第八章3 ~魔物の増え方って何でもありすぎです~
羞恥に耐えなければならないオルフィルドさんとの会食は、残念ながらそう簡単には終わりませんでした。
ルィテ王国の食事というのは――庶民的な物はわかりませんが、少なくともお城で私が出してもらっている物は――元の世界でいうフランス料理のフルコースみたいなものです。
前菜からメイン、デザートまでの流れがあって、食事の進行に合わせて少しずつ出されるものなのです。
オルフィルドさんとの会食も当然その形式で出され、自然とゆっくり食べることを求められます。
その味は非常に美味であり、元の世界でいうところの一流レストランに匹敵するのではないかと思います。
元の世界で一流レストランに行ったことがないので想像ですが、美味しいのは間違いありません。
「キヨズミ嬢の元いた世界には王権制ではないと聞いたが、どうやって国を動かしていたんだ?」
食事をしながら、オルフィルドさんとは様々なことについて話をしていました。
これも相互理解の一端として、逐一応えていきます。
「正確には王権制ではなくなった、というべきですね。元は似たような制度もあったんですが、いまでは民主制と言いまして、一般庶民の間から複数のリーダーを投票で決めて、その人たちの話し合いで決めていく感じです」
オルフィルドさんからすると民主制は奇怪な制度に思えたようで、顔を顰めていました。
「それでうまく国は回るのか?」
「……どうでしょう。複数の目がある分、致命的な間違いはしにくいとは思いますが、即応性や決断力に関しては……必ずしもうまくいっている、とは言い切れませんね」
元の世界が抱えていた様々な問題について思い起こすと、遠い目になってしまいます。
正直、そういうことに関してはよくわかっていないというのが本音です。
(……うーん、いまさらながらちゃんと勉強していなかったことが悔やまれます)
ネットがある世界では、わからないことがあればその都度調べることができました。
だから、もしネットに繋げられる端末があれば、使えそうな知識を引っ張って来て、知識チートみたいなことができたかもしれません。
けれど、私の持つ物はバスタオルひとつ。
手に職があるわけでもなし、そういう方面での活躍はできそうにありません。
(料理は出来なくはないですけど、普通にこの世界の料理はおいしいですし……)
この城で暮らし始めた当初、そういう方面で何か自分だけの価値を見いだせないかと考えたことがありました。
料理人であるヴォールドさんに無理を言って、料理をしているところを見せてもらったのですが、あの人の包丁さばきはもう完全に職人でした。
料理が多少出来る程度の私が作ったところで、感動も何も生まないだろうことがよく理解できたものです。
(当たり前ですけど、この世界の食材を一番理解してるのは、この世界の人たちですしね……)
下処理の仕方や調理法に至るまで、この世界の食材に合わせて腕を磨いているヴォールドさんや他の人に勝てるわけがないのです。
不完全だったであろう伝聞だけで和食を再現してくれて、逆に感動させられてしまいましたしね。
知識や技術で有用性を示すことは出来そうにありません。
(せめて何か独創性の高い趣味があればよかったんですが……そういうのもないですし)
歌が上手いとか絵が上手いとか、せめてそんな特技があればよかったのですが。
とはいえ、異世界に来て通用するような特技や趣味がある方が珍しいでしょうし、そこを嘆いていても事態は好転しないでしょう。
気持ちを切り替え、やれることを精一杯やることに努めます。
「オルフィルドさん、この国の状況について、詳しくお聞かせ願いたいのですが……」
まずは情報を収集することです。
基本的な情報はイージェルドさんから聞いてはいますが、本当に基本的なことしか聞いていませんし、戦に関する情報は軍を指揮しているというオルフィルドさんからしか聞けないこともあるでしょう。
オルフィルドさんは何から話したものかと、思案してくださいます。
「そうだな……まず、キヨズミ嬢はこの世界における人と魔族の関係について、どの程度聞いている?」
「イージェルドさんからは、強い魔族が存在する場所はその魔力の影響を受けて変質してしまい、その魔族の特徴が反映されたテリトリーとなる……いわゆる『魔界化』すると聞いています。そこでは新たな魔物が生まれ、魔界を生み出した『主』に従うようになるんですよね」
