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第八章1 ~一難去ってまた一難~


 大鹿の渾身の一撃でルレンティアが創った水上拠点が吹き飛ぶ――と、同時に死告龍・リューは大鹿の懐に飛び込んでいた。


(なっ!? 馬鹿な……っ!)


 そう大鹿が思った時には、リューは身体ごと縦に回転して攻撃に移っている。

 黒い霧を纏った尻尾の一撃が、大鹿の頭部に叩き込まれた。

 凄まじい衝撃が走り、大鹿の頭が身体ごと地面に叩きつけられる。

 その立派な角の片方が根元からへし折れ、その表面に貯められていた魔法の雷が周囲に拡散する。

 大鹿の意識が飛びそうになったが、拡散された雷の刺激が彼の意識を繋ぎ止めた。


(人間たちを守ろうとしたのは誘いだったとでも……!?)


 強烈な一打を受けた大鹿だったが、反射魔法はまだ活きていた。

 引き延ばされた体感の中、死告龍の意図を知る。

 大鹿の攻撃により、吹き飛ばされた水上拠点。

 吹き飛んだのは、水上拠点だけだったのだ。

 中に逃げ込んだはずの人間達の姿は、どこにもない。


(ぬかっ、た……! 不覚!)


 水上拠点に逃げ込んだ者達はその中に留まらず、裏側か底からすでに退去していたのだ。

 そのことを死告龍は気づいていて、あえて水上拠点を守るような動きを見せた。

 結果、まんまと乗せられた大鹿は死告龍ではなく水上拠点に狙いを定め、攻撃を放った。

 それと同時に死告龍は攻撃をかいくぐり、逆に大鹿を仕留めに動いた。

 すべては死告龍の思惑の内だったのだ。


(死告龍……! やはり、こやつは、危険でござる……!)


 再度立ち上がろうとした大鹿の頭部に、死告龍が前脚を置く。

 見た目の体格差は歴然だが、大鹿はまるで巨大な岩に抑え込まれたかのように身動きが取れなくなった。

 悪あがきで幾度か雷撃を放つが、半分になった角の力では死告龍に痛打を与えることはできない。

 死告龍は防御魔法を唱えることもなく、鱗の頑丈さだけで雷が霧散させられた。


『ぐ……っ! お、おのれぇ……!』


 圧倒的な強さを示された形になった大鹿は歯噛みしつつも、奇妙に思っていた。

 すでに勝敗は決している。渾身の一撃を空撃ちさせられ、角の片方を折られ、元々弱体化しつつあった大鹿は致命的なまでに力を失った。

 一方の死告龍は消耗こそ激しいようではあるが、いまだ十分に気力体力が残っている。

 死告龍がその気になれば即死のブレスを放ち、トドメを刺すことは容易なはずだった。

 そうされていないことに、大鹿は戸惑い、同時に情けない思いで歯噛みする。

 なぜならそれは『殺し合い』になっていなかったことを示すからだ。


『なぜ、殺さぬ……! 情けをかけているつもりでござるか……!』


 トドメを刺さないということは、死告龍は大鹿を殺すつもりがないということになる。

 大鹿は殺す気で挑んだというのに、だ。

 己の決意を弄ばれているような、そんな悔しい感覚だった。

 その大鹿の血を吐くような問いに対し、死告龍はただ小首を傾げた。言われている内容がわからないと言いたげなその動作に、さらに苛立ちを募らせた大鹿が吠える。


『ふざけるなでござる! こちらの言葉が理解出来ていないとは言わせぬぞ! そのような幼稚な精神で、ここまで戦略的に動けるものか!』


 その大鹿の恫喝に応えたのは、死告龍自身ではなかった。


「いや、それはどうですかにゃー? 死告龍様は戦いの申し子だからにゃあ。最適解を見出した結果であっても驚かないにゃ」


 独特の語尾で話すフィルカードの獣人の姫・ルレンティアが自分の意見を述べる。

 勝敗が決したのを見てか、姿をくらましていた人間達が現れていた。

 砂浜に掘られた穴から出てきた彼女らは、砂まみれになってはいたが、死告龍と大鹿との戦いの余波で怪我をすることはなかったようだ。

 ログアンの姫巫女・アーミアが、服についた砂を払いながら口を開く。


「……そもそもあなたが死告龍様と殺し合いをする理由はないはず」


「そうですわ。死告龍様と大妖精様は協力関係にあるはずです。お二方が協力関係にある以上、大妖精様の眷属のあなたが、死告龍様と戦う必要はございません」


 ルィテの姫・テーナルクもアーミアに同意した。

 大鹿の攻撃でかなりのダメージを受けていた彼女だったが、そこに思うところはないらしく、自然体で大鹿に呼び掛けている。人に肩を借りて立っているものの、優れた治癒力を発揮し、動けない状態からは脱していた。

