3-5 宇宙海賊
本日3回目
王立海軍が誇る1等級戦列艦は、ただ1隻で100隻からの突撃艦やバラー級大型強襲揚陸艦、フリゲートなどを粉砕することが可能な火力を有している。
惑星を粉微塵に打ち砕くほどの火力投射能力と数億キロ彼方を亜光速で動き回る数十万標的を捕捉可能な索敵能力を保有しているが、しかし、百隻の突撃艦の攻撃でも小動もしない戦列艦も、列強同士の抗争においては貴重だが消耗前提の駒に過ぎず、それに準ずる戦艦、或いは複数の巡洋戦艦や巡洋艦にあっさりと撃沈されることも少なくなかった。
ログレスにおいても毎年6隻から8隻が就航しているが、広大な航路をカバーするにはこれでは全く数が足りず、ログレス勢力圏の航路でも実際に遭遇することは滅多にない。
それでも戦列艦は、王立海軍の力の象徴として全銀河系に恐れられている。
宇宙海賊の駆る小型艦艇など、例え数万隻集まろうが、王立海軍とまともに戦うことなど到底不可能であろう。半世紀ほど前、実際にログレスを脅かすほどに宇宙海賊が集結し、王国に対して戦いを挑んだことがあったが、この運輸業者、海賊、密輸業者、企業、傭兵、冒険者、ログレス支配の弱体化を望む中小国家の義勇兵などからなる総数1億隻の烏合の衆は、本腰を入れた宇宙軍によってたったの2年で9割以上が殲滅されている。
銀河を支配する大望を抱いた海賊王は、ログレスの戦列艦を一隻すらも損なうこともできず、片手間の王立海軍に惨めに追い詰められて、散々に逃げ回った挙句、最後には仲間である海賊評議会の手によって家族諸共捕らえられ、ログレスへと突き出された。
海賊王の死とともに王立海軍は矛を収め、討伐作戦が終結して海賊たちはようやく一息をついたが、生き残った海賊たちによって、この時の恐怖は今も鮮明に語り継がれている。
ゆえに宇宙海賊にとって王立海軍は恐るべき天敵であり、本格的に目を付けられるのは絶対に避けなければならない存在であった。
しかし同時に、宇宙海賊というのは遍く銀河に恐怖を振りまく恐るべき脅威であった。
数千隻、数万隻が集結し、時に航路を制圧し、惑星を占領し、星域を支配して独立国を打ち立てることすらある。
大半がたかの知れた小型艦艇であり、列強の艦隊とまともに戦う力など持たない宇宙海賊だが、しかし、中小の国々や科学技術の低い国にとっては、宇宙海賊は恐怖と絶望の対象、惑星すら丸ごと滅ぼしてしまう大宇宙の悪夢の化身であった。
ログレス人が傲慢にも外縁領域と呼んでいる星域に位置している惑星メルトは、人口4億人。
星系間移動能力を有する宇宙艦艇の保有数は18000隻。全長4キロの巨艦アガメムノンを始めとして、強力な防御力場を有する宇宙艦隊600隻を保有し、辺境星域の王と呼ばれた強大な惑星国家であった。
高度な文明を持つ惑星の例に洩れず、彼らは自分の力を頼んでおり、銀河系宇宙の女王を自称するベアトリス2世の親書を携えたログレスの使者が訪れた時も、その傲慢な要求を払いのけている。
ログレス人がフリゲートと呼んでいる貧相な2隻の小型宇宙艦艇に乗ってきた使者が携えてきた親書の内容は、まったく問題外な要求であった。
曰く、メルトの支配する全航路の地図と支配権をログレスに明け渡し、駐屯するログレス艦隊の維持費を払うのであれば、ありがたくも大ログレスの保護国に加えてやらないこともないというメルト議会を激怒させるには十分な代物で、この傲慢にも銀河系宇宙の保護者を自称するベアトリス2世の全権大使とやらは、激怒してホテルに押し寄せてきた群衆から八つ裂きにされそうになり、命辛々メルトから逃げ出す羽目に陥った。
見送りに出た大メルトの600隻の大艦隊に度肝を抜かれたのか。ログレスの使者は二度と現れることなく、議会でもログレスとの即時開戦を求める投票が47対53で却下されると、この自称銀河系宇宙の統治者を騙る奇妙で無礼な訪問者たちのことは少なくとも公的に触れられることはなくなった。
それ以降、しばらくの間、ちっぽけな星域を支配する間抜けな異星人が宇宙船を作れるようになって舞い上がり、巨大なメルトに対して、傲慢な条件を要求し、メルト人に叩き潰される映画や小説が流行ったのは、この出来事がメルト人たちに与えた印象がいかによろしくないものであったかを物語っているかもしれない。
ログレスのような。ログレス的、という言葉は、メルトでは、【場違いで、間抜けな、思い上がった、田舎者】という意味を含んでメルトでは使われるようになった言葉だが、しかし、数十年後にブーメランとなって自分たちに跳ね返ってくるとは、ログレス人を追い返した時のメルト人たちは想像もしていなかっただろう。
さて、コロニーを建設し、近隣の星系に入植し、低度の文明惑星に対して条約を押し付け、巨大な勢力圏を構築しつつあったメルト人だが、しかし、そのかき集めた富は、やがて招かれざる客人を呼び寄せることとなった。
