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第七章2 ~翻訳魔法はニュアンスまで訳してくれるらしいです~


 清澄聖羅は大鹿と対峙していた。

 大鹿からはいまだ殺意と敵意が滲み出ており、それと相対している聖羅は、緊張でごくりと生唾を飲み込んだ。

 頬を冷たい汗が流れていく。


(あ、危なかったです……!)


 聖羅は内心、そう呟いていた。

 彼女にはバスタオルの加護という絶対防御がある。

 その加護は彼女の意思に従って、その効果を増減することがわかっていた。

 ゆえに、攻撃に怯みさえしなければ、例え大鹿が全力を込めた一撃を振るおうと、その一撃を完全に防ぎ、それによって吹き飛ばされたり、地面に埋め込まれたりしなくなるのだ。


(ルーさんと簡単な実験をして、おそらく大丈夫なのはわかってはいましたが……やはり、実践は怖いです)


 聖羅は数十分前のことを思い返す。

 大鹿と一対一で対話すると提案した時のことを。





 聖羅が独りで大鹿との対話に望むと宣言した時、最初に声をあげたのはバラノだった。

 戦略家にして策略家たる彼女は、反対の意思を表明する。


「それは無謀すぎると考えます。……確かに現状を鑑みると、犠牲者を出さずに済む道はそう多くありません。あの鹿との交渉が成る道としては……攻撃されても生き残れるセイラさんが単独で交渉を行うことが理に適っています」


 しかし、とバラノは首を横に振る。

 観察と分析を得意とするバラノは、その方針の成功率の低さも導き出していた。


「先ほどの戦闘でセイラさんは鹿の一撃によって砂に埋められてしまっていました。もし助けがない状態でああなった場合、セイラさんは窒息して死んでしまいます。その対策は取れますか?」


 絶対防御の神々の加護があったとしても、聖羅自身は魔法が使えない普通の人間だ。

 先ほどの戦闘で起きたことを考えれば、単独で大鹿に対峙することは危険だった。

 もちろん、それは聖羅もわかっていてその対策を考えていた。


「たぶんですけど……大丈夫だと思います。ルーさん。私の手を軽く叩いてみていただけますか?」


 そう言ってルレンティアに向けて手を差し出す。

 ルレンティアは怪訝そうな顔をしながらも、その差し出された聖羅の手に向けて、自分の手を振り下ろした。

 バシッ、という鋭い音がして、ルレンティアの掌が聖羅の掌と重なる。

 聖羅の手は、微塵も動いていなかった。いくらルレンティアが加減していたとはいえ、勢いからすると聖羅の手を多少なりとも動かしておかしくなかったが、全く動かなかった。

 むしろ、ルレンティア側が驚いたように手を引く。


「なんだか、すごく硬い感触だったにゃ。まるで地面が何かを叩いたような……」


「大丈夫、そうですね」


 ルレンティアの反応を見て、聖羅は満足げに頷く。


「一体どういうことですか? 説明していただけますか、セイラさん」


 説明を求めるバラノに対し、聖羅は「はっきりとわかっているわけではないのですが」と前置きをしてから言った。


「着用者の意思によって加護が増減するという話を聴いて、『攻撃を完全に受けきる』ことが出来るかもしれない、と思ったんです」


 絶対防御と呼んではいるものの、聖羅もバスタオルの加護がどういったものか完全に理解できているわけではない。

 少なくとも死告龍の『即死』の効果を無効化出来る程度には、何らかの力を打ち消すことが出来るということは確かだった。

 死告龍の『即死』効果は、普通は防ぎようのない力であり、打ち消すには神々の加護がいるほどの特殊な力だ。

 それなら、腕力のような、誰にでも振るえる普通の力程度なら、完全に防げるのは道理だった。


「完全に力を無効化出来るのであれば――吹き飛ばされることもないはずです」


「しかし……それでもやはり危険です。あなた自身を吹き飛ばさなくても、地面自体を掘り下げ、巻きあげた土でセイラさんを埋めたり、植物を操って絡みつかせ、行動出来なくするようにすることは出来るはずです」


