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第九章4 ~運が良かったと言っていいのでしょうか~

 リューさんから零れだした黒い霧のようなものが、私の身体を吹き抜けていきました。

 怖気が全身を駆け巡ったかと思うと、急に身体から力が抜け、後ろに倒れ込んでしまいます。

 こんなところで転んだら頭を打って大変ですね、と。

 私は自分のことなのに、どこか遠くの出来事のように感じていました。


『セイラッ!!』


 そんな私を、ふわりと柔らかいものが受け止め、包み込んでくれました。

 ヨウさんがバスタオルを使って、倒れ込みかけた私の身体を受け止めてくれていました。

 こちらを見るヨウさんの顔は、青ざめて震えています。

 その行動と表情を見て、ヨウさんを庇ったことは間違いではなかったと確信しました。


『セイラ……ッ、しっかり!』


 ヨウさんが私に呼びかけながら、バスタオルを身体に巻いてくれました。

 私は自分の胸に手をやり、心臓が鼓動を奏でているのを確認します。

 ヨウさんの焦りようからして、リューさんの即死の効果が発揮されたことは間違いないはずです。

 しかし、私は生きています。


「……あ。えっと……大丈夫、みたいです?」


 バスタオルを巻き付けてもらったから、でしょうか。

 効果が発揮するまでに少しタイムラグがあって、発動する前に遮ることができた、ということなのでしょうか。

 むしろ、ずっと感じていた頭痛がなくなっており、清々しいくらいの状態で――と、思った瞬間。

 身体中から走った痛みに――特に腕と足の傷からの痛みに悶絶してしまいました。


「い……っ、たぁ……!」


 頭痛がなくなったせいでしょうか。

 いままでは平気だった身体の痛みが、とんでもないものだったことに気づかされます。

 痛みのあまり腕と足が痺れて動かせません。


「――! ぐるるっ!」


 リューさんが私を心配して、塔にしがみつくようにして顔を寄せて来ました。

 バスタオルを身につけたからか、リューさんの声はまたうなり声にしか聞こえなくなってしまいましたが、ニュアンスからこちらを心配しているのはわかります。

 塔は軋んで揺れましたが、なんとか耐えてくれていました。

 私はリューさんを安心させるために、激痛を堪えて笑顔を浮かべます。勢い余って塔が倒されたら大変です。


「だい、大、丈夫、ですよ。リューさん。怪我したところが、痛む、だけですから……」


 こちらには声が聞こえなくとも、むこうはこちらの言葉を理解してくれているはずです。

 リューさんには大丈夫と言ったものの、ほんとは大丈夫じゃなかったです。

 足の裏とか、我ながらこれでよく走れてましたね。

 床にちょっと触れるだけで、悶絶するくらいに痛いです。

 ヨウさんが私を抱きしめるようにして身体を支えてくれているので、それに甘えて腕や足の傷がどこかに触れないよう、身体を預けます。

 少し落ち着いた、と思った時、なにやらボタボタ、と水滴が傘を叩くような音がすぐ近くから響いてきました。

 出血がそこまでのものになってしまっているのか、と焦りましたが違いました。

 顔を寄せて来ていたリューさんか、ボロボロと大粒の涙を流していたのです。


「くるる……くぅ……くるぅ……」


 声は聞こえませんが、言いたいことはなんとなくわかります。

 生きてて良かった、とかそういう類いのことでしょう。

 そう思ってくれるのであれば、もう少し気をつけて欲しかったです。

 まあ、この一週間、そういうことは気にせずスキンシップを取れていましたから、その分の油断もあったのでしょう。

 いつも遠慮無く頭突きしてくれたり、舐めてきたり、じゃれて来たりしてくれていましたからね。

 体格差で毎度大変な目に遭わされていましたが、即死の効果がブレス以外にも乗りうるのだとすれば、そのじゃれ合いも実は結構命がけだった可能性があります。

 それは恐ろしいことではありましたし、肝も冷えましたが、同時に、それゆえのリューさんの孤独にも思い至ってしまいます。


(リューさんは人とまともに触れあうことが出来ない、ってことですよね……)


