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第一章3 ~言葉は通じても心は通じませんでした~

 隆起した水の塊は小山ほどの大きさになっていました。浮島の周りにある水が全てひとつになったようです。

 思わずぽかんと見上げてしまいます。

 わずかに発光している時点で、ただの水とは思っていませんでしたが。

 まさか、それそのものが動き出すなんて予想外すぎます。

 それはいうなればスライムのような存在なのでしょうか。

 なぜ急に動き出したのか、わかりませんが、それはそれ自体が巨人のような形になったかと思うと。

 

 その拳と思われる部分を、私目掛けて振り下ろしてきました。


 私の少ない人生経験でいうならそれは、海水浴で波に呑まれた時のような衝撃でした。

 立っていられずに水の勢いにもみくちゃにされ、上下もわからなくなります。

 咄嗟に目をつぶったのでそれは余計に顕著でした。

 とにかく水面に上がろうと手足をばたつかせますが、水の勢いの前にどうにもなりません。

 私は激流に流される木の葉のごとく、翻弄されていました。


「――フン、無様なものよ。だが、余を解放に至ったことは褒めてやる」


 その言葉は、水中なのに明瞭に聞こえました。

 私を翻弄していた水の流れが止み、同時に首根っこを掴まれて水から引き上げられます。

 ちょ、ちょっと! 首締まってます! 苦しい!

 その人の手は私の首を一周するほど大きかったので、首が締まっていました。

 猫みたいな扱いです。それもダメな奴。

 幸い、その人は私をすぐ解放してくれました。

 浮島の上に放り投げられたのですが。

 尻餅をついてしまい、お尻がものすごく痛かったです。


「カハハ! なんと無様なことよ! 転ぶだけで余を興じさせるとは大した道化よな!」


 自分が放り投げといて酷い言いぐさです。

 私はお尻の痛みに涙目になりながら、その声の主を見ました。

 予想通り、さっきまで柱の中に閉じ込められていた魔王さんでした。

 背中の大きな翼を広げ、空中を優雅に飛んでいます。

 さっきまでのただ美しい感じは消え失せ、いまは何か底知れぬ荒々しさを感じさせます。 ゆらゆら揺れてる尻尾ですら、岩をも砕きそうな力を醸し出しています。


「おい、道化。貴様、余の言葉はわかるであろう?」


 魔王さんはそう呼びかけてきました。

 言葉を理解できてはいたので、頷きます。

 なぜ急に理解できるようになったのか、その答えは明白でした。

 私の反応を受け、魔王さんは満足げに頷きます。


「カハハ! 封印状態では魔法を使えんかったからな。だがこうして解き放たれた以上、自在に魔法を使える。異国の民であろうと会話を交わすくらい、造作も無いわ」


 やはり、魔王さんがそういう魔法を使って理解出来るようにしてくれたようです。

 そんな便利な魔法があるのなら、この腕輪にも付けてくれれば良かったのに。


「む……? なるほど、小賢しいことを考えよるわ。人間」


 私の視線を追ったのか、魔王さんが私の腕輪に気づきました。

 そしてふわりと近付いてきて、腕輪ごと私の腕を掴むと。


「『砕けよ』」


 その呟きと同時に魔王さんに掴まれている部分が光りました。

 そして、腕輪が粉々に粉砕されます。

 私がどうやっても外れそうになかった腕輪が、細かな残骸になって崩れ去りました。

 え、ちょっとなにしてるんですかこの人!?

 魔王さんは一瞬、不思議そうな顔をした後、余裕のある笑みに戻ります。


「いまの腕輪は人間どもが用意したつまらぬ安全策よ。この封印の間に近付こうとした者に警告を与え、それでも進むようなら強制的に呼び戻す役目があったようだな。余の封印を解かれては敵わぬとはいえ、余の影響を受けて生まれたダンジョンを放置するのは惜しい。ゆえに挑戦者に対してそんなものを用意した……というところであろう。貴様には利かなかったのか、貴様に聞く気がなかったのか……まあよい」


 つらつらと述べられる魔王さんの言葉に、なにやら不穏な内容があったような。

 私は恐る恐る、魔王さんから離れます。それに対し、魔王さんはゆっくりと近付いてきました。


「何を怯える? 犯されるとでも思っておるのか。痴れ者め。誰が人間などという下賤な者と交わりたいと思うか。本来なら、挽肉にして配下の獣の餌にするところだ」


 嫌な予感は見事に的中しました。

 ダメです。この人完全に人類の敵のパターンです。

 解いちゃいけない封印を解いてしまったパターンです。


「安堵するが良い。余の封印を解いたという功績に免じて、挽肉にはしないでおいてやる」


 その言葉と共に、魔王さんの背後に、無数の幾何学模様が刻まれた陣が出現します。

 そこからいかにも凶悪な魔物や、触手、その他様々なものが這いだしてきました。綺麗な人型は魔王さんだけで、他はもう醜悪だったりそもそも人型ですらなかったり様々なでした。

 そうですよね、魔王の軍勢っていったらそういうのですよね。


「余の配下の中には、人間の雌をいたぶることを好む者もおるからな。そいつらの慰み者にしてやろう。余の役に立てるのだ。素晴らしいだろう?」


 それのどこが素晴らしいんですか!

 逃げようとした私の身体に、気持ち悪い触手が巻き付きます。速くて逃げる暇もありません。

 ヌメヌメしてて気持ち悪いです!


