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2-5 drifter 放浪者

 エウステリア企業連合ユニバーサル運輸のログレス現地法人総支配人。表向きは、ログレス王国に属する新世界貿易会社のエウステリア部門担当重役ジェラルド・ハンソン氏は、ログレス当局より廻されてきた書類を汚物のように指先で摘み上げてから、忌々しげに机の上に抛った。

「ブランドンは……彼を、免除名簿に載せていたのではないのか?」

 免除名簿とは、強制徴募を免除される人名の記されたリストであった。

 各々の商会は、免除名簿を提出することで規模と納税額に応じた人数、船乗りが強制徴募を免れ得るのだった。

「勿論。勿論、その通りです。その筈でした。書類は申請手続きを終えています。ですが、現地の手続き処理は遅々として進まず……」会議室にいた役員の一人が肩をすくめた。

「此れだからオールドワールドの連中は。時間の大切さも知らないのか」

 ハンソンの言葉に役員たちが口々に相槌を打った。

「全くです」

「で、社員は取り戻せるか」とハンソンが部下に尋ねた。

「もちろんです。書式が整えば。此方は申請済みで処理されているのですから、非は向こうにあります。ログレスの法律ではそうなっておりますし、いかに時代遅れの身分制国家であってもログレスは一応、法が尊重されておりますから。まあ、連中なりにはですが」

 軽蔑の口調も隠そうとせずに、役員が告げた。エウステリアからログレスへと出向してきた彼らは、外国人を真っ当に扱わない旧世界全般の法律を時代遅れな制度と見做して嫌悪していた。

 もっとも彼らの自我が無意識のうちに求めている真っ当な法とは、この場合、大企業の意向で解釈を自在に変更できる道具としての法律に過ぎないのだが。

 常日頃から不満を抱いているログレス行政の非効率と傲慢さについて愚痴を言い合って留飲を下げた役員たちは、ようやく満足して気の毒なブランドン奪回のための話合いを再開した。

「しかしなあ。強制徴募は平時では千人に一人の確率ですよ。ブランドンもどれだけ運が悪いのか……」

 役員の一人が同情しつつもやや他人事の口調でつぶやいた。



「どうにも彼らは連邦法も知らない様子で、釈放できないの一点張りなんです」

 海軍基地の一角に設けられた面会場所で、ブランドンは会社からの使いと話していた。

 エウステリアからやってきた会社の顧問弁護士の一人は、事務的にそう告げてから、やや同情するように付け加えた。

「困ったことですよ」

 結局のところ、なにも進んでいない。週に一度の面会を無駄に浪費したに等しい。

「参ってるのは僕のほうだ!」ブランドンの叫びにも、弁護士は事務的な態度を崩さなかった。

 まるで自分は全力を尽くしているのに、非難されるのは心外だとでも言いたげに眉を上げると、嘆かわしげにため息を漏らしてから、まるで聞き分けの悪い子供を諭すような口調で淡々と説き始める。

「いいですか?冷静にならないといけません。現在、会社は全力を尽くしています」

「そう言って、もう10日じゃないか。あと2週間かそこらで、僕はどこか聞いたこともない辺境に圧制者の先兵の一人として送られるんだぞ」

 叫んだブランドンは、爪を噛みながら追い詰められた小動物みたいにうろうろと歩き出した。

「もう少しの辛抱です」弁護士が慰めの言葉をかけた。

「信じていいんだな?」ブランドンが言った。

「確実に」弁護士は請け負った。それからブランドンを手招きすると、身を乗り出した彼の耳元にそっと囁いた。

「大使館も動いていますから程なく解放されるのは間違いありません」

「エウステリア政府が……」

 ブランドンの顔に喜色が広がったが、弁護士はにんまりとして否定した。

「いいえ、銀河連邦がです。新世界のすべての国々が君のために動いているんですよ」




 エウステリア人の青年ブランドンは、どうしても王立海軍での生活に馴染むことが出来なかった。

 周囲には、彼と同じく王立海軍に強制徴募された外国人たちも何名かいた筈だが、彼らや彼女らは、さしたる抵抗もなく軍隊生活に馴染んでいるように見えた。

 彼らはやはりエウステリア人とも異なる国々の人間で、ログレスとは使う言葉も異なっている筈なのだが、人生とは思うが儘にならないものだと割り切っているのか。或いは諦めているのか。自分の命を王立海軍という巨大な機構に組み込まれることに対してなにかしら思うところはあるようだが、それでもブランドンのように表立った反抗心は見せなかった。

