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第七章4 ~美味しい話には裏があるといいますが~


 砂浜で大爆発が起こり、細かな砂が舞い上がった。

 大鹿が絶え間なく攻撃魔法を仕掛けるのに対し、死告龍が恐ろしく正確な反撃をくり出して迎撃しているのだ。ことごとくが空中で撃ち落とされ、炸裂しては爆風を撒き散らす。

 大鹿の攻撃魔法は雷が主体であり、その速さ・鋭さは並みの魔法使いでは対応できない。

 森から魔力の供給を受けていることもあり、物量によって圧倒することも容易だ。

 事実、死告龍の眷族であった大蜘蛛はその飽和攻撃に耐えきれず、屍を晒した。

 死告龍の魔力も無尽蔵ではないが、小さな攻撃魔法で大鹿の魔法を撃墜することで、防御魔法を張り巡らせるより遙かに少ない魔力消費で耐えている。


(遠距離戦では、埒が明かないでござるな……ならば!)


 一息に距離を詰め、大きな角を振るって直接攻撃に出る大鹿。

 その一撃を、死告龍は振るわれる角に合わせ、空中を滑るように動くことで、威力を殺しながら受け止めた。

 見る者が見れば、武術の合気道のように相手の動きを完全に読み切って動いたのがわかっただろう。

 さらに、死告龍は前脚で大鹿の角をしっかと固定すると、今度は逆に、力任せに大鹿を振り回す。


『なんとっ!?』


 大鹿が驚愕する間にも、振り回す勢いは更に増し、空高く放り投げられた。

 死告龍の口が大きく開き、黒い光が口内に集中する。

 背筋に悪寒を感じた大鹿は空気中に魔力で足場を形成。

 その足場を蹴って素早く、大きく移動した。

 即死のブレスが大鹿の一瞬前までいた空間を薙ぎ払うのを感じつつ、大鹿は歯噛みする。


(なんという……! 奴も消耗はしているはず……なのに、どんどん攻撃が鋭くなるでござる! これが、死告龍……!)


 死告龍は幼体化し、確かに弱体している。

 だが、戦いが続くにつれて『現在の状態での最適解』を見出しているかの如く、戦闘技術が向上していた。

 戦い始めた当初は互角だった実力が、時間が経つごとに開いていく感覚を大鹿は覚えていた。その事実に焦りが生まれる。

 この戦いは、主であるヨウと死告龍との間で交わされた契約に違反する。

 そのことを大鹿は半ば知りながら死告龍に戦いを挑んでいるため、時間が経つごとにその力は減じてしまっていた。

 だが、自身の消耗を差し引いても、ここまで急激に死告龍が成長し、差を付けられるのは想定外であった。


(まずい、このまま、では……!)


 砂浜から一端退いて、森との境界線に移動した大鹿。

 死告龍はその大鹿に向けて追撃の攻撃魔法を放った。魔法には即死効果は乗らないため、大鹿も得意の雷撃魔法を放って普通に撃ち落とす。

 『森に向かってブレスを吐かない』という契約は有効であるようで、森を背にすればブレスを封じることは可能だった。

 だが、大鹿は死告龍が直接攻撃に来ないことを不思議に思う。


(なぜ森の中に入って来ない……? ブレスを放つことは出来なくとも、直接即死の効果を乗せて殴ることは出来るはずでござる。木々の生い茂った森の中は、小回りの利くあやつならば有利に戦えるであろうに……)


 無論、大鹿とて森の中が本来いるべきところであるため、自分が絶対に不利だとは思わない。

 死告龍の力を鑑みると、植物を操って動きを封じることは出来ないであろうが、目隠しに利用したり、視界の端で動かして気を散らしたりとやれることは多い。

 森の中での戦闘は完全に有利とは言いがたいが、不利であるわけではなく、もし死告龍が踏み込んでくるのならば迎え撃つ用意は十分にあった。

 だが、予想に反して、死告龍は砂浜から離れようとしない。


(……まさか、あの人間どもを守っている、とでも? 馬鹿な、あり得ぬ)


 戦いが始まってすぐ、水上拠点の中に引っ込んでしまった人間たち。巻きこまれればただでは済まないし、死告龍と連携が取れない以上、邪魔にならないところに引っ込んでいるのは正しい選択だった。

 死告龍が執着している清澄聖羅に関しては、大鹿もヨウを通じて情報を得ているため、気にかけている理由はわかっていた。

 正確には死告龍の真意こそわからなかったが、聖羅が異世界からの来訪者であるという情報は得ているため、何らかの理由でその特異性に惹かれたのだろうと推測が出来たのだ。

 その聖羅がその場にいるのであれば、死告龍が砂浜から動こうとしないのは納得がいく話なのだが、聖羅がそこにいないことを大鹿は知っている。

 この場にいるのは、死告龍にしてみれば取るに足らない人間だけのはずだった。

 それを守ろうとしているとは、大鹿には考え難かった。


(いずれにせよ、このままではジリ貧……ならば!)


