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第四章1 ~そしてまた、バスタオル一枚です~


 音も無く近づいてきた『それ』に聖羅が気付いた時には、すでに遅かった。

 それは細長い形状を活かし、聖羅の足首に絡みついたかと思うと、まるでカツオの一本釣りのように、聖羅を高々と吊り上げる。


「きゃああああああ!!!??」


 聖羅は抵抗することもできないまま、空高く持ち上げられ、宙づりにされてしまう。

 足首に巻き付いたそれ――黒い触手のようなものは、ロープのように細い身でありながら、聖羅という人間ひとりの体重を軽々と支えていた。

 聖羅にはバスタオルが持つ加護があるため、触手に締め付けられた足首が折れるなどのダメージこそ負っていなかったが、そうではないところで大きなダメージを受けていた。


「わっ、あっ! いやぁッ!!」


 聖羅はバスタオルを腰に巻いているが、バスタオルの加護を発揮させるため、それ以外にほとんど服を身につけられないという制約があった。

 当然、下着も身につけられていないのである。そんな彼女が、足を起点に宙づりにされたらどうなるか。

 そんなことは子供でもわかる理屈だ。

 裏返った聖羅が腰に巻いたバスタオルは大きく捲り上がり、彼女の股間が晒されそうになる。聖羅は両手で必死にバスタオルを抑えていたが、咄嗟のことだったので、前に意識が集中していた。

 そのため、お尻側のバスタオルの裾が完全に捲れ上がり、その丸いお尻が丸出しになってしまった。


「やあああああ!! み、見ないでくださいっ!!」


 慌てて後ろ側も手で抑えようとする聖羅だが、宙づりの状態で、しかも前を見られないようにと必死に抑えている状態では、上手く隠せない。

 なにより、両足を掴んで持ち上げられているならともかく、片足だけを吊られている状態のため、気を抜くと吊されていない方の足が下がってきて、股間を大開帳する、なんてことになりかねなかった。

 逆さまに吊られた影響だけでなく、羞恥もあって、聖羅の顔が真っ赤に染まる。

 そんな彼女が、自分の姿を見ないように懇願した相手は、その手に杖らしきものを呼び寄せていた。


「セイラさん! いま、助ける……!」


 ログアンの巫女姫・アーミア。彼女は聖羅の格好を模したドレスを着ていたが、聖羅と違って下着などはちゃんと身に付けている。

 呼び寄せた杖に魔力を集中させ、魔法を使おうとしていた。

 そんなアーミアの足下にも、触手たちが忍び寄って来ているのが、宙に吊られた聖羅からはよく見えた。大慌てで、アーミアに向けて警告を発する。


「アーミアさん! 危ないっ!」


 その聖羅のせっぱ詰まった声を受け、アーミアもその存在に気付いた。

 空中にいる聖羅に向けていた杖の先を地面に向け、くるりと自分の周りに円を描く。杖の軌跡が光を放った。

 アーミアの身体に向けて伸びた触手の動きが、その光の軌跡に沿う形で生み出された光の壁に阻まれる。


「舐めないで! 結界術は、わたしの得意分野……!」


 アーミアはログアンを代表する巫女姫であり、その実力は極めて高い。

 中でも結界術に長けている彼女は、守りに重点を置いた魔法使いだ。これはログアンの民が守護亀・グランドジーグと互いに守り合う関係であることに起因しており、伝統的に巫女姫には守りの術が得意な者が就くことが多いのである。

