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3-1 辺境への道

おっ、赤字で点滅しておるー感想かなー

『誤字報告』

……


『誤字報告』もらうたびに十円もらっておったら、今頃、大金持ちやでー


 ログレスの勢力圏は、銀河系の数百万の有人惑星、数億もの星系に及んでいた。

 いまやログレス人自身にさえ把握しきれない広大な領域に内包された航路を、まとめて一か所で管理運営するというのは、困難なうえに極めて非効率的な考えであったから、ログレスの官僚組織は、これを数千もの管区に分割し、その各々を知事や総督、将軍や提督に一定の権限を委譲して航路の運営と治安維持を任せることで対処していた。

 ログレス中央のまあまあ公正と言っていい政治方針と独立を抑える巧みな監察。各地を任された総督たちの穏当な統治感覚によって、この方針はおおむね期待通りに機能していたものの幾つかの弊害もあって、その一つとして各地の提督や将軍たちは海賊や外敵から自らの領域を守るために貴重な宇宙艦艇を自分の手元に押さえ込んで離そうとしなかったし、通常、軍の輸送に頼って一つの管区から他所の管区に赴く際には、その管区の輸送船から隣の管区の輸送船へと乗り換える必要が生じていた。


 王国の首都星が置かれたロンディニウム管区から近隣のカンタベリー司教管区へと。さらにまた次のドーバー鎮守府管区へと。ピアソン大尉とその部下たちは、古の地名をつけられた管区ごとに輸送船を乗り継ぎながら、彼らが故郷ロンディニウムから遠ざかるにつれ、徐々に輸送船は旧式に。船団の規模は小さくなっていった。

 鎮守府の置かれたドーバー管区から先は、全く船の数は激減した。大艦隊が守るドーバー管区は、ログレスの中心領域から無限の星の海へと通じる交通上の要衝でのあったから、内部へと集約されていく航路が大動脈のように太くなり、そこを境に八方へと延びていく航路が毛細血管のように細くなるのは当然の理だった。



 最終的にザラの所属する外縁領域第七辺境管区へと入ったとき、ピアソン大尉は旧式輸送船オベロンに乗って単独航行で惑星ザラを目指すことになった。

 辺境航路では軍の武装輸送船ですら海賊や私掠船に襲われる可能性もあって通常、輸送船団を組むのだが、この次にザラへと向かう輸送船団が5か月先の予定とあっては、のんびりと待つことも出来なかった。


 艦艇の数からオベロンが単独航行せざるを得ないとは言え、さすがに護衛はついていた。ストーム宇宙戦闘艇は、防護力場と星系間跳躍能力、重力帆を兼ね備えた、王立海軍の正式な戦闘用艦艇としては最も安価な小型戦闘艇であって、単独でも操縦できるが戦闘能力は著しく落ちてしまうために、通常は2~4人乗りとされていた。

 一機当たりの調達コストはおよそ50億£であり、惑星内気圏戦闘機の新型が4億£で購入できることを考えれば、これは極めてコストパフォーマンスに優れた機体といっていいだろう。


 無論、性能は推して知るべきではあったが、それはあくまで王立海軍の戦闘艦艇に比較しての話であり、それでもストーム戦闘艇は、鈍重な強襲揚陸艦や、打撃に欠ける武装輸送船相手なら互角に戦える程度の性能は有していた。


 第七辺境管区の航路局の担当者は、ストーム戦闘機2機でも護衛には十分と判断したのだろう。海賊相手には全く不十分な備えであり、せめて3機は欲しいと訴えるピアソン大尉の抗議も他人事の冷淡さで却下すると、ストーム戦闘艇2機に付き添われた輸送船オベロンは、第七辺境管区の虚空をたった一隻で航海することとなった。


 士官たちを集めた週に一度の夕食会の席。

「前途多難だな」とピアソン大尉はつぶやいた。毎回、艦長と顔を合わせていては士官たちも気を緩めることができないであろうから週に1度か、2度。ピアソン大尉は、折を見ては夕食会を開いて士官たちを招き、意見を交換していた。