 そんな彼女に肩を貸しているザズグドズ帝国の書記官にして戦略家のバラノも、テーナルクの意見に同意する。


「規格外の魔界展開能力を見て、警戒するのは無理もありません。その要を倒さんとするあなたの判断は、あるいは正しいのかもしれません。……ですが、不確定要素が多すぎます。仮に要を崩せたとして――この広大かつ強大な魔界がどうなるか。自己崩壊するだけなら良いですが、内部にいるもの全てが死滅するという可能性も低くありません」


 死告龍は即死の力を持つ。

 眷属にもその一部が引き継がれており、それは魔界にもその性質が影響していることを示している。

 実際、炎の魔物が作り出した魔界は、要の魔物が死んだ時、魔界自体も炎となって燃え尽きたという事例もあった。

 その事例に関しては、炎の魔物がそうなるように仕組んでいたことも大きいのだが、死告龍の魔界がそうなっていない保証はない。


「いずれにせよ、この魔界に対する分析も解析も足りていません。現状のまま動くのは危険であると進言させていただきます。下手な対処は、あなたの主である大妖精様を危険にさらすと考えた方がよろしいかと」


 戦略家もであるバラノはそう結論を口にする。

 大鹿は悔しげに唸った。


『……っ、ぐぬぅ……!』


 彼女たちの推測を撥ね除けられるほどの理屈も、力も持ち合わせていなかった。

 いずれにせよ、死告龍との戦いに敗北した以上、大鹿にできることは何もない。

 負けを認めて、死告龍の排除を諦めるしかなかった。


『……参った、でござる』


 密かに練り上げていた雷を霧散させ、大鹿は脱力する。

 頭を抑えられた状態でのその行為は、相手に生殺与奪を完全に委ねる証だった。

 死告龍は油断無く大鹿の頭部を抑え続け、人間たちはほっと一息を吐く。


「納得してくれてありがたいにゃ。大妖精様の眷属であるあなたには、色々と聞きたいことがあるからにゃ」


「そうですわね。ともあれ、あなたの主と合流いたしましょう。……と、それより前にセイラさんと合流する必要がありますわ」


「セイラさんはあなたに会いに行ったはず。彼女はどうしたの?」


 アーミアの問いに、大鹿は気まずそうに目を反らしながら応えた。


『あの者は無事でござる。大人しくしていてもらうため、拘束はしたでござるが――』


 そういって、大鹿が聖羅を置いてきた場所を伝えようとした時。

 それは起きた。


『すべての眷属に告げる! 私の元に来て、セイラの守護を最優先! 彼女を護って!』


 大妖精の焦った声が聞こえると同時に、森の一角から光弾が撃ち上がる。

 それが緊急を告げる言葉で、現在地を示す合図だと、その場にいる誰もが理解する。

 即座に動いたのは、死告龍だった。

 抑えていた大鹿の頭部から手を離し、光弾が打ち上げられた元へ猛速度で飛んでいく。

 解放された大鹿がフラつきながらも立ち上がり、駆け出す。


『バカな……なぜ我が主の元に……!? 急がねば!』


「あーみん! 回復魔法を! てーなるん、バラノ、付いてくるにゃ!」


 ルレンティアが即座にアーミアを抱え上げ、大鹿と並走する。抱え上げられたアーミアは走ることに意識を裂かずに済む分、大鹿へと回復魔法を唱えた。

 テーナルクとバラノも遅れて彼女たちに続く。

 アーミアの回復魔法によって、若干持ち直した大鹿は、悔しげな顔をしつつも、礼を言った。


『かたじけない! いまはありがたく受け取るでござる!』


「礼には及ばないにゃ! 緊急事態なんだにゃ!?」


『うむ……我が主の結界を突破しうるとは……! なんなのだ、死告龍という存在は! 本体も眷属も規格外すぎる!』


「死告龍様の眷属の仕業なのですか?」