「ひゃあっ!? ちょ、ちょっと待ってく――むぐぐっ」


 なんとか話し合いが出来ないかと開きかけた口に、触手が潜り込んできました。

 言葉すら奪われて、抵抗する機会も、和解する機会も奪われてしまいました。


「カハハ! さあ、余を封印した愚かな人間どもに死を振りまいてやろう! 貴様は特等席でその光景を眺めておるがよいわ。……まあ、いつまで正気を保てるかは、保証せんがな」


 上半身が牛の化け物が近付いてきました。その股間にあるものが大きく立ち上がっているのをみて、私はそれで犯されようとしていることを嫌でも理解します。

 触手によって大股開きにされてしまった私には抵抗することもできません。

 無様な私の格好を笑ってか、魔王たちの笑い声が響き渡っています。


 こうして、異世界に転移した私は、悪辣極まりない魔王を解き放ってしまい、そしてその生涯を悲惨な形で、理不尽に終え――





 地を裂くような咆哮が、天井を突き破って落ちてきました。





 咄嗟に魔王さんが張ったバリアっぽいものが落ちてくる瓦礫の一部を防ぎますが、防ぎきれなかった瓦礫によって召還された何体かの魔物が挽肉になってしまっていました。

 というか、この空間の壁はとんでもなく分厚い、シェルターみたいなものでした。本当にこの魔王さんはやばい存在だったみたいですね。

 幸い私は運よく瓦礫の直撃を免れましたが、私の目の前に迫っていた牛の化け物は頭が潰れて死んでしまいました。

 私と魔王さんも含め、その場にいた全員が頭上を仰ぎ見ます。

 それと同時に、ドーム状の天井を突き破って降りてくるものがいました。

 漆黒の鱗、燃える様な緑の瞳。

 堂々たる体躯は巨大。

 単純に見た目が大きいからかもしれませんが、その身から放たれる覇気は、魔王さんのそれを陵駕しています。

 それが何なのか、私は一言で言い表すことが出来ました。

 なぜならそれはどんなゲームでもよく見かける存在だったからです。


 ドラゴン。


 あらゆる世界で最強に位置づけられる存在が、現れていました。

 突然のドラゴンの登場に魔王さんも驚いていたようですが、さすがはこの世界の覇者というべきでしょうか。

 驚きから回復すると、余裕のある笑みを浮かべていました。

 その足下に無数の魔法陣が展開されます。


「ふん。飛ぶトカゲ風情が余に挑もうなど……!?」


 余裕たっぷりだったはずの魔王さんが、突如その顔を恐怖に満たしました。

 魔王さんに何が見えたのか私にはわかりません。

 ただ、魔王さんに余裕がなくなったことは確かです。


「き、貴様ら! 余の盾になれ!」


 逃げようとしているのは明白でした。

 あれだけ自信家で傲慢だった魔王さんがどうして、と思いましたが、その答えはすぐもたらされることになります。

 緑眼のドラゴンがその口内に黒い光を宿したからです。

 ブレス。ドラゴンにとって鉄板の攻撃にして、最強の攻撃。

 恐らくそれが原因なのでしょう。魔王さんは新しい魔法陣を生み出して逃げようとしていたものの、間に合いませんでした。


 ドーム内の空間に暴風が吹き荒れます。


 それは台風の暴風なんて目じゃないほどの凄まじいもので、私は触手に手足を押さえられていたおかげで吹き飛ばされずに済みました。そうでなければこの部屋の端まで吹っ飛ばされ、壁に激突していたことでしょう。

 何が幸いするかわからないものです。

 けれど、破壊力自体はそうでもないようで、私を抑えている触手も、魔王さんもその場に留まっています。

 これが魔王さんがあんなに恐れていたブレスの威力なのでしょうか?

 あまりにも普通、と考えていた私は、すぐにその印象を撤回することになります。


「ば、馬鹿な……この余が……こんな……とこ、ろで……」


 魔王さんの身体が端から崩れていました。

 あれだけ強者らしい強者だった魔王さんが、ブレスの一撃でやられてしまったようなのです。

 それだけではありません。

 魔王さんが召還した、ラストダンジョン級ですよと言わんばかりの屈強な魔物たちも、次々倒れて塵となって消えていってしまっていました。

 私の手足を押さえていた触手も、力を失い、私は解放してもらうことができました。


(……あれ? おかしくないですか?)


 ちょっと待ってください。

 私は自分の体を見ます。もちろん、端から塵になっていっているわけもなく、普通でした。

 痛みもなければ苦しみもなく、すでに幽霊になっているというのでなければ、ごく普通の健康体です。

 魔王さんを斃すようなすごいブレスに巻き込まれて、なんで私は無事なんでしょう。

 消えかけていた魔王さんが、そんな私を見て、目を見開きました。


「き、貴様……!? そうか! 耐性持――」


 消えました。

 ちょ、ちょっと魔王さん!? 最後まで言ってから消えてくださいよ!

 死ぬときまで不親切とか、なんなんですかもう!

 ですが『耐性持ち』、という言葉が辛うじて聞こえました。どうやらこのドラゴンのブレスは単純な破壊力が問題じゃないようです。

 このドラゴンのブレスには何らかの特殊な効果があって、それに対する耐性を私は持っている、ということなのでしょう。

 それくらいは予想できます。できますが。


「グルル……」


 どうしましょう。

 魔王さんの魔の手から逃れられたかと思えば、これです。

 私が恐る恐る唸り声のした方を見上げると、そこには巨大なドラゴンの顔が。

 ずらりと並んだ牙が、いまにも私に襲いかかってきそうな迫力を持って迫ってきています。

 ドラゴンの鼻からは火傷しそうなくらいに熱い吐息が噴き出していて。

 私は迫ってくる怪物の圧迫感に耐えられず、意識を手放しました。


 この不親切な世界で――私はドラゴンの餌になってその人生を終えるようです。


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