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第三章1 ~フィルカード共和国の姫・ルレンティア・フィルカード~


 ルィテ王国首都王城内――聖女キヨズミセイラの部屋に、四人の女性が集まっていた。


 四人は円形のテーブルの周りに等間隔で腰掛けている。

 一人は当然、この部屋の主であり、他の三人がこの場に集った目的でもある清澄聖羅。

 彼女は突然開かれることになったこの懇親会に戸惑っていた。三人のうち一人は今日も来訪することが決まっていたが、他の二人は突然の来訪だ。戸惑わない方がおかしい。


(それにしても……初めて見ますね……)


 聖羅が内心呟きながらこっそり見ているのは、その突然の来訪者のうちのひとり。

 フィルカード共和国の姫であるルレンティナ・フィルカードである。

 巨大な湖に浮かぶ国という話は聞いていたため、褐色肌が日に焼けた結果なのか、それともそういう人種なのかはわからない。

 ただ、明らかに普通の人間とは違う点があった。

 その深い緑色の髪が覆っている頭部。その頭頂部から、柔らかそうな耳が生えていた。

 猫のような三角形をしたその耳は、ぴょこぴょことせわしなく動き、酔狂で身に付けている飾りではなく、彼女本来の身体の一部であることが明らかだった。


(獣人……存在するのは聞いていましたが、ルィテ王国にはほとんどいないんですよね)


 人間と共存している人間以外の種族のうち、獣人というのは極めて特異な事例である。

 聖羅は小説やゲームなどからのイメージで、魔族と人の合いの子を思い浮かべていたが、この世界においてはそうではないことをオルフィルドから聞かされていた。

 この世界の獣人は、人間と人間の間から稀に生まれることがあり、遙か昔には忌み子とされ、気味悪がられていた時代もあったという。

 しかし獣人は人間よりも高い能力を生まれ持っており、ある王家に生まれた獣人が様々な困難を乗り越え、盤石かつ平和な百年王国を築いたときから、獣人の評価は変わった。

 現在、獣人は『神々の加護』の一種であるとされ、生まれると国を挙げてのお祝いになる地域も少なくないとか。

 そんな希少かつ優秀なはずの獣人たるルレンティアは。


「んー! 美味しいにゃあ。やっぱりルィテのお菓子は最高にゃ!」


 テーブルの上に用意されたお菓子に、遠慮容赦なくパクついていた。

 自由奔放なその気質はとても王族には見えないが、これはフィルカード共和国という国そのものがそういった気質であるためらしい。

 フィルカードは国そのものが巨大すぎる湖に浮かんでいる。

 常に移動しているという意味では巨大亀グランドジーグの上にあるログアンと同じだが、その規模と形式が全く違った。

 ログアンが一心同体となって移動するのに対し、フェイルカードは個人単位、集団単位で切り離れての行動を可能にしているのだ。極端な話、ひとりひとりの居住区画が船としてばらけ、独立しての行動が可能になっている。

 そのくせ、いざ有事となったときの連携してことに当たる様は見事なもので、『個人主義の連帯上手』という奇妙な特徴を持っていた。

 そんな彼女の気質は十分に理解しているはずだが、相手をしていてどうしても疲れるのか、テーナルクが深々と溜息を吐いた。


「ルレンティア様……貴女は……全くもう……」


「……言っても無駄」


 頭を抑えているテーナルクに向かって淡々と呟いたのは、聖羅にとっては予定外の来客のもうひとり、ログアンのアーミアであった。

 アーミアはルレンティアに比べるとかなり大人しく、その振る舞いはルレンティアよりもよっぽど姫らしい。

 ただし、その身には『聖女スタイル』という――聖羅にとっても――赤面もののドレスをまとっていた。

 聖羅はそういったデザインのドレスが作られつつあるという話をクラースから聞いた時、制作をやめるようにイージェルドやオルフィルドに指示してもらうつもりだったのだが、とうにドレスはできあがっていたようだ。

 それをわざわざこの場に身に付けて来たのは、聖女の文化に合わせた姿をすることで、警戒心を緩めるという目的だろう。それくらいは聖羅にもわかる。


(でも……恥ずかしいなら、そんな格好しなくてもいいのに……)


 アーミアは表情こそ平静を装っているが、その白い頬や耳が赤くなっていて、その格好に羞恥心を覚えているのが明らかだった。

 自分もそうであるために、聖羅が現状最も親近感を覚えているのはアーミアかもしれない。そういう意味では、同じ服装を着てきたアーミアが期せずして最も聖羅の共感を得ていると言えた。

