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第七章2 ~誤魔化し切れるわけがないんですよね~


「さて……まずは改めて名乗っておこうかね。私の名はイージェルド・ルィテ。この国の筆頭魔術師だ」


 見た目の印象通り、イージェルドさんが魔法使いであることは間違いないようです。

 私はイージェルドさんに頭を下げました。


「ご丁寧にありがとうございます。私は清澄聖羅と申します……えーと、清澄は性……家族名でして、私個人を指すのが聖羅となるのですが……イージェルド・ルィテさんのお名前にもそういった区別はありますか?」


 私の質問に対し、イージェルドさんは少し目を細めました。


「……ふむ。異世界から来た、だったね。質問に質問を返すようで申し訳ないが、君はどうしてこの世界が自分の住んでいた世界と違うと判断したのかね?」


 どうやら、イージェルドさんは私が異世界から来たということが信じられないようです。

 巨大な扉が消えるという、元の世界の物理法則ではありえないことが起きたことと、ゴブリンやらドラゴンやら魔法やらが存在していることが理由なのですが、それで納得してくれれば良いのですが。


「私の住んでいた世界では、ドラゴンも魔法も存在しないんです。だから、法則すら異なるまったく違う世界に来たと考えました」


「単に君が知らなかったという可能性はないのかね? 君を無知と蔑む気はないが、例えば何らかの閉塞された環境で暮らしていれば、そういったものを知らずに育つ可能性もあると思うが」


 むぅ、そこから疑われているのですね。

 しかし言われてみればこの人の疑問ももっともです。

 私が携帯みたいな明らかにこの世界と文化レベルの違うものを持っていれば、話は違ったのかもしれません。

 ですが、私が持っている向こうの世界の物は、丁寧な縫製が有名で肌触りが好みだから愛用しているこのバスタオルのみ。

 これを見せて文化が違うでしょうと言われても納得はできないでしょうし、そもそも下手にこのバスタオルに注目されたくありません。


「……私の喋る言葉は証拠にはなりませんか?」


「通常の翻訳魔法が利かないほど、異質な言語であることは確かだがね。閉塞された環境であるのなら、そういった言語が生まれないとも限らない」


 イージェルドさんはとても慎重に考える方のようです。

 確かに、異世界転生や転移を題材にした創作物が流行っている私たちの世界ならともかく、そういった魔法や伝承が存在しない世界なら、異世界の存在を疑ってかかるでしょう。

 異世界が存在すると考えるよりは、ひとりの狂人が戯言を言っているという可能性の方を高く見積もるのは仕方ないことです。

 夢の中に出てきた白いローブの人が言っていたことを思い出します。


「やっぱり、異世界に関するような魔法は……あるいはそういったところから来たという人などの伝承などは存在しないんですね?」


「……? そうだな。私の知る限りでは異世界からの来訪者というのは君が初めてだ。伝承についても、聞いたことがないね」


 あの白いローブの人が言っていたことが真実だとすると、元の世界に帰りたい私にとっては嬉しくないことなのですが、それはここで言っても仕方ありません。

 私は気持ちを切り替えて、話を戻すことにしました。


「貴方の疑問はごもっともだと思います。では、一端私が本当に異世界から来たのかどうかという話はおいておきましょう。いま議論しても答えは出せませんし、建設的な話をしましょう。私は皆さんの常識や文化を全く知らないということだけ理解していただければ、と思います」


「ああ、そうだな。……すまない。確かにいまは君が本当に異世界から来たかどうかは大きな問題ではなかったね」


 イージェルドさんはそう言って切り替えてくれるようでした。

 よしよし、とてもいい感じです。

 話に集中している間は格好を気にしなくて済みますからね。


「名前の話だったね。イージェルド・ルィテという名前は、ルィテというのが君のいうところの家名となる。イージェルドが私個人に付けられた名前だ。例えば、私の弟はオルフィルド・ルィテという」


「では、私は貴方をなんとお呼びすればよいでしょうか? あ、私のことは清澄と呼んでください。私たちの文化では名前は家族や友人などの親しい相手だけが呼ぶものなのです」


 非常事態なのですから気にすることはないと思うのですが、やはりあまり親しくない人に聖羅と呼ばれるのは、一般的な日本人として抵抗があります。


「ふむ……そうだな。その認識に関しては私たちの文化とそう変わらないようだ。ただ、私を指してルィテと呼ぶのは不都合が多いだろう。キヨズミは特別にイージェルドと呼んでくれて構わない」


