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第四章3 ~着用者は完璧に護ります~


 襲いかかってくる植物の魔物。

 最初に反応したのは、フィルカードの姫・ルレンティアだった。

 彼女は獣人の身体能力を遺憾なく発揮し、聖羅とアーミアを抱えて横へと逃げる。

 本当は後退したいところだが、聖羅は結界に移動を阻まれてしまうため、横に逃げざるを得なかった。


(これは――まずいにゃ!)


 植物の蔓が進行方向を遮るように伸びていた。

 ルレンティアひとりなら爪を振るって切り裂くこともできるが、左右に抱えている状態ではそれもままならない。

 どちらかは手放さなければ、全員捕まってしまう。

 即断即決の判断力には自信のあるルレンティアだったが、このときばかりは数瞬躊躇した。神々の加護の防御力を持つ聖羅を手放すべきとは考えたが、彼女の心証的にはどうか。

 ルレンティアは聖羅と交流するためにやって来ている。

 見捨てるつもりなどなく、全員が捕まらないために必要な処置とはいえ、一度抱えた相手を囮のように使うことを聖羅がどう感じるか。その見極めはまだし切れていないのが現状である。

 アーミアならば間違いなく戦略的判断だと理解してくれるだろうが、アーミアには聖羅ほどの防御力がない。先ほど殺されかけていたこともある。

 二人のうち、どちらを優先すべきか、さしものルレンティアも即断は出来なかった。


「ルレンティア!」


 そんなルレンティアの思考の迷いを、アーミア自身が叱咤する。

 はっ、としたルレンティアは、その短いアーミアの呼びかけの真意を受け、アーミアを手放した。

 片手が自由になったルレンティアは、爪を振るって伸びていた蔦を切り裂き、包囲網を突破する。

 その場に落とされたアーミアは、地面に向けて杖を振るい、その場に空気のクッションを発生させ、落下の勢いを殺す。

 だが、その時にはアーミアの眼前には数多の蔓が迫っていた。

 ルレンティアに抱えられながらその光景を見た聖羅が悲鳴をあげる。


「アーミアさん!」


 青ざめたその顔は本気でアーミアを心配しているものだった。

 アーミアはそんな聖羅の表情を見て、彼女が邪悪な者ではないことを確信する。

 そして、この場を凌ぐために、切り札を用いることにした。


「来たれ――神聖法衣」


 アーミアの身体を覆うように、幾重にもベールが重ねられた形状の服が現れる。

 同時にアーミアは着ていた聖女風ドレスを脱ぎ去っていた。神聖法衣が下着姿の彼女を覆う。

 その彼女の身体に蔦が絡みつき、締め上げるが、神聖法衣が光を発し、アーミアは蔦が絡みついた状態でも平然としていた。

 それを見た聖羅は目を見開く。


「あ、あれは一体……?」


「にゃるほど、あれが神聖法衣なんだにゃ。せいらんのバスタオルと同じ『神々の加護』を持つ衣服のひとつだにゃ」


 枝から枝に跳んで、襲いかかってくる蔦を避けながら、ルレンティアは聖羅に教える。

 非常に細かいレースを幾重にも編んで作られたその神聖法衣は、芸術品の域に達しており、有する加護もかなり強いものだ。


「衣服の神はどうも単純な造りで丁寧な縫製の衣服の方を好むみたいなんだにゃ。それを目指して作られたのが、あーみんの身に付けている神聖法衣ってわけにゃ。聞いた話にゃけど、防御力だけでなく、魔法の効果や威力も向上するらしいにゃ」


「そ、そうなんですね……なら、大丈夫なのでしょうか」


「いや、それでも完全防御とはいかないのにゃ。だから、あーみんが時間を稼いでくれてる間に、なんとか本体を叩くにゃ」


 つかず離れずの距離を取りながらルレンティアは植物の魔物の隙を伺う。

 そんなルレンティアに対し、聖羅は声をかけた。


「……ルレンティアさん、私を囮に使ってください。大丈夫ですから」


 本来なら、最初に囮になるべきは自分だったと聖羅は理解していた。

 絶対防御を持つ自分なら、隙を見極めるまでに多少時間がかかっても平気である。

 なのにルレンティアがアーミアを先に手放したのは、自分に対する遠慮が原因だと、察していたのだ。

 ルレンティアは聖羅の言葉を受け、彼女の表情を見て、先ほど自分が心配したようなことはないと悟った。聖羅の本質が少しずつわかってきたのだ。

 こうして交流しに来た甲斐があるというものである。


「……ありがとうにゃ、せいらん。一番良いタイミングでそうさせてもらうにゃ!」


 ルレンティアは植物の動きを見極めるべく、さらに行動を開始する。

 一方、アーミアは全身を植物に締め上げられつつも、先ほどと違って少し余裕があった。

 神聖法衣はその加護の力を発揮し、締め上げてくる植物の蔦の力を弱めてくれている。


(さて、どうしよう)


 アーミアは杖を手放していなかった。攻撃魔法は撃てるが、それで刺激するのが正しいのかどうかわからない。

 それに、植物に捕らえられている妖精たちを巻き込んでしまうというのも問題だった。

 妖精は比較的人間に好意的な魔族であり、極力殺さないことが良いとされている。

 妖精殺しは今後妖精の助力を得られなくなることを意味し、極力避けなければならない。


(この植物のコアはどこ?)