「なにかおっしゃいましたか?」

 ソームズ中尉が首をかしげたが、ピアソン大尉は首を振った。

 食卓の上には星間航路図の3D映像が展開されており、オベロン号の現在位置と目的地が記されている。

 ピアソン大尉は、これまでも寄港地による度に水兵を探したが、滞在が短時間であり、彼の要求水準が厳しいこともあって成果は芳しくなかった。ログレスと違って身元の保証された人間を確保できる訳もなく、強制徴募の後に身元を確かめる時間もない。本格的に募るとしても、ザラについてからになるだろうと考えていた。


 まずは、手元の兵士たちが使い物になるよう鍛えなければならない。

 だが、輸送船の間借り人の身では、許された区画内で部下たちに満足な訓練を施すのは難しかった。

 ましてピアソン大尉はいまだ一介の海尉艦長であったから、部下たちに運動不足にならない程度のメニューを施すのがやっとであったし、それとてもオベロンのアンドロビッチ船長の嫌みに耐えつつ頭を下げて交渉し、一日に数時間、輸送船内の運動場を借り受けての話であった。


 練度は低下せざるを得ない。そしてピアソン大尉は、強力なカリスマで部下を牽引するタイプの指揮官ではなかったから、この短時間で部下を掌握し、一体感を醸成するのは望むべくもなかった。

 とすれば、水兵の練度を維持するには、組織の形を整えるにしくはない。漸くというべきか、この3か月で観察する時間だけはあったので、30名余りの部下たちの性格もそれなりに飲み込めてきている。そろそろ下士官となるべきものを決めてもよい時期の筈であった。


「マクラウド君。昇進させるに相応しいと思う水兵の名前を三人。書いてきてくれたかね?」

 たっぷりのバターを使って焼き上げたアップルパイを楽しみながら、ピアソン大尉が訪ねた。この林檎は、ピアソン大尉の従卒マッカンドリュースが艦長専用品として前の寄港地ロシュダンで仕入れたばかりのもので、切ればまだ蜜が滴っているほどの捥ぎたてなため、当然に生で食べることさえ出来るほどに新鮮だった。


「はい。艦長」

 マクラウド中尉は、アップルパイの最後の一切れを口に放り込んだばかりであったから、慌てて呑み込んでしまい、よく味わう暇がなかったことを惜しみつつ、表情を取り繕ってポケットからメモを取り出した。

「そのメモにレッケンドルフはいるかね」ピアソン大尉は、直接、名前を尋ねることはしなかった。

「います」


「スミス。金髪の若いほうだ」とピアソン大尉。

「いません」マクラウド中尉が言った。少し意外そうにピアソン大尉が眉を挙げた。

「フォード」ピアソン大尉が言った。

「……います」若干の間が開いて、マクラウド中尉が答えた。

「よく分かった」ピアソン大尉が自分のメモを取り出してテーブルに置いた。

 フォードとレッケンドルフの名が見えたが、3人目はカップの陰になって、マクラウド中尉からは最初の3文字しか見えなかった。

 ピアソン大尉がレッケンドルフの名前を丸で囲った。

 レッケンドルフは、経験豊富な壮年の熟練水兵であった。つい二十年ほど前に戦火を交えた神聖帝国の出でなく、前にいた艦のバイヤーズ艦長が過度な外国人嫌いでなければ、すでに下士官になっていてもおかしくない経歴の持ち主だった。


