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第四章4 ~リューさんの魔界は常識外れすぎます~


 アーミアの尊い犠牲――羞恥と下着だ――もあって、聖羅たちに襲いかかってきた大きな花の魔物は倒すことができた。

 囮として花の魔物に捕まったアーミアは、神聖法衣という神々の加護を有する衣服を召還し、身体的な負傷はせずに済んだ。

 しかし花の魔物の蔓の締め上げと、丸呑みされてからの消化液らしきものの効果によって、神聖法衣の下に身に付けていた下着を喪失してしまったのだ。

 今後の行動に支障が出かねない、大きな損失だった。


「ルレンティア……換えの下着、持ってない?」


 神聖法衣は薄いレースを幾層にも重ねたベールを組み合わせ、服の形を成している。

 その完成度は芸術品の域だが、服装としては一つ大きな欠点があり、光に透けてしまうのである。

 下着を着ることはできるが、それ以上の服を着ると神々の加護が緩んでしまう。

 現在、アーミアは花の魔物のせいで下着を失っているため、神聖法衣越しにその肢体が微かに透けて見えてしまっている状態にあった。

 要所を手で隠す事はできるが、アーミアにとっては無防備で頼りない状態である。

 新しい下着があれば済むことなのだが、変質した異界の中では探すこともできない。

 ゆえに誰かが下着を持っている、という可能性にかけるしかないのだが。


「さすがに持ってないにゃあ」


 ルレンティアは苦笑気味に応える。

 彼女は開放的な風土を持つ湖の国の姫であり、露出度の高い服装を着ることに抵抗感はないが、強いて脱ぎたがりというわけではない。

 常に下着の替えを準備してはいないのである。


「服系の装備を呼び寄せられるようにはしてないのかにゃ?」


「わたしが呼びだせるのは通常の神官服だけ。でも、神官服は何の効果も持たない服だから、いまの状況では神聖法衣を脱ぐわけにも……」


「それはそうだにゃあ」


 推定、死告龍が作ったと思われる魔界。

 何が起きるかわからず、即死属性を有する敵がいるために、アーミアは神聖法衣を脱ぐことができないのだ。


「さっき脱ぎ捨てたドレスが使えればよかったんだけど」


 脱ぎ捨てたアーミアのドレスは、花の魔物との戦闘中に消えてしまっていた。

 花は消化液を垂れ流していたために、それに触れて溶けてしまったのだと思われる。


「神官服を加工して、下着にするしかないんじゃないかにゃ?」


 要は布切れを下着にできればいいわけであり、その方法は可能だった。


「……それしかない、か」


 それはまともな服を失うということでもあり、うら若き女性であるアーミアには耐えがたいことである。

 しかし背に腹は替えられない。アーミアは神官服を呼び出すと、その裾を魔法で切り取って、細長い布切れとし、下着として体に巻き付けた。

 その間に、ルレンティアは木の上で待たせていた聖羅を抱えて、降りてくる。

 地面に降りた聖羅はルレンティアにお礼を言い、アーミアにも話しかけた。


「アーミアさん、お怪我はありませんか? すみません。私が囮になるべきところを……」


「気にしなくていい。魔法の補助なしで反応するのは無理」


 聖羅の謝罪に、アーミアはそう応えた。

 その内容に対し、聖羅は抱いた疑問を尋ねる。


「魔法の補助……あの一瞬で、魔法を使ったんですか?」


「正確には常にかかっている反射魔法と呼ばれるもの。危機的状況に陥った時、自動的に発動して、体感速度や思考速度を加速させる」


「急な襲撃や暗殺に警戒しなければならない立場の者には必須の補助魔法だにゃ。その昔、超強くて正面からの戦闘では誰も勝てなかった覇王が、腹心だったはずの部下の裏切りで後ろから魔法で焼き殺されたことがあったのにゃ。隣にいた覇王の寵姫も続けて殺されるところだったにゃが、最初の狙いが覇王だったことで、寵姫の反撃は間に合い、裏切り者は殺されたのにゃ」


