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第九章2 ~『貪り喰らう大森林』の「三柱大妖精」~

 清澄聖羅から「ヨウ」という呼ばれている大妖精は、この世界において間違いなく最強の一角に数えられる存在である。


 城から飛び上がった大妖精を、死告龍が追いかけて飛翔する。

 忌々しき仇敵のためらいのない追撃に大妖精は歯噛みしつつも、ここで向かえ打つ覚悟を決めた。

 本来なら、死告龍が聖羅を気にかけているうちに、極大魔法の準備をするつもりだったのだ。国をも吹き飛ばす規模の魔法を受けて無事でいられる存在はいない。

 それがもっとも確実な方法であるはずだったが、死告龍はそれを防いだ。

 死告龍の判断は早く的確で、すでに戦闘経験の差が如実に表れている。

 それを感じつつも、大妖精に戦わないという選択肢は無かった。


(絶対に、あなたたちの仇を取るわ……!)


 彼女の脳裏には、死告龍によって薙ぎ払われた森の木々たちの無残な姿が浮かんでいた。

 本来、木が切り倒されたり、燃やされたりしたとしても、それは怒りを向けるべき行為ではない。なぜならその木は次の糧となり、森を豊かにすることになるためだ。

 無闇に危害を加える行為には怒りもするが、人間が人間を殺された時ほど、彼女たち妖精は木を倒されても怒りや恨みの感情を抱かない。

 そんな彼女が死告龍に対し、激しい恨みの感情を向けている理由は単純だ。


 死告龍が『即死』の属性を持つブレスを用いて木々を薙ぎ倒したためである。


 普通に倒された木と違い、そのブレスによって倒された木は、文字通り『死んだ』。

 次の糧になることもなく、朽ち果てるだけの亡骸となってしまったのだ。

 それが大妖精には許せない。

 必ず死告龍に復讐を遂げると、虎視眈々と機会を狙っていたのである。


(森の管理者として……絶対に許さない!)


 八万平行キロメートルもの広大な面積を誇り、いまなお拡大し続けようとしている、人呼んで「貪り喰らう大森林」。

 その管理者である「三柱大妖精」の一体。

 三体の中で最も若い個体であるが、その身に宿す魔力が強ければ強いほど寿命も延びる魔物たちにとって、ある一定以上の魔力を持つ者にとっては年齢に大した意味はない。

 その身に宿している魔力だけでも絶大だが、妖精の特性として管理する植物の魔力を流用できるというものがある。


 つまり、大森林を管理する彼女には、魔力切れが起きることがまずない。


 空中に浮かんだ彼女の周りに無数の魔方陣が展開され、そのすべてが超級の威力を持って放たれる。

 氷、雷、風、炎。

 様々な属性の攻撃が、雨のように死告龍に降り注ぐ。

 多種多様な魔法を扱いこなすことができる大妖精であるために、ほとんどの外敵は魔法のごり押しだけで倒すに至る。

 人間が彼女に立ち向かおうと思えば、大国同士が連携を密にし、魔法騎士団や戦士団を波状的に投入し、少しずつ森を削っていく、地道かつ時間のかかる方法か。

 あるいは、大妖精本体は比較的脆いという点を突き、勇者という個の極みにある存在が単身突入し、本体の撃破という一点突破を目指すくらいしか取る方法がない。

 幸いにして大妖精は攻撃的な性格ではなく、また侵略という概念も薄いために、大きな城壁などで遮り、そもそも植物が広がらないようにすることで領域を定め、大妖精との衝突が起こらないように回避している。


