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第三章2 ~悩ましい問題が次々増えます~

 三人の姫と、ある程度の雑談を交わした後、聖羅は死告龍との触れ合いの時間が来たため、一度部屋を出て行った。

 本当なら、テーナルクも死告龍との顔合わせをする予定だったが、ルレンティアとアーミアが急遽やって来たため、先延ばしにすることにしている。

 部屋の主がいなくなってしばらくして、最初に沈黙を破ったのは、意外にも口数の少ないアーミアであった。


「……ルレンティア。あなたの感想が聞きたい」


「にゃ? あーみん、それは何に対する感想かにゃ? そのドレス姿についてなら、めっちゃ可愛いから、自信を持つにゃ!」


 アーミアとルレンティアが現在身に付けているのは、聖女風ドレスと呼ばれているもので、聖女キヨズミセイラの衣装を真似たものである。

 要はバスタオルを外せない聖羅の苦肉の策である、一枚の布で胸を覆い、それとは分離した形の腰布を纏うというものだ。聖羅は裸足だが、アーミアとルレンティアはくるぶしまでの靴を履いていた。

 その構造上、極めて肌の露出が多いのだ。

 それをルレンティアの言葉によって再認識させられたアーミアは、頬を赤く染めながら彼女を睨む。


「ふざけないで。いつもならしょうがないから付き合ってあげるけど、いまはダメ。真面目に答えて」


「にゃははは! ごめんにゃ! 性分だから許してにゃ」


 ルレンティアは最後のお菓子を摘まんで口の中に放り込み、租借して飲み込んでから言った。


「結論からはっきり言うにゃ――わからない」


 真面目な顔をしてルレンティアが口にした結論に、アーミアとテーナルクが息を呑む。

 そして、深刻な顔をして額に手を当てた。


「ルレンティアでもわからないなんて……」


「どうなっていますの……?」


「……考えられるのは異世界の人間だから、かにゃあ。もし、意識して内心を悟らせていないのだとすれば……せいらんはうちの百戦錬磨の商人よりも厄介な相手ということになるにゃ」


 ルレンティアが深々と溜息を吐く。

 その予測に、テーナルクとアーミアは顔を見合わせた。


「さすがにそれはないと思いたいですわね……」


「でも、その可能性はある。わざわざあんなことを口にするくらいだし……」


 アーミアは聖羅がわざわざ口に出して、自分たちにとって都合のいいことを言ったことに違和感を覚えていた。

 この世界の者達にとって、口に出す言葉というものは重い。

 言質を取られる、というのは聖羅の世界でもある言葉だが、この世界では重みが違う。

 口約束が血判状並みの重みがあるのだ。その感覚は聖羅にはなく、この世界の姫たちからすれば、聖羅はその重い約束を一方的に交わしたという形になる。


「てーなるん。せいらんがこの世界で生きていく力がないというのは本当かにゃ?」


「事実ですわね。セイラさんは魔法が使えません。誰もがその身に宿しているはずの魔力を一切持っていないのですわ。……死告龍の庇護がなければ、一般的な子供にも劣る戦闘力しかないと思います」


「……つまり、セイラさんはそれを自覚していて、あんなことを言ったということ?」


「ありえない話ではないにゃ。ああやって全てを委ねる約束を交わして、こちらの善意に委ねる……死告龍の庇護がいつまで続くかわからない以上、下手な扱いは国の滅亡に繋がるにゃ。必然、こちらはせいらんを丁重に扱うしかなくにゃる……いざ裏切られた時には、遠慮なく死告龍をけしかけられる……というところかにゃ」


「でも、セイラさんは人が死ぬところは見たくないと仰っていたけど?」


「それこそ罠だと見てるにゃ。せいらん本人に力がないなら、死告龍にやらせるしかないにゃろ? つまり、自分は見る必要はないにゃ」


「……ですね。セイラさんはあくまでも『できることはする』という言い方しかしませんでした。元の世界では一般人、などとおっしゃっていましたが、巧妙に言質を取らせないようにする言い方といい、交渉に長けていることは明らかですわね」


「そんな人が死告龍の庇護を得ている……下手すれば三国とも共倒れになる可能性まである」


 神妙な様子で頷きあう三人。


「……事は極めて危うい状態にあると言えますわ。普段お互いに思う事はありますが……ひとまず、事が落ち着くまではこの件に関して、全面的に協力するということでいかがでしょう?」


