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第八章1 ~兵団長オルフィルド・ルィテ~

 オルフィルド・ルィテさんは国王であるイージェルドさんの弟さんでした。

 見覚えのある顔つきだと感じたのは、イージェルドさんのご兄弟だったからなのですね。

 いかにも賢者という雰囲気のお兄さんに比べ、オルフィルドさんはいかにも武闘派という感じです。鎧の上からでもわかるほど、鍛え上げられた体つきをしていました。

 顔つきが整っているから、余計になんというか、いかにもフィクションで良くいる眉目秀麗な青年騎士、という感じです。


「最近は地方に出ていてな。つい昨晩ここに戻ってきたのだよ」


 この一週間、一度もお会いしていなかったのはそれが理由のようです。

 私はオルフィルドさんに誘われ、城の一室で彼と向かい合ってお茶を飲んでいました。

 中庭で会ったあと、色々と話がしたいと誘われたのです。

 リューさんがいないと強いてやることがない私は、断ることが出来ませんでした。

 いまはこの部屋に私とオルフィルドさんしかいませんが、先ほどまではオルフィルドさんのおつきのメイドさんたちがいました。

 彼女たちも私のことは知らされていたらしく、大きな反応はしませんでしたが、あのなんともいえない微妙な視線には参りました。


(あの人達からしてみれば、娼婦か痴女みたいな格好をした女と、自分たちの主人がお茶しているわけですもんね……あの視線も、まあ、仕方ないですよね……)


 好きでこの格好でいるわけではないですし、事情あってのことだと彼女たちも理解してくれているとは思いますが。

 見た目の印象というのはとても大事です。

 そういう意味では、オルフィルドさんとのお茶会は改めて羞恥を煽られるものでした。

 王族のひとりであるオルフィルドさんは、全身鎧とはいかずとも、いますぐ戦闘になっても大丈夫そうな軽装鎧姿です。

 当然、その鎧には華美にならない程度の装飾が施されており、いかにも王族らしい威厳と輝きに満ちた格好といえるでしょう。

 それに対し、バスタオル一枚を身にまとっただけの私。

 並べてみるまでもなく、おかしいです。防御力がシャボン玉の膜とカーボン樹脂並の差があります。

 最近は互いに慣れてきた人たちとしか会っていなかったこともあり、オルフィルドさんの視線に感じる恥ずかしさはいつもの比ではありませんでした。

 顔に熱が集中しているのは自覚しつつ、せめて態度には出さないようにと努めて冷静にオルフィルドさんと向かい合っていました。


「そうですか、地方に……。目的は視察など、ですか?」


 王族との会話のノウハウなんてものは私にはありません。現代日本で暮らしている人で、そんなのがある人の方が珍しいでしょうけども。

 この一週間でイージェルドさんとは時々会話して相互理解を深めていましたが、それは知識や情報の伝達というのが主で、世間話をすることはあまりありませんでした。

 失礼にあたらないかと冷や冷やしながら、探り探り会話をするしかありません。

 私の問いかけに対し、オルフィルドさんは唇の端を歪めて苦笑しました。若干芝居がかった所作ですが、それが似合ってしまうのですから美形はすごいですよね。


「いや、残念ながらそう穏やかなことではなくてな――開戦に備えていた」


 開戦。平和な世界で暮らしていた私には、ドキリとする言葉でした。

 もしや、ルィテ王国というのは、そんな戦争の火種を沢山抱えているような国なのでしょうか。

 そんな話は誰からも聞かされていませんが、そんな危険な国であることをわざわざ言うことはしないでしょうし。

 青ざめた私のことをどう思ったのか、オルフィルドさんは私を安心させるように笑顔を浮かべてくれます。


「ああ、心配しなくてもいいぞ。東の国の蛮族どもが攻めてくるかも、という噂があって備えに行っていたんだけどな。その可能性はひとまず考えなくてもよくなった」


「……それは、やはり?」


「ああ、死告龍さ。あれがここで大人しくしてるって事実はとっくに知れ渡ってるからな。侵略政策をとってる東の国の奴らも、死告龍を刺激する真似は出来ないってわけだ。下手に刺激して攻撃の矛先が向いたら、国が滅びる可能性さえある」