 なお、同じくその服装であるルレンティアに関しては、彼女が平然としているので、残念ながら聖羅の仲間意識は得られなかった。

 ともあれ、集まった面々に向かって、自分が何か言わなければならないと感じた聖羅は、口を開こうとする。


「ええと……」


 しかし、どう話を切り出したら良いのか、聖羅にはわからなかった。

 この場にいるのはそれぞれの国を代表する女性たち。

 聖羅の認識でいえば、国の外務大臣のような存在だ。そんな彼女たち相手にどんな話題を切り出したらいいのか、一般大学生の聖羅には荷が重い。

 そんな聖羅をフォローするように、テーナルクが話を切り出す。


「申し訳ありません、セイラさん。せめて、わたくしがお二人のことを説明するまで、応接室で待つように言ったのですけど、このお馬鹿さんが……」


「にゃ?」


「にゃ、じゃありませんわ!」


「だって聖女様に早くお会いしたかったんだにゃー。てーなるんばっかり仲良くなったらずるいにゃ」


 すっとぼけてはいるが、ルィテ王国に主導権を握らせないための行動だろう。

 一歩間違えば愚行だが結果として、三カ国が同じテーブルにつけている。

 態度は自然体で飄々としているだけにその真意が読みづらく、聖羅はまた油断のならない相手が現れたと感じた。


「あの……ルレン、ティアさん。その、聖女様というのはやめていただけませんか……」


「むにゃ? ダメなのですかにゃ?」


 キラリ、と明るいエメラルドグリーンの瞳が光ったような気がした。猫の瞳のように、瞳孔が縦に割れているのに気づき、聖羅は若干怯む。怯んだのは形そのものではなく、獲物を狙うようなその気配に、である。

 明らかに聖羅を見定めようとしている目だった。

 口と手は休むことなくお菓子を摂取しているが、決して気を抜いているわけではないと聖羅は確信する。


「ダメ、といいますか……私は元の世界ではただの一般人でしたので……皆さんのような王族の方々に様付けされるのが申し訳ないです」


「んー。わかったにゃ。じゃあ……せいらんって呼ぶにゃ! せいらんも気楽にルーって呼んでいいにゃ。ボクの名前、言い辛いにゃ?」


 そうルレンティアが口にした際、テーナルクとアーミアが若干驚いたように見えた。

 聖羅はそのことを目の端に捉えつつ、どうしてふたりが驚いたのか理解できなかったので、ひとまずルレンティアの言うとおりに応じる。


「では、お言葉に甘えて……ルーさんと呼ばせていただきますね」


「にゃはは! そんな畏まった言葉使いも必要にゃいけど?」


「私はこれが自然体ですので、お気になさらないでください。……アーミアさんも、どうか楽にしてくださいね」


 その聖羅の言葉に、アーミアは少し思考を挟んだ後、神妙に頷いた。


「……わかった。わたしはセイラさん、と呼ばせてもらう」


「いやぁ、せいらんと仲良くなれそうで良かったにゃー」


 呑気にお菓子を頬張りつつ、ルレンティアが呟くが、それは本心からの言葉だろうと聖羅はわかっていた。

 恐らく事前に聖羅の人となりについての調査はしていたのだろうが、型破りなルレンティアの行動は、もし聖羅が気難しい相手だったら悪印象を与えかねない。

 それをわかっていて、それでも踏み込んで来たあたり、大胆不敵ではある。

 だが、その結果テーナルクに主導権を握られることなく、聖女キヨズミセイラとの交流を行うことに成功している。


(全力で最適解を獲りに来る人しかいないんでしょうかこの世界……いえ、私がそういう人とばかりと交流する羽目になっている、と考えるべきでしょうか……?)