 そんな大妖精が、絶対防御の『神々の加護』を得ればどうなるか。


 本体が撃破される、という大妖精がもっとも避けたい事態が起こらなくなり、大妖精自身が堂々と前線に立つことが出来るようになる。

 事実上無尽蔵な魔力を存分に振るい、大魔法を連発することが出来るため、並の存在ではその前に立つことすらできなくなるだろう。

 最強を超え、無敵と言われるようになったとしても、おかしくはない。

 そして、その絶対防御の『神々の加護』を実現する装備品が、大妖精が完全な形で身につけられる形で現れた。


 実のところ、魔物も『神々の加護』を持つ武器や道具を使うことが出来る。


 だが、手に持って使う武器や道具ならばともかく、衣服や鎧になると人間とは身体のつくりが違う魔物たちには身につけられない物が多くなる。

 人とほとんど変わらない妖精たちですら、背中に羽があるためにまともな服はほとんど身につけることが出来ないのだ。

 しかし、バスタオルならば。

 背中の羽に影響なく身につけることが出来る。


 だから彼女はそのバスタオルを手に入れようと画策した。


 言葉は通じずとも、聖羅に信用されていることは大妖精にもよくわかっていた。

 いずれはバスタオルを手にする機会がくるはずだと考え、離れてもいいと言われても聖羅から離れようとしなかったのだ。

 本来であれば、十分過ぎるほどの信頼を築いた上で、聖羅に友好的にバスタオルを譲渡してもらっても良かったのだが、人間同士の交流が深くなるにつれて、大妖精の自分の立場が怪しくなっていくことをヨウは感じていたのだ。

 一週間もあれば、聖羅の操る言語を、翻訳する魔法に組み込むことはヨウにも出来たが、そもそも自分の声が届かないのでは意味が薄い。


 そんな時、聖羅の部屋を訪れた彼女は、神々の加護が緩んでいるところに偶然遭遇してしまった。


 この機を逃せば、次はないかもしれない。

 そう判断したヨウは、聖羅からバスタオルを奪う計画を実行に移し、そして見事強奪することに成功した。

 すべては彼女の目論見通り、上手くいった。

 絶対防御を手に入れ、攻撃に専念し、死告龍に向かって多種多様な魔法を叩き込んだ。

 しかし、最大の誤算がひとつ。


 死告龍は、大妖精が想定していたよりも遙かに強かった。


 放った魔法のことごとくが黒いブレスで薙ぎ払われる。

 生物ではない魔法に即死属性は関係ないはずだから、純粋に威力が上回っているのだ。

 大妖精もそのブレスに巻き込まれたが、バスタオルの効果で無事だった。

 無事とは言え、即死の効果を持つブレスをその身に受けているのだから、平静ではいられない。

 バスタオルが絶対防御の加護を持っているらしいのは彼女もよく知るところではあったが、即死効果を完全に無効化しているのかどうかはわからない。


(無知というのは、羨ましいわね……!)


 ヨウが思い出すのは、最初に聖羅が死告龍と共に森に現れた時のことだ。

 森を破壊し、降り立った死告龍。ヨウたち三体の大妖精は、死告龍という存在を知っており、そのブレスの効果も直前に放たれたためよくわかっていた。

 長年、彼女たちの森を脅かせるような外敵はいなかったため、突如訪れた消滅の危機に震えることしか出来なかった。

 死告龍の能力、自分たちの能力。それらを明確に理解しているからこそ、抗おうという気さえ起きなかったのだ。


 そのとき、何も知らない聖羅は――だからこそ、彼女たちを庇った。


 絶対防御があるにしても、確実に防いでいる保証もないのに、聖羅はヨウたちと死告龍の間に立ち、死告龍に対して異を唱えることが出来たのだ。

 結果として、死告龍は牙を納めたが、もし余計に怒りを買っていたらどうするつもりだったのか。

 ヨウが聖羅の無知を羨ましく思うのは、そういうところだった。

 実際にバスタオルを身につけてみて、改めてヨウはそう思う。


(く……っ! 補助系の魔法も全部カットしちゃうなんて……!)


 防御は必要ないにせよ、移動の補助に魔法を使うことはある。

 妖精が元々持つ羽による飛翔能力まではカットされないのが救いだったが、体力向上や身体能力向上の魔法もすべて無効化してしまうため、機動力が大きく削がれてしまっている。 距離を詰めてきた死告龍がその前脚の爪を振るう。弾き飛ばされて姿勢が崩れるのを嫌ったヨウは、爪を受ける寸前に風の魔法を暴発させ、あえて自分から位置を大きく変える。

 きりもみ状態で空を滑るように移動しつつ、羽の力を使って姿勢を制御。

 同時に再び魔法を展開し、追撃を防ぐために攻撃魔法をばらまいた。

 その狙いは甘く、ほとんどの魔法は死告龍に当たらず、地上へと降り注ぐ。


 その外れた魔法を、死告龍が展開した攻撃魔法が撃ち落とす。


 ヨウの魔法に反応してから展開しているはずなのに、その精度は正確で、一発たりとも眼下の街に魔法を落とすことはしなかった。

 魔法制御の水準が違いすぎた。ヨウとて大妖精の一体。その魔法知識や技術に自信はあったが、こと戦闘魔法に関しては死告龍の方が遙かに上回っていた。


(ブレス頼りじゃなかったの……!? なんで、こんな正確に!)