 リューさんの存在が戦争を止めたということのようです。

 その事実に少しだけほっとします。

 いい方向にばかり働いているわけではないでしょうが、少なくとも戦争が止まったというのは、いい話のはずです。

 はずですが、一応念のため確認しておくことにしました。


「その……もし気を悪くするような質問でしたら申し訳なく思うのですが、戦争が回避されたということは、こちらの世界でも良いこと……ですよね?」


 何せ物理法則からして違う世界に来ているのですから、そういったことに対する倫理観が全く違う可能性もあるのです。

 一応、すでにこの国の法律や倫理観などはクラースさんやヴォールドさんを通して確認済みで、殺人や盗難、強姦などの犯罪行為に対する感覚はそこまで違いがないようです。

 ただ、国家戦略的な意味での、戦争や侵略に関しては必ずしも忌避されるものではないかもしれません。

 ひょっとしたら、戦争・侵略上等、弱肉強食こそ世の真理なり――みたいな価値観かもしれないのです。

 少なくともイージェルドさんは抑止力としてのリューさんを歓迎しているようでしたが、武闘派っぽいオルフィルドさんがどう考えているかは訊いておくべきでした。

 私の問いに対し、オルフィルドさんは少し唸ってから。


「むぅ……それは、少し難しい。もちろん、無辜の民の命が危険に晒されなくなったのは良いことだ。兵団を率いる俺の立場としても、手塩にかけて育てた戦士たちを失わずに済んだのだから、良いと言える」


 そこまで言って、オルフィルドさんは顔を歪めました。


「だが、東の国の驚異がなくなったわけでも、俺たちの兵団が急激に強くなったわけでもないからな。死告龍がここにいてくれる間は戦いが起きないというだけで、明日それが居なくならないという保証もない。いままでとは違い、はっきりと見えないところで火種が燻っている分、危険という見方もできるからな」


 私の質問に、オルフィルドさんは真摯に答えてくれていました。

 確かに、オルフィルドさんの立場では手放しに喜べることではないのでしょう。

 見えないところで、というのは恐らく東の国のことだけではないはずです。

 周りの国の立場であれば、リューさんが存在するルィテ王国は厄介な存在に思えているでしょう。

 イージェルドさんは国内や周辺国に対し、包み隠さず状況を説明しておくとおっしゃっており、実際に布告も出したそうですが、それを愚直に信じる人や国ばかりではないでしょうし。

 こっそりと刺客や間諜を放ったり、あわよくばリューさんを暴れさせてルィテ王国を壊滅させてやろうと考えている人もいるかもしれません。

 そういった複雑かつ不安定な状況にあると、オルフィルドさんは認識しているようです。


「キヨズミ嬢には窮屈な思いをさせるが、君が望むことを最大限叶えられるよう、我々に出来る限りの協力はしよう。俺もこう見えてもそれなりに魔法に造詣が深いから、色々と役に立てるだろう。兄上……陛下ほど多忙でもないしな」


 そう言ってオルフィルドさんは笑いました。いままでイージェルドさんしか使えていなかった特殊な翻訳魔法を使えていることからも、それは事実なのでしょう。

 しかし、王弟という身分で兵団を率いるような立場の人が多忙でないわけがありません。

 ツッコミを入れたかったのですが、さすがに躊躇われました。

 そう言った仕事より優先するほど、私たちの存在が重要ということかもしれませんし。


「……わかりました。お世話になります。よろしくお願いします」


 そういって私が頭を下げると、オルフィルドさんは満足そうに頷きました。

 朗らかな笑みを浮かべて話を続けます。


「さて……さしあたって、なのだがキヨズミ嬢の使う……ニホン語、だったか。それを普通の翻訳魔法のレベルでも訳せるようにしたいと思う。兄……じゃなくて陛下以外と不完全なコミュニケーションしか取れないのは不便だろう?」


 確かに、クラースさんやヴォールドさんに一方的に負担を強いているような現状は好ましいものではないので、もし翻訳魔法が効くのであれば、それに越したことはないのですが。