「異論はないにゃ。明確に期限を切ることは難しいにゃが、三国から死告龍がいなくなるまで、そうでなければ、時期を見て約束を結び直す、ということでどうにゃ?」


「……概ね賛成だけど、いなくなった後、約束を終えるのはみんなで話し合いの場を設けてからに。先走られても困る」


「にゃはは! バレちゃったにゃ。まあ安心するにゃ。せいらんはともかく……死告龍をどうにかしにゃいと、動きようがないからにゃあ」


 油断も隙も無いルレンティアに、テーナルクとアーミアは溜息を吐いた。

 テーナルクはそんなルレンティアに探るような視線を向ける。


「本当に、わからなかったんですわよね?」


「誓ってもいいにゃ。せいらんの内心はまったく掴めなかったにゃ。言葉だけを聞けば善人にゃが……それこそ、魔力の込められていない契約書って感じだにゃあ」


「本当に……やりにくいですわね……どう判断したものか」


「……ひとまずは、信用するしかない」


 そうアーミアが纏めて、二人の姫も頷く。

 こうして聖羅の真意を置き去りに、三国の姫は結束を強めるのであった。





 聖羅が深く溜息を吐くと、大人しく聖羅に撫でられていた死告龍・リューは不思議そうに首をもたげた。

 無論、即死の効果が発揮しないよう、聖羅に触れないようにしている。


『セイラ、どうしたの?』


「ああ、すみません。リューさん……なんでもありません。少し気疲れしただけです。人付き合いとはそういうものなので、リューさんは気にしなくても大丈夫ですよ」


 こう言っておかないと、リューが三国の姫たちに危害を加えかねなかったため、聖羅はそういっておいた。

 リューは聖羅がそういうのであれば、という様子で首を聖羅の傍に戻す。


『ふうん……リューにはよくわかんないや』


 聖羅がよくわからないことに思考を割いていることに対してか、少し拗ねたようにリューは呟く。

 そんなリューの頭部を撫でてあげながら、聖羅は苦笑を浮かべた。


(本当に……リューさんはもっと受け入れられててもおかしくないと思うのですが……)


 それなりに時間をかけて触れ合い、共に過ごしてきた聖羅にとって、リューはもはや恐怖の対象ではない。

 無論、体格や能力上気をつけなければならないことは多いが、それさえ気をつければ、あとは普通の人付き合いと変わらないと思っていた。


(制御の出来ない乱暴者ならともかく、リューさんは普通に大人しいですしね……)


 これは聖羅の視点からすれば、仕方のない勘違いである。

 聖羅は目的を果たしたあとのリュー、つまり『聖羅というツガイの候補』を見つけたあとのリューしか知らないからだ。

 それまでのリューは強い者がいれば飛んで行き、挨拶代わりに即死のブレスを放つ、まさに天災のような存在だった。

 そのことを聖羅は知識としては知っているが、実感はない。


『ねー、セイラー。ここにいるのが疲れるなら、リューの狩りについてくる?』


「……気晴らし、というのは少し惹かれますが……しばらくはやめておきます。色々準備しないといけないこともありますしね。気晴らしがしたくなったら、お願いしてもいいですか?」


『まっかせて! リューのだいすきな狩り場に連れていってあげる! その狩り場は、大きな滝が綺麗でね――』


 聖羅のことを気遣い、自分が知る素晴らしい景色を惜しげも無く見せてくれようとするリュー。

 その暖かさに触れ、聖羅の死告龍・リューに対する印象はどんどん一般からはかけ離れたものになっていくのであった。





 翌日。

 聖羅は三国の姫をリューに紹介するべく、まずは自分の部屋に大妖精のヨウを呼び出していた。


「ヨウさん。こちらのお二人が北のログアンのアーミアさんと、南のフィルカードのルレンティアさんです。いまから中庭にリューさんに挨拶しに行きますので、先触れをお願いできますか?」


『いいわよ。ただ……あなたたち、相応に覚悟しておきなさいね』


 ヨウはそう言ってその場から消えた。

 アーミアとルレンティアは大妖精に小間使いのようなことを頼む聖羅に、信じられない思いだったが、かといって普通の使用人を死告龍のいる中庭に向かわせることは出来ないとわかっているので、何も言えなかった。