「でもおそらく、最初は先ほどのように蹄で攻撃してくると思うんです。それさえ防げれば、呼びかける時間くらいはあると思います。そこでお聞きしておきたいんですが……」


 聖羅は確認しておかなければならないことを聴く。


「あの鹿さんは……喋っていましたか?」


 そもそも言葉を解さない相手には、交渉もなにもない。

 聖羅は大鹿の目に理性の輝きを見たが、それが正しいかどうかは、他の四人に聴かなければわからないことだった。

 その質問に答えていいものか、四人は悩んでいたが、嘘を吐くことの出来ない彼女らは観念したように応える。


「ちゃんとした言葉を聞いたわけじゃにゃいけど、言葉を理解してる感じではあったにゃ」


「そう、ですね。死告龍様を死告龍様だと認識していたようで、明らかに」


「怒りが強くてわかりにくかったけど……あれは理性ある者。本能に従って暴れるだけの知性のない魔物とは違う」


 彼女たちの言葉を受け、聖羅は安堵する。

 もし大鹿が全く会話の通じない相手であれば、聖羅独りで交渉にいくのはそもそも無意味となるからだ。


「でしたら、やはり私が独りで交渉してみるべきです」


「せいらんはなんで交渉できると思うにゃ? その根拠が聴きたいにゃ」


 ルレンティアの疑問は四人の総意でもあるようで、興味深そうにその答えを待っていた。

 聖羅はその疑問を当然のものとして受け、交渉が出来ると考える最大の理由を答える。


「あの鹿さんなのですが……一度、お目にかかったことがあるんです。本当に、一瞬だけでしたけど」


 聖羅は思い返す。

 それは、リューと共にヨウの大森林に行った時のこと。

 森を離れる時、聖羅はヨウ以外の、森に残った大妖精ふたりの傍に、森の住民らしき様々な魔物が現れるのを見た。

 彼らは恐らく、大妖精の眷族たち。

 その中にあの大鹿もいたのである。


「あの鹿さんは――おそらく、ヨウさんの眷族です」


 あの広い大森林を支配下に置く大妖精たちが、最も傍においていたくらいなのだから、相応の実力者であろうことは想像に難くない。

 下手な戦力は余計な刺激にしかならず、そして唯一対抗できそうな死告龍は、もっとも敵視されているのも道理だ。

 魔界の主とその眷族たちとの関係は、その魔物次第ではあるようだが、大妖精たちの眷族は彼女たちを慕っていたようだから。

 だが、ヨウの眷族だということは、その性質を多少ならずとも受け継いでいるということである。


「ヨウさんの眷族であれば……話をしようとする私の言葉を完全に無視することはできないはずです」


「それは……そうかもしれませんが」


「せいらんひとりで行かせるのは心配だにゃ」


「鹿さんを刺激しないためには仕方ありません。そういうわけですので……」


 聖羅は腕に抱いたリューの様子を窺う。

 リューは閉じていた目をパチリと開け、聖羅を見上げていた。

 聖羅はそんなリューをいったん腕から下ろし、真正面から見つめ合う。


「リューさん。私がいない間、皆さんを守っていてくださいませんか?」


 果たして、いまの状態のリューにそういった交渉が通じるのか、賭けではあったが、聖羅はただ誠意を持ってリューにお願いする。

 結果として、その誠意は通じたようだった。


「くるる……」


 大変不満そうな顔をして、聖羅の腕に擦り寄る。

 その様子に内心申し訳ない気持ちになりつつ、聖羅はリューの身体を優しく撫でる。


「お願いします、リューさん。襲いかかってくる敵は鹿さんだけとは限りません。いまの皆さんを守れるのは、リューさんしかいませんから……」


 再度聖羅がお願いすると、リューはやはり不満そうに啼きながらも、渋々と言った様子で頷き、半身を起こしていたアーミアの傍にいくと、その膝の上に飛び乗る。

 アーミアは驚いたが、伊達に普段から最大級の魔物と触れあっているわけではないのか、落ちついた様子でその行動を受けとめていた。

 種族的に魔力などに敏感で、死告龍を恐れがちなルレンティアはほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。

