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第八章4 ~神様の融通が利かないのはどの世界も同じでした~


 胸に巻いた布を、折り返して手を放しても落ちないように固定しました。

 身体に触れている手から、ドクンドクンと心臓が激しく高鳴っているのを感じます。

 そして、私は胸に巻いた布から手を放したのでした。


 腰に巻いたバスタオルは、爆発しませんでした。


 しばらくじっと立ったまま、様子をうかがっていましたが、やはりバスタオルが何かしら反応する様子はありません。

 そうしているうちに、じわじわと実感が沸いてきました。

 これで、バスタオル一枚という状況からは脱することが出来たのです。


(や、やりました……! 布地が被らないようにさえすればいいなら……!)


 いまは腰にバスタオルを巻いていますが、胸の方をバスタオルで隠し、下は普通の下着やスカートを履けば、より恥ずかしさは緩和されるでしょう。

 ついに私は羞恥地獄から解放されるのです。

 もちろん、色々と確かめなければならないことはあります。

 バスタオルは滅多なことでは脱げないように、不思議な力が働いていました。それはバスタオル以外に身につけた衣類にも適用されるのか。

 試しに胸に巻いた布を意識して体を捻ったり、前後に曲げたりしてみると、止めが甘かったのもあってか、あっさり布が外れてしまいました。

 露わになる胸を慌てて腕で隠しつつ、床に落ちた布を拾い、再び胸に巻き付けます。


(……さすがにバスタオル以外の服には、バスタオルに宿った不思議な加護は適用されないようですね)


 絶対防御も恐らくバスタオルだけ、と考えた方が無難でしょう。

 服を着ているからといって、下手に加護を当てにしてはならないということです。

 とはいえ、この城の中にいる以上、そう加護が必要になるような状況になるとは思えません。リューさんも落ち着いていますし、イージェルドさんやオルフィルドさんのいる城が戦地になることはそうそうないでしょう。

 こうなってみると、慎重になりすぎていた感はあります。

 もう少し早くに決断出来ていれば、オルフィルドさんとの会食はもっとまともな姿で迎えることが出来たでしょうに。


(いえ、それは言っても仕方ありませんね……)


 過ぎたことは仕方ありません。イージェルドさんやオルフィルドさんの人となりが判明する前にバスタオルの加護を失うわけにはいきませんでしたから、慎重だったのも間違いではない、はずです。

 いま考えるべき問題は、これからどうするか、です。

 イージェルドさんに「事情があってこの姿でいなければならない」という話はしてしまっています。いきなりそれを覆すようなことをすればどう思われるか。

 バスタオルは外さないまま、他の服を身につけることになるわけですから、バスタオルにその『何らかの事情がある』と喧伝するようなものです。

 どうすべきか考えを煮詰めたかったのですが、急に体が重くなり、頭がぼうっとして来てしまいました。


(っ……安心したからでしょうか……? 急に眠気が……)