 なんだか引っかかる物言いですが、イージェルドさんが呼んでいいと言うのであればそう呼ばせていただきましょう。


「わかりました。イージェルドさん。私の疑問に答えてくださってありがとうございます」


「礼は不要だよ。お互いに解消したい疑問が山のようにあるはずだ。いちいち礼を言っていては、それだけで疲れてしまうだろう?」


 苦笑気味にイージェルドさんがそう言ってくださいました。

 緊張を解すための冗句なのでしょうけど、向こうからそう言ってくれるのはありがたいことです。実際、聞きたいことが山のようにあるわけですし。


「ふふ……そうですね」


 冗談も交えられるほど、まともに話が出来るということが嬉しくて、思わず笑ってしまいました。

 朗らかなムードになった、そのときです。

 急にイージェルドさんの表情が強ばりました。

 遅れて私も、その異様な空気を感じ取ります。


「グルル……ッ」


 なにやら不機嫌顔になったリューさんが、こちらを、いえ、イージェルドさんを睨み付けていました。

 どうやら私とイージェルドさんが和やかに話しているのが面白くないようです。

 面倒くさい彼氏のようだと思いましたが、それとは嫉妬の質が少し違うような。


(なんでしょうこれ……なんというか、仲間はずれにされて拗ねてる子供みたいな……)


 なんとなく、なんですが私はそう感じました。

 リューさんから感じる重圧は本当に恐ろしいものではあるのですが、それはどちらかというと巨大な体躯に起因するものであって、それを差し引いて考えると、なんというか向けられる感情自体はどうにも子供っぽいんですよね。

 とはいえ、それは私が多少ならずともリューさんに慣れて来ているから感じ取れるものらしく、イージェルドさんは冷や汗を掻きながら早口で言葉を紡ぎました。


「話を本題に戻そうか。まず我々としては君が『シコク龍』と共に行動している理由を知りたいのだよ」


「四国、龍?」


 この世界にも四国という地域が存在するのでしょうか、などど一瞬馬鹿なことを考えてしまいましたが、冷静に考えてそんなわけがありません。

 シコク――恐らくは「死告」。

 ミカエルなどの告死天使のように「死を告げる龍」という意味であると推測されます。


「ああ。魔物に名前はないはずだから、人族の間での通称だがね。『死告龍』と言えば人族の間で知らぬ者はいない。いや、魔物たちの間ですら知らない者はいないんじゃないかな。災害と災厄の化身のような存在だよ」


 やっぱり予想通りと言いますか、リューさんはとんでもない存在だったようです。

 というか災害と災厄の化身って何ですか。

 一体何をしでかせばそう呼ばれるようになるのでしょう。


「この世界の基準で言うと、相当お強いんですか?」


「強いなんてものではないね。この国の総力を結集して挑んだところで恐らくは勝てないだろう。対抗できるとすれば勇者か魔王か……個としての強者のみだろうね」


 その魔王らしき人がリューさんに瞬殺されているのですが、言わない方がいいでしょうか。

 うん、やめておきましょう。


「ええと……どうして私が一緒に行動しているか……ですよね。正直なところ、私もそれが気になっていまして。なにせ私にはリュ……死告龍さんの声も聞こえなくて、意思疎通ができないんです」


 その謎の解明もひとつの目的です。

 しかし、それ以前にイージェルドさんはリューさんの声が聞こえないということに反応しました。


「死告龍の声が聞こえない? そんなはずはないが……」


「皆さんは普通に会話できているんですよね?」


 イージェルドさんが頷きます。当然のことだと思っているようなので、やはり聞こえない方がおかしいようです。

 とはいえ、その謎の解明は後回しにしてもいいでしょう。


「通訳のような真似をさせて申し訳ありませんが、死告龍さんに『どうして私を気に掛けてくださっているのか』尋ねていただいても構いませんか?」


「ああ、もちろん構わない」


 快諾してくださったイージェルドさんは、こちらの世界の言葉でリューさんに聞いてくださりました。

 その声自体は聞こえているわけですから、やはりこちらの世界の言語が問題というわけでもないのですよね。

 その問題はさておき、いよいよリューさんの真意がわかるわけです。どういう理由で私を気に掛けているのか。それがわかれば、今後の方針が立てやすくなります。

 そう思っていたのですが、イージェルドさんの顔が曇ったことで、そう上手くはいかないことを悟ります。


「……どうやらその理由は非常に重要なことらしいね。君に直接伝えたいとのことだ」


 理由次第ではその気持ちもわからなくもないですが、私にはリューさんの声も聞こえないのにどう伝える気なのでしょう。

 ここは無理を言ってでも伝えてもらうべきでしょうか。


(……いえ、やめておきましょう)