 同じように膝の上に乗って来られでもしたら、何も出来なくなっていただろう。


(リューさんも本能的なものかもしれませんが……なんとなく恐れられているのは理解しているのでしょうか)


 ともあれ、リューにこの場の守護を任せることが出来るとなれば、あとは聖羅が大鹿との交渉を成功に導けるかどうかが問題だ。

 聖羅は交渉術に長けているわけではないが、それでも己にしかできない役割を持ち、その決心は定まっていた。

 善は急げ、とばかりに立ち上がる聖羅。

 実際、大鹿が消耗しているうちに行く方が、交渉の成功率は高いと聖羅は踏んでいた。余力があると、聖羅に攻撃を仕掛ける選択肢が増えてしまうからだ。


「それでは……行ってきます」


 こうして、聖羅は単独で大鹿との交渉に挑んだのだった。





 聖羅の考えは見事的中し、大鹿の初撃を防ぐことに成功し、大鹿に呼びかけるところまではたどり着くことができた。


(問題はここから……)


 聖羅は改めて深呼吸を行って気持ちを落ち着け、睨んでくる大鹿の目を見つめ返す。

 大鹿は聖羅の出方を窺っているようだ。続けざまに攻撃を仕掛けてこないのは、聖羅に攻撃が通じないとわかっているからだろうか。

 聖羅はそんな大鹿に向け、言葉をかける。


「鹿さん。私の話を聞いていただけませんか? ……聴いていただけるのであれば、首を上下に動かして、頷いていただけますか」


 聖羅のバスタオルは、魔力を用いた干渉を完全に無効化してしまう。

 ゆえに、大鹿が喋っていたとしても聖羅の耳には届かない。

 動作で意思を示して欲しいという聖羅の求めに対し、大鹿はしばらく動かなかった。

 言葉が通じていない可能性もあったが、おそらくそれはないと聖羅は信じていた。


(翻訳魔法を改良したのはヨウさんですし、他の大妖精さんたちとは知識や記憶を共有しているという話でした……なら、この鹿さんにも、その魔法は伝わっているはずです)


 聖羅について森から出てきたのは特殊な例だが、大妖精が外界に出る基本的な理由は、森の中に籠もっているだけでは得られない、新しい知識や経験を蓄積するためだという。

 そういった習性のある彼女たちならば、当然、改良した魔法を知識として蓄積しているはずだった。

 いまのところ、その魔法が活きるのは聖羅を相手にするときだけだが、今後もしも聖羅のような存在が増えるとすれば、その知識が存分に活かされることになる。

 可能性は高いと考えられたが、伝達されているかは賭けだった。


 幸いにして、大鹿は聖羅の言葉を理解しているようで、その首を上下に動かした。


 聖羅はほっと息を吐きつつ、さらに言葉を続ける。


「いまの状態だと、私はあなたの言葉を聴くことができません。聞こえるようにしますから、攻撃しないでくださいね?」


 そう告げると、聖羅は身体に巻いていたバスタオルを腰まで下げた。

 露わになる胸を左腕で隠しながら、聖羅は四人の内の誰かから胸を覆うための布を借りてこなかったことを後悔する。


(相手が鹿さんで良かったです……イージェルドさんやオルフィルドさんのように人間の男性だったら、恥ずかしくて仕方ないところでした)


