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第七章3 ~ルィテ王国の筆頭魔術師イージェルド・ルィテ~


 すべてを曝け出し、ことの判断をイージェルドさんに委ねてしまうのもひとつの選択ではありました。

 これからのことを考えると、イージェルドさんにお願いすることは多くなるでしょうし、そんな人に対して隠し事をしながら接するというのは、不義理であるとも言えます。

 非常事態にも関わらず、そんな風に考えてしまう自分は頭が固いと自分でも思います。昔からの友人にも「聖羅はクソ真面目だからなぁ」とよく言われたものです。

 もっと上手く立ち回ろうと思えば出来るはず、いえ、出来たはずなのです。

 でも、そう考えてしまうのですから、こればかりは性分というしかありません。


(とはいえ……今回ばかりは、命に関わってきますからね……)


 命運を託すのと命を投げ出すのは違います。

 いまのところイージェルドさんは私のことを丁重にもてなしてくれていますが、リューさんがいなければこうはならなかったでしょう。

 何の後ろ盾もなければ「異世界から来たなどと与太話を吐く気の狂った女」と判断されてもおかしくないのですから。


(このバスタオルのことを喋るのはあまりに危険です……)


 リューさんが私を気に掛けているのには、何らかの理由があるのはわかりました。

 ただ、恐らくその理由は、私が異世界に来たこととは無関係だと考えています。

 仮に私が何らかの使命があってこの世界に呼ばれたとすると、リューさんはその私を保護する使命を受けているということになります。

 しかし、リューさんは出会い頭に私を巻き込んでブレスを浴びせて来ました。

 もし保護が目的なら、ブレスに巻き込んで来たりはしないはずです。

 無論、リューさんの力では死なないようになっている、という可能性もありますが、それにしてもリューさんは保護役に適していないことが多すぎます。


(第一、もしそうだとしたらリューさんの声が聞こえないのはおかしいです)


 使命を受けてそれを保護しに来たのなら、意思疎通できないのはおかしいです。

 そもそも、本当にそんな存在がいたとしたら、私はここまで苦労しなくても済んでいるはずなのです。

 試練、ということであえて苦労させているという可能性もないではないですが。そうだとしてもあまりにお粗末なのでそうではないと考えます。

 なので、リューさんが私を気に掛けてくださっているのは『魔王さえも斃すブレスに耐えることができたからである』という可能性が高いです。

 私自身になんの能力もないとすると、バスタオルこそがその原因です。

 これを手放すことになるかもしれない状況は避けなければなりません。


(でも、私の世界の風習を誤解されるのは避けるべきですよね……)


 私が元いた世界が文化基準の低い蛮族の世界だなんて思われては、今後私と同じように迷い込んでくるかもしれない人たちに迷惑がかかります。

 今後そういう人が出るかどうかもわからない以上、考えすぎかもしれませんが、下手な情報を伝えてしまうのは避けたいと思いました。

 それに、私は嘘が苦手なのです。

 極力、明確な嘘は吐かずにおくに越したことはありません。

 イージェルドさんの目を見て、ハッキリと告げます。


「……この格好は一般的、ではありません。大変申し訳ありませんが、説明できない事情があって、私はこの格好でいなければなりません。お優しいお気遣いには感謝いたしますが、出来れば触れずにいてくださると助かります」


 リューさんの事情に続いて、イージェルドさんには言わないことばかりで申し訳ないと思います。

 逆の立場であったならば、さぞかし不愉快なことでしょう。超級の爆弾を持ち込んでおきながら、秘密を多く抱えられるというのは。

 イージェルドさんは難しい顔をしていましたが、理由を問わないことを決めてくれたようでした。


「触れるなというならば触れずにおくとしよう。無用な詮索はしたくないしね。ただ――キヨズミの行動を制限する気はないが、なるべく目立たぬように行動してもらえると助かるよ。君に手を出すような愚か者はいないとは思うが……その格好は、少々刺激的すぎるからね」