 そのアーミアが張った結界は、一般的なドラゴンのブレスならば軽く防げる防御力を発揮する。ただの触手の攻撃がその防御を突破出来る理屈はない。


 だが、その触手はただの触手ではなかった。


 一度は結界に弾かれた触手たちが、その先端に黒い霧のようなものを纏ったかと思うと、再度結界に向けて先端を鞭のようにして振るう。

 すると、先ほどまでは全く歯が立たなかったはずのアーミアの結界が砕け散った。

 結界術に絶大な自信を持っているアーミアだからこそ、その触手の持つ異常性に気付く。彼女の張る結界術を瞬時に破壊出来る特性など、ひとつしかない。


「嘘……!? この、触手……っ、まさか――即死属性を纏って、ッ!?」


 驚愕したアーミアの対応が遅れ、その全身に黒い触手たちが絡みつく。

 そして、その細身の身体を軋むほどに締め付け始めた。

 締め付けられている部位は腕や足といった四肢だけではなく、首にも触手が巻き付いていた。強烈に首を締め付けられ、アーミアは呼吸困難に陥る。


「ぐ、ぅ……っ!」


「アーミアさんッ!」


 聖羅はアーミアに向けて叫んだが、彼女にはどうすることもできない。

 アーミアの身体を触手が締め上げて軋ませ、声もあげられない彼女が苦しげに呻く。

 そして、窮地に立たされているのは、アーミアだけではなかった。

 空中に吊り下げられた聖羅。


 彼女にも、黒い触手たちが迫っていたのだ。





 少し時間は遡り、それは――何の前触れもなく始まった。


 聖羅とアーミアが一対一で対話を行っていた時。

 聖羅の『嫌いなもの』を聴いたアーミアが、怪訝そうな顔をしてその真意を問いただそうとしたまさにその瞬間であった。

 部屋の窓から差し込んでいた陽光が突然消え、部屋が暗闇に閉ざされる。

 昼間にもかかわらず、真っ暗になったことに聖羅は驚いた。


「停電……?」


 無論、現在の時刻は昼間であるのだからそんなわけはないのだが、そう表現するのが的確な現象であった。

 もし分厚い雲のような、巨大なものが日光を遮ったのだとしても、手の先が見えなくなるほどの暗闇にはならないだろう。

 聖羅は戸惑うことしか出来なかったが、アーミアの反応は早かった。

 素早く身体の前に手を翳し、その指先に魔法の灯りを生じさせる。魔法の灯りは非常に光量が強く――聖羅の感覚で言うならば蛍光灯の光のように――部屋を明瞭に照らし出した。

 灯りが生じ、周りが見えるようになったことで、聖羅は少し安堵する。


「ありがとうございます、アーミアさん。……何が起きたのでしょうか?」


「……わからない。こんな現象は知らない。セイラさんの呟いた、テイデンっていうのは?」


 アーミアは端的に、自分たちの世界特有の現象ではないと聖羅に伝え、聖羅が思わず呟いた単語の説明を求める。

 この世界には魔法の灯りがあるため、電気技術は発達していない。ゆえに電気が止まるという意味の『停電』は翻訳魔法では正確に伝わらなかったようだ。


「あ。すみません。停電というのは……そうですね。こちらの世界で言うなら、月明かりもない夜に、部屋に灯している魔法の灯りが一斉に消えて、部屋の中が一瞬のうちに真っ暗闇になることです」


「……なるほど。でも、これはそういった現象ではない、と思われる」


「ええ。いまはそもそも昼ですし……アーミアさん。窓の外、変じゃないですか?」


 聖羅は外の様子を窺えないものかと窓に近づこうとして、窓の外が不自然に真っ黒になっていることに気付いた。

 仮に何らかの理由で日光が消えたとしても、アーミアが出している灯りが、多少なりとも外を照らすはずだ。

 しかし、窓の外には奥行きが感じられず、まるで窓ガラスを墨か何かで塗りつぶしたかのように、ただただ真っ黒になっている。

 アーミアは少し考えてから、窓に近づかないように聖羅に言った。


「下手に近づかない方がいい。……まずは、寝室のルレンティアを起こそう」


 得体の知れない状況にある以上、味方を少しでも増やすのは得策である。

 ルレンティアは勘働きに優れた獣人であり、そういった意味でもこの得体の知れない状況に対処するには、頼りになる存在だった。


「そうですね。起こしてきます」


 同意した聖羅は、急いで寝室に続くドアに近づいた。

 寝室のドアをノックした聖羅は、緊急事態であることを加味して、中から応えがある前にドアノブを捻って扉を開いた。


「ルーさん、大変なことが……え?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった聖羅だが、そんな彼女を馬鹿にすることが出来る者はいないだろう。

 なぜなら、聖羅が開いたドアの先は――森になっていたためだ。

 それはまるで聖羅がこの世界に来た時のようで。

 聖羅はその事に思い至ると、大急ぎで背後を振り返った。あのときのように、直前までいたはずの部屋が消えている可能性を考えてしまったからだ。

 幸い、今回は振り返った先が石の扉になっているということはなく、部屋の中でアーミアが眼を見開いて驚いていた。聖羅越しに見えたのだろう。


「森……?」


「みたいです……寝室は、ルーさんは、どこに……?」


 唖然とするしかない二人。

 聖羅はドアノブを持ったまま、少し部屋の外に出てみようと足を踏み出した。地面は部屋の床からドアの境界を超えた瞬間、土になっている。まるで無理矢理切り取った部屋を外に放り出したかのようだった。


(これ、外から見たらこの部屋はどうなっているんでしょう?)