 そんなことを思いつつ、トップレスの姿になった聖羅。

 改めて大鹿に向けて口を開こうとしたところ、大鹿が先に口を開いた。


『それだけで、言葉が通じるようになったのでござるか?』


 なぜか、語尾がござるだった。

 思わず笑ってしまいそうになった聖羅だったが、翻訳魔法の効果でそう聞こえているだけなのだということを思い出す。

 ルレンティアの語尾が「にゃ」であるのも同じ原理であり、あくまで聖羅の認識上それが相応しいとされているにすぎない。

 この大鹿の語尾も、聖羅の感覚的に照らし合わせ、それがもっとも適切な訳であるというだけなのだ。相手がそういった古めかしい言い方をしているのかもしれないが。

 ごほん、と聖羅は咳払いをし、笑いを誤魔化す。


「はい。このバスタオルはこの形で身に付けることで、加護の強弱を変えることが出来るんです。いままでは弾いてしまっていたあなたの声もちゃんと聞こえます」


 その聖羅の言葉に、大鹿はフン、と鼻息を荒くする。

 そして、瞬く間に聖羅との距離を詰めた。

 巨大な大鹿の体躯は小山のようで、聖羅は象に目の前に立ち塞がれたかのように感じた。


『ならば――攻撃も通るということでござろう?』


 蹄を振り上げる大鹿。

 その蹄は聖羅の胸板ほどはあり、聖羅など一撃で踏みつぶすことが出来るのだと暗に示していた。

 大鹿が蹄を振り上げたことで、ただでさえ巨大な大鹿の体躯はさらに巨大に見え、気の弱い人間であればその場から逃げ出して誰も責められないほどの威圧感を醸し出している。

 だが、聖羅は怯まず、大鹿の目をじっと見つめていた。


「話を聞いてくださるのでしょう?」


『……怯みもせんとは。ただのひ弱な人間の小娘かと思えば、とんだ変わり者でござったか』


 面白くなさそうに、大鹿はその蹄を下ろす。

 元々本気で攻撃する気はなかったのだ。

 もし大鹿が本気で攻撃するのであれば、聖羅は反応すら出来ないのだから、聖羅には大鹿が攻撃をしないことがわかっていた。

 目の前で蹄を振り上げた、ということを聖羅が認識出来る時点で、大鹿は本気ではないのだから。


「私は弱いですから。逆に開き直れるんです」


『それが出来るのが、変わり者の証でござるよ』


 大きな溜息をついた大鹿は、『それで?』と聖羅を促す。

 四肢を折り畳んでその場に体を横たえ、話を聞くつもりがあると言うことを、その態度で示していた。


『拙者と話をしたいとのことでござったが?』


 促され、聖羅は目的を果たすべく口を開いた。

 何を言うかは、決まっているのだ。


「ヨウさん……あなたの主である大妖精さんに会いたいんです」


『会って、なんとする? 我が主を利用するのでござるか』


 大鹿の敵意が膨れあがり、その威圧感はより強くなった。

 実際の圧力すら感じるその迫力に、聖羅は思わず身を引いたが、目は逸らさない。

 震えそうになる体をその場に抑え付け、ぐっと顔をあげて応じる。


「そう取られても仕方ありません。ですが、ヨウさんは私を助けると誓ってくださいました。それに甘えるのは心苦しいのですが、無力な私にはヨウさんの助けが必要なんです」


 聖羅の本心であった。

 彼女にしてみれば、ヨウの助力はとてもありがたいものであるが、同時にそれに頼り切りになるのは心苦しいところでもある。

 だが契約を重んじるこの世界で、『助けになる』と誓ってくれたヨウは、聖羅にとって唯一頼りに出来る存在であることも事実。

 例え心苦しくとも、その誓いに頼らなければならなかった。


『……なんとも、手前勝手な話でござるな』


「返す言葉もありません」


 大鹿になんと言われようと、聖羅がヨウの助けを必要としているのは事実で、ヨウは聖羅を助けることを誓っている。

 それを知ってしまった大鹿は、聖羅の提案を拒否することは出来ない。

 溜息を吐きつつも、重い腰を上げた。


『ついてくるでござる』


 そういって、歩き出した大鹿。

 後について歩きながら、聖羅は笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます! ……そういえば、ヨウさんはどうしていらっしゃるんですか? この森はヨウさんが作り出した魔界、なんですよね?」