 今日は朝からオルフィルドさんとたくさん話したり、たくさんの使用人に囲まれたりと、慣れない環境に身を置きすぎたせいでしょう。

 体が重く感じるほどの眠気に、思考を妨げられてしまいます。

 これではろくな考えは出せません。今は考えるのを保留することにします。

 バスタオルをパレオ方式で腰に身につけたまま、ベッドの上にごろりと寝転がりました。

 この何気ない動きだけでも、安心感が違います。いままではちょっと身じろぎするとバスタオルの裾がまくれ上がって、隠しておきたいところが露わになってしまっていました。

 いまも裾がめくれ上がってはしまいますが、そうそう大事なところまでは露わになりません。

 久しぶりの安心感に包まれながら、私はゆっくりと意識を睡魔に委ねていき――


 気づいたら、白いローブの人と、バスタオル一枚で向かい合って立っていました。


 そこは、なんとも不思議な空間でした。

 広い室内のようなのですが、塔のように天井は高く、天井が見えないほどです。

 四方を囲む壁は名高い大聖堂にあるような、厳かなステンドグラスで、柔らかな月の灯りがそれらを綺麗に輝かせています。

 どう考えても室内のはずなのに、頬に風を感じます。室内にいるのに屋外に立っているような、そんな不思議な空間でした。

 夢の中、という表現がぴったり合う場所です。

 私が驚いて周囲を見回していると、目の前の白いローブの人から、いたずらが成功した子供のような、楽しげな含み笑いが聞こえてきました。


「やあ、清澄聖羅――また遭ったな」


 その人は、私の名前を正確なイントネーションで呼びました。

 翻訳魔法が使えるイージェルドさんやオルフィルドさんでも、『キヨズミ』となんとなく違うイントネーションで呼んでいたというのに、です。

 そういえば、この人のことはまだ誰にも話していませんでした。どう聞いたらいいのかわからなかったということもありますし――何より、他に聞きたいことや優先して明らかにすべきことが多すぎました。

 けど、それはこの人のことを後回しにしていたということであり、この人に対してそれを告げるのは躊躇われます。

 なんと言うべきか迷っていると、先にその人が「ふむ」と首を捻りました。


「なんだ……その様子だと、私のことはまだ知り得ていないようだな?」


 図星を指され、返答に窮してしまいます。頷いていいのか悪いのか。いまのところ怒っているような様子はありませんが。

 さすがに気分を害するのでは、と思うと口を開くのも躊躇われました。もごもごと言葉が詰まって口を開くに開けず、沈黙してしまいます。

 するとその人は鷹揚に笑い、気にしていないことを示すように両手を広げました。


「なに、構わないとも。仮に聞いていたとして――人間どもが正確なことを伝えるとは限らないしな」


「……どういう、意味ですか?」


「そのままの意味だ。私のことは誰もが知っている。君が身を置いているルィテ王族の連中も当然知っている。だが、私に関する正確な情報を君に伝えるとは限らない。彼らは王族だからな。国にとって一番いい選択をする」


 それは、私も薄々感じていたことではありました。

 イージェルドさんもオルフィルドさんも、親切ではありましたがどこか一線を引いている感じは受けていました。彼らが知ることをすべて包み隠さず話してくれているわけではない、ということはなんとなく感じていることでした。

 とはいえ、それに関しては私とて同じことをしていましたし、何の隠し事もない方が不審であるということもあって、同じ人間としてはむしろ安心材料ですらあったのです。

 白いローブの人は、その顔を覆うフードを後ろに払い、顔を露わにしました。


「ゆえに、ここで私自ら名乗ろう。私の名はアハサ――『月夜の国』の王である」


 ぞくりとするほど、美しい人でした。

 真っ白な髪が腰まで広がり、どこからともなく吹く風にふわりと靡いています。

 その瞳はブルームーンのような青色で、月の光そのものを閉じ込めているかのようです。

 ふっくらとした唇に、長い睫といい、人の姿をしているのに人にあらざる美しさをしているといえました。ヨウさんに近いものを感じます。


(綺麗な人……って、あれ? いま、確か、王って言ってましたよね……?)


 私はその人の性別を掴みかねていました。

 ゆったりとしたローブで身体の線は見えないため、顔で判断するしかないのですが、顔だけで見るとどう見ても女の人なのです。

 ただ、声は低く、男の人と言われれば信じてしまいそうですし、逆に女の人と言われてもこういう声の女性もいるよね、と思えてしまえる感じです。

 どっちなのか聞くのは、相手の気分を害する危険もあります。

 私は悩んだ末、触れないことにしました。いずれにせよ浮き世離れした人外っぽいので気にしなければいい気がしたのです。


「ええと、アハサさん……と呼んでも構いませんか?」


 相手は王様ですから、まずはその確認です。

 幸い、アハサさんは呼び名などどうでもいいのか、頷いてくださいました。


「こうしてお話出来ているのは、アハサさんの魔法によるもの、ですか?」


「ああ、そうだ。『夢渡り』という魔法でな。魔物は夢を見ないから、人間限定とはなるが、世界中どの人間の夢の中にでも入り込むことが出来る。まあ、今回は逆で、君を私の夢の中に招いたのだが」