 自分と同調しないで黙々と指示された仕事に励む彼らの姿勢に対して、ブランドンは身勝手と分かりつつも軽蔑交じりのいら立ちを覚えずにはいられなかった。


 ブランドンは違った。民主主義のエウステリアで生まれ育ち、物心ついた時から、歴史では圧政者たちに対して勝利する民衆の様々な事例を学び、(圧制者によって民衆側が敗北した数多の戦争については一つも学ばなかった。エウステリアの一般学校では、授業内容に対して疑問を抱いて、自分で調べだす生徒くらいしか学べない仕組みとなっていた)また、時に議会は間違うこともあり、人民にはそれを正す権利があると学校で教わった彼は、この拉致を不当だと考えていた。

 慣習の異なる旧世界であろうとも、理不尽に対しては声を上げるべきだし、時折、不安に苛まれつつも、最終的には自分の正しさが認められて釈放されるに違いないと、少なくとも表面上は信じているように振舞っていた。


 他の強制徴募された外国人水兵たちは、若干、異なるものの見方をしていた。

 新世界や旧世界、外縁領域(Outerworld)や未踏領域(unknownworld)など、様々な世界から集められた彼らの幾人かは、レイガンを片手に銀河を流離う放浪者(Space drifter)であり、荒々しい開拓地や野蛮な慣習に支配された領域、戦乱の惑星などを宇宙艦艇を乗り継ぎ、渡ってきた経験から、世界にはもっと酷いことや理不尽が幾らでも転がっていると知っていたし、ログレス船籍の艦艇と契約したからには、運が悪ければ強制徴募されることもあり得るのだと認識していた。

 他の宇宙艦艇乗りたちも似たようなもので、人生には不運が付き物であり、起こったことが変えられない以上、そこでベストを尽くすしかないのだととうの昔に学んでいた。

 ログレス王国は軍隊の志願者を国民に限らないため、王立海軍での生活は、宇宙放浪者や宇宙艦艇の外国人乗組員たちにはよく知られていた。3年から8年を安月給で使われる水兵は、けして楽しい身分ではないが、慣れてしまえばそう悪い暮らしでもない。普通では身に着けられない技術の習得の好機でもあるし、海軍での生活で王立海軍のやり方を学び、砲の使い方や戦術を身に着けて、のちに私掠船や密輸業者、商船や海賊船の一員となる水兵もいれば、軍隊生活に馴染んでしまい、熟練の水兵や下士官として百年も海軍に居ついたり、准士官や士官、稀には艦長にまで出世するものも珍しくない。


 自分では先進的な土地からやってきた文明人だと思っている線の細い青年。一晩のスリルを楽しむために、場違いにも宇宙艦艇乗りたちが集まる酒場にやってきて、王立海軍に強制徴募された哀れだが自業自得のブランドンに対して、ほかの外国人水夫たちは、蔑みとも憐れみとも付かない眼差しを向けながら、礼儀正しく無視していた。


 むしろ、ブランドンの存在に対して苛立ちや軽蔑を覚えていたのは、彼とほぼ同時期に強制徴募されたログレス人新兵や中小商会の外国人新兵であったかも知れない。これらの新兵たちも此れを運命とあきらめ、受け入れようとしていたが、ブランドンの存在と言動は、彼らに燻ぶっている郷愁と自由への憧れを刺激して止まなかった。

 もしかしたら、足掻けば外に出れるのではないか。そんな風に考える水兵が他にも出ることを危惧して、そしてまたブランドンの破滅を回避するために、マクラウド中尉は度々、不穏な言動をやめるように警告したのだが、ブランドンは言葉少なに不承不承のうなずきを返すか、陰気な沈黙を守るのみであった。





 王立海軍では、プライベートな空間は、訓練中の新兵たちにはほとんど許されていない。

 流石に地球時代の帆船ほどではないが、それでも個室は士官以上にだけ許された贅沢だった。

 万事が組織の一員として共同生活を前提として成り立っており、食事も一人でとることはできない。

 ブランドンにとっては、粗暴な現地人の若者たちと組まされることが何よりも苦痛だった。数日前にいら立ち紛れに自分を暴行した現地人の青年たちが、なぜか、今は打って変わって四六時中、絡んできている。


