第六章4 ~見られる覚悟はしましたけども~
差し出されたシャツは、私に選択を迫っていました。
この窮地をどう凌ぐか。大して良くもない頭をフル回転させて考えます。
まず考えられる手段のひとつは、爆発して全裸になるのを覚悟し、あえてシャツを羽織ること。
私の意思ではないところでこの格好を強いられているのだということがヴォールドさんに伝われば、今後の行動はかなり気が楽になります。
ひょっとすると今後はヴォールドさんが気を使ってくれるかもしれません。
それは大きな利点であり、思わず心惹かれてしまいました。
(ですが、それは私の精神が楽というだけで、むしろ厳しい状況になりかねません……)
腰蓑状態のバスタオルでも、ある程度の加護は発揮してくれていましたが、何度も吹き飛んで大丈夫なものかどうかがわかりません。
再生するとはいっても、仮にその再生に使われているエネルギーが有限だとすれば、いつか再生しなくなるかもしれません。
そうなってしまったら、何の特殊能力もないと思われる私は、この世界に全裸で放り出されることになります。
(それは、死にますね)
生命的な意味でも、羞恥的な意味でも、生き残れる気がしません。
バスタオルはなるべく大事にしなければなりませんでした。
差し出されたヴォールドさんのシャツから逃れるようにして、ヨウさんの背後に隠れ、断腸の思いで首を横に振ります。
ヴォールドさんはなんとも不可解そうな顔をしていましたが、私に受け取る気がないということは伝わったのでしょう。脱いだシャツを再び着込んでいました。
しかし、私を見るその目は、明らかに不可解な者を見る目になっています。
無遠慮な視線を向けられ、顔が赤くなるのが自分でもわかります。
(違うんです……この格好でいたいわけじゃないんです……)
いっそ全てを説明できたらいいのですが、言葉は通じないですし、仮に通じたとしても説明できません。
絶対防御を実現しているのがバスタオルの力だと誰かに知られるのは、極力避けなければならないからです。
生存戦略だけで考えるならば、痴女と思われておき、服を薦められない方が好都合なのです。
私の精神が著しく摩耗してしまうのですが。
いたたまれなくなった私は、ヨウさんの影に隠れるようにしながら、洞窟の外へと向かいます。
(というか……考えてみれば、これって絶対防御の致命的な弱点では……?)
服を着ようとすると爆発してしまうバスタオル。
ならば、人に無理矢理服を着せられたらどうなってしまうのでしょう。
ヨウさんの影に隠れたことで、ヴォールドさんはそうしてこなかったですが、私の身体能力は普通なので、お節介な人が無理矢理シャツを羽織らせようとすれば出来てしまいます。
その場合、果たしてバスタオルはどうなるのでしょうか。
いえ、どうなるかわからない以上、今後服を着ることは全力で拒絶しなければならない、ということです。
(どんな痴女ですか……ああ、元の世界に帰りたい……)
裸が普通の部族ならともかく、私は現代日本の一般人です。
いまの状況でさえ恥ずかしくて死にたくなるのに、自分からその姿を望んでいるように振る舞い続けなければならないとは。
リューさんやヨウさんならば構いません。異種族で被服文化のない人たちですし、恥の概念もまったく違うものでしょう。
けれど、ヴォールドさんのような人間は違います。少なくとも服を着ている彼らは肌を露出するということに関して、同じような恥を感じるのでしょう。
(事情があることは察してもらえてる……もらえてるはずですけど……恥ずかしいのは変わらないんですよね……)
後から付いてくるヴォールドさんの視線が、私に向けられていました。
刺すような視線が肌に突き刺さってきています。いままではヨウさんにそういう視線が向いていたと思うのですが。
私はヴォールドさんの視線を感じながらも、洞窟の外まで出ることが出来ました。リューさんが入口のすぐ傍で待っていてくれています。
もうこうなったら、早くなにもかも済ませるべきです。この世界での恥はかきすてだと思いましょう。
(痴女に思われようと……この姿を恥ずかしく思っていない、これが普通だから服は着なくて大丈夫、という素振りでいなければ)
そうしていれば、無理に服を着せようという人はいなくなるでしょう。
無理に着せられそうになったら、リューさんかヨウさんに庇ってもらえば、それでもなお着せに来るような人はいないでしょう。
私はだいぶ慣れましたが、リューさんは強面ですし、この世界の人たちにはものすごく恐れられているようですしね。
私は内心、覚悟を決めました。
「お待たせしました。行きましょう、リューさん」
呼びかけると、リューさんは上機嫌に唸って応えてくれました。
呼びかけたことを喜んでくれているのでしょうか。呼び名を定めたので、自分が呼ばれたとハッキリわかるわけですし、だからかもしれません。
例えるなら、頑張って話しかけていたインコに自分の名前を呼んでもらえた、みたいなものでしょうか。
どう考えてもペット感覚だとしか思えませんが、相手が好意的である方が都合がいいのは確かです。ペット扱いくらいは甘んじて受け入れましょう。
そのとき、不意に嫌な予感が頭を過ぎりました。
(何か、忘れているような……なんでした、っけ……あっ!)