『作り出したのは我が主でござるが、正確には魔界ではなく、我が主の力のひとつでござる。植物を操るのは我が主の得意とするところ。その力を用いて生み出した、いうなれば仮初めの森でござる』


 ただ、と大鹿は呟いて周囲の森を見渡した。


『この規模の森、それも眷族を召還することが出来るほどの森を造り出すには、我が主といえども時が足りぬ。この空間の特異性が良い方向に働いた結果でござるな』


「リューさんの魔界が影響している、ということですか?」


『いかにも。時空の歪みというものは通常の魔界でも生まれうるが、この魔界は普通とは比にならないほど歪んでいるようでござる』


「なるほど……それもあって、リューさんの魔界は普通ではあり得ないほどに広がっているのでしょうか」


『それでも規格外すぎるゆえ、他にも秘密があるのでござろう。……そういえば、さきほどお主が抱えていたあの死告龍の眷族は、他の眷族と雰囲気が違ったでござるな。もしやあれが何らかの要になっているのではござらんか?』


 その大鹿の推測を聞き、聖羅は首を傾げる。

 彼の言う眷族が何のことかわからなかったのだ。しかし、該当するのは一頭しかいないことに気付く。


「私が抱えていたのは、眷族ではなくて――リューさんそのもの、だそうですよ? 幼体化してしまっているようですが」


 ぴたり、と大鹿の歩みが止まる。

 ぐるりとその首を聖羅の方へと向けた。


『あれが、死告龍そのもの、であると?』


「私は感覚的なものでしかわかりませんが……魔力を感知できるルレンティアさんやアーミアさんは、リューさんであると確信しているようでした」


 そう告げた聖羅は、気づけなかった。

 立ち止まって聖羅の方を向いていた大鹿の視線が、一瞬別方向を見やったのを。

 大鹿は聖羅から視線を外し、再び前を向く。


『そうでござったか……確かに生まれたての眷族にしては、戦巧者であると感じていたでござるが、死告龍そのものでござったか』


 聖羅は大鹿の静かな語調に、なぜか嫌な悪寒を感じた。

 何か言おうと、聖羅が口を開こうとしたその時。


 脇から伸びてきた植物の蔦が、聖羅の全身に絡みついた。


 聖羅が驚く間もなく、その蔦は強い力で聖羅の体を締め上げ、食い込ませ、彼女の肺から空気を絞り出す。

 加護が完全な状態であったなら蔦に行動を遮られようと、喋ることに影響が出るほど締め上げられはしない。

 大鹿と会話するために、加護を緩めていたがために、発声を阻害されるほどに締め上げられてしまったのだ。

 声もあげられずにもがく聖羅を、大鹿は申し訳なさそうな目で見つめていた。


『安心するでござる。お主を殺しはせぬ。あとで我が主の元に案内もしよう。だが――』


 主が交わした契約を、眷族は無視できない。

 ヨウが聖羅を助けると言ったのなら、眷族である大鹿もそれを最大限守らなければならないのだ。

 だが、である。


『これは死告龍を殺す千載一遇の機会――活かさせてもらうでござる』


 固い決意も露わに、大鹿が駆けだした。

 蔦に縛られ、動けない聖羅を残して。

 聖羅は大鹿を止めようと、声を振り絞ろうとしたが、口から出たのはか細い呻き声だけだった。


(まって……! くぅ……っ! う、くっ……これ、息も、できな……っ)


 ギシギシという軋む音を立てているのは、蔦か、あるいは聖羅の体か。

 いずれにせよ、締め上げる蔦の力によって呼吸が出来なくなった聖羅の意識は、為す術もなく暗転してしまった。


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