 即死属性などというブレスを持っている以上、大抵の敵とは勝負にならないはずだ。

 勝負になるような相手だとしても、即死属性を意識して戦わなければならない以上、まともな戦いになるわけがない。

 そのため、ヨウの想定では死告龍は決して戦闘に長けているわけではないはずだった。自分たちもそうであるが、絶対防御の補助がある分、有利に立てると思っていた。

 だが、実際の死告龍はヨウの想定を遙かに超え、戦巧者であった。

 そうでもなければ――死告龍などと呼ばれてはいないのだということに、ヨウは思い至らなかったのだ。

 焦って魔法を放てば放つほど、ヨウは追い詰められていく。

 そして、不意にヨウの頭に激痛が走った。


(まずい……! 魔法の連続使用限界が……っ)


 魔力は無尽蔵に用意できる大妖精にも、出力限界というものが存在する。

 いくら体力が無限にあったとしても、その者が有する筋力が持ち上げられる重みには限界があるように、魔法にも似たような原理が存在する。

 魔力をいくら込めても、ひとつひとつの魔法の威力には限度があり、無尽蔵に魔力を扱えても、それを扱う大妖精の精神――頭に過負荷がかかってしまう。

 それでも人間に比べれば遙かに許容量は大きいが、ここまで大量の魔力を一度に使用する経験はヨウにもなく、過剰な魔力を受けたヨウは軽度の魔力中毒に陥っていた。

 飛翔能力にも影響が発生し、空中でふらつくヨウ。

 その隙を死告龍が見逃すわけもなく。


(よけ、な、きゃ……っ!)


 一瞬で距離を詰めた死告龍が、身体ごと回転させて放った尾の一撃が、ヨウを空中から地上へと叩き落とした。

 バスタオルの加護で痛みこそなかったが、高速で墜落した衝撃はヨウの全身を貫き、一時自失の状態に陥らせる。

 叩きつけられた尖塔自体が崩れなかったのは奇跡だった。

 ヨウは瓦礫の中から這い出しつつ、空中に浮かんでいる死告龍を見あげる。

 散々魔法を叩き込んだはずなのに死告龍に傷らしい傷はない。


(ああ……ほんとうに……なんて、化け物……!)


 ヨウと同じだけ魔法やブレスを用いていたにも関わらず、魔力酔いや中毒を起こしている様子も無い。

 爛々と赤く光る瞳が、ヨウを見据えていた。

 ヨウは最終手段に出るしかないと判断する。

 しかし、果たしてそれを死告龍が許すだろうか。

 想定を遙かに超えてくる死告龍を相手にして、ヨウの気持ちは折れかけていた。


(でもやらなきゃ……わたしは……みんなのために……!)


 森の管理者としての矜持が、ヨウを奮い立たせていた。

 そんな彼女のなけなしの決意をへし折るように、死告龍がひときわ大きな咆哮を放つ。

 世界そのものを震わせるような凄まじい怒号に、立ち上がりかけていたヨウの身体は、自然と膝を着いていた。

 存在そのものの格が違うと、頭では無く身体が理解してしまう。

 バスタオルの加護があるから死ぬことはないはずだという理性的な考えが、むなしく霧散していく。

 死告龍が再度突撃をかけてくるのを、ヨウは呆然と見上げることしか出来ず――



「ダメです! リューさん!」



 目の前に立ち塞がった清澄聖羅の姿に、唖然とすることしか出来なかった。

 崩壊しかかった塔を全力で駆け上がってきたのか、大粒の汗を額に浮かべて肩で息をし。

 途中で瓦礫にぶつかったり、踏みつけたりしたのか、至るところから血を流しつつ。

 何も身に纏っていない、生まれたままの姿で。

 何の加護もないただの人間の女が。


 死告龍を止めたのだ。


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