄汚れた皿が置かれ、汚物を入れた壺が部屋の隅へと置かれている。壮年の男性から赤子を抱えた女まで同じ牢獄に入れられていたが、老人は見当たらない。人々の衣服は上等な代物から安物まで揃っていたが、一様にいずれも草臥れていた。表情には虚脱が張り付き、大半の虜囚はただ動物的に食事を取るか、力なく床に横たわっていた。
「廊下から複数の人間が接近してきます、サー」
ミュラ少尉が、12番倉庫に複数展開させた偵察ドローンからの警報を報告してきた。
「扉を閉めて撤退させたまえ」1~2秒考えてから、ピアソン大尉が決断を下した。
扉を閉めたドローンが物陰に隠れつつ、通風孔へと飛び込んでいくのと、倉庫の借主が戻ってくるのはほぼ同時だった。
「偵察を続けますか?」
わずかに音声を拾いながらミュラ少尉が尋ねたが、ピアソン大尉は首を横に振る。
「必要ない。それよりも連中の監視カメラはなかったか?」
「確認は出来ませんでしたね。見張りもいませんでしたし」ミュラ少尉は肩をすくめた。
どうやらピアソン大尉は、情報収集よりも相手に気づかれないことを優先したらしい。
機器は高度に発達しようとも、想像力の欠如や骨惜しみ、気の緩みは常に付け入る隙を生み出すものだった。
頷き、踵を返したピアソン大尉の背中を見つめ、ユル・ススが不安げに指を噛んだ。
「見張りが入ってきている……戻らないと、いないことがばれる」
だが、か細く呟きはしたユル・ススだが、ピアソン大尉には言い出せない様子で脅えていた。
「大尉が恐ろしい?」
ミュラ少尉が尋ねると、ユル・ススは小さくおずおずと頷いた。
「彼が悪人にとっても恐ろしい人間でもあることを祈りましょう」
ミュラ少尉が面白がるようにささやいた。
アンドロビッチ船長の携帯端末に緊急の通信が入ったのは、彼がパーシヴァル卿を相手にご機嫌伺いをしているさなかであった。
総督府の役人であるパーシヴァル卿は、ログレス船舶公社の重役の一人としても名を連ねており、外縁領域の辺境第七管区におけるログレス艦船の契約を左右できる人物であったから、船客の中でもまさに最重要人物でもあって、彼の好意を取り付けることはアンドロビッチ船長にとって何よりも重要な仕事であった。
アンドロビッチ船長は、携帯に軽く触れて『後にしろ』の信号を送ったが、それでも端末はしつこくなり続ける。パーシヴァル卿が薄く微笑んだ。
「構わんよ、船長。何やら危急の要件のようだ」
パーシヴァル卿が浮かべたログレス特有の胸の内を見せない冷たい微笑みは、実際に彼が友好的なのか、それとも形式的な礼儀正しさに過ぎないのか。
「失礼します。船長とはどうしても忙しい仕事でして」
測りかねたアンドロビッチ船長は恭しく会釈してみせたが、その笑顔は引き攣っていたかも知れない。
一同から退いたアンドロビッチ船長が携帯端末を取り出すと、二等士官であるケンダルからの緊急通信であった。
(つまらん用件であったら八つ裂きにしてくれるぞ)
ケンダルはそれなりに有能な若い士官であったが、頭に血の昇ったアンドロビッチ船長は叱り飛ばすつもりで通信に応答した。
「わしだ。なにごとだ」
「船長。問題が発生しました。ピアソン大尉がお呼びです」とケンダルが強張った声で伝えてきた。
「なに。夕食会の途中だぞ」
「大変にお怒りです。船長の管理責任を問うとまで……」
「なんだと……皆様、ちょっと失礼」
席を外したアンドロビッチ船長は、肩を怒らせながら廊下へと歩き出した。
「……私の管理責任を問うだと。若造め。わしの船で何様のつもりだ」
ピアソン大尉の管理区画には、信頼できる水兵を12名に海兵隊6名が招集されていた。全員、武装しているのを見て、アンドロビッチ船長は瞳を細めた。
「……物々しいですな」
しかし、ピアソン大尉は冷たい表情でアンドロビッチ船長を眺めていた。
仮に船長が奴隷商人の黒幕であった場合、実際にはこれでも全く足りなかった。船長がその気になれば、最悪、ピアソン大尉とその一行を区画ごとパージ出来ないこともないのだ。船内にいるオベロン号の保安隊員も、ピアソン大尉の手勢よりは多いだろう。或いは、ストーム宇宙戦闘艇。オベロン号の護衛として付き添っている2機の宇宙戦闘艇をどこまで信頼できるだろうか。船長に篭絡されている可能性は低いと、ピアソン大尉は踏んでいる。辺境管区の役人が割り振ったのだ。おそらく2機は最低でも中立を保つだろう。しかし、オベロン号を過去に護衛した経験はなかろうか?買収されているか、されていなくても顔見知りのアンドロビッチ船長に肩入れするかもしれない。
兎に角も、たった一人でやってきて鼻を鳴らした船長に、ピアソン大尉は近くにいたユル・ススを呼び寄せて、腕を上げるように命じた。
「見たまえ。奴隷の管理バーコードだ」
ピアソン大尉の声は、酷く冷たかったが、アンドロビッチ船長は眉一つ動かさなかった。
「この船には奴隷が載せられている。しかも、彼が言うには積み荷としてだ」
ピアソン大尉とアンドロビッチ船長は、互いに一歩も退かずに相手を注視していた。
「君は知っていたかな。船長」尋ねるピアソン大尉の声は、確信に満ちていた。
「なんと。これは驚きですな」アンドロビッチ船長は、ため息を漏らした。
「船長。とぼけるのは止めたまえ。私は君を奴隷売買の容疑で拘束してもいいのだ」ピアソン大尉がぴしりと厳しい声で言い放った。
「そんなまさか。そんなことが出来る筈がない」アンドロビッチ船長は、初めてやや狼狽した態度を見せた。
「私を失望させるな。忍耐を試すのは止めておいたほうがいい。こうして話しているのは、君が奴隷商人ではないと考えたからだ」
アンドロビッチ船長は、既に平静を取り戻し、不快そうに鼻を鳴らした。
「なるほど、結構なことですな」
「だが、まだ疑いが完全に晴れた訳ではない。君に対して穏便に済ませるつもりでいるうちに……」
「ニーソン氏は、外交官です」
ピアソン大尉の言葉をさえぎって、アンドロビッチ船長が告げた。
「外交官なんです。リゴンの、政府の正式な役人だ。書式は完全に整っています」
面倒くさそうに手を振ったアンドロビッチ船長は、最初からこの展開を予期していたのだろうか。持ってきた書類の写しを大尉に差し出した。
「彼らは、移民なんです。リゴンへのね」
自棄になったのか、アンドロビッチ船長は、苦虫を噛み潰したように吐き捨てた。