 イージェルドさんは明言しませんでしたが、やはり彼らの基準でもこの格好は相当破廉恥な格好なようです。

 ヴォールドさんの反応などからわかってはいましたが、改めて意識させられると恥ずかしくて死にたくなります。

 なるべく平静を装いましたが、頬に熱が集中してくるのを自覚してしまいました。


「それは、もちろん。私としても……目立ちたくありませんし」


 やはり全てを正直に話して、イージェルドさんの厚意にすがるべきだったでしょうか。

 恥ずかしさのあまり、弱気になってそう思ってしまいます。

 ああいってしまったことで、この格好で居続けなければならなくなってしまいました。

 うら若き――と自分でいうのはどうかと思いますが、恥じらいを完全に捨てることは出来ない私にとって、かなり厳しい状況です。

 人間いつかは慣れる、などと思っていましたが、とんでもなく甘い考えでした。


「それでは……改めて。キヨズミには部屋を用意しよう。口の硬い、弁えた侍女をつけるから、必要なことはその侍女に何でも申しつけてくれて構わない。死告龍殿には中庭を利用してもらうとして……」


 イージェルドさんの視線が、ちらりとヨウさんを見ました。

 そういえばヨウさんのことには、まだお互い触れていませんでしたね。

 妖精か精霊だろうという予想はしていましたが、これでハッキリします。

 リューさんに連れられて行った先の森で出会い、行動を共にしていることを伝えると、イージェルドさんは得心のいった顔になりました。


「なるほど……大妖精がなぜ森を離れて行動しているのか不思議だったが、そういうことか。ああ、大妖精という存在はだね、森の管理者であり、支配者なのだよ。生じた森の中から出るという話はあまり聞かないが、前例がないわけでもない。森に危害を加えなければ温厚で、比較的話も通じる魔物だね」


「彼女がその森を離れてついてきてくれている理由については、何かおっしゃっていますか?」


 イージェルドさんがヨウさんに向けて何かを言い、ヨウさんがそれに応えていました。


「どうやら、君が死告龍殿を止め、森が守られたことに対する恩返しのようだね」


 最初にリューさんの前に立ち塞がったことでしょうか。

 確かにあの時、リューさんを放っておいたら、ヨウさんたちごと森をなぎ払っていてもおかしくなかったかもしれません。

 咄嗟の行動でしたが、それが良かったようです。

 それに対する恩義だけでは、ヨウさんの献身は釣り合っていないように感じますが、ヨウさん自身が納得しているのならそれで良いのでしょう。

 私が精神的にとても助かっているのは事実なのですから。


「大妖精に関しては、自由に行動してくれて構わないと伝えておこう。小妖精はどこにでもいるし、いまは死告龍殿に怯えていなくなってしまったが、本来はこの中庭にもいるくらいだしね」


 その小妖精たちに恨まれていなければ良いのですけど。

 いまは気にしても仕方ありません。


「ひとまずはこんなところかな。こちらからはキヨズミの衣食住……服は含まないことになるが、それらの提供と、キヨズミと死告龍どのの交流が出来るように協力しよう」


「はい。よろしくお願いします。……こちらは死告龍さんにこの国に危害を加えないようにしていただくのと、私はなるべく目立たないように行動する、ということで。細々と必要なことは侍女さんを通じてお願いすればいいですか?」


「ああ、それで構わない。友好的な関係を築ければ幸いだ」


 イージェルドさんが立ち上がり、手を差し出して来ました。

 こちらの世界でも握手は友好の証のようですね。

 私も立ち上がり、イージェルドさんの手を握りました。


「こちらこそです。イージェルドさん」


 イージェルドさんの手は男の人らしく大きく、想像以上にがっしりしたものでした。

 自分の格好も相成って、人の存在をより強く意識してしまい、鼓動が早くなりました。

 手を離した後、イージェルドさんはひとつの提案をしてきました。


「ところで……こちらからひとつ試させて欲しいことがあるのだが。君にとっても悪いことではないはずだ」


「なんでしょうか?」


「魔法で君を調べさせて欲しい。【探査】というもので、魔力量や体質などを把握することの出来るものだ。異世界から来たということが明らかに出来るかも知れない」


 つまりはステータスを調べる魔法ということでしょうか。少し悩みます。

 それが私が異世界から来たという証拠になるのであれば、それに越したことはないでしょう。

 私自身が希少な存在ということになれば、見識のある人は私を乱雑に扱おうという気はなくなるでしょうから。

 しかし、それが平凡極まりないものだった場合はどうでしょう。不利な情報になるかもしれません。


(いえ……リューさんに大人しくしてもらえている、という事実は変わりませんし、自分自身のステータスがどういうものかわからないままであるより、ここで把握しておいた方がいいでしょう)