宇宙海賊である。メルトの商船が次々と消息を絶ち始め、近隣植民星系との連絡も途絶。送り込んだ調査船団さえ帰還しない。
数次に渡って送り込んだ艦隊も消息を絶ち、事態を重く見たメルト議会は、これを侵略と断定。大規模な宇宙艦隊の派遣を決定。
おそらくは次に襲われるだろう大規模植民地へ防衛艦隊を派遣した。
メルト人たちは、そこで驚くべき出来事に遭遇することになる。
派遣されたのは、戦艦ルシファー。全長3キロの巨艦を中核とした大小250隻が植民惑星へたどり着くと、惑星の周囲に見慣れぬ宇宙艦艇が展開していた。
全長1キロほどの艦艇が38隻。遂に敵を認めたメルト艦隊が全速で前進を開始する。
敵艦隊も反応した。信じられないほどの長射程から次々とミサイルを放ち、その亜光速のミサイルは、ただの一発でルシファーと艦隊の主力戦艦を全て消し飛ばした。
主力である巨艦が一撃で撃沈され、艦隊は動揺する。その間も次々とミサイルは着弾するが、しかし、敵艦隊はすぐにミサイルを放つのを止めた。
百機ほどの戦闘艇を半包囲に展開させながら、艦載機や小型のドローン戦闘機を射出している。
突入してきた謎の艦隊に、メルト艦隊は得意の接近戦を挑んだ。
電磁投射砲やフェイザー砲、荷電粒子砲で反撃を開始するメルト艦隊。
だが、小型の艦載機ですら、強力な防護シールドを纏っており、飛び回る艦載機や戦闘艇にすら歯が立たない。そもそも滅多に当たらない。
敵の巨艦から伸びてきたチューブに取りつかれた艦艇は、内部に侵入してきた凶暴な寄生型エイリアンやバトルドロイドに次々と制圧されていった。
鹵獲された艦艇は、一方へと加速し、遠ざかっていく。無線からは発狂寸前の乗組員たちの恐怖の断末魔が次々と鳴り響き、しかし、ある程度の艦艇を鹵獲した謎の艦隊は、唐突に攻撃を止めると退却していった。
後に残されたのは、将官たちの乗った大型艦を全て破壊され、中型艦艇の大半を鹵獲された満身創痍のメルト艦隊だった。
今や謎の宇宙艦隊に歯が立たないことを知ったメルト艦隊は、決断を迫られていた。
母星へと撤退するか、否か。何隻かの高速船を母星メルトへの連絡に派遣すると、僅かに残った艦隊は植民地へと降下した。補給や修繕も必要であったし、情報を収集するのが当初の目的であったからだ。そこで彼らが見つけたのは、略奪され、無人と化した都市であった。
残された画像や手記、そして瓦礫の間で気絶していた敵の地上戦闘員によって、今や敵の正体は明らかとなっていた。宇宙の奴隷商人は低文明の星を見つけては、住みやすそうな惑星を地上げし、住人を誘拐して売却するのだ。
脆弱な軍事力しか持たないメルト人は、格好の獲物だと見做されたのだ。メルトの大型艦は使い出がない。人手が必要な癖にあまりにも容易く撃沈されてしまう。だが、小型艦であれば、少なくとも改装すれば売れるだろう。
星間移動が可能な船であれば、たとえ、戦う力はなくとも貨物船や奴隷船として悪くない値が付くのだ。
捕虜となった傭兵は、メルト人とログレスとのやり取りのことも知っていた。ログレス人は、近隣にある別の星と条約を結び、そこを拠点に辺境を探索している。いずれは強大なログレスの支配が強化されるとしても、今しばらくはこの星域で稼げるはずであった。
これらが生理学の拷問と脳のスキャンを用いて引き出した情報で、そしてそれは欺瞞情報でもなんでもなく全くの事実であった。
いまやメルトは絶望的な状況へと追い込まれていた。彼らの主力艦隊と交戦したのは戦艦ではなく、単なる中型揚陸艦であり、しかし、中古の型落ちであるからログレスのフリゲートには全く歯が立たない。少なくとも3対1でなければ、フリゲートよりも下位のコルベットにさえ戦いを挑みたいとは思わないそうだ。そしてログレス王国は1億隻を越える正規艦艇を保有しており、フリゲートはその中では最下級の戦闘艦でしかない。会戦には全く役に立たず、主任務は哨戒と連絡、通商破壊、船団護衛とされている。
フリゲートの下にスループやコルベットがあり、その下にカッターやケッチといった小型艇がある。
武装商船は、軍のカッターやケッチには及ばないが、それでも民間の小型艦艇よりは戦闘力において遥かに上等で、メルト艦隊の軍用艦は、しかし、しばしば、その小型艦艇を用いる小物の海賊にも鹵獲されていたらしい。
議会は当初、その情報の真偽を疑った。なぜなら、今まで遭遇してきた宇宙海賊や近隣星域で折衝してきた列強諸国、そして打倒してきた近隣諸国や宇宙商人がもたらした情報とはあまりにも違いすぎたからだ。敵艦隊は強襲揚陸艦などではなく、どこか強大な国家が総力を絞って建造した新型宇宙戦艦ではないのか?強大なメルトを妬んだ近隣諸国の陰謀では?宇宙艦隊が過大な報告を行ったのでは?捕虜は催眠でそう思わされた人形なのでは?
