第二章1 ~爬虫類の表情はわかりません~
わたしが目を覚まして半身を起こすと、目の前に巨大なトカゲの頭がありました。
人間を一口で食べてしまえそうなほど巨大なトカゲというのは、私の記憶にある限りでは地球にはいません。
というか、人間を食べるというだけならともかく、人間サイズを一口で食べれる巨大な生き物自体が、あまり地球にはいない気がします。
一呑みならアナコンダとか大きなヘビが出来るらしいですけど、文字通り一口でぱくりといけそうなのはそれこそ鯨くらいでしょうか。
(ひ……ッ! こ、こわ、怖すぎますっ!)
ドラゴンがその気になれば、一瞬でぺろりと食べられてしまうことでしょう。
目の前にそんな生物がいるという時点で恐ろしすぎて、何も出来ずに固まってしまいました。
一方、ドラゴンは動かない私をじっと見つめています。
明らかに呼吸音がしますし、吐き出される熱い息が顔にかかっていますので、作り物ではないことは確かです。
やがてこちらに動きがないのを見て焦れたのか、あるいは別の理由があるのか、ゆっくりとその大きな口を開き――
「……ッ、ひゃっ!?」
口内から出てきた赤く大きな舌が、私の身体の前面を舐めてきました。
幸い、猫の舌のように表面がざらざらしているわけではないようで、痛くはありませんでした。
どろりとしたものは涎なのでしょう。
これは間違いなく、私を食べるつもりです。
私は思わず目を瞑り、身体を硬くして食べられるその時を待ちました、が。
「……ッ、うぁ……ッ、ん……っ……ん、ん……あれ?」
なぜか、いつまで経っても牙が身体に食い込む感覚がしません。
何度も何度も舌が私の身体を舐めて、舐めて、舐め続けて来ます。
私は現在、バスタオル一枚しか身に付けていません。
その状態でドラゴンが舌で私の身体を舐め上げていたらどうなるか。
ドラゴンが意図しているいないに関わらず、バスタオルはめくれ上がりドラゴンの舌が私の身体を、あそことか胸とかを舐めて行っていて――
「ちょ……ふぁっ、ちょ、まっ、やめてっ、舐めないでぇ!」
私は変な気持ちになりそうになるのを堪えて、ドラゴンの鼻先を押しやって抗議します。
このまま舐められ続けていたら、変な気分になってしまいそうでした。
けれど私の抵抗など、ドラゴンにとっては小鳥が押しのけようとしているのと変わらないのでしょう。
まったく止まる気配もなく、私の大事なところを舐め上げてきています。
私が慌てて逃げだそうとして、四つん這いになったところを、ドラゴンは構わず後ろから舐め上げてきました。
股間にドラゴンの舌が入り込み、掬い上げられるようにして、私は盛大にひっくり返されてしまいました。
「ひ、ゃあああああ!?」
私は勢いよく前転して、そのまま浮島の周りを満たす液体の中に落ちてしまいます。
背中から勢いよく水に叩きつけられた感触があって、水が全身を包み込みます。
さっきは変な動きをしていた液体でしたが、いまはただの水と変わらないようで、私はそれをかき分け、なんとか水面に顔を出します。
水が気管に入り込んだので咳き込んでいると、ふと頭上が暗くなりました。
見上げるとそこにはドラゴンの顔が。
浮き島にいながらにして、長い首を伸ばして私の様子を伺っているようです。
「ぐるるる……」
私はその威圧感に震えつつも、ドラゴンがこちらに危害を加える様子がないとようやく理解することができました。
ドラゴンに食べる気があるなら、もうとっくに喰われているはずです。どれくらい気絶していたかはわかりませんが、食べるなら十分な時間だったでしょう。
さっき舐めてきたのも、犬や猫がそうするように、こちらのことを気遣ってのことだったのではないかと思えたのです。
実際、そう思って観てみると、ドラゴンさんの目はこちらを見つめて優しげな光りを放っているような……よう、な……。
(ごめんなさい。やっぱり獲物として見られている気しかしません!)
無機質な爬虫類の目が私を無感動に映し出しています。
私はドラゴンを刺激しないように、浮き島に上がりました。
ドラゴンはこちらを見ているだけで、これ以上何かしようという気はないようです。
また舐めてこられたらどうしようかと思っていましたが……ひとまず安心です。
しかし。
「ど、どうすればいいのでしょう……」
先程の魔王と違い、ドラゴンには言葉が通じるような様子もありません。
私はドラゴンに見つめられながら、途方に暮れてしまいました。