「わかりました。お願いします」


「では気を楽にしてくれ。すぐに済む」


 そういって、イージェルドさんが杖を私に向けます。

 恐らくは呪文を呟いたのか、イージェルドさんの口が動き――杖が光り始めます。

 その際、私には不思議と呪文の内容が聞こえませんでした。


(あれ? 聞き逃した……わけないですよね)


 不思議に思っていると、イージェルドさんの杖から出た光が、私の身体を照らし、そして硝子が砕け散るような音が響きました。

 驚いたのは私だけではなく、イージェルドさんもでした。

 少し困ったように、私を見ています。


「……キヨズミ。魔法に抵抗されると調べられないのだけどね?」


 硝子が割れるような音は、魔法が破られる際の音と考えていいようです。

 抵抗するつもりはなかったのですが、自然と抵抗してしまったということでしょう。

 しかし、そう言われても私の意思で抵抗しているわけではないので、どうしようもないのです。たぶん魔法を拒絶したのって、バスタオルの力でしょうし。

 バスタオルを脱いだら調べてもらえるのではないかと思うのですが、そんなことが出来るわけがありません。

 一瞬、イージェルドさんやヴォールドさんの前で裸になっている自分を想像してしまい、一気に頬が赤くなってしまいました。顔を俯けて慌てて誤魔化します。


「す、すみません……抵抗するしないの切り替えが良くわからなくて……」


「……ふむ。普通は抵抗する方が難しいのだけどね。まあ、仕方あるまい」


 そう言ってイージェルドさんは退いてくれました。

 明らかに不審がられているような気はしましたが、どうしようもないのでそのまま流れに任せます。

 イージェルドさんはローブを翻して、少し私から離れました。


「それでは私はそろそろ失礼するよ。死告龍殿の存在やキヨズミとの交渉の結果について、皆に報告しなければならないからね。すぐに部屋を用意させるから、しばらくそこで休んでいてくれるかい?」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「改めて、死告龍殿がこの国に――ルィテ王国に危害を加えないようにしてくれる限り、キヨズミ、君を歓迎しよう。良き関係を築けるように祈っているよ」


 そう言ってイージェルドさんはヴォールドさんを伴って去って行きました。

 それを見送った後、私はイージェルドさんが言い残した言葉を反復します。

 彼は確かに言いました。

 この国の名前は――ルィテ王国であると。


(ルィテ……ああ、なるほど。そういうことですか)


 彼の名前は、イージェルド・ルィテ。

 最初に筆頭魔術師と名乗っていましたが――同時に彼は王族のひとり、あるいは彼こそがこの国の王、なのかもしれません。

 そんな彼が直々に出てきたのは、死告龍と呼ばれるほどの存在であるリューさん関連だったからでしょう。

 最大限の敬意を持って遇した、ということなのでしょうね。


(私、この世界に来てからとんでもない存在とばっかり会ってますね……)


 元の世界では小さな会社の社長と会うこともなかったのに。

 あとから知れて良かったと思うべきでしょう。

 イージェルドさん……陛下とか言った方がいいんでしょうか。

 ただでさえ、この格好での気疲れが酷いのに、王様との謁見とか神経がすごい勢いですり減りそうです。

 私は再度椅子に座り、盛大に溜息を吐いて机に突っ伏しました。


(はぁ……早く元の世界に帰りたいです……)


 もう何度この言葉を口にしたことか。

 リューさんやヨウさんがこちらを窺っているような感じはしましたが、反応する気力もなかった私は、しばらく立派な城の中庭で蹲っていました。


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