「その時の経験を踏まえて、その寵姫が生み出したのが反射魔法。この魔法を使っておけば、例え背後からいきなり魔法で攻撃されても、反撃が間に合うようになる」


「ただ、取り扱いには注意が必要な魔法でもあるのにゃ。この魔法、使いすぎると早死にすると言われてるにゃ」


「常に反射速度も思考速度も速めた状態では精神が保たないから」


「なるほど……だから、とっさの時に自動的でしか発動しないようになっているんですね」


 聖羅は以前、リューが不意打ちで火球を放たれた時、即座に反撃していたことを思い出していた。

 彼女には攻撃されたことすらわからなかった一瞬出来事であった。その超反応を可能にしたのは、そういった魔法の恩恵あってのことだったのだろう。

 話が一通り済み、落ちついたところでルレンティアが話題を改める。


「さて、この結界を作り出していたと思われる魔物は倒したけど……出られるようになったかにゃあ」


「それも気になりますが、あの花に捕らえられていた妖精さんたちは無事でしょうか?」


 花の魔物には、何体もの妖精が捕らえられていた。

 傷つけられてはいなかったようだが、本当に無事かどうかはわからない。

 そう思って聖羅が周囲を見渡してみるが、妖精たちの姿はすでになかった。

 消滅してしまったのか、それとも解放されたので姿を隠してしまったのか、不安に思う聖羅に対し、アーミアとルレンティアが応える。


「消滅、はしていなかったように思う。たぶん」


「あの花は妖精たちから魔力を吸い取って結界を構築していたと思うから……恐らく魔力が枯渇したんだろうにゃ」


「魔力を消耗した妖精は、それが回復するまでは姿を隠すのが普通」


「そうですか……それなら、とりあえずはそっとしておいた方が良さそうですね」


 そう判断した聖羅は、妖精たちのことは一端脇に置いておくにした。

 空間からの脱出を試みるべく、三人は移動を開始する。

 その道中、片手に荷物を抱えているアーミアを見て、聖羅は呟いた。


「そういえば、この世界にはアイテムボックスみたいな、荷物を運ぶための魔法はないんですよね」


 魔界のような異空間が生まれうるなら、そう言ったものがあってもおかしくないと、聖羅は思ったのだ。

 その疑問に対し、アーミアとルランティアは首を横に振る。


「便利だとは思うけど、そういった魔法は聞いたことがない」


「魔界を生み出せるのは魔物だけだからにゃ。空間に作用する方法はよくわかっていないのにゃ。協力的な魔族もいるけども……彼らにも原理はよく分かってないみたいだにゃあ」


「魔族自身は研究とか、そういうことはしないんでしょうか?」


「する者もいると思うにゃ。けど、死告龍がそうであるように、魔界を生むほど強い魔族はそういったことには興味がないみたいだにゃ」


「……というより、その域に達するとそれは等しく人類の敵だから。友好的に話を出来た例がほとんどない」


 アーミアは躊躇いながらではあったが、その事実を聖羅に伝える。

 聖羅もまた、その事実が躊躇いつつ告げられた理由を理解していた。


(魔界を生み出す魔族は人類の敵……つまり、リューさんもそうだと言いたいんですよね。まあ、そのことは前から聞いていましたが……)


 その話をアーミアが改めてした、ということに何か意図があると聖羅は感じていた。


(リューさんが危険な魔族であることを実感させようとしている……とかでしょうか)


 なんの後ろ盾もない聖羅にとって、死告龍の存在は安全を担保するための強力な切り札である。

 だが、それを切ることは極めて危険な賭けにもなる。誰にも負けないかもしれないが、すべてを敵に回す可能性を孕んでいる。

 安全をアーミアやルレンティアが安全を確保してくれるのなら、聖羅としてはリューから離れても問題ない。リューへの個人的な感情はおいておくにしても、だ。


(ルーさんもアーミアさんも、それぞれ国の代表であるという面を差し引いて考えても、信用のおけそうな人物であるというのはわかってきましたし、あとは、リューさんが私から穏便に離れてくれれば……)


 そう考えかけた聖羅だが、同時に大きな問題にも気づく。


(もし……リューさんが私に番になってほしいという望みを抱かなくなったとして。リューさんはその後どうするのでしょう?)


 普通に考えれば、恐らく次の番候補を求めて動き出すのだろう。

 数々の英雄クラスの者たちを薙ぎ払ってきた危険な存在が、再び世に放たれるということだ。

 それは極めて危険なことだった。


(やはり、どこかでお二人に協力をお願いするべき……でしょうね。私一人では最適解を見出すことができません)