「よろしければ、スミスを選ばなかった理由を教えていただけますか?」

 さりげなく銀の大皿から二つ目のアップルパイを確保したミュラ少尉が、マクラウド中尉に尋ねた。

 スミスは、マクラウド中尉が目をかけている水兵だった。ログレスで志願兵として乗り込んできた若者の一人で、気の利いた性格であり覚えも早い。


「実は一度選んだのですが……」マクラウド中尉が口ごもってから言葉をつづけた。

「スミスはいい水兵ですが、2か月前に水兵に昇格したばかりです。経験を積んだほうが良い下士官になると考えました」

「君は、スミスの勉強に付き合ってやっているな」ピアソン大尉が鋭い目をマクラウド中尉を向けた。

「はい。希望した幾人かに航法などを教えているのですが」と咎められるのかと不安そうにマクラウド中尉。

「スミスは物になりそうかね」とピアソン大尉が尋ねた。

「スミスが良い家の出であれば、海軍では士官になっていたでしょう」

 航海士の老ハラーも似たようなことを言っていたと、ピアソン大尉はうなずいた。

「よろしい。スミスのことは覚えておこう」ピアソン大尉が確約した。


 マクラウド中尉が二つ目のアップルパイに手を出そうとした時、ピアソン大尉のほうから口を開いた。

「フォードを迷った理由は?」

 マクラウド中尉がピアソン大尉に向き直った。

「確かに古参の熟練水兵でそろそろ昇進してもいい頃合いですが、あれは怠け癖があります」

 ソームズ中尉が二つ目のアップルパイを取るのを視界の隅で悲しげに見つめながら、マクラウド中尉は報告する。

「手の抜きどころを知っているとも言えますが、しかし、下士官が足りない現状は承知しています」

 ピアソン大尉が考え込んだ。食卓の上でコツコツと指を鳴らして呟いた。

「最初に昇進させたものが、先任の下士官となる。確かに先任下士官としては不適格だな」

 自分のメモに書いたフォードともう一人、誰かの名前に横線を引いて消した。

 上官との重要な会話中にまさかアップルパイをとる訳にはいかない。

 ミュラ少尉が3つ目に手を伸ばした。

(8切れだから、1人2つでしょお!)

「あ……あっ、ぅん」マクラウド中尉がうめくと、ピアソン大尉は怪訝そうな表情で見つめてきた。

「どうかしたかね?」

「いえ。昇進の機会を奪ってしまったとしたら、フォードには気の毒だと……悪い奴ではありませんので」

 

「マッコールとハラーだけでは足りない。レッケンドルフと、あと一人」

 ピアソン大尉が自分のメモを折りたたんで、しまい込んだ。

 艦長の書いた3人目が、ウォーターズだったのか。それともワッツだったのか。

 マクラウド中尉は、ピアソン大尉の書いた3人目が気になったが、もはや確かめる術はなかった。

 銀の大皿の上には、あと一切れしか残っていない。当然に艦長の取り分である。


 なぜか悲しげな表情で俯いているマクラウド中尉を放置して、ピアソン大尉がミュラ少尉に視線を向けた。

「ミュラ君は?」

「では、アイアンズを」ミュラ少尉の言葉に、マクラウド中尉は、飲んだ紅茶を吐き出したい気分になった。


「アイアンズか。どう思うね?」ピアソン大尉が残り二人の士官に尋ねてきた。

 アイアンズは、いかり肩で猪首の中年だった。やはり経験の深い熟練水兵だが、アイアンズには悪い癖があるとマクラウド中尉は思っていた。

「アイアンズは、すぐに下のものを殴ります」マクラウド中尉は首を横に振った。

「気を抜いている下のものをです。サー」

 ミュラ少尉は、物おじしない性格なのか。上官のマクラウド中尉に向かって言い張った。

「殴られても死にませんが、撃たれたら死にます」

 黄金の杯に盛られた小さなプラムを優雅に指で摘まみながら、平然とミュラ少尉は言葉をつづけた。

 ミュラ少尉は上官にずけずけと反論しようが、食べながら喋ろうが許される空気を持っている。むしろ咎めるほうがおかしいと感じさせるほどに堂々としている。カペー人の美女だからか。もし仮に、冴えない中年男のマクラウド中尉が同じ真似をしでかしたら、厳格なピアソン大尉やソームズ中尉から冷ややかな軽蔑の眼差しを受けるのは間違いない。理不尽だとマクラウド中尉は思った。

「ソームズ君」とピアソン大尉が意見が聞いた。

「確かにアイアンズは、他人に嫌われることを恐れていません。職務に忠実な男です。艦長」

 ソームズ少尉も消極的だが賛成のようだった。

 俺は女々しいんだろうか。悩みかけたマクラウド中尉の目の前で、ピアソン大尉が口を開いた。

「私は、懲罰の乱用は弊害が大きいと考えている」

 ピアソン大尉の言葉に、マクラウド中尉の口元に微笑みが浮かんだ。

 しかし、ミュラ少尉は、本当に度胸だけは誰にも負けないだろう。少尉が海尉艦長に反論してのけた。

「40人いれば、一人はアイアンズのような男が必要と考えます」言ってから、優雅に肩をすくめて付け加えた。

「2人は多すぎますが」この言葉が決め手となった。


 今回、ピアソン大尉が砲手長に昇進させたのは、レッケンドルフとアイアンズの二人の熟練水兵だった。すでに昇格しているハラーとマッコールを含めて、これで下士官は四人となる。