メルトの議会が空転している間にも、事態は悪化の一途をたどった。宇宙海賊は、まるで実った果実をもぐようにメルトを襲撃した。毎回毎回、戦艦が撃沈され、小型の艦艇が鹵獲され、キルレシオと士気は悪化の一途をたどった。全長数百メートルを超えるような大型艦はほんの一部であり、艦隊のほとんどは小型艦艇で、それも建造するよりも鹵獲されるほうがずっと早かった。損耗は恐るべき速度で進んだ。
一度の襲撃で400隻近くの商船が鹵獲されることもあった。
メルトの希望を込めて新造された今までより遥かに強力な新型艦艇もやはりあっけなく沈み、宇宙艦艇が払底すると、宇宙海賊は地上を襲撃するようになった。
宇宙海賊の大型艦が降下して都市を略奪する。実際に揚陸艦なのか、それとも戦艦をそう呼称したのかは不明だったが、巨大な船体に地上戦力が詰まっていることは間違いなかった。
彼らの最大の目的は人間であった。宇宙海賊の艦艇は600メートルから1キロの輸送艦が主であったが、元は軍の揚陸艦として運用されていただけあって頑丈さは指折りであり、同時に1個連隊1200名の歩兵とその装備を目的地へ運べるように設計されていた。
1個連隊とその装備とは、ログレス地上軍の場合、予備部品も含めた全員分の歩兵用重甲冑。4メートルの大きさを誇り、短期の訓練で手足のように操れる機動装甲歩兵に加えて、気圏戦闘機や戦闘ヘリ。浮遊艇。大型のマシンドロイド群。航空マシンドロイド。小型の虫型マシンドロイド。マシンドロイドの歩兵。戦車。多脚戦車。歩兵戦闘車。装甲車。数百トンから二千トンまでの騎士と称される巨大な戦闘機械の弾薬と補給品、予備部品までを指している。
海賊はそこまで強力な装備は持っていなかった。精々が歩兵用の機動装甲歩兵や戦車などで、これはメルトの地上軍の想定を大きく超えていたが戦えないほどの差ではなかった。軌道上の宇宙艦艇からの援護射撃と空を飛び回る防護力場付き戦闘機や宇宙戦闘艇の援護がなければの話ではあったが。
40隻の宇宙船に乗った100万人の海賊の襲撃で、毎回、200万から600万近くの人的資源が拉致された。メルト軍は奮戦したが、海賊の地上戦闘員を精々数万か十数万殺すのがやっとであり、しかも彼らは蛮地領域で雇われた一山いくらの傭兵に過ぎなかった。
数世紀の莫大な富と資源、技術を投じてテラフォーミングされ、かつて人口4億を誇った惑星メルトの風光明媚な都市には、いまや見慣れぬ宇宙人たちがうろつきまわり、元の住人が連れ去られた家に住み着いて、新しい恵まれた生活を堪能していた。地上げ屋から土地を買った彼らは、惑星メルトのことを知らず、この星をダリュムと呼んだ。
メルト人の中には、宇宙艦艇を作り上げ、よその惑星へと逃げ出そうとする計画も持ち上がったが、今や彼らに宇宙艦艇を作り上げる技術力も、工業力も、資源も、殆んど残っておらず、まだ初期に逃げ出したごく一部の者だけが他国へと逃れついて亡命先の人々にメルトの運命を語った。
メルトと似たり寄ったりの国力を持った【中央星域】の【列強】諸国は、強国メルトの末路に震撼し、先を争ってカペー、神聖帝国、ゴトランドなど旧世界列強に連絡を取って庇護を求めたが、これらの国々は中央で争うのに忙しかった。彼らがいかなる運命をたどるかは神のみぞ知ることだろう。
また唯一、【中央星域】に関心を示していたログレスだが、メルト人に受けた仕打ちを忘れてもいなかったし、その頃に侵入したノマド……これは本物の脅威であった……への対応に追われて、些事に外交官を送る余裕などなかった。
3年でメルト人は全ての大都市を喪失し、5年で平野から姿を消した。森の中や山岳地帯でも衛星上から見つけられたり、水源地に近い隠れ家、エネルギー炉を持った隠れ家は全て見つかり、獣のように狩り立てられた。10年が立つ頃には、原住民は都市伝説と化していて、都市の地下や人里離れた場所にわずかに生き残りが潜んでいると囁かれるだけの存在と化していた。
ダリュム人の中には、メルト人がかつて存在したことを知らぬものもいて、この美しい惑星に住めた幸運を喜びとともに噛み締めるのだった。