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第一章4 ~東国・ザズグドス帝国~


 突如現れたキヨズミセイラという聖女の存在は、その国にとって邪魔なものだった。


 西の豊かな土地を手に入れたいこの国は、長年侵略戦争を西の国――ルィテ王国に仕掛け続けていた。豊かな土壌と豊富な人的資源を有するその国を攻略することは容易ではなかったが、表から裏から侵略を徐々に進め続けていた。

 そして、あと一押しで国境を越えて雪崩れ込めるかという矢先のことだ。

 その国の首都に死告龍が現れ、あろうことかそのまま居座り続けるようになった。

 しかも、ただ暴れるのではなく、同時に現れた聖女という存在によって制御されているというのだから、この国にとっては最悪の展開であった。

 軍事的な戦略を立てることを生業とする、アーズーザゥ将軍は気難しげに腕を組み、深々とため息を吐く。


「どうせなら、あの忌々しい王を殺して去ってくれれば話が早かったのだがな」


 彼は現在、城の最上階に位置する円卓の間にいた。

 重要な会議を行うための空間であり、そこにはアーズーザゥ将軍以外にも幾人かの要人が集っていた。


「ふぉふぉふぉ……死告龍を制御しているという聖女がいなければ、我々は今頃ルィテ王国の城に集っていたであろうにのぅ……全く、忌々しい話じゃ……どうにかできんのか?」


 老人は豊かな白い髭を手でさすりながら、隣の席に座る怪しげな仮面と外套で身体を隠している者に尋ねた。老人の問いかけに対し、その者は静かに首を横に振る。


「すでに幾度も刺客を送り込んでみようとしたが……ことごとく失敗させられた。警戒レベルが尋常じゃ無い。ルィテ王もぬかりないというべきか。情報に関しても徹底した統制が取られていて、ろくなものがあがってこない。手に入ったのは一般にも広まっている例の肖像画の高品質なものくらいだ」


 仮面の男が外套の中から額縁に入った肖像画を取り出す。それを円卓の上に放ると、その肖像画は魔法によってふわりと浮かび、円卓の中心でゆっくりと回転して全員が見られるようになった。

 その肖像画は『聖女キヨズミセイラ』を描いたものだ。

 崩れた尖塔に立つ裸の女性が、巨大な死告龍の前に両手を広げて立ち塞がっている様子が描かれている。

 怒り狂う死告龍を身を挺して鎮めた際の様子らしい。臨場感たっぷりに描かれたそれは、歴史に伝わる勇者や魔王の戦いを描いたそれのように感じられた。


「見事なものですね。やはり元は高名な画家が描いたものでしたか」


 肖像画の存在自体はその場にいる者全員がすでに承知のことだったが、ルィテ王国の国外に流通している肖像画は、粗悪な模造品だった。

 魔法による複製は繰り返すほどに劣化が進む。ルィテ王国と決して友好的な関係とは言えないこの国に流れてくる物は、ピンぼけしたような不鮮明なものであった。

 今この場に出された物は、ルィテ王国内で入手したものである。緻密な線で構成されており、人物の容姿がはっきりとわかるほどのものだった。


「ふむ……粗悪品の時からわかってはいたが……聖女は黒髪黒眼なのだな。取り立てて珍しいわけではないが……」


 肖像画を睨みつけるように眺めていた、粗野な風貌の男が口を開く。


「顔立ちは珍しいっつーか、こういう感じは見たことねえな。どこの生まれだ? 少なくともルィテ国の生まれじゃねえだろ。おい、バラノ。おめえならわかるんじゃねえか?」


 バラノ、と呼ばれたのは線の細い優等生然とした女性だった。

 モノクルをかけており、それに軽く触れながら男の質問に答える。


「そうですね……端的に申し上げて、はっきりどこの生まれかまでは断定できません。ですが、辺境には少し変わった顔立ちの者が生まれることがあることは事実です。顔立ちの変化は異種族と交わった場合に見られる傾向ではありますので、聖女はあるいは人間と異種族の混血の可能性があると言えなくはないでしょう」