 一方の聖羅は、ヨウがわざわざ警告を出したということに首を傾げつつ、三人を促す。


「では行きましょうか。リューさんは大人しい方ですから、心配しなくても大丈夫ですよ」


 聖羅の言葉は本心からの言葉だったが、リューのこれまでの暴れようを知る三人からしてみれば、頷きかねる発言である。

 三人はそれぞれ、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


 そして、三人はついに死告龍と対面する。


「リューさん。おはようございます。こちらがお話ししていた、お三方です」


 リューはいつも通り、中庭に身体を丸めて寝そべっていた。

 リラックスした無防備な体勢。その長い首を伸ばして、聖羅の傍に顔を寄せ、撫でることを求める。

 聖羅はいつも通りのリューに苦笑しながら、その鼻先を撫でてあげた。

 三人の中で、最初に前に進み出たのはテーナルクであった。ルィテ王族の矜持として、自分がまず口を開かなければならないと決意していたのだろう。


「お、お初にお目にかかりますわ、死告龍様。わたくしは――」


『ルィテのテーナルク、ログアンのアーミア、フィルカードのルレンティア……でしょ? セイラから聞いてる』


 リューはテーナルクの自己紹介を遮り、そう口にした。

 テーナルクは気圧されたように口をつぐみ、他のふたりも口を開くことはできなかった。


『セイラを傷つけたら許さないけど、そうじゃないなら好きにしたらいい』


 素っ気ないリューの言葉に、聖羅は戸惑う。


「リューさん。そんな言い方をしなくても……この人たちとも、仲良くしてあげて欲しいのですが……」


 リューには言えないが、聖羅はいつか自分の世界に帰るつもりである。

 そうなった後、リューが他の人間とも仲良くなれていれば、あるいはリューとツガイになってもいいという存在が出てくるかもしれない。

 リューにも、単に幸運なだけの自分より、人格的に尊重し合える存在とツガイになって欲しいというのが、聖羅の考えであった。

 しかし、その思いはリューによって否定される。


『セイラ。それはたぶん無理じゃないかな。だって――』


 若干の諦めを含んだ声音で、リューは尻尾の先でルレンティアを指し示す。


『そこの猫なんて、いまにも倒れそうだよ?』


「え?」


 指摘された聖羅が振り返ると、聖羅とはあれだけ快活に話していたルレンティアが、真っ青な顔をしていた。

 テーナルクも同様に顔色を悪くしており、唯一表情を変えていないのは、アーミアだけであった。

 そのアーミアはいまにも崩れ落ちそうな様子のルレンティアを支えている。


「えっ、ちょっ、ルレンティアさん!?」


「ご、ごめんにゃあ……せいらん。ちょっと、これはボクにはキツいにゃあ……」


 いまにも目を回して倒れそうなルレンティアに手を貸し、聖羅は急いで中庭から離れる。

 リューはわかっていたと言わんばかりの様子で、なにごともなかったように元の姿勢に戻ってしまった。


「どういうこと、なんでしょうか?」


 部屋に戻り、自分のベッドにルレンティアを寝かせた聖羅は、三人に尋ねる。

 気分が悪そうにしているルレンティアに代わり、その疑問に答えたのはアーミアだった。


「セイラさんには実感しにくいのかもしれないけど、死告龍……様の気配というのはとても強い。ルレンティアはそういうのに特に敏感な体質だから、こうなった」


「わたくしたちもそれなりに鋭い方ではあるので、少なからず影響はありますわ……アーミア様はグランドジーグ様との交流があるので、慣れていらっしゃるようですが」


「……わたしでも、死告龍様は怖い。グランドジーグ様は穏やかだけど、死告龍様の気配は刺々しいから」


「うー……これでも対策はしてきたんだけどにゃぁ……全然効果なかったにゃ……」


 かなりグロッキーになっている様子のルレンティア。他のふたりも、決して気分がいいとは言えない状態にあるようだった。

 そんな三人を見回して、聖羅は率直に感じたことを言う。


「あの……三人がこうなってしまうのであれば……行進や会合なんて、とても出来ないのでは……?」


「それは大丈夫ですわ。あそこまで接近することはないですし……わたくしたちの気分が悪くなったのは、それだけ魔力感知に長けているからですの」


「普通の人なら、もっと平気なはず」


「これでもボクたちは姫だからにゃあ……魔法の扱いに長けた者ほど、死告龍様の前には立てないにゃ」


「そうなんですか……あれ? イージェルドさんやオルフィルドさんは普通に接しておられましたよね?」


 聖羅はそう疑問を口にする。

 その疑問には、テーナルクが応えた。


「お二人はルィテの最重要人物ですわ。当然、守りも相応の魔法具で固めております。直接戦闘ではその守りも紙のようなものですが……」


「ボクも持てる限りの魔法具は持ってるんだけどにゃあ」


「ルレンティアはそれを差し引いても、感覚が鋭すぎるから」


「ああ、なるほど……」


 聖羅は納得すると同時に、「リューと友好的な関係を増やす」計画がいきなり頓挫したことを悟る。

 性格的な不一致ならまだしも、体質的な不一致はどうしようもならない。

 かといって、三国の姫を差し置いて貴族や使用人をリューと交流させるわけにはいかないだろう。

 聖羅が頭を悩ませているところに、さらに頭を悩ませる要素が増えた。

 聖羅の部屋に慌ただしくやって来たクラースが、こう告げたからだ。


「東のザズグドス帝国より特使が参られました! バラノ書記官が、キヨズミ様と死告龍様にお会いしたいとのことです!」

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