例えばヨウさんたちがいたあの大樹海が、ヨウさんたちの力が影響している『魔界』となるようです。自身が作り出した『魔界』の中では、ヨウさんたちは通常よりも遙かに協力な力を振るえるのだとか。
だから魔物は『魔界』を作り出そうとするし、人間はそれを防ぐ。
端的に言ってしまえば生存競争なのです。
「そうだ。生物と魔物の関係と同じようにどちらが先かはわかっていないが、強い魔物が滑る場所は徐々に変質し、通常の空間にはあり得ない現象が起きる『魔界』と化す。『魔界』は基本的に人間が住むのに適さないため、人間は原因である『主』を倒して、その場所を通常化しなければならない」
その『主』の中でも飛び抜けて強い魔物が『魔王』と呼ばれるようになるのです。
魔王を超える脅威であるリューさんは魔王と呼ばれていませんが、それはリューさんが定住しないからだという話でした。
もしリューさんが定住し始めると、それは恐ろしい『魔界』が誕生すると推測され、恐れられているのだそうです。
私が連れて行かれたあの巣穴は何の変哲もない巣穴でしたし、たぶんあそこに定住しているわけではないのでしょう。
いずれにせよ、『即死』属性なんていうものを持っているリューさんが生み出す『魔界』からは、その属性を持った魔物が生まれる可能性が高いらしいです。
リューさんだけでも手がつけられないのに、恐ろしい話です。
「……いまここには死告龍さんや大妖精さんが留まっていますけど、ここが魔界化する心配はないんですか?」
「魔物の影響で魔界化すると言っても、数年は居続けない限り何の影響も出ないさ。魔力が強ければ強いほど影響が出るまでの期間も短いとは言われているが……いかに死告龍と大妖精がいるとはいえ、一週間程度で周辺の魔界化が始まっていたら、今頃世界は魔界に沈んでる」
そもそも、とオルフィルドさんは続けてくださいました。
「小さな物ならともかく、土地や建物といった大きな物が魔界化することは滅多にない。原理は不明だが、人間が住んでいる土地や建物は魔界化しにくいらしくてな。急速に広がる大きな魔界の中に呑まれても、人間の村や町が残っているケースはよくある」
「なるほど……」
「とはいえ、気をつけておくことに越したことはない。中庭には人があまり近づけなくなっているし、もし魔界化の兆しが見えたらすぐに教えてくれ」
「わかりました。魔界化の兆しというのはどういった物になるのでしょう?」
それがわかっていないと、報告することもできません。
私の確認に対し、オルフィルドさんは例えば、と丁寧に教えてくださいました。
「基本的な影響としては、時間感覚や方向感覚の狂いが生じたり、動くはずのないものが動いたりなんだが……そうだな、あの場所なら、草木がおかしな成長をし始めるのが一番わかりやすい変化かもしれん」
「何の障害もないのにねじれ曲がった生育をし始めたり、咲きそうにもない場所から花が咲いたり、とかでしょうか?」
「そういうことだ。あとで中庭に植えてある草木に関する資料を部屋に届けさせておこう。通常を知らなければ異常にも気づけんだろうからな」
的確なオルフィルドさんの采配に、私は頭の下がる思いでした。異世界があるという概念がないはずなのに、前提となる知識が異なる可能性を想定して行動してくれています。非常に頼りがいがある人でした。
そこまで想定してくれるのに、私の羞恥心に関しては想定してくれないのかと少し思ってしまいましたが。
「さて、話が逸れてしまったが、この国の情勢についてだったか。キヨズミ嬢が心配するようなことは何もない。今朝にも言った通り、戦端が開かれかねなかった東の国は兵を退いたしな」
そうだといいのですが。
その気持ちが顔に出ていたのでしょう、彼は何から話したものかというように顎に手をやり、唸ります。
「そうだな……まずいまも言った東の国……ザズグドス帝国はルィテ王国と昔からやりあっている大国だ。侵略政策をとっているから全方位に領土争いを仕掛けていて、もっとも危険な国だな。とはいえ、逆に言えば機を伺うのに長けているため、そう容易なことでは再侵攻はしてこないだろう」
「まずはこちらの状況を把握してから……と考えられるわけですね」
「ああ。まあ、それはザズグドス以外のところもそうだろうが。北には首都ごと回遊するログアン、南には広大な湖に浮かぶフィルカードがあるが、どちらも内向的な国家でこちらに積極的に何かしてくるとは思いにくい。西はラドリシア山脈がある不可侵の魔界だが、ドラゴンが統べる魔界だ。そこの魔物が死告龍に喧嘩を売るとは思えない」
もしかして、長老さんのことなのでしょうか。