 中央の大きな花がそうかと考えていたが、彼女の鋭敏な魔法の感覚は魔力の集中度合いから、それが魔物のコアではないということを察していた。

 植物とはいえ、這って移動していることから、地中にあるわけでもないことも確かだ。

 植物の周囲を跳び回りながら移動しているルレンティアと視線が合う。

 ルレンティアもコアが見つけられないらしく、首を横に振っていた。


(最悪なのは、この大きな花さえも末節にすぎないってことだけど……)


 結界の端に到達していたアーミアたちは、空間の端にいることになる。

 そうすると、本体は空間の中心にいて、この大きな花は末節という可能性も高い。魔界が出現してからの時間を考えれば、そこまで巨大な存在に育っているとは考えにくいが、可能性は零ではない。

 空間の中心にルレンティアたちに向かってもらうべきか。

 そう考えるアーミアの身体を、植物の魔物が持ち上げた。

 中央の花の中心に開いた口が上を向く。


(まるごと飲み込む気……?)


 アーミアはぞっとするものを感じたが、神聖法衣の防御力があれば耐えることは可能だとも感じていた。

 しかし、植物の魔物が開けた大口に黒い霧のようなものが満ち始める。

 即死属性が宿っている証拠だった。

 神聖法衣は神々の加護を有するため、即死属性にも高確率で耐えることが出来るが、死ぬ可能性はある。

 だが、アーミアは動じなかった。それが来た時のために準備はしてあるのだ。


「現し身――召還」


 そうアーミアが杖に力を込めながら唱えると、空中にアーミアの分身が現れた。

 そのアーミアの分身は、重力にしたがって植物の魔物の口の中へと落ちて行く。

 植物の口が動き、分身の身体に食いついた。口の内側に生えたトゲが分身の身体を容易く食い破っていく。

 ベキベキと骨が砕け、プチプチと肉が千切れて潰れる音が響く。

 分身とは言え、自分と同じ姿をした者が食われていく様は、相当恐ろしい光景であった。

 しかしその甲斐あって、植物の口の中に発生していた黒い霧は消滅している。


(……ん? この感じ、もしかして……)


 現し身はただの分身ではない。

 限りなく本人の性質に近く、本人を危険に晒さずに様々な実験が出来るということで、分析調査に活用されている。

 それはもし自分がこの植物に食われていたらどうなるか、という実験が行えたということだ。

 分身の身体を構成していた魔力はアーミアの指揮下にあり、その魔力がどう植物の中を流れていっているのかが手に取るようにわかる。


「あーみん! 助けた方がいいかにゃ!?」


 そうルレンティアが声をかけたのは、植物の魔物が今度こそアーミア本人を開いた口の中に入れようと動き出したためである。

 ルレンティアもアーミアの使った現し身の性質を知っている。ゆえにアーミア本人を助けた方がいいのか、尋ねたのだ。

 その質問に対し、アーミアが応える。


「大丈夫! 中から魔力を流すから、それを辿って!」


 最低限の指示であったが、ルレンティアはアーミアの意図を汲み取った。

 高い位置の木の枝に飛び上がり、全体を俯瞰して見れる位置取りを行う。


「せいらんも見てて欲しいにゃ! いまからあーみんが魔力を流してくれるにゃ!」


「え、あ、はい!」


 聖羅にはルレンティアやアーミアが何をしようとしているのかわからなかったが、良く見ろと言われたため、下に広がる光景を見た。

 その彼女たちの前で、アーミア本人が植物の大きな口の中へと落下していった。

 アーミアが食われる様を見て、聖羅の顔が青ざめる。


「あ、アーミアさん、大丈夫でしょうか……」


「大丈夫にゃ。神聖法衣が守ってくれてるにゃ」


 そういうルレンティアであったが、さしもの彼女も不安そうな目をしていた。

 花の中に取り込まれたアーミアと言えば、周囲から絡みついてくる細い触手のようなものや、どろどろとした粘性のある分泌液に辟易しながらも、冷静であった。

 トゲが体に食い込もうとしても、神聖法衣の防御力は遺憾なく発揮されており、今のところ身体が傷ついたり、痛みを発したりすることはなかった。

 どろどろした液体を容赦なくかけてくるため、呼吸には難儀したが、完全に呼吸が阻害されるということはない。


(ああもう、気持ち悪い……! 早く、して……!)


 全身くまなくどろどろになりながらも、アーミアはその時を待つ。

 程なくして、ようやくアーミアの目的の行為が始まった。

 魔力を吸われる感覚。この植物は捕らえた者から魔力を吸い取り、それによってアーミアをも幻惑する結界を生み出していたのだ。


(魔力を吸い取るのなら……その魔力に細工をしてやればいい!)