 澄んだ声で淡々と告げられる言葉。

 しかし要点をまとめれば何もわかっていないと言っているのに等しかった。


「なんじゃそりゃ? 結局、どうなんだよ」


「わかりません。この絵が正しいかどうかもわかりませんので、これだけを見て下手に判断することは控えた方が無難とも言えます」


 だいたい、とバラノは続ける。


「服装などから文化圏など判断できることも多いのですが、裸婦画では得られる情報が少なすぎてなんとも……恐らくはルィテ王の策略でしょうね。まさか聖女が裸族ということはないでしょうし。とはいえ、こんな裸婦画が拡散することを許容する聖女というのもどうかとは思いますが……恥ずかしくは無いのでしょうか」


 早口でまくし立てるバラノの様子に、他の者達が顔を見合わせる。元からバラノという女性は蓄えた知識の量が膨大ゆえに説明や解説が長くなりがちではあったが、いまの彼女からはいささか不自然なものを感じたのだ。

 彼女を慮ってあえて触れようとはしない者達の中で、バラノの隣に座る粗野な男だけは躊躇わずそれに触れにいく。


「バラノ、お前……生娘じゃあるまいし、まさか裸婦画を恥ずかしがって――いってぇ!」


 言葉の途中で突然声をあげて悶絶する男。

 その直前に聞こえた鈍い音から、その場にいた者達は円卓の下でバラノが彼の足を蹴っ飛ばしたのだろうと察した。

 蹴られた男が怒り出す前に、アーズーザゥ将軍が口を開いてバラノを窘めた。


「痴話喧嘩はやめんか。会議中だぞ。バラノ書記官」


 将軍に窘められ、バラノが頭を下げる。


「失礼いたしました。しかし、痴話喧嘩ではありません。昔なじみなだけです」


 バラノと彼は同年代かつ同じ農村の出身であった。

 この国では身分よりも能力が重視されており、結果として力を示すことができれば出自や年齢は問われない。

 生まれつきの魔力量は血筋に影響されるところが大きいため、王族や貴族身分に関しては血筋がそのまま当てはまる場合があるが、それすら「ひとつの要素」でしかなく、時代によって王族であったり貴族であったりした血筋が存在する。

 完全実力主義なのである。

 若くしてこの場にいるふたりはそれだけ優秀、ということではあるのだが、若くして自分の立場を自ら掴んだという自負があるためか、公的な場であれ、思うがままに振る舞うことがあった。

 特に武闘派の男はその傾向が強い。


「お前なんかこっちから願い下げだよ無愛想女!」


「モーズダ軍隊長、控えろ。いまのはそもそもお前が悪い」


 アーズーザゥ将軍はため息を吐きながらモーズダも窘める。

 粗野な男、モーズダは不満そうにはしつつも、将軍に逆らうつもりはないのか、大人しく引き下がった。

 場が落ち着いたのを見て、将軍は再び口を開く。


「さて……改めて本題に入ろう。先日、ルィテ王国から書簡が届いた。内容としては『聖女キヨズミセイラを讃える式典および大会合の開催告知』。式典などと書いてはいるが、要は『聖女が気になるのなら直接見に来い』というわけだ。どちらかといえば、その後の大会合の方が本題だろうな。ここで聖女に関する国際的な取り決めをするつもりのようだ」


「敵対している我々にも送ってきたのですね」


「ああ。来なくてもいいが、来る者は拒まないそうだ。聖女が死告龍を制御出来るということを知らしめて、我らの侵略を牽制する狙いだな。当然、我らに対しては少人数のみの許可しか出ていないが」


「どうするんだ……ですか、将軍。下手な奴を送り込むわけにもいかないでしょ」


 書簡には式典と大会合の間に限定した停戦協定を結ぶことを提案する、ルィテ王の名前が記された契約書が添付されていた。

 魔法的な契約書はその契約を破れば、契約した者が大きな損失を被るように出来ており、契約をかわした時点で互いにその約束を履行するように努力せねばならない。

 王の力を削いでまで騙し討ちを行う可能性は限りなく低く、念には念を入れるにしても、契約が破られる心配はアーズーザゥ将軍もしていなかった。


「うむ……今後どのように動くとしても、聖女キヨズミセイラの見極めはせねばならない。ゆえに私が参加する予定だ」


 そう力強く断言する将軍に、異を唱えるものはいなかった。

 王を除き、彼がもっとも地位と権力、そして実力を持っている。

 聖女という今後の国の動きを左右する重要案件に判断を下すなら、彼が出ないわけにはいかなかった。

 万が一ルィテ王国に騙し討ちされても、彼ならば生きて逃げ延びる可能性が高いということもある。


「それと、バラノ書記官。付いてきて欲しい。知識も重要だが……君は聖女と同性で、体格などから推定される聖女の年齢とも近い。そして何より非戦闘員だ。近づく機会があるとしたら一番可能性があるはず。非常に危険な任務であるゆえ、辞退するのは自由だ。罰則もない」