 即死の効果を任意で切ることが出来ないのであれば、リューさんが下手に他者と触れあうと、その相手を殺してしまいかねないということです。

 リューさんにはご兄弟がいらっしゃるということでしたが、その方々と触れあうことも満足に出来なかったのではないでしょうか。

 触れ合うということがそもそも出来ないのですから、スキンシップで手加減が出来ないのも当然でした。

 ドラゴンの感性がどんなものかはわかりませんが、リューさんとの触れ合いを思い返すにつけ、あれだけ嬉しそうだったのですから、誰とも触れ合えないということはドラゴンにとっても寂しかったのでしょう。

 私はヨウさんにお願いして、抱え上げてリューさんの側に近寄らせてもらいます。


「リューさん。大丈夫ですよ、私は平気です」


 手を伸ばして、リューさんの鼻先を撫でてあげます。

 リューさんは「くるる」と啼きました。

 相変わらずボロボロ涙を流しているリューさんは、とても死告龍などと呼ばれ、恐れられている存在には見えません。

 単に子供なだけだとすれば、よい方向に変わっていくことも出来るはずです。

 あるいはもしかすると――私の役目というのはそこにあるのかもしれません。


「……まあ、それはさておき……どうしましょうか」


 大騒ぎになっている城内および城下町を見下ろします。

 イージェルドさんやオルフィルドさんが抑えてくれているのか、こちらに攻撃を仕掛けてくる人はいないものの、蜂の巣を突いたような騒ぎが続いているのは変わりありません。

 この騒ぎをどう納めるか。

 私は頭を悩ませることになるのでした。

 ひとまず、戦いはやめたのですし、冷静な対処を期待しましょう。


「リューさん、ヨウさん。おふたり……と話したいので、一度バスタオルを外します。もし他から攻撃されたときは守っていただけますか? 出来れば穏便に」


 そう言ってバスタオルに手をかけると、リューさんもヨウさんも頷いてくださいました。

 安心して巻いてもらったバスタオルを外し、手に持ちます。


『……セイラ、だいじょうぶ?』


 すると、リューさんの声が聞こえるようになりました。

 私はリューさんの問いに「大丈夫です」と応えておいてから、ヨウさんに訊きます。


「ヨウさん、回復魔法は使えますか?」


『ええ、使えるわ。身体の傷を治せばいいの?』


「はい、お願いします。痛すぎて立つことも出来ませんから……あ、でも全身一気に回復するのではなく、少しずつお願いできますか?」


 イージェルドさんに魔法をかけてもらった際の痛みが思い起こされます。

 もしあれが魔法を受けたことによるものだとすると、下手をすると回復魔法でも傷が治ると同時に激痛が走るかもしれません。

 そうなると致命的なので、試しに手のひらから治してもらうことにしました。

 ヨウさんが両手を使って私の手を優しく包み込んでくれます。


『【治癒】』


 暖かな光が私の手のひらに凝縮され、染みこむように入って来ました。

 それと同時に、まるで傷口に消毒液をかけてもらった時のような痛みが手のひらから走ります。

 耐えられない痛みではありませんが、少し顔を歪めてしまいました。


「っ……確認、ですけど……通常、回復魔法に痛みは伴いますか?」


『いいえ。痛みが和らぐことはあっても、回復魔法をかけられて痛みが発生することは普通はないはずよ』


「そうですか……ありがとうございます。なら、次は足の裏をお願いします」


 一番痛いところだけ治療してもらうことにしました。

 とりあえず足裏さえ治れば歩くことも出来ますからね。

 ヨウさんが続けて足の裏も治してくれます。

 リューさんが回復魔法をかけたさそうにしていましたが、ヨウさんから「あなたは戦闘用の魔法はともかく、他の魔法は使い慣れていないでしょう?」と指摘され、渋々引き下がっていました。

