第七章1 ~いっそすべてを曝け出したい思いです~
ぞろぞろと集まってくる人々。集中する視線。
堂々と、時にひそひそと交わされる謎の言葉。
豪奢な造りの城の中庭で、私たちは四方八方を人に囲まれていました。
私は気が遠くなりそうな羞恥地獄の中、なんとか意識を保ちます。
すぐ傍にヨウさんが立っていてくださったので、彼女に寄りかかるようにして、なんとか姿勢を保ちました。
少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうな状況の中――私たちと一緒にリューさんの手から降ろされたヴォールドさんが、集まっている人たちに向けて何かを叫びながら手を振っています。
恐らくですが、攻撃するなとか、刃向かうなとか言っているのでしょう。
リューさんには極力穏便に事を運んでもらうよう頼みはしましたが、無抵抗を貫けとまでは言っていません。
ヴォールドさんとしては、下手に仲間がリューさんを攻撃して、虐殺劇の幕が開かれないようにしたいのでしょう。
(上手く行けばいいのですけど……)
リューさんは本当に容赦がありませんからね。
けれど、ぱっと見、この城の中庭に荒れた様子はありません。
もし、昨日の夜ヴォールドさんを連れてこようとした時に暴れたのであれば、中庭がこれほど綺麗なことは有り得ないでしょう。
となれば、昨日の夜の段階で、比較的穏便に事を運んでいたと推測ができます。
それならば今回の交渉も上手く行くのではないでしょうか。
とにかく大賢者さんでも大魔法使いさんでもいいので、早く出てきて欲しいものです。
「グルル……」
リューさんは鋭い牙をむき出しにして、周囲を威嚇しています。
その恐ろしい姿を見ても、兵士らしき人たちは退く様子を見せません。かなり訓練された人たちのようです。
まあ、この城が最重要拠点である以上、逃げるわけにもいかないのでしょうけど。
前に訪れた街の兵士さんたちとは事情が違います。
さておき、ヴォールドさんが必死に説明してくれている間に、一番目立つリューさんだけでなく、私やヨウさんの方にも視線が飛んでくるようになりました。
(……っ、あまり、見ないで欲しいです……)
私は四方八方から向けられている視線に怯みつつ、なんとか胸を張って最初の姿勢を維持しました。
下手に恥ずかしがれば、服を持って来てしまう人が出るかもしれません。
ヨウさんと同じで、これが自然で服を着ないのが当然だという態度を保ちます。
元いた森に帰してあげるように言ったのですが、それを覆して私と一緒にいてくれるヨウさんには幾度感謝しても感謝したりません。
種族的に全裸なヨウさんがいてくれるおかげで、半裸の私のインパクトも多少は薄れているように感じます。
(ヨウさんがいなかったら、この視線をすべて私一人で受けなければならなかったんですよね……ヨウさんにはほんと感謝です)
いまでさえ結構ギリギリなのに、これ以上増えたら完全にキャパを超えてしまいます。
リューさんに寄り添っておけば少しは軽減されるでしょうか?