 8人掛けの長テーブルにも関わらず、わざわざブランドンの真正面に座ったエドとかいうログレス人が、ブランドンの隣に座ったワッツに話しかけてきている。

「あんた。外国人だって」エドが尋ねていた。口を半開きにした相貌は、いかにも知能が低そうだとブランドンは決めつけていた。

「そいつと知り合いかい?」エドがブランドンを指差していた。

 こんな不良に軽々しく指をさされる謂れはなかった。止めろと言ってやりたかったが、エドに対する恐怖が残っていたので、ブランドンは歯を食いしばった。もう少し我慢すれば此処から解放される。そのはずだった。


「いいや。だが放っておくわけにもいかないだろ」そう言った隣に座る男、ワッツがなにかと話しかけているので、ブランドンも孤立はしていなかった。

「運が悪かったな。お互いにだ」とワッツが笑いながらブランドンに言った。

「こんなのは拉致じゃないか」ブランドンが文句を言う。

「仕方ないさ。ここはオールドワールド。冒険は、日常茶飯事だ。中央領域や新世界とはなにもかもが違う」

「……ログレスは野蛮な土地だ」

 目の前でぺちゃぺちゃお喋りしているエドと言葉少なに相槌を打つジョニー・Gを見ながら、ブランドンは苦々しげに言葉を漏らした。眼前の二人の相貌は、どう見てもスラムの街角に屯するチンピラにしか見えなかった。

 こんな連中を高度な教育と技能を要求される宇宙艦艇の乗組員に仕立てようと試みるなんて王立海軍は馬鹿の集まりだと思った。先進的なエウステリアでは絶対にありえないことだ。


「軍で資格を取ってよ。任期が明けたら、重力帆運輸船の仕事に就こうぜ。給料もいいし、モテるしよ」とエドが言った。

「いい考えだ。そん時は、俺たちも町の連中から一人前に扱われるだろうな。警官に小突き回されることもなくなるだろうぜ」とジョニー・G。

「商船学校を出たほうが出世できるよ」雀斑の青年がアドバイスするがエドは首を振った。

「金がねえよ」

「任期明けの水兵向けに奨学金制度があるんだ。それにピアソン大尉の下でなら、拿捕賞金も期待できるかも」とそばかすの青年。

「ふーむ」ジョニー・Gが興味ありそうに唸った。


 穏やかな笑みを浮かべていたワッツが、ブランドンへと向き直った。

「俺はヘリオス人だが、ログレスの船団で働く時には強制徴募について説明を受けたよ」

 静かにブランドンと目を合わせると、重ねて言った。

「あんたは違うのか?」

 実際はよく覚えていない。ブランドンが口ごもっていると、席の隅に座っていた老人が口を開いた。

「ヘリオス人か」ワッツを見ていた。

「ヘリオスだよ」ワッツがそう答えた。

「行ったことがある。いい国だ。食い物がうまい」老人がうなずきながら言った。

「本当か」ワッツが意外そうに目を見開いた。

「あの魚の酢漬けのパイがな。女が作ってくれた。忘れられん味だ」

「家庭の味だ。ヘリオス人とイーリア人以外であれを旨いって言ってるやつに初めて会ったぜ」とワッツが笑った。

「珍しいな。外人が集まって」背後を通りかかった赤毛の女水兵が笑い声を立てているワッツに声をかけてきた。

 Tシャツの上からでも分かる女水兵の立派な胸を見て、エドが口を半開きにしたが、すぐに笑顔になった。

「お姉さん、お名前。なんていうの?俺エド!よろしくね!」

「ああ、エド。よろしく」笑って返した女水兵が、のんびりした口調でワッツに話しかけた。

「あんたもエウステリアかい?」

「いや。俺はヘリオンだよ」幾度となく同じ質問を受けたにも拘らず、ワッツは気を悪くした様子もなくこたえた。

「ヘリオンか。まあ、いないわけじゃないけど。ずいぶんと遠いねえ」女水兵が言った。


 同じ新参者でありながら、ワッツはあっさりと周囲に溶け込んでいるようであった。ブランドンはどうしようもない疎外感に襲われたが、彼はどうしたってワッツのようには馴染めなかったし、馴染んではならないのだった。