 ハラーは、初老の航海士だった。やや気力に欠けるが、それは年齢の衰えからくる不可避なもので、それでも経験豊富な船乗りとして士官を含めた殆んどの人物から信頼を勝ち得ている。

 ソームズ中尉とよく操船談義をしているが、二人並んだ姿は、言っては何だが祖父と孫のようだ。幾人かの有望な水兵が手伝いにつけられており、上手くいけば幾人かは良い航海士になれるかも知れない。


 砲手長のマッコールについては、マクラウド中尉はよく知らない。不穏な噂もある不気味な大男で、いつもにたにた笑いを浮かべており、何を考えているのか分からないところがあってマクラウド中尉は好きにはなれない。だが、腕については確かで、訓練では艦首主砲群の砲手長を務めているが命中率は抜群だった。実際に艦に乗り込んだ時には、掌砲手を務めることになるかもしれない。

 

 新任の下士官二人については、レッケンドルフがミュラ少尉の下につけられた。若いミュラ少尉を、経験豊富なレッケンドルフに補佐させるのだろう。その理屈は理解できる。分からないのは、アイアンズがマクラウド中尉の下につけられたことだ。


「グズグズするな!どん亀ども!陸者でもお前らよりはきびきびしてるぞ!」

 マクラウド中尉から砲手長への昇進を告げられたアイアンズは狂喜し、翌日から早速張り切っていた。

 訓練の開始を告げる太鼓の連打が響き渡り、戦闘配置に就くべく輸送船の廊下を走る水兵たち。

 生まれた時から下士官であったかのように動きの鈍い兵士を見つけては、尻をロープの切れ端でぴしぴしと遠慮なく叩いている。

「ぐあ!いてえ!」新兵たちの恨みがましい視線もアイアンズには蛙の面に小便で、怒鳴っている。

「今日からは遠慮せんぞ。動きの鈍い奴はたっぷりと可愛がってやるからな!さあ、早く砲を展開させろ!」

 どうやら今までは遠慮していたらしい。王立艦隊の何処にでもいる下士官となっている。

「そこのお前も、さっさとしろ!いつまでお客様の気分なんだ!王立海軍の一員なんだぞ!」

 アイアンズ砲手長の高圧的で押しつけがましい塩辛声を聴くたびに、マクラウド中尉は寄宿舎学校の嫌いだった体育教師を思い出していやな気分になった。


 なぜかアイアンズを部下とすることになったマクラウド中尉が苦い表情をして見守っているところに、なぜか上機嫌なミュラ少尉がやってきてアイアンズに話しかけた。

「早速やっているな。アイアンズ」

「aye」

 誰の推薦で昇進できたかは、アイアンズも知っている。敬礼を返した。

「鞭打たれないで立派な大人になったものがいるかね」とミュラ少尉がうなずきながら言った。

「アイサー。その通りです」

 尻をぴしぴし叩かれて悲鳴を上げている新米水兵たちを見ながら、ミュラ少尉は満足そうにうなずいた。

「誰だって子供の頃には鞭打たれたものだ。私もそうだし、お前だってそうだろう?」

 ミュラ少尉の意見は全くアイアンズの哲学とも一致したので、アイアンズにやりと笑った。

「全くです、サー。親父の拳固を食らわなかった餓鬼はろくな大人になりません」

「これからも頼むぞ」とミュラ少尉が言った。

「連中を立派な水兵に仕上げて見せます」

 アイアンズ砲手長の言葉に気を良くした、ミュラ少尉は満足そうにうなずいてから再び離れていった。

(悪夢のコラボレーションだな)苦い表情をしたマクラウド中尉は、此れからアイアンズがやり過ぎないよう見張らなければなるまいと考えて胃が痛んだが、ピアソン大尉は、アイアンズを抑える為に自分の下につけたのだろうかともふと思った。


 それならそれでそう告げて欲しいものだと思うマクラウド中尉だが、艦の支配者である艦長が、一介の海尉にいちいち考えを説明などしないものだとも思い至って反省した。

 実際にピアソン大尉が何を考えているのか、マクラウド中尉にはまったく分からない。

 自分は何を期待されて採用されたのだろうか。マクラウド中尉はしくしくする胃を抑えて、くよくよと思い悩むのだった。


艦長が自分の船に乗るのにどれだけ掛かるんだ。この話。


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