そう思ってリューさんの傍に立っているのですが、あまり効果はなさそうです。
むしろリューさんと目を合わせるのを嫌った人たちの分、こっちに視線が集中しているような。
私は風でバスタオルの裾がめくれ上がったりしないように、さりげなく手で裾を抑えつつ、私の言葉を翻訳できる人が来るのを待ちます。
ふと、一際強い視線をどこかから感じました。
(……っ、これは……なんというか……)
嫌な感じの視線です。ねっとりと絡みつくように身体の隅々まで見られている感じ。
元の世界で、いかにも軽薄そうな男性にナンパされた時のことを思い出しました。
あの時も、こんな感じの視線を身体に向けられて、酷く不快な気持ちになったものです。
そのときは身体目当てなのが明らかで、すぐにその場を離れたものですが。
嫌な予感がします。
(これだけ人がいるんです……中には、そう言う人がいても不思議ではないですが……)
リューさんという明確な脅威を前にして、なおそういう心持ちでいられるというのは、ある意味驚嘆に値する胆力かもしれませんね。
とりあえず、リューさんの影により隠れてやり過ごしましょう。
目立つヨウさんの方に注目していただければありがたいのですが。
そうこうしているうちに、なにやら重要そうな人物が城内から現れました。
(いかにも魔法使いって感じですね……でも……)
格好はとても魔法使いっぽい人でした。
裾を引き摺るほど長いローブに、その人の身の丈ほどもある大きな杖。
杖は見たこともない豪華な装飾が施されたもので、何も知らない私でさえ、色んな意味での「力」が凝縮されていることがわかります。
その人が被っている帽子は王冠のように立派で、直接みたことはありませんが、ニュースとかでたまに見るローマ法王さんみたいな人が被っているものが近いかもしれません。
全体的な豪華さといい、この人が王様と言われても信じられます。
ただ、ひとつ。こちらの常識からすると、その装飾品にそぐわない点がありました。
(なんで……若い男の人なんでしょうか……)
一般的に想像する「偉い人」というのは、お爺さんとかお婆さんとか、とにかく多少歳を取った年配の人ではないかと思います。
魔法使いのテンプレは、立派な髭を蓄えたお爺さんでしょう。
そのテンプレはこの世界の、少なくともこの国では当てはまらないようです。
豪奢なローブを着込んでいるその人は、どうみても二十代前半でした。
(私と同年代……くらいですよね……)
いかにも男性、というヴォールドさんとはまた違うタイプです。
神秘的な雰囲気を漂わせていて、近寄りがたいほどの美形でした。
金色の髪と瞳が嫌味無く似合っています。
それでいて表情は穏やかで、リューさんが襲来しているというのに落ち着いていました。
ヴォールドさんに伴われて、兵士たちの包囲の中に堂々と入ってきます。なにやら兵士たちが止めようとしている素振りもありましたが、それをやんわりと抑えて近付いてきます。
その人が近付いてくるのに従って、少し緊張して来ました。
(大丈夫。ヴォールドさんは私の意思を知ってて、伝えてるはずですし……いきなり戦闘になったりはしないはずです……)
魔法使いさんは私たちの前にやってくると、静かに頭を下げました。
思わず、こちらも頭を下げてしまいます。思わず、でした。
やっぱり日本人として、見ず知らずの人が相手でも、会釈されたら会釈を返すじゃないですか。
そのことがどう受け取られたかはわかりません。少し目を見開いていたような気もしましたが、表情をそれほど変えることなく、魔法使いさんはリューさんを見上げて話しかけています。
その口から聞こえるのは、やはりよくわからない言葉です。
(こっちから話しかけた方がいいんでしょうか……?)
どうすればいいのかわからず、躊躇しているうちにリューさんとの話はひとまず終わったようです。
魔法使いさんの視線がこちらに向きました。思わず背筋が伸びます。
金色の瞳が、私をじっと見つめています。
いたたまれなくなるのであまり見ないで欲しいです。
ヴォールドさんが「キヨズミセイラ」と呼びかけて来て、それから魔法使いさんの方を示します。
「イージェルド・ルィテ」
恐らくそれが魔法使いさんの名前なのでしょう。
イージェルドとルィテの間に間があったので、恐らくそこが日本でいうところの名字と名前の区切り目と推測できます。
ヴォールドさんはそういう区切り方をしていませんでしたが、やはり偉い人にしか名字と名前の区別がないということなのでしょうか。
とはいえ、推測でしかありません。もしかするとルィテは魔法使いという意味で、「魔法使いのイージェルド」と紹介してくれたかもしれないからです。あるいは「ルィテ」は敬称で、「イージェルド様」とか「イージェルド閣下」とかいう意味かも。
「ヴォールド」と「イージェルド」の類似から「イージェルド」は名前だと思いますが、あるいは「イージェルド」の方が敬称か何かで「ルィテ」が名前かもしれません。
結局のところ、いまの状態では何もわかりませんし、ここは無難に、そのまま呼びかけましょう。
「えっと……はじめまして。イージェルド・ルィテ、さん。私は清澄聖羅と申します。……お会いできて光栄です」
もしいずれかが敬称だったりすると「イージェルド様さん」みたいな呼びかけになってしまうわけですが、敬意が伝われば問題ないはずです。
しかし思えば、人に見られることばかり気にしていて、出会った人に対し、何をどう説明すればいいのか考えていませんでした。
内心焦っていると、イージェルド・ルィテさんがその巨大な杖を掲げて、なにやら口を動かし始めました。杖に光が集中しています。
(……あれ? 声が聞こえない……?)