「……家に帰りたい」ブランドンのぽつりと漏らした呟きを、老水兵が耳にして諭すように言った。

「あきらめろ、時々お前さんみたいなのがいるがどうしようもない」

 ブランドンの睨みつけるような目つきを受けても、老水兵は穏やかに対応した。

「ログレス船で働いていたんだろ?」

「そうだ。だけど、僕は本社から派遣されてきたんだ」

「ログレス船籍の商船団に務める時に、国家危急の際の徴発と徴募に関して書かれた書類にサインしたはずだ」老水兵の指摘に、ブランドンは首を振った。

「だけど、会社は僕を免除名簿に載せてくれているはずなんだ。すぐ釈放されるはずだ」

 老水兵は、わずかに憐れむようにブランドンを眺めてから言った。

「……免除名簿の登録にも金がかかるからなあ。人数が多ければ尚更だ。おまけに定期的にやらないとならん。会社が手続きを怠っていたってことはないのかね?」


 その可能性にぎょっとしたのか。目を瞠ったブランドンだが、頑固に言い張った。

「そんなはずはない。ユニバーサル運輸はしっかりした会社だ。給与の中から手続きのための金も支払ったんだ」

「まあ、どうでもいいけどな。夜中にもう騒ぐなよ」

 ブランドンと老人との会話の途中で、横からエドが口を挟んできた。

 まるで悪いと思ってないエドのくぎを刺すような口ぶりに、ブランドンはかッと頭に血が上るのを感じた。

「君たちも、僕を殴るよりも、先に抗議すべき相手がいるんじゃないか?人をこんな風に扱うなんて、許されないことだ」とブランドンが言った。

 エドとジョニー・Gは、ブランドンの言葉の意味が分からずに、ポカンとした顔つきを見せただけだった。

「誰がなにを許さないんだよ?」とエド。

「海軍のやり方だ。人倫に反している。政府に抗議すべきだ」

 事も無げに体制を批判してのけたブランドンの態度にエドとジョニー・Gは初め理解が追い付かない様子だったが、理解したのか二人の顔には徐々に恐怖の色が浮かんだ。

「お前、正気か」エドが立ち上がりながら叫んだ。食堂が一瞬、静まり返った。

「エド。声がでかい。皆が注目している」ジョニー・Gがささやいた。

「わっ、わかってる。俺はお前の相棒じゃねえぞ。偉そうに指図すんな」

 エドの声は上ずっていたが、落ち着きを取り戻して座り込んだ。

 顔馴染みのパブで友人たちと管を巻いているのとは訳が違う。

 海軍基地のど真ん中で、周囲には下士官やら教官やらがいて、今の身分は水兵なのだ。

「馬鹿。お前、頭のおかしい無政府主義者かなんかなのか?その口をすぐに閉じろ。縛り首だぞ」

 エドの警告はささやくような声だった。怯えたエドの態度にブランドンは多少、溜飲が下がった。

「僕はこんなところはすぐに出ていく」ブランドンは宣言して、慌てる二人を前にささやかな優越感を味わった。哀れな奴らだ。自由の意味も知らずにこんなところで圧制者たちに家畜みたいに引きずり回されたままに一生を終えるんだ。僕とは違う。ブランドンはそう思った。

 エドとジョニー・Gはそれ以上は何も言わず、理解できない馬鹿を見る目でブランドンを一瞥してから、食べかけの食事をもって席を立ちあがった。


「脱走する気か。やめておけ。捕まったら、最大200回のむち打ち刑だ」

 ワッツが目の前を向いたまま、淡々とした口調でブランドンに告げた。

「24回のむち打ちでさえ、大の男でも泣き叫ぶことがある」

 ワッツにうなずき、補足する老水兵の言葉もブランドンに届かなかったのか。

「脱走はしない。堂々と出ていく。君たち風に言わせれば、僕は魔法が使えるんだ」

 言ったブランドンは、喋りすぎたとでもいうように口を閉じると、しごく陽気な態度で食事を再開した。

 大使館が動いている。エウステリア政府が、銀河連邦が、明日にでも野蛮な旧世界の牢獄から僕を助けてくれるに違いない。

 類似の状況で文明国が野蛮な領域から国民を救い出したニュースの数々が、ブランドンに自信を与えていた。幸か不幸か、同じ程度の失敗に終わった試みのことは、まるで脳裏に思い浮かばなかった。 

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