「できるのですか?」


 魔法の改良というのが、どの程度の困難を伴うものなのかわかりません。いわゆるコンピューターのプログラムの書き換えみたいな感じでできるのでしょうか。

 私の問いに対し、オルフィルドさんは自信満々に頷いてくださいました。


「人が使う言語である以上、可能でないはずはないさ。ただ、キヨズミ嬢にも協力してもらう必要があるが」


 オルフィルドさん曰く。

 通常の翻訳魔法というのは、私たちの世界でいうところの、翻訳機を使っているようなものだというのです。

 つまり、元々登録されていない言語は訳せない代わりに、登録しさえすれば訳せるようになるのだそうです。

 一方、ドラゴンの長老さんやイージェルドさんたちが使う翻訳魔法は厳密には翻訳魔法とは違い、世界を解析して部分的に真理と接続しているのだとか。

 どういうことなのか全くわかりませんが、とにかく普通に魔力を込めて呪文を唱えるだけで発動する魔法とは、根本的に違うものだそうなのです。


「真の魔法と呼ぶべきものだからな。素養がないものには使えない。……とはいえ、言語の翻訳くらいならばそれほど難しいものではない。大抵の国の王なら使えるはずだ」


 王なら使える、というところに少し引っかかるものを感じましたが、それだけ血筋が重要ということなのでしょう。


「話が逸れたな。それで、キヨズミ嬢に協力してもらいたい内容なのだが……簡単な話だ。俺と日常的に会って会話をして欲しい」


「……え?」


「多く話せば、それだけ言葉に対する理解が深まるからな。なに、ニホン語というのはそれほど複雑な言語ではなさそうだし、一週間も話せば問題ないだろう」


 さらりと言ってますが、一週間で未知の言語を訳せる翻訳アプリを作る、といっているようなものです。

 やっぱりこの世界の人たち、頭の良さの平均値が元の世界を軽く上回ってますよね。

 私の会っている人が特殊なのかもしれませんが、少なくとも私よりずっと優秀なのは間違いありません。

 こうなってくると、うまいこと丸め込まれかねないわけで、内心危機感が募ります。

 いえ、それを気にするよりも、いまは。


「……毎日、ですか」


 オルフィルドさんと会って話す。

 普通ならば躊躇するような内容ではありません。多くの人と円滑にコミュニケーションが取れるようにしてもらえるのは歓迎すべきことです。

 もしかするとこの先、私と同じように転移してくる人がいるとして、日本語対応している翻訳魔法が広まっていたら、その人が救われるかもしれないわけですし。

 拒否するような内容ではなく、拒否すべきことでもないのは、そうなのです。

 頭では理解しているのですが。


(この格好が……この格好でなければ……!)


 バスタオル一枚の格好で、男性と長時間一緒にいる。

 想像するだけで恥ずかしくて死にそうです。

 ヴォールドさんとは毎日のように顔を合わせていますが、ご飯時の短い時間ですし、ご飯に集中していればさほど気にせずにすみました。

 挨拶以外の言葉を交わさない日も普通にありましたしね。

 しかし、オルフィルドさんとは話すことが目的で会わなければならず、それはつまり彼の視線にずっと体をさらし続けることになります。

 本音を言えば避けたいことです。ですが、私のための提案である以上、断ることなどできるはずもないのです。


「よ、よろしくお願いします……」


 結局、私はそう言うしかありませんでした。

 私の内心を知らないオルフィルドさんは、嬉しそうに頷きました。


「ああ、任せておいてくれ。キヨズミ嬢。俺が貴女の力になろう」


 力強く言われ、思わずどきりとしてしまいます。

 オルフィルドさんは仕事のつもりでしょうし、リューさんのことがあるから、私に対しても気を遣ってくれているというのは自覚して置かなければなりません。

 そこを勘違いして、自分が特別な存在だなんて思ってはいけないのです。

 それでもオルフィルドさんのような顔立ちの整った美青年に、そんな台詞を言われると反射的に嬉しく思ってしまうのは女の宿命でしょうか。

 猛禽類のように鋭いと感じた眼光も、人となりを知れば真剣でまっすぐな目の光のように感じるのですから、人の認識とは揺らぐものです。

 オルフィルドさんに見つめられ、緊張がピークに達しようかという時、不意に彼の視線が遠くに泳ぎました。


「……戻って来たか」


 オルフィルドさんの呟きをかき消すように、中庭の方向から激しい風の音が聞こえて来て、軽く地響きが轟きました。

 リューさんが戻ってきたようです。

 見つめ合って恥ずかしくなっていた私は、思わずそれを機に立ち上がっていました。


「オルフィルドさん、すみません。リュー……死告龍さんが帰ってきたようなので、ちょっと行ってきます」


「ああ、すまないが頼む。キヨズミ嬢のようにか弱い女性に頼むことではないが……あれの気が変わったら国が滅ぶからな」


 苦々しい顔でオルフィルドさんはそう言ってくださいました。

 けれど、そのリューさんがいなければオルフィルドさんが私に気を遣ってくれることもないのでしょうし、ままならないものです。


「……それでは、失礼します」


 私はなんともいえない思いでオルフィルドさんに頭を下げ、部屋を出て中庭へと急ぎました。

 せめてこの国にこれ以上の迷惑をかけないように、リューさんの機嫌を取るのが、いまの私にできる精一杯のことなのですから。


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