 そう思いつつ、いまここで話して良いことでもなさそうだと考えた聖羅は、この場を凌ぐ方向に頭を切り替えた。


「話が逸れてしまいましたね……結界がどうなったか見に行きませんか?」


「それがいいにゃ」


「わかった」


 三人は先程聖羅が弾かれてしまった結界の境界へと向かう。

 その場所はすでに大きな変化を見せていた。


「扉……? ですよね」


 森はまだ先に続いているようにも見えるが、明らかにその景色に綻びが生まれていて、そこに半透明の扉のようなものがあるとわかった。

 扉に対してはいい思い出のない聖羅であったが、明らかに変化が生まれているということに希望が見えた。

 しかし、アーミアとルランティアは難しい顔をしている。


「あれは……なんだと思う? ルレンティア」


「普通の扉ではなさそうだにゃあ。明らかに違う場所につながっていそうだにゃ」


「例の、国と国とを繋いでいる門のように、ですか?」


「いや、この場合は遠くに行くというよりは、別の空間につながっているというべき」


「完全に夢幻迷宮だにゃ。協力しているとも思えないし、死告龍の魔界はどうなってるんだにゃー」


 疲れたようにため息を吐くルレンティア。

 聖羅は彼女のいう言葉が気になった。


「ルーさん、夢幻迷宮というのは……?」


「妖精が生み出す妖しの術の中でも極意と呼ばれる魔法だにゃ。大妖精レベルの者が扱う術で、普通の妖精がただ道に迷わせる程度だとすれば、大妖精の物は本当に違った道を歩むことになる……それが突き詰められると、こんな感じで全く別の空間同士が繋がるのにゃ」


「その時、空間と空間を行き来する手段として、こういった扉が生まれることがある」


「なるほど……だとすると、ヨウさんがこの空間に関わっている可能性がありますね……」


 聖羅が素人考えを自覚しつつ呟くと、アーミアとルランティアもそれに賛同するように頷いた。


「関係ない、と思わないほうがいいとおもうにゃ」


「自発的なのか、さっきの妖精たちみたいに無理やり使われているのかはわからないけど、大妖精の力を使っているとみるのが自然」


 アーミアは深くため息を履く。


「現状ですでにありえないけど……その上、こんな複雑な空間をゼロから作ったというよりは、大妖精の力を流用していると考える方がまだマシ」


「……少なくともヨウさんは私への義理立てを誓ってくれています。ヨウさんに接触して、夢幻迷宮の力を使わないようにお願いすれば、聞いてくれるかもしれません」


「事態打開のためには必要な工程かもしれないにゃあ。いまのままじゃ、どこに魔界の主がいるのかもわからないし、最悪永遠に逃げ続けられるかもしれないにゃ」


「とにかく、まずはこの結界から出よう」


 そう言ってアーミアが結界に向かい、杖を使って魔法を使おうとした時。

 唐突に扉が開いたかと思うと、そこから黒い塊が飛び出してきた。

 聖羅はもちろん、アーミアとルレンティアも反応できなかった。

 ふたりは反射魔法で飛び出してきたものは認識できていたが、認識出来ていたからこそ、反応できなかった。

 いずれにせよ、その場にいる誰も反応しなかったことで。


「ごっふぅっ!」


 聖羅はその黒いものの直撃を腹に受け、くの字の形で吹き飛ばされた。

 そのまま仰向けに倒れた聖羅は、痛みこそ感じなかったものの、突然の衝撃に目を回していた。


(こ、この感じ、なにか、覚えがあるのですけど……っ)


 そう思う聖羅の視界に、ひょっこりと入り込んでくるものがあった。

 ヘビのような、トカゲのような。立派な角を生やした、爬虫類の顔。

 本来聖羅は爬虫類の区別をつけられるほど、爬虫類に対して詳しくなかったが、その存在のことだけはわかった。数週間、毎日のように顔を合わせていれば当然である。

 その黒い鱗を持つ存在は、どっしりとした重みで聖羅の身体の上に乗っかっていた。


「くるるっ、きゅるるる~」


 楽しげな鳴き声は、聖羅がよく聞いていた声と相違なく、それが間違いなく自分の知るあの存在だということを、聖羅は確信できていた。

 だが、同時に戸惑いも大きくなる。


「りゅ、リューさん……?」


 思わず語尾にハテナマークが浮かんだのも、無理はない。

 聖羅は自分の胸の上に乗っていたその存在を、両手で持ち上げて上半身を起こす。

 聖羅の呼びかけに、トイプードルやポメラニアンなどの小型犬ほどのサイズのドラゴンが――全世界全種族から恐れられている死告龍のリューが、嬉しげに啼いて応える。


「くるるるるるっ!」


 サイズ以外は死告龍とまるで変わらない姿をしたその小さなドラゴンは、自分の名前を呼ばれるのが嬉しいと言わんばかりに、聖羅の上で高らかに啼くのであった。


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