 なるほど、だから私が見た覚えもない光景になっているわけですね。

 もしかしてアハサさんのいる月夜の国には実際にこういう塔が建っているんでしょうか。柱も何もなく、普通なら崩壊してしまいそうですが、魔法がある世界なのですし、こんな建築物があってもおかしくありません。

 ルィテ王国は私の見た限り、地に足のついた堅実な建築物しかありませんでしたが、本来魔法のある世界なんですから、こういうのがあってもおかしくないはずです。


「どうして今日その魔法を使ったんですか?」


 この一週間、いつでもチャンスはあったはずです。

 前に夢に出てきたときの最後の言葉からすると、もしかして私が訪ねてくるのを待っていたけど、なかなか来ないから焦れて、ということでしょうか。

 私の問いに対し、アハサさんは不思議そうな顔をしました。

 そして、聞き捨てならないことを口にしたのです。


「どうして、だと? それはむしろこちらが聞きたい。加護が緩んだのはなぜだ?」


「加護が、緩む?」


「そうだ。この一週間、ずっと清澄聖羅の夢に干渉しようとしていたが、加護に弾かれて叶わなかった。今日、完全なはずの加護に隙が出来たから呼ぶことが出来たのだ。そもそも、以前清澄聖羅の夢に入れたのも、加護が緩んでいたからだぞ?」


「ちょ、ちょっと待ってください。神々の加護が緩む……なんてことがあるんですか?」


 前回のことについては、バスタオルが吹っ飛んで再生中でしたから、加護が緩みもするでしょう。

 ただ、今回はそういうことはありません。そもそも神々の加護が弱まることがあるなんていう話はイージェルドさんからはされませんでした。

 アハサさんは長い髪の毛に手櫛を通し、髪先を指で弄びながら考えているようでした。


「ふむ……清澄聖羅。君は神々の加護についてどういうものだと聞いている?」


「……稀に生まれることがある、優れたものに宿っている不思議な力だと」


 イージェルドさんは確かそう言っていたはずです。

 アハサさんはその私の答えを聞いて、なんとも奇妙な顔をしました。


「なるほど……そのニュアンスでは、意味が違うな。故意か偶然かは知らんが、その説明では不足している」


「どういう、ことですか?」


「簡単な話だ。君の認識だと、優れたモノが生まれつき持っているのが『神々の加護』という認識なのだろう?――逆だ。優れているモノにこそ、『神々の加護』が宿るのだ」


 例えば、とアハサさんはどこからともなく古ぼけた剣を取り出しました。

 それは鞘がなく、歪んだ刀身には赤錆のようなものが浮いていて、お世辞にもいい剣とはいいがたいものでした。


「これはかつて『神々の加護』を宿していた剣だ。加護を宿していた時、この剣はどうやっても折れず、曲がらず、錆びもしなかった」


「それが、どうしてそんなボロボロに……?」


「簡単な話だ。これはいまから数百年は前に作られた剣だからな。いまではこの剣より遙かに優れた剣がいくらでも打たれるようになっている。だから、加護を失った」


 つまり、とアハサさんは私にわかりやすいようにか、新しい剣を取り出しながら、古い剣と比べて見せてくださいました。


「『神々の加護』というのは、ポテンシャルじゃなくて、ボーナスなんだよ。もっと言うなら、一等賞を取ったモノに対するメダルみたいなものだ。だから実際は『神々の加護』はひとつのモノだけに与えられる加護じゃない。それこそいま私の着ているこのローブ。これにも『神々の加護』は宿っている」


 もっとも、とアハサさんは苦笑を浮かべました。


「恐らく君がこちらの世界に現れてから、その加護の力は大きく減ったがね。私は元々加護などに頼っていないから問題はないが」


「え……? ちょ、ちょっと待ってください。『神々の加護』というのは、どういう基準で優れてるとか優れてないとか決めているんですか? 剣と盾じゃどっちが優れているとか、比べられませんよね?」


「……そのことも聞いていないのか? それに関しては聞かれなかったから教えなかったのか、あるいはやはりわざとか……まあいい。清澄聖羅、君はどうしてこの加護が『神々の加護』と呼ばれているかわかるか?」