あの巨体といい、広大なテリトリーを持っていてもおかしくないと思います。
「ドラゴン同士は仲が良い、ということですか?」
「無論、個体ごとに様々ではあるし、個々の事情によっても変わるようだが、魔族は同族同士で殺し合うことはまずない。テリトリー同士が被った場合も、より力の強いものが弱いものを従えるようになることが多いようだな。死告龍の場合はその能力もあるし、よほどのことがない限りは攻撃されることはないだろう」
「……なるほど」
長老さんのいた場所の近くにたくさんのドラゴンたちがいたのは、長老さんのテリトリーに取り込まれて恭順しているため、だったのでしょうか。
リューさんと長老さんのやりとりの印象からすると、主従という関係ではなさそうでしたし、もしかすると親子の可能性もありますね。
「そういえば、魔界からは新たな魔物が生まれてくる、とおっしゃっていましたが、魔物はどうやって増えるんですか?」
「魔界となった場所から染み出るように発生する場合もあるし、生物が変質して魔物となる場合もあるし、魔物同士の生殖行動の結果生まれてくる場合もあるようだ。その辺は魔物によって、それも個体によることすらあって、本当に様々だからなんともいえないな……キヨズミ嬢に言うべきか迷うが、魔物の中には多種族を孕ませて種を増やす奴もいる。魔物には気をつけることだ」
思わず、身を竦めてしまいました。
そういえば、魔王の配下の中にミノタウロスみたいな魔物がいましたね。触手に絡め取られ、犯される寸前だった時の恐怖を思い出し、身震いしてしまいます。
思い出したくなかったので、当たり障りのない話題に変えましたが、オルフィルドさんは何も言わずにそれに合わせてくださいました。
その後も様々な話をオルフィルドさんとは交わしました。
デザートも美味しくいただき、会食が終わります。
「非常に有意義な時間だった。感謝しよう」
「いえ、それはこちらがいうべきことです。おかげでだいぶこの世界について知ることが出来ました」
「国の機密に関わることでなければなんだって応えるさ」
冗談めかしていうオルフィルドさん。
仮に重要な機密を聞き出したところで、私にはそれを活かしてどうこうできるコネも何もないんですけどね。
私は椅子から立ち上がり、オルフィルドさんに頭を下げます。
「少し話し疲れてしまいました。今日は部屋に戻ります。またよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。翻訳魔法の開発は任せておいてくれ」
心強いオルフィルドさんの言葉に、私は安心して任せることができました。
なんだかんだと羞恥に堪えた甲斐があったというものです。
私はオルフィルドさんと別れ、自分の部屋に戻りました。
出迎えてくれたクラースさんに寝室で少し休むことを伝え、夕方になったら呼んでもらうようにしました。
寝室でひとりになって、ベッドの上に寝転がります。
(はぁ……それにしても恥ずかしかったですね……本当に、これどうにかならないでしょうか)
せめて、もうちょっと長ければワンピース的な感覚でいられたかもしれません。
歩いたり座ったりする度に大事なところが見られるのではないかとひやひやしながら動かなければならないのです。
さすがに人がいない状況でなら慣れましたが、今日のようにたくさんの人がいる中では、それぞれの視線や立ち位置などが気にかかり、いつもの倍は疲れてしまいました。
(たとえば……そう、バスタオルは腰に巻いてパレオみたいにして、上は別の布で隠したり……とかできないでしょうか)
それができればかなり違います。
水着でいるような感覚になるかと思いますが、バスタオル一枚よりはだいぶましです。
前のズボンを履くのと違って、布同士が被さることもありませんし、もしかしたら上手くいくかもしれません。
この国の最高権力者である、イージェルドさんやオルフィルドさんの人となりもわかってきましたし、ここでひとつ思い切って実験してみるのも手のひとつです。
(えーと、まず、バスタオルを腰までずり下げて……と)
上半身はむき出しになってしまいましたが、下半身はロングスカート並に隠すことが出来ています。
この部屋には衣装棚はないですが、一応の防寒対策なのでしょう、ストールのような布がいくつか用意されています。
これをチューブトップのように胸に巻いて、平気だったなら完璧です。
緊張で高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、ゆっくりとその布を胸に巻いて行きました。