 アーミアはあえて植物に魔力を流した。

 その魔力には、色の変わる細工をしておく。

 それによって吸い取った魔力がどこにどう流れていくのか、はっきりわかった。

 残念ながら魔力を持たず、魔力を感知できない聖羅には見えなかったが。

 ルレンティアには、アーミアの目論見通り、吸収された魔力がどこに向かっているのか、よくわかった。


「よし、見つけたにゃ! せいらん、ごめんにゃ!」


 ルレンティアは聖羅を枝の上に置いて、全速力で移動を始めた。

 おいて行かれた聖羅の元に蔓が迫っていたが、ルレンティアは脇目も振らずに一点を目指して跳ぶ。

 気づかれたことに気づいたのか、植物の魔物が慌ててルレンティアに向かって蔓を伸ばしかけたが、もう遅い。


 ルレンティアが何もない空間に向かって爪を突き出すと、その爪の先に光り輝くオーブのようなものが貫かれていた。


 魔物のコアは、最初から植物のすぐ近くにあったのだ。

 ただ、何重にも幻惑の魔法がかけられており、アーミアやルレンティアにも気づけなかった。

 だがアーミアが捨て身で魔力を植物に流し、その魔力をコアが吸収してしまったことで、移動していた魔力が唐突に見えなくなる空間があることを、ルレンティアに見破られてしまった。

 コアを破壊された植物の魔物は、全体が急激に枯れていき、捕らえていたアーミアや妖精たちを力なく解放した。


「あーみん! 大丈夫かにゃ!?」


 ルレンティアは枯れた大花の中で、同じく枯れ果てた触手達に絡みつかれた状態であった。

 かけられた液体は消滅したりしなかったため、全身どろどろのままである。


「無事だけど……動けない。これ切って」


「任せるのにゃ」


 アーミアの身体に絡みついているものを、ルレンティアの爪が切断していく。


「……助かった」


「お互い様なのにゃ。というか、あーみんが言ってくれなかったら全員捕まってたかもしれないのにゃ」


「大丈夫ですかーっ、おふたりともーっ」


 木の上から聖羅が声を張り上げる。彼女にはバスタオルの加護があるため、飛び降りても死にはしない。

 だが、死なないからと言って、建物でいう三階分はありそうな高さから飛び降りれるかといえば、そうではなかった。

 それがわかっているので、ルレンティアはのんびりと応える。


「大丈夫にゃー。でもあーみんの拘束を解くから、ちょっと待ってて欲しいのにゃー」


「はーい、周囲の警戒をしておきますねー」


 心得たという様子の聖羅に、ルレンティアは安心してアーミアの解放に集中することができた。


「せいらん、良い子だにゃ」


「それはわかってた」


「えー、そういうの、ずるいにゃ」


「……むぅ。言い方を間違えた。信頼してもいいと思う。気になることはあるけど、たぶんセイラさん自体は邪悪じゃない」


 そういうアーミアが、ようやく自由の身となった。

 花の中から引っ張り出され、地面に降り立つ。


「ありがとう、ルレンティア」


「どういたしましてにゃ。……それにしても、ちょっとその服は刺激強すぎじゃないかにゃ?」


 そうルレンティアが指摘したのは、アーミアの身に纏う神聖法衣のことである。

 薄いレースで出来たベールを幾重にも重ねた形状のそれは、彼女の体を透かして見ることが出来るほどだ。

 いくら神々の加護を得るためとはいえ、うら若き娘であるアーミアが身に着けるには少々、過激な服装ではあった。

 指摘されたアーミアは顔を赤くしながら、そっぽを向く。


「ほっといて……仕方ないじゃないこういう構造なんだから」


 言いながらアーミアは魔法を唱え、植物の分泌液を綺麗に除去する。

 この世界の者であれば大抵の者が使える、清潔化の魔法であった。

 液体で全身ドロドロになっていたアーミアだったが、その魔法のおかげでそれらを消すことができた。

 ルレンティアは恥ずかしがるアーミアを見て、からからと楽しげに笑っていた。


「大丈夫だにゃ。フィルカードならそれくらいの服装はふつ……あーみん?」


「なに?」


「言いにくいんにゃけど……その、下着が……」


「下着?」


 アーミアはルレンティアの指摘に、自分の身体を見る。

 神聖法衣は無事だった。宿っている神々の加護に問題はなく、若干それ自体が光っているようにさえ見える神々しさだ。

 問題は、その下。レース越しにうっすら見えるアーミアの身体である。

 そのすべてがはっきり見えていた。

 身に着けていたはずの、下着がなくなっていたのだ。

 それは植物の分泌液の効果か、あるいは神聖法衣の下に潜り込んだ触手にいつの間にかはぎとられていたのかは、定かではない。


 現実として――アーミアはうっすら透ける神聖法衣だけの姿になっていたのだった。


 その事実を認識するまでに、アーミアは数秒の間を必要とした。

 そして、普段の物静かなアーミアからは考えられない、大きな悲鳴をあげるのであった。


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