 そう思った聖羅は、片足を部屋の中に残したまま、なるべく身体を外に出して部屋の外観を見てみようと試みた。

 片足だけを外に出してしまったのだ。もし両足を揃えていたら、その後の悲劇のひとつは回避できていたのだが。

 森の奥から伸びて来た、細長く黒い触手がその踏み出した片足に絡みつき、宙づりにされるのは、そのすぐあとのことだった。


 聖羅は森の中で宙づりにされ、それを助けようとして森に飛び出したアーミアも触手に捕らわれてしまった。


 さらに、宙づりになった聖羅にも、多数の触手が伸びてくる。

 そのおぞましい状況に青ざめる聖羅だが、自分のことはあまり心配していなかった。

 聖羅にはバスタオルの加護がある。身体を持ち上げて宙に固定するほどに締め上げている触手の力は強かったが、聖羅はそこまで痛みを感じていなかった。

 現在聖羅はバスタオルを腰に巻き、胸は別の布で隠すというスタイルを取っているため、多少バスタオルの加護は弱まっている状態だ。

 その状態で痛くないのだから、仮に全身を締め上げられても、死にはしないだろう。


(ですが……アーミアさんは違います……!)


 アーミアは首を締め上げられ、苦しそうにもがいている。

 早く助けなければ命に関わるだろう。

 聖羅はなんとか触手をふりほどけないものかと、締め上げられていない足で蹴ってみるが、非力な聖羅の蹴りなど触手には全く効果がなかった。

 無駄な足掻きとばかりに、聖羅の全身に別の触手が巻き付いてきた。身体に巻き付いてきた触手の影響は聖羅の予想通り大して苦しく感じなかったが、想定外のことが起きた。


「――ッ! いやあっ! やめ、やめてっ!」


 聖羅が触手を蹴っていた足にも、別の触手が絡みつき、別の方向に向けて引っ張り出したのである。

 両足を無理矢理別々の方向に引かれれば、どんな格好になるか。

 聖羅は吊り輪にぶら下がって足を開く体操選手よろしく、空中で大股を開かされることになってしまった。

 幸い、バスタオルを抑えている手は胴体と一緒に巻き付かれたため、彼女のもっとも秘めたい場所が無防備に晒されることこそなかったが、うら若き乙女にとって死ぬほど恥ずかしい格好であることに変わりは無い。


「ヨ、ヨウさん! ヨウさんっ、助けてください!」


 普段なら呼べばすぐに来てくれる、大妖精のヨウに助けを求める聖羅だったが、その助けを求める声は虚しく森に響くだけだった。

 アーミアの顔が赤を通り越して青白くなり、いよいよ命の危機が訪れる。


「誰か――ッ!」


 叫ぶ聖羅。

 声をあげることしか、彼女に出来ることはなかった。

 無論それで触手が止まることはない。

 だが。


「あーみんっ!」


 目にも止まらぬ勢いで遠くから駆けて来たルレンティアが、アーミアの首を絞める触手を切り裂いてその命を繋いだ。激しく咳き込み、肺に空気を取り入れるアーミア。

 そのアーミアの身体を締め付ける触手は、次々切断されていった。


「あーみんをいじめていいのは、ボクだけにゃ!」


「……っ、あなっ、たっ、げほっ、はっ! ごほっ、けほっ」


 こんなときでもふざけることをやめないルレンティアに、咳き込みつつ涙目のアーミアが抗議する。

 ルレンティアは「ごめんにゃ! いつもの癖にゃ!」と悪びれもせずに言い放ち、さらに触手を切断していく。

 その光景を上から見ていた聖羅は、ルレンティアが武器を持たず、手で触手を切断していることに驚いていた。


(す、すごいです……! 確か、あれも獣人の特徴なんでしたっけ)


 ルレンティアの爪が非常に長く伸びていた。それは錐のように鋭利で、ナイフのように研ぎ澄まされている。

 さらに、ルレンティアはまるで四足獣の如く全身を使って跳び回り、本物の猫のそれのような動きを見せていた。下半身と手の先が獣の、具体的にいえば猫のそれになっており、人間と獣を合わせたような姿になっていた。機動力が大幅に向上しているのか、見てわかる。