イージェルド・ルィテさんはなにやら朗々と呪文らしき何かを口にしているようなのですが、その呪文が全く聞こえないのです。
人の声はちゃんと聞こえているはずなのに、どうしてイージェルド・ルィテさんの声だけが聞こえないのでしょうか。
私が不思議に思っている間に、杖の先に凝縮された光が、イージェルド・ルィテさんを包み、そして消えてしまいました。
こほんと、イージェルド・ルィテさんが咳払いをします。
「これで――どうかね? 私の言葉の意味がわかるようになったと思うのだが?」
外見から受けるイメージより、かなり渋い声でした。
いえ、そんなことはどうでもいいのです。
ついに! ついにまともに話が出来る人と、現実で出逢えたのですから!
「はい、わかります! えっと、私の言葉もわかりますか!?」
思わず勢い込んでそう言うと、イージェルド・ルィテさんは厳かに頷きました。
「ヴォールドから話は聞かせてもらった。なにやら大変な状況にある様子。良ければ、貴女から詳しく話を聞かせてもらいたいのだが……構わないかね?」
「もちろんです! ……あ。た、ただ……」
私は周囲に集まっている兵士たちのことを思い出しました。
話すのは全く構わないのですが、この衆人環視の中に居続けるのは避けたいのです。
しかし、下手なことを口にすると、この格好を恥ずかしく思っていることがばれてしまうかもしれません。
服を着るように薦められないよう、平然とした態度は保たなければならないのです。
もういっそ全部説明して配慮してもらいたいところでしたが、まだダメです。いくら言葉が通じるからといって、このバスタオルは文字通り私の生命線なのですから。
私が口ごもっていると、何か違う意味を察してくれたのか、イージェルドさんは周囲の兵士たちに向けて指示を出しました。
「内密な話になりそうだ。兵士たちはひとまず下がらせよう」
話しづらくしているのを、人に広めたくない話をしようとしている、と解釈してくれたのでしょう。
私が口ごもったのは全然違う理由なのですが、結果的に都合のいい解釈だったので、私は何度も頷きます。
イージェルドさんの指示に対し、兵士さんたちはなんとも言いがたい表情を浮かべつつも素直に退いてくれました。
中庭には、私とリューさん、ヨウさん、イージェルドさん、ヴォールドさんの五人……人じゃない存在も混じってますが、その五人が残りました。
「さて、立ち話というのもなんだ」
イージェルドさんがちらりとヴォールドさんを見ると、ヴォールドさんは中庭に元々設置されていた小さな円卓を傍に持ってきてくれました。
元の世界だとカフェのテラスとかで良く置かれている系統のものですね。豪華な飾りはさすがに城にあるものという感じで、品の良いものでした。
合わせて椅子も用意されます。二つなのは、私とイージェルドさんだけが座るためのようです。
物理的に無理なリューさんはともかく、ヨウさんには用意してあげて欲しいと思いましたが、ヨウさんはふわふわ浮いていますから、必要ではないと判断されたのでしょう。
こうして、私にとっては実質初めての、この世界の人とのちゃんとした対話が始まりました。