『そうとしか考えられぬ! 仮にキヨズミセイラが何らかの方法で我が拘束を解いて、独力で我が主と合流せしめたとしても……我が主はあのような行動は取るまい!』


「……確かに、あれは大妖精様かセイラさんに危機が迫っている様子でしたわね」


「貴方の行動を止めるため……という線もありましたが、それならそうといえばいいだけですしね」


 話しながら走る一体と四人。

 そんな彼らの周りを、大鹿と同様、大妖精の眷属らしい魔物たちが併走していた。

 いずれも大鹿に負けず劣らずの大物ばかりだ。


「眷属がまだこんにゃに……!? なぜ、全員でかからなかったにゃ?」


 ルレンティアは周りにいる眷属たちの力量を見て、率直にそう尋ねた。

 大鹿が単独ではなく、複数の眷属と連携していたら、もしかすると死告龍を倒し得ていたかもしれないからだ。

 その問いに対し、大鹿は顔を顰め、何も答えなかった。代わりに口を開いたのは、ルレンティアに抱えられているアーミアだ。


「ルレンティア、本体と眷属の関係を考えると簡単。大妖精様はセイラさんを守る立場」


 糸口を示されれば、ルレンティアも察する。


「なるほどにゃ。本来は戦ってはいけないわけだにゃ。なのに戦えば、契約不履行で本体にも他の眷属にもダメージが入る。それを軽減するために、独りで挑まなければならなかった、と」


「そういうこと……普通はしない」


 それだけ大鹿が死告龍の存在を危険視していたということなのだ。

 疑問が晴れたところで、遠くの方から炸裂音が轟いてきた。それも複数。


「今度はなんにゃ!?」


「恐らく、大妖精様の眷属が相手をしていた敵が、森を破壊し始めたのでしょう」


 そう端的に告げたのはバラノだ。

 策略家たる彼女の言に、周りの眷属たちから肯定の反応ある。

 ルレンティアはなるほど、とバラノの戦略眼を評価した。


(そういえば、この鹿も最初は死告龍の眷属らしき蜘蛛を倒していたにゃ……他のそこかしこで、同様の睨み合いが発生していた、ということかにゃ? けれど、それならなんであの蜘蛛だけ森の中に……?)


 ルレンティアはそう考え、そのうちほとんどは正鵠を射ていた。

 最後の疑問については、彼女にわかるはずもない。

 テーナルクとバラノを取り逃がした大蜘蛛が、上位者にその失態を責められ、功を焦っていたなどということは。

 無論わからないままでも、否が応でも事態は進む。

 進行方向で、一際大きな爆発が起きた。


「まずい……ッ! 伏せるにゃ!」


 とっさにルレンティアはアーミアを懐に抱えたまま、大鹿の影に伏せる。

 一拍遅れて、テーナルクとバラノもルレンティアたちがいる場所に伏せた。

 大鹿が前方に防御魔法を張るのと同時に、強烈な衝撃波が過ぎ去っていく。

 轟音が森中に響き、大気を震わせた。


「砲撃魔法でも暴発させたのにゃ!? 耳がいたいにゃあ!」


 ルレンティアの耳は獣の耳であるため、人間のそれと違い、伏せることができる。

 だが、それをしてなお、轟音は彼女の耳をつんざき、頭痛まで引き起こしていた。

 彼女の耳が良すぎることもあるのだが、他の者も顔をしかめずにはいられない、凄まじい轟音であった。


『主……!』


 爆風を凌いだ大鹿が再度駆け出す。それにルレンティアたちも続いた。

 そして彼女たちは見た。

 前方に見えた森の一部が、爆発によってすり鉢状に吹き飛んでいる光景を。

 クレーターの底に、先に聖羅の元に向かっていた死告龍が横たわっているのを。

 その上空で清澄聖羅が、大妖精ごと結界に囚われている様を。


 そして、更に上空に――実に禍々しいフォルムをした七つ首の竜が君臨していた。


つづく

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