 大鹿は狙いを変えることにした。

 森の中で呪文の詠唱を開始し、巨大な雷撃の槍を森の木々に隠れて生み出す。

 その狙いは、人間たちが隠れている水上の建築物。

 死告龍が人間たちを守ろうとしているのなら、必ず受けざるを得ない。

 詠唱を重ね、死告龍の防御魔法では凌ぎきれないほどに強力な魔法を練り上げる。

 意図に気づいたらしい死告龍が攻撃魔法を放ってきたが、それは木々を盾にして凌いだ。木々にダメージを受けるのは、長期的に見れば得られる魔力を削られていることになるが、いまこの瞬間を凌げれば、魔法は練り上げられる。

 魔法を放つ寸前、死告龍が大鹿と水上拠点の間に割り込んだ。


(やはり守ろうとしているのは間違いないのでござるか――)


 災厄の化身とも呼ばれる死告龍が、何かを守ろうとしている。

 その事実に大鹿は死告龍の変化を感じたが、しかし攻撃をやめるつもりはなかった。

 死告龍を倒す機会はいまここにしかないと考えているためだ。

 練り上げた雷撃の槍の切っ先を、死告龍へと、正確にはその向こうの水上拠点へと合わせる。

 必殺の威力を込めた槍。

 いまの大鹿の状態では、それが決定打にならなければ敗北は必定である。

 全てを賭けた一撃。


『これにて仕舞いでござる――喰らえ』


 大鹿の巨大な体躯を遙かに上回る巨大な雷槍が、轟音と共に放たれる。

 その穂先は空中を高速で走り、狙い通りにルレンティアの作った水上拠点に着弾した。

 雷槍に込められた魔法が炸裂し、石造りの水上拠点を粉々に爆散させる。


 飛び散った水上拠点の欠片が湖上に落ち、大きな水柱が立ち上った。





「死告龍の魔界は――要の役割を、その眷族が奪い取りつつある状態にあるからだ」


 アハサから告げられた内容に、聖羅は目を見開く。

 彼女はこの世界の常識にまだまだ疎く、そういった眷族の行動がどの程度危険なのかは、正直実感出来ていないところもある。

 しかし、死告龍の眷族がリューの魔界を乗っ取ろうとしている、ということは理解出来たし、それをアハサが歓迎していないことも明らかだった。


「それは……とてもよくないこと、ですよね?」


「無論だ。現状の奴は死告龍の眷族であることで行動に制限がかかっている。魔界内に囚われている人間たちをひとりも殺さず、すべからく魔力供給源にしているのも、死告龍の契約に縛られているからだと考えられる」


「皆さん、生きていらっしゃるんですか!?」


 ことごとくが規格外の魔界だったため、すでに犠牲者が出ていておかしくない、と聖羅は覚悟していたのだ。

 どういう理由であれ、まだ犠牲者が出ていないとすれば、それは歓迎すべきことである。

 聖羅の驚きの声を、アハサは頷いて肯定する。


「ああ、驚くべきことに、いまのところ囚われた者に死者は出ていない。だが、もしあの眷族が死告龍の眷族でなくなれば、主が交わした契約を遵守しなければならないという制限もなくなる。いまは活かさず殺さず、魔力を搾り取っているようだが……制限がなくなれば、全ての魔力を根こそぎ奪って殺すだろうね」