「こちらの世界では、信仰は八百万の神々に対するようなモノが主流だと聞きました。だから……ではないのですか?」


「おしいが違う。確かにこの世界ではひとつの神に対する信仰心は薄いが、それでも分野ごとに違う神が宿っているという考え方はある。『武器の神』『防具の神』『鍛冶の神』『食物の神』『衣服の神』……などだな。君たちの世界のように神ごとの名前はないが」


「つまり、『神々の加護』もそれらの分野ごとに別と考えられるわけですか?」


「その通りだ。剣ならば剣の神の加護ということになる。剣において優れているとは切れ味、耐久性、形状の美しさ、などだな。それらが総合的に見てもっとも優れてる剣に『神々の加護』が宿るわけだ」


「それは……神様が決めているのですか?」


「神に我々のような意思はないが、ある程度の傾向はある。まあ、その傾向も完全に読み切るのは難しいんだが。神が勝手と言われるのはこの世界でも変わらないのさ」


 アハサさんがやれやれ、と言わんばかりに首を横に振ります。


「特に傾向が読みづらいのは『衣服の神』だ。いまこの世界でもっとも強力な『衣服の神』の加護を受けているのは、君のそのバスタオルだ」


「……このバスタオルが?」


「ああ。加護だけの力で私の魔法を弾くなど、過去に例がない。以前からシンプルな作りの方が『衣服の加護』は得やすいのではないかと言われていたが……まさか単なる一枚の布でそのレベルの加護を成り立たせるとは、誰も予想できなかった」


「このバスタオルは機械縫製ですから、精密な縫製なのは間違いないでしょうけど……それだけでそんな過去例もないような加護を得ることになるのでしょうか?」


「十分あり得る話だ。しかし、なるほど。機械で寸分狂わぬ縫製を実現しているのか……なるほどなるほど……機械技術の発展していないこの世界の衣服が適わぬのは道理だな」


 ああ、そうでした。この世界、魔法が発達している分、機械関係の発展は後回しになっているみたいですしね。

 織機くらいはあるみたいですが、それと現代日本の最新縫製機械で作ったものを比べたら、精密さに関しては比べものにならないでしょう。

 だからとんでもない加護が宿っているというわけですか。


「……でも、とするとなぜ加護が緩んだりしたのでしょう?」


「手に持って用いる道具の加護と違って、衣服の加護にはやっかいなことがもうひとつある。それが着方だ」


 アハサさんは今度は全身鎧を自分の真横に取り出しました。中身がなければ普通は崩れてしまいそうですが、その鎧はなぜか自立しています。

 おそらくは魔法によるものなので気にしません。


「この全身鎧も鎧の加護を持っているのだが、その加護が最大限に発揮されるのは、頭からつま先まですべての装備を身につけた時のみだ。頭の部分を外していたり、手甲の部分を外していると、とたんに加護の力が弱まってしまう」


 次に胸当てだけの簡素な鎧を取り出しました。


「一方、こっちの軽鎧に関してはこれひとつ身につけるだけで最大の加護が発揮される。胸当てだけを付けて戦えば、軽鎧側が勝つだろうな。ただし、全身鎧側が完全に鎧を身につけると、加護の力も逆転して全身鎧側が圧勝するだろう」


 つまり、とアハサさんは取り出した道具をすべて消しながらまとめてくれました。


「まずモノとして優れているかどうか。そして、それを想定されている通りの形で着用することで初めて『神々の加護』は最大の効果を発揮する、というわけだ。逆に想定されていない形で使用しようとすると、加護が拒絶して何らかの不利益が起きることがある。わかりやすい例を出すなら、調理の加護を得た包丁を戦いに用いようとするとかだ」


「想定されている通りの形……? ――あっ」


 もしかしなくても、バスタオルはバスタオル一枚で身体に巻くことのみが、『想定された形』と認識されているのではないでしょうか。

 だから、バスタオルの上にズボンを履こうとしたから加護が拒絶した、と。

 ではパレオ型で爆発しなかったのはなぜなのか。


(……水着に着替える時、似たような格好になることはあります……だから、加護が弱まりはしても、爆発まではしなかった……と考えれば一応のつじつまは合います、ね)