 この国にも女性の兵士や戦士は多数存在するが、掴んだ情報では聖女が武器や魔法を扱ったというものはない。

 恐らく本来は非戦闘員に属する立場のもので、それゆえに戦闘が出来る者では近づけない可能性が高かった。

 そういう意味では、バラノはもっとも理想的な高官ということになる。バラノが好ましいとされるのは武器だけではなく、魔法もほとんど扱えない無力な存在なためだ。

 非戦闘員の警戒を解くのにこれ以上うってつけの人材もいない。

 とはいえ、敵地のど真ん中にいくことになるのは事実であり、非常に危険な任務であることは間違いなかった。

 普通ならば躊躇うところだろう。


「わかりました。謹んでご一緒いたします」


 だが、バラノはそう即答した。

 将軍の言葉に納得したということもあるし、なにより彼女自身聖女のことは気になっていたからだ。

 純粋に国のためになることでもあるし、彼女自身の知識欲も刺激されている。この世界にも聖女なる人物の伝説はいくつかあるが、いずれも過去の記録でしかない。

 観察眼に自信のある彼女は、聖女の本質を見抜くことが自身に出来る最大の貢献であると理解しているのだ。


「おいおい、大丈夫なのか……です。アーズーザゥ将軍は大丈夫だろうけど……もしルィテ王が盟約を破ってでも仕留めに来たら、バラノはやばいんじゃ……」


 そんな彼女の昔なじみであるモーズダはそう呟いた。

 侵略政策をとっているこの国は、周辺諸国からは恐れられ、恨まれている。

 ルィテ王は周辺各国の要人を呼んでいるが、そのほとんどはこの国と敵対関係にある国だ。一部中立だったり、この国の属国だったりする国もあるが、全体としては文字通り敵中に飛び込んでいくのと代わりない。

 それでも、アーズーザゥ将軍はこの大会合に参加しないつもりは微塵もなかった。


「最悪の場合でも、私や彼女の代わりはいる。私たちが殺されたことで、侵略に手心を加える必要もなくなる。そうなったら有利なのはこちらだ。もしルィテ王がそんな策略をとるような愚王であれば、ルィテ王国の攻略にここまで苦労はしなかったさ」


「私はアナタみたいに戦えはしません。けれど、この国に殉じる覚悟はあるつもりです。最悪の場合は敵将校のひとりやふたり、道連れにして差し上げましょう」


「……無茶すんなよな」


 何かとやりあうことの多い二人であるが、別に相手が嫌いなわけではない。同郷の顔馴染みではあるし、互いの出世を喜ぶ程度の友好的な感情くらいはある。

 それ以上の感情を問われると二人は揃って首を横に振るが。

 同郷だというだけで親交以上のものに発展すると思う方がどうかしているというのは本人たちの談。

 話し合いも終わりという段階になったところで、思い出したように将軍が言う。


「ああ、それと、式典では舞踏会も開催されるようだ。農村出身のバラノ書記官はあまり縁の無い行事だっただろう。我らは軍国ゆえ、上手く踊れるようになる必要は無いが衣装や段取りはきちんと確認しておくようにな」


「問題ありません。知識はありますので、教師を雇って当日までに実技のすりあわせと――ドレスに関しては最新の流行を確認後、申請させていただきます。場合によっては、ルィテ王国のドレスを取り寄せるか、現地で購入するかした方がいいかもしれませんね……聖女に近づこうと思えば、紛れることも必要かと思われますし」


 よどみなく応じるバラノの言葉に、アーズーザゥ将軍は満足そうに頷いた。

 優秀な部下を持って幸いだ、と彼は自身の率いる国の――ザズグドス帝国を誇りに思うのだった。

 後に、バラノはルィテ王国で新しく考案された『聖女スタイル』のドレスを着ることになり、結果としてかなり悪目立ちをしてしまい、羞恥地獄に立たされることになる。


 だが――そんなことはこの場にいる誰にも予想出来なかった。



第二章につづく

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