「そんな……! なんとか、しないと……!」


 聖羅は焦りを滲ませて立ち上がったが、それをアハサが制する。


「落ち着け、清澄聖羅。ここが夢の世界だということを忘れているだろう。焦って目覚めたとして、どうしようもなかろう?」


 アハサに指摘され、聖羅は自身が植物の蔦によって拘束されている現実を思い出した。

 仮にこの夢の世界から醒めたとしても、どうしようもできない。

 浮かび上がらせていた腰を、再び落とす。


「……ど、どうしましょう」


「少々難しいが、蔦の拘束に関しては私がどうにかしてやろう。君が考えるべきは、目覚めたあとどうするか、だ」


「そのあと……? あっ! そういえば……! まずいです、ヨウさんの眷族さんが、リューさんを倒そうとしているんです!」


 早く止めなければ、死告龍が倒され、その時点で要の役割が引き継がれることになりかねない。

 益々焦る聖羅に対し、アハサは顎に手を当てて考え込む様子を見せた。


「……それに関しては心配する必要はないと思うがね。主の大妖精でもどうにもならなかった死告龍を、その眷族如きがどうにか出来るとは思えない。たとえ死告龍が弱体化している状態であったとしても、だ。……とはいえ、戦いにおいて絶対は存在しないし、万が一でも死告龍が倒されることがあれば、囚われた者達は終わりだ」


「とにかく、まずは鹿さんを止めないと!」


「どう止めるのかな?」


 即座に問われ、聖羅は考える。

 止まって欲しいと願ったところで、あの大鹿が止まることはないであろうことは容易に想像できる。ヨウの庇護を受けている聖羅を、縛り付けてまで戦いに赴いたのだ。それを覆すには、聖羅本人の力ではどうしようもなかった。


「……ヨウさんと会って、鹿さんを止めるように頼みます。ヨウさんの言うことなら、聞いてくれると思いますし」


「そうだな。それが現実的だろうね。だが……大妖精のいる場所はわかるのか?」


 アハサの問いに、聖羅は唸る。


「難しい……ですが。鹿さんは私がリューさんが弱体化していることを知るまでは、私をヨウさんの元に案内するつもりがあったようでした。向かおうとしていた方向に行けば……」


 徐々に聖羅の声が小さくなる。

 森の中というのは、方向がわからなくなりがちな場所であり、何の知識も道具も持っていない聖羅が狙った方向にまっすぐ歩けるかといえば、そうではない。

 すぐに方向を見失って闇雲に進むことになるのが、容易に想像出来てしまったのだ。


(それでは、ダメですね……最短でヨウさんに会うためには……どうしたら……)


「ふむ。大妖精のいる場所までには、様々な妨害魔法が張り巡らせてあるはずだ。それならば、やりようはある」


 アハサはそう呟きつつ、目を閉じ、瞼の上から人差し指と中指をそれぞれの眼球に触れさせる。

 すると、青白い光が指先に灯り、まるで鬼火のように揺れた。


「私の『目』を貸してあげよう。君の感覚でいうところの『コンタクト』だと思えばいいから、魔力酔いの心配はないよ。これによって君の目も魔力を見ることが出来る。そうすれば、どの方向に魔法が多いか、わかるはずだ」


 そう告げたアハサが、聖羅に向けて指を振り、その鬼火を放った。

 鬼火は吸い込まれるように聖羅の目に滑り込み、聖羅は思わず目を瞑った。

 目に熱を感じると同時に、体の感覚が揺らぎ、自分が座っているのか、立っているかもわからなくなる。


「ではまたな、清澄聖羅。次こそはゆっくり話が出来ることを祈っているよ」


「……っ、ま、待ってください! アハサさん、なぜあなたは――」


 夢の世界に現れては、親切にも助言をしてくれるアハサ。

 今回に至っては『目』を貸すという助力までしてくれている。

 その真意がわからず、そうまでしてくれる理由がわからない聖羅は、そう口にしかけた。

 目を開けようとしたが、光に眼が眩んだ時のように、瞼を開いてもそこに映像は映し出されなかった。

 ただ、銀河の瞬く夜空のような、強大な存在が見えていた。


「私のような存在にとって――君の存在はとても興味深いからさ」


 楽しげに告げられたその言葉を最後に、聖羅の意識は再び闇に落ちていった。

 夢の世界から、現実の世界へ。

 意識が戻っていくのを聖羅は自覚できていた。


「……ッ、はっ!」


 全身を締め上げられる息苦しさに、聖羅の意識が覚醒する。

 禍々しいオーラのようなものを纏った植物の蔦が、聖羅の体に巻き付いていた。


(これが、もしかして魔力……? こんなにはっきりと見えていたなんて。……いえ、これはアハサさんの『目』だからでしょうか……?)