 私はアハサさんに気になっていたことを聞いておいてしまうことにしました。


「……あの、アハサさん。加護が宿っている衣服って、他人が無理矢理脱がしたり、逆に加護を弱める目的で別の服を着せたりできちゃうんでしょうか?」


「その心配はいらない。君にわかりやすいように言うなら、装備状態の衣服はその状態で固定されるから、それを上回る力の持ち主でもない限りは脱がせられない。特に君のバスタオルが得ている加護は強力だからな。緩んでいる今ならともかく、ちゃんと加護が発揮される状態なら誰からも脱がされることはない」


 別の服を着せられた場合だが、とアハサさんは続けます。


「その場合拒絶する力は着せようとした側に行くことになる。具体的には軽く吹っ飛ばされる程度だろうが、君自身の意思で受け入れない限りは問題ないと思っていいだろう。無理矢理着せられた場合でも、君が受け入れたならまた話は違うだろうが」


「そう、ですか……」


 安心していいような、自分の意思で痴女でいろと言われてしまったような、複雑な心境でした。

 それにしても、『神々の加護』について急にいろんなことがわかってしまい、困惑してしまいます。

 イージェルドさんやオルフィルドさんはこのことを知らなかったのでしょうか。


(……いえ、そんなわけがありませんよね)


 私自身、わかっていることでしたし、最初にアハサさんも言っていた通りです。

 ふたりはルィテ王国の王族。国にとって、一番いい選択をする人たちです。

 私を騙し、真実を隠すことがルィテ王国のためになると判断したなら、そうするであろう人たちです。

 『神々の加護』のことがわかっているのであれば、当然バスタオルを奪う算段も付けるはず。加護の宿る条件や緩む条件などは私が知らない方が当然いいに決まっています。

 上手く誘導して意図的に加護を緩ませ、その隙に奪取することが出来るわけですから。


(人間の化かし合いはどんな世界でも変わらないんですね……)


 悲しいことですが、人間が人間である以上、清廉潔白な世界なんて理想郷でしかないのかもしれません。


「そうそう、清澄聖羅。いまの話を踏まえて、もう一つお節介を焼いておこうか」


 まだ何かあるのでしょうか。

 夢の中なのにずいぶんと疲れてしまったのですが。


「死告龍とは早めの決別をお薦めしておく。あれは――『神々の加護』持ちの正真正銘の化け物だ。そもそも、魔物と人間が真に心を通わせるなど、幻想でしかない」


 真剣な瞳で、アハサさんはそう告げました。

 どういう意味なのか、聞こうと口を開いたところ、急に周囲の景色がひび割れました。

 私も驚きましたが、アハサさんも驚いていました。


「『夢渡り』中に目が覚める、だと――? っ……しまった! いかん! 早く戻れ清澄聖羅!」


 そういってアハサさんが手を振るうと、激しい風が吹き荒れ、周囲の景色やアハサさんが遠ざかっていきます。

 突然の状況の変化についていけない私は、その流れに身を任せたまま何もない空間をすごい勢いで移動し――


 ベッドの上で、目を覚ましました。


 頭の中で鐘が鳴らされているような、鈍い頭痛がして顔を顰めてしまいます。

 とりあえず起き上がろうとしましたが、抵抗にあい、それが叶わないことを知りました。


 両手両足に植物の蔓が巻き付いて、私を縛り上げていたからです。


 植物の蔦は私の身体を大の字に広げていました。

 寝ている間に外れてしまったのか、胸に巻いていた布はどこかにいってしまっており、私は腰にバスタオルを巻いただけの、酷く恥ずかしい格好で磔られていたのです。


(……え? これ……え?)


 困惑する私の視界に、部屋いっぱいに広がる魔方陣が飛び込んできました。

 その魔方陣の中心にいたのは。


「ヨウ、さん……?」


 ヨウさんは目覚めた私に気づいて、ほんの少し悲しげに目を伏せましたが、その動きは止まりませんでした。

 魔方陣を凝縮させ、その右手に宿した上で。


 私が腰に巻いていたバスタオルを掴んで――それを剥ぎ取ってしまったのです。


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