 聖羅はそう考えつつ、三人の姫を見つめた。

 性格も気質も全く異なる三人だが、それぞれがそれぞれ、国の命運を握っている。

 聖羅のように流されてこの場に存在している一般人とは、心構えも何もかもが違うのだ。


「それにしても急なご来訪でしたけど……例の式典や会合はまだ先だったのでは?」


「そうですわね。準備などを考えても、まだしばらくは先の話になりますわ。日程すら決まっていないくらいですので」


 聖羅の疑問を、テーナルクが補足する。

 国の重鎮を集めなければならないのだ。当然、警備の関係や段取りの調整など、やるべきことは無数にあり、明日明後日にやろうといって出来ることではない。

 聖羅の疑問に対し、ルレンティアが答える。


「そりゃあ、せいらんと交流するためにゃ。式典や会合だけじゃわからないこともあるしにゃ」


「……わたしも同じ。一刻も早くセイラさんの人となりを知りたかった」


 ログアンは巨大な亀の背にある国家であり、死告龍を制御しうる聖女の存在の見極めは最重要事項だ。

 そのことは聖羅もテーナルクから聞いていたので、そうだと思ってはいた。


「ルィテとは親交があるからにゃ。『扉』が繋がっているのにゃ。だから来ようと思えばいつでも来れるのにゃ」


「……危うく衝突するところだった」


 苦い顔をしてアーミアが呟くと、ルレンティアはけらけらと笑う。


「考えることは同じだにゃあ。危うく来期の転移予算が吹っ飛ぶところだったにゃ! にゃっはは!」


「笑えない……ほんっっとうに笑えないから……っ」


 楽しげなルレンティアに対し、なんとも苦い顔をするアーミア。

 聖羅はその会話の内容が気にかかった。


「あの……衝突ってどういうことですか?」


「転移門のことは知っているかにゃ? 転移先の座標を決めるための門なんだけど、普通この門はいくつも用意しないにゃ」


「門を複数用意すればその分管理維持費も増えるし、門が多いということはそれだけ攻められる道も多いってことだから、国防的な意味でもなるべく少ないのが望ましい」


「それは、なんとなくわかります」


「でも出口が一カ所しかないから、稀に別々の国が同時に扉を開こうとしちゃうときがあるのにゃ。そうすると、転移魔法の衝突が起きて、両方の魔法が解除されてしまうにゃ」


「魔力は門を開こうとしたときに消費するものだから、もし衝突してしまったらその分の魔力が無駄になってしまう」


「ああ、なるほど……それは、物凄く辛いですね」


 聖羅は事情を理解して頷いた。

 転移門は国が計画を立てて開くものであり、そのための魔力という燃料を積み立てておく必要があるほどのものらしい。

 それが他の国のものと衝突して、無為に帰してしまえば、それは大損害だろう。


「そうならないよう、普段は国家間で連絡を取り合うんだけどにゃ。今回は急だったから、危うくログアンと同時刻に門を開くところだったにゃ」


「ルレンティアが連絡して来てくれて助かった……それはお礼を言っとく」


「にゃはは! 嫌な予感がしたからにゃ! 迷宮攻略じゃあるまいし、先か後かはそんなに問題じゃないしにゃー」


 ルレンティアは気楽に会話を繰り広げているが、転移するための魔力が無駄に消費されていたら、国が傾きかねないほどの大打撃を受けてしまっていたところだ。

 なにげに危ない綱渡りをしているのだった。

 国の命運をかけ、様々な努力を重ねていることを聖羅は感じ、その努力が少しでも報われて欲しいと思った。

 また、過剰に無駄な努力をさせないために、言っておくべきことがあった。


「……先ほども言いましたが、私は元の世界ではただの一般人でした。ですので、単刀直入に申し上げます」


 改まっての聖羅の発言に、三人が警戒を強めるのがわかる。

 それでも聖羅は言葉を止めない。


「私は聖女などと呼ばれていますが、リューさ……死告龍さんに対し、強制的に言うことを利かせられる特別な能力があるわけではありません。非常に繊細な事情があるため、理由は明かせませんが、ある理由から死告龍さんは私の言うことをある程度聞いてくれているだけ、だと思ってください」


 聖羅の言葉を、三人は黙って聞いていた。

 先ほどまで軽い調子だったルレンティアすら、真顔になっている。


「端的に言って、私は死告龍さんに見放される可能性が常にあります。不快な気持ちにさせるようなことをすればそうなる危険が常にあるのです。私としても、死告龍さんに無理を聞いてもらったり、お願いすることは極力したくないのです。あまり過度な期待はしないでください」


 聖羅はそう言ってから、これだけではあまりに冷淡すぎると思い、付け足す。


「ただ、私自身にはこの世界で生きていけるだけの力がありません。ゆえに、食事や住まいを提供してくださっているルィテ王国の皆さんには出来る限り恩を返したいと思っていますし、いかに別世界の人間とはいえ、たくさんの人が死んだり苦しんだりする様を見たいとは思いません。微力ながら出来ることはしたいと考えています」


 それは、聖羅としては正直すぎる心情の吐露だった。

 要は「自分に出来ることはしたいけど、死告龍に嫌われるのも怖いからやれることしかしないよ」という宣言だ。

 元の世界でこんなことをいえば弱みにつけ込まれ、言いように利用されるだけだろう。そうでなくとも、日和見主義と見られていい感情を抱かれないのは間違いない。

 それを頭ではわかっていて、聖羅はそれでも口にした。

 臆病で脆弱な自分が示せる、この世界の者達へのせめてもの誠意だと考えていたからだ。

 至って自分本位で、自分勝手な内容の宣言を受けた三人の姫は。


「セイラさん。お気持ちはわかりますが、もう少し伝え方というものがあると思いますの」


 テーナルクは額に手を当てて溜息を吐き、


「にゃはは! いいじゃないかてーなるん。ボクはかえって安心したにゃ」


 ルレンティアは軽い調子に戻ってお菓子を摘まみ、


「……」


 アーミアは何も言わないまま、黙考しているようだった。

 少なくとも軽蔑の視線を向けられるなど、極端に嫌われはしなかったようで、聖羅は逆に拍子抜けしてしまった。

 ルレンティアが新しいお菓子を口に運びつつ、言う。


「ところでせいらんの生まれた異世界って、どんな世界なんだにゃ? 差し支えなければ教えてほしいにゃ」


「あ、はい。それならいくらでも……」


 聖羅は自分が暮らしていた世界がどういう世界だったのか、説明することにした。

 すでにイージェルドやオルフィルドにも話している内容だったので、いまさら黙っておく必要もない。

 その後、四人の女性のお茶会はそれぞれの話を交えながら、表面上は穏やかに進行していったのだった。


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