 新しい視界に聖羅が驚いていると、植物の蔦が宿している魔力とは別の色の魔力がじわりとその植物たちを浸食していった。

 すると、植物たちが枯れ始め、聖羅の力でも引きちぎれるほどボロボロになった。

 バスタオルを腰に巻いて、胸を手で庇っている形になった聖羅は、残った蔦を振り払い、自分の足で地面に立つ。


「アハサさん……! ありがとうございます!」


 聞こえているのかどうかはわからなかったが、アハサに礼をいう。

 その後、聖羅は素早く周囲を見渡した。周囲の鬱蒼とした森は変わらずそこにあり、方向はわからない。

 ただ、遠くから大きな爆発音が轟いたのを、聖羅は耳で捉える。


「急がないと……!」


 目を凝らし、かけられている魔法が多そうな方向を探す。

 聖羅は圧倒的に魔力が多く渦を巻いている方向を見ることが出来た。

 曼荼羅のように複雑に魔力が絡み合っているのを見て、思わず足が竦んだが、バスタオルの加護を信じ、突き進むしかなかった。


(完全な状態にしておくべきでしょうか……? いえ、それだともし誰かが話しかけてきてくれた時にわかりません)


 ヨウならば目の前に現れてくれるかもしれないが、そうでなければ姿は現さない場合もありうる。また、ヨウもすぐに目の前に出てこれない可能性もあり、危険はあったがそのままの状態で走る。

 揺れそうになる胸はしっかり腕で押さえ、聖羅は走った。


(……っ、恥ずかしい、ですけど……! あの時に比べたら!)


 以前、争うリューとヨウを止めるため、全裸で全力疾走した時のことを思い出していた。

 あの時に比べれば、腰にバスタオル巻いている分、まだましというものだ。

 決してそういった格好になれてしまってきているわけではない、と聖羅は自分に言い聞かせつつ、森の中を疾走する。


「ヨウさん! もしくはヨウさんの眷族さん! 助けてくださいっ!」


 そう叫びながら聖羅は走る。

 大鹿との対話を経て、少なくとも眷族にも話が通じるということは確認が取れた。

 会うまでは話が通じないという可能性を高く見積もって、防御力を最大にしておく必要があった。

 実際、大鹿は出会って即座に襲いかかってきたため、防御力を最大にする判断は間違っていなかった。

 だがいまは状況が違う。

 一刻も早くヨウとコンタクトを取り、大鹿を止めて貰わなければならない。

 そして眷族にも翻訳魔法が周知されているというのであれば、助けを求めて叫びながら走るという行為が最善策になり得る。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! ヨウさん! 助けてください!」


 ヨウと交わした契約がある以上、明確に助けを求めている聖羅を眷族が傷つけることは出来ない。

 それでもなお攻撃される危険はあったが、それを踏まえても叫ぶことを聖羅は選んだ。

 そして、その結果。


『せいら、せいら。こっち、こっち』


 小さな一体の妖精が、聖羅を呼んだ。

 聖羅はその妖精の先導に従って、その後を追う。

 周囲に張り巡らされた魔法はどんどん数を増し、その密度も途方もないものになっていっていた。


(これは……なるほど、ルレンティアさんたちのいうことがわかりました……!)


 聖羅は見えるだけだが、魔力を持つこの世界の人間はその密度の魔法があるということを感じ取る。

 見えるだけでも尻込みしてしまう威圧感があるのに、感じることも出来るのなら、確かに死告龍や大妖精の前に立つのは恐ろしいだろう。

 聖羅は魔力を持った者の視覚を経験したことで、彼女たちの気持ちを理解することが出来ていた。


(ですが、いまはそのことを気にしてるわけにはいきません……!)


 聖羅は小妖精の導きに従って、森の中を走る。

 ヨウがいるはずの場所に近付いているという確信があった。

 そしてその確信は過たず、確かに聖羅はヨウの傍までたどり着いた。

 木々の開けた広場に、巨大な植物の蔦で形作られた籠がある。

 球形の籠の中には、聖羅と契約した大妖精・ヨウが浮かんでいて、その裸身に無数の蔦を絡ませていた。

 目を閉じ、何かに集中しているようなその姿。

 聖羅はようやく、ヨウの元にやってくることが出来たのだ。


 だが、しかし。

 そこには先客がいた。


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