 直感で私はそう判断しました。

 直接伝えたいというものを無理矢理聞き出すと気を悪くさせそうですし。

 加えて、なまじ理由を聞いてしまい、その理由が受け入れがたいことであったら、今後リューさんへの態度が変わらざるを得なくなるかもしれません。

 それなら、いっそ知らずにいまのままの方がいいこともあります。

 知りたいのは確かですが、全てを知るのがいいとは限らないのですから。


「そうなると……どうして言葉が通じないのか、どうすれば話せるようになるのか、考えていかないといけませんね」


「キヨズミが良ければだが……我が国がその謎の解明に協力しようか?」


 ここぞ、とばかりにイージェルドさんがそう切り出しました。

 好意からの言葉のようにも思えますが、そんなわけがありません。

 というかそもそも、国家の方針をイージェルドさん個人で決めていいのでしょうか。


「ありがたい申し出ですけど……なぜそう言ってくださるんですか?」


「ああ。とても簡単なことだ。死告龍殿と取引が可能になるからだよ。私たちは君たちが交流できるように協力する。代わりに、死告龍殿には我が国に対して攻撃しないことを約束してもらいたい。君からの頼みならば、死告龍殿も聞き入れてくれそうだしね」


 災害や災厄の化身、でしたか。

 元の世界で例えるなら、いつ起きてどんな被害を出すかわからない地震や台風と交渉が出来るようになって、地震に被害の少ない地域で起きてもらったり、台風に進路をずれてもらったりする感じでしょうか。

 そう考えると、私とリューさんの交流に協力するくらいはするでしょう。

 異世界という与太話を口にしてはいても、私とは普通に話が出来るのですし。


「わかりました。私としても、この世界の常識や状況を知りたいですし、皆さんに協力していただきたいと思います。死告龍さんには貴方と直接話をするためにこの国の方々に協力してもらうので、危害を加えないように配慮して欲しい、とお伝えください」


 問題はリューさんがどう考えるかでしたが、イージェルドさんが交渉した結果、その案を受け入れてくれたようです。

 まあ、かなり不承不承な感じはしましたが。

 リューさんはヘビやトカゲがそうするように、とぐろを巻いて腰を落ち着けていますが、その目にはどこか不満げな光を宿していました。

 この国の人たちが不安な思いをしないよう、そんなリューさんの機嫌を取るのが私の役目ですね。

 私はイージェルドさんに断ってから、立ち上がってリューさんの傍にいきました。


「リューさん。私のお願いを聞いてくださってありがとうございます。……喋れるようになったら、あなたからも色々とお話を聞かせてくださいね」


 そういって、笑顔を心がけつつ、触れられる位置に降りてきていたリューさんの鼻先を掌で優しく撫でます。

 リューさんは「ぐるる……」と不満を残した声で唸りましたが、不機嫌そうなオーラは少し和らぎました。

 そのリューさんの口が少し開き、赤い舌が伸びて来て、軽く身体を舐め上げられました。


「ひ、ゃ……っッ!」


 危うくバスタオルの裾が捲られかけ、悲鳴をあげそうになったのを飲み込みます。

 イージェルドさんもヴォールドさんも見ているのです。せっかくここまで順調に来たのに、この格好を恥ずかしく思っているということを知られるわけにはいきません

 ドラゴン流の親愛の表現だというのはわかるのですが、いまの私が受けるにはあぶなすぎるスキンシップでした。

 なんとか耐え切り、イージェルドさんの前に戻ります。


「お、お待たせしました。話を続けましょう」


「ああ、それは構わないが……その前にひとついいかね。ある意味重要なことなのだが」


「……なんでしょう」


 この世界に来てから、嫌な予感が外れた試しがありません。

 そして今回も、その嫌な予感は見事的中したのでした。


「キヨズミの世界では――その格好は一般的なのかね? そうでないなら話を続ける前に服を用意させるが」


 さっきので、ごまかせるわけがないんですよね。顔も赤くなっていたでしょうし。

 イージェルドさんの視線を感じつつ、どう応えるか決めなければなりませんでした。


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