 実に獣人らしい姿になっているルレンティアは、アーミアの身体を締め付けていた触手を一掃すると、森の木々の幹を蹴り、空中に向けて跳び上がった。

 聖羅を吊り下げていた触手が切り裂かれ、聖羅の身体が落下し始める。


「せいらんっ、うごかにゃいで!」


 鋭い命令に、聖羅は思わず暴れかけた身体を硬直させる。

 ルレンティアは木の枝の反動を巧みに使い、自分より先に落下していた聖羅に向けて加速して追いつき、その身体を抱えて着地した。

 触手たちは聖羅を抱えて攻撃出来なくなったルレンティアを、ここぞとばかりに捕らえようとしたが、それは別方向からの攻撃が防いだ。


「お返し……!」


 危うく殺されかけた怒りのアーミアである。

 ルレンティアが聖羅を助ける間に、取り落としていた杖を拾い、それを用いて攻撃魔法を唱えていたようだ。

 アーミアの周囲に火炎弾が浮かび、恐ろしい速度で放たれる。火球は正確に触手たちを撃ち抜き、撤退に追い込んだ。


「も、森に燃え移らないでしょうか……?」


「大丈夫、あれは魔法の火だから、あーみんが望めばいつでも消せるにゃ」


 森への被害を心配してしまった聖羅に対し、ルレンティアは安心させるように微笑む。

 魔法とは便利なものだと、聖羅は改めてそう思った。

 そして、ひとまず触手たちの脅威が去ったところで、聖羅はどうしても気になっていたことをルレンティアに聴くことにした。


「……あの、ところでルーさん」


「なにかにゃ、せいらん」


 応じつつ、ルレンティアは抱えていた聖羅を地面に下ろす。

 聖羅は助けてもらったお礼を言いつつも、ルレンティアから視線を外していた。


「その……どうして、服を身につけていらっしゃらないんですか?」


 そう、半分獣の姿になっているルレンティアは、なぜか服を一切身に付けていなかった。

 下半身は猫のそれに変わってしまっていて、滑らかな獣毛が覆っているため、気にならなかったが、上半身は人間の女性の姿そのままである。

 その上で、聖羅がそうしているような胸に巻いているはずの布がなくなっており、彼女の豊満な乳房が露わになってしまっていた。

 指摘されたルレンティアは、頭を搔きながら聖羅の質問に応える。


「こんなことになると思ってなかったからにゃあ。ボクは寝るときは全裸派なのにゃ」


「ああ、なるほど……それなら仕方ないですね。これを使ってください」


 聖羅は自分の胸を覆う布を取り外し、ルレンティアに渡す。そして自分は腰に巻いていたバスタオルを胸まで持ち上げ、バスタオル一枚の格好になった。

 胸に巻かれていた布を手渡されたルレンティアは、少し驚いていた。


「使わせてもらっていいのかにゃ? 上半身は獣化できないから、助かるけど……」


「私のこのバスタオルはこうしてこれだけで身に付けることで、宿っている神々の加護が強まるんです。……恥ずかしいので普段はああしているのですが。いまは緊急事態ですし、加護を強めておいた方がいいはずです」


 最重要事項のひとつを、聖羅は惜しげもなくルレンティアたちに明らかにする。

 加護のことはなるべく人に広めないようにしているが、いまは状況に対処するのが先決だった。戦力にはなれなくとも、自分には防御力があると伝えておくだけでも違ってくる。

 その聖羅の意図をルレンティアも理解したのだろう。


「わかったにゃ。ありがたく使わせてもらうにゃ」


 聖羅から受け取った布を使って、その揺れ動く乳房を抑えて止める。

 そんなやりとりをしていた二人の元に、アーミアが近づいてきた。


「……酷い目にあった」


 彼女の全身には、縄をかけられたような、赤くなった痕が残っていた。

 かなりの強さで締め付けられたと見え、着ていたドレスもぼろぼろになってしまっていた。元々が露出度の高いドレスだったが、余計に露出度があがってしまっている。


 バスタオル一枚の聖羅。

 上半身に布一枚のルレンティア。

 半壊したドレスのアーミア。


 半裸の女性三人は鬱蒼と暗い森の中、これからどうするべきかと顔を見合わせるのだった。


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