 足の裏も、傷口を海水につけたような激痛を伴いつつ――悲鳴をあげずに堪えたことは褒められていいと思います――治りました。


「ありがとうございます。ヨウさん。ひとまずはこれくらいにしておきます」


『……そうね。それが良さそうだわ。顔色が良くないわよ』


 指摘されて、私は自分の顔色が悪いことを実感しました。

 確かにせっかく消えていたはずの頭痛も、またするようになっていました。

 どうやら、魔法というか、魔力の浴びすぎが原因のようです。

 ヨウさんは「魔力中毒」という病気の症状に似ていると指摘してくださいました。

 あまりにも強大な魔力を浴びることで起きる病気で、森から魔力を供給できる大妖精にとっては、気をつけておかなければならない病気のひとつらしいです。


『普通はもっと膨大な魔力を扱わない限り起きないはずなんだけど……セイラは魔力が全くないから、それでだと思うわ』


「全くない、んですか?」


『ええ。バスタオルを身につけていた時にはわからなかったけど、いまみたいに加護が緩んでいるとはっきりわかるわ』


『うん。たしかに。ぜんぜん感じないよ』


 リューさんにもそう言われてしまっては、私が魔力を全く持たないというのは事実なようです。

 となると、少し憧れてた魔法を使えるようにはならなさそうですね。残念です。

 私はその程度に感じていたのですが、リューさんとヨウさんは深刻そうな声のトーンで話を続けていました。


『魔力がまったくない、ってありえる?』


『……わたしが知る限り、そんな生物はいないわね。石巨人でさえ、微弱な魔力は持っているわ』


「私は違う世界から来たわけですし、そういう構造からして違う可能性はありますが……」


 ともあれ、そういったことを考えるのは落ち着いてからにしましょう。

 まずは塔を降りて、イージェルドさんやオルフィルドさんに説明をし、もう危険はないということをわかっていただかないといけません。

 リューさんが約束を守ってくださったおかげで街への直接的被害はほとんどないので、折り合いを付ける余地はあるでしょう。

 騒ぎを起こして街を混乱させてしまったのは間違いないので、なんらかの埋め合わせは必要かもしれませんが。


「リューさん。約束を守ってくださってありがとうございます」


『そういう、約束だったから。弱かったし』


 あれだけの規模の魔法を扱えるヨウさんが弱いわけがないのですが、私はそこを追求しないことにしました。

 ヨウさんも反論する気はないようです。

 実情はどうあれ、結局リューさんは怪我らしい怪我もなく、無傷に近いですからね。ヨウさんもリューさんより弱いことは否定しようがないというところでしょうか。

 私は立ち上がり、バスタオルを広げます。


「……またバスタオル一枚で過ごさないといけないんですね」


 いい加減どうにか脱却したいところです。

 それに、リューさんとヨウさんと話すためにはいちいち外さないといけないというのも、憂鬱なことでした。

 いままで以上に中庭の人払いをしてもらう必要があるでしょう。

 これからも続くであろう苦難を考えてため息を吐いていると。


『確約はできないけど、もしかしたらわたしたちとの会話はどうにかなるかもしれないわ』


 ヨウさんがそういってくださいました。


「え!? 本当ですか!?」


『ええ。……セイラがまだわたしを信じてくれるなら、だけど』


 ヨウさんは、ばつが悪そうにそう続けました。

 一度裏切られていますし、猜疑心の強い人だと信用できないかもしれません。

 ただ、私はもうその心配は要らないと感じていました。

 感じているだろう負い目とか、与えたことになる恩とか、そういうこともありましたが一番は。


「信じますよ。ヨウさんだから、信じます」


 リューさんの力で私が死ぬかもとなった際、ヨウさんはとっさに私を助けようとしてくれました。

 人間でも妖精でも、とっさの行動にこそ、その本質は現れるものです。

 だから、私はヨウさんを信じると決めたのです。

 ヨウさんはそんな私の言葉を受け、穏やかな笑みを浮かべてくれました。


『ありがとうセイラ。わたしは友として――二度とあなたを裏切らないと誓うわ』


 そういってくださるのは、頼りもなく異世界に放り出された私にとって、とても嬉しいことです。

 気になるのはなぜか私を気に入ってくださっているらしいリューさんの反応でしたが、意外なことに特に嫉妬したり羨んだりはしていないようでした。

 少し驚きを持った目でヨウさんを見てはいましたが、それだけです。

 リューさんのことですから、私とヨウさんが仲良くしていたら、よく人間の子供がいうように『セイラのいちばんはリューなの!』とか駄々をこねかねないと思っていたのです。

 その様子がないのはありがたいことでしたが、同時にどういう理由で私を気に入ってくださっているのかが、ますますわからなくなって不気味でもありました。


(いまならリューさんに直接理由を聞けますが……)


 少し考えて、いまはやめておくことにしました。

 イージェルドさんとオルフィルドさんに状況を伝えて、騒ぎを収めるのを優先すべきだと思ったためです。

 私はリューさんとヨウさんと今後の流れについて軽く打ち合わせたあと、再びバスタオルを身体に巻き付けます。


 バスタオル一枚を巡っての争いは、ひとまず終結したのです。


次回、第一部最終章です。

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