それを思い出した時には、すべてが遅すぎました。
リューさんが私たちをここに運ぶときにどうしていたか。
それを事前に思い出していれば、何かしら回避する手段を探すことができたでしょうに。 行こうという意思が伝わったリューさんは、それまでと同じように、私たちをその手に握ってしまいます。
ヴォールドさんも一緒にまとめて。
リューさんの手は大きく、人間大の存在三体をまとめて握り込むことが出来ます。
加減することを覚えてくれたのか、握り込まれる力自体は大したことがありませんでしたが、問題はそこではありませんでした。
三人まとめて掴まれたということは、つまりそういうことです。
(きゃあああああああああ!! 手! 手がっ! いやあああああ!!!)
リューさんの手の中で、ぎゅうぎゅうと互いに身体を押しつけ合う結果になった私たち。
運が良いのか悪いのか。身体の前面にはヨウさんが合わせられ、乳房同士を押しつけ合うような、状態になっていました。そちらは一応同性ですし、若干の劣等感が刺激されるという以外は問題ありません。すでに一度経験したことですし。
大問題なのは、私の斜め後ろの位置取りになってしまったヴォールドさんの方でした。
背中からヴォールドさんの逞しい身体を感じます。
鍛えているのか、男性ということが嫌でも意識される筋肉質な身体つきなのが、露出している背中や肩から伝わってきました。
(ひやあああああ!? う、動かさないでください……っ!)
そして、ちょうど私のお尻の位置に、ヴォールドさんの手がありました。痴漢のように揉むことこそなかったですが、時折反射的なのか何なのか、指先が動くのが私のお尻に伝わってきます。
ちょっとヴォールドさんが気まぐれを起こせば、絶対に触れられたくないような箇所さえ触られてしまいそうな状態です。
半裸の女と裸の美女と密着することになったヴォールドさんはラッキーかもしれませんが、こっちとしては大問題です。
この姿が恥ずかしいことをなるべく顔に出さないように乗り切ろうとしていた決意など、何の役にも立ちませんでした。
(あああああ!! ひいっ! ひゃあ!)
声を上げなかっただけでも、私は褒められていいと思います。
もがけばもがくほどヴォールドさんの存在を意識してしまい、動けばヴォールドさんも反応して動いてしまいます。
幸い、ヴォールドさんは紳士的でした。なるべく動こうとしないようにしてくれている感じはしましたし、顔は私たちから背けてくれていました。
しかし触れている部分からの感覚はどうしようもないのか、ヴォールドさんも顔を真っ赤にして、意識されているのが明確です。
(み、見られるのは覚悟しましたけどっ! 触られるのは無理ですッ!!)
同じようにヴォールドさんと触れてしまっているヨウさんですが、やはり妖精なので恥ずかしいという気持ちはないようです。
ただ、ヨウさんはいままで見たことがない顔をしていました。
非常に嫌そうな、嫌悪感をむき出しにした顔を隠そうともしていないのです。
私と触れあった時はそういう顔を見せたことはなかったので、男性であることが問題なのかもしれません。
そんな風に、関係ないことを考えてなんとか気を散らそうとしましたが、ヴォールドさんの手の感触は気を散らした程度でどうにかなるものではありませんでした。
(早く目的地に着いてください……っ!)
ヴォールドさんの住んでいた村だか町までそう遠くないことを祈り、私は目を瞑って――瞑ったら余計に意識してしまうので開けました――耐えました。
幸い、リューさんはそんなに遠くまで行ったわけではなかったらしく、以前の町よりも遥かに早くたどり着きました。
たどり着きました、が。
(え……ちょっと待ってください。ここって……!)
眼下には広い広い人間の街がありました。
そしてその中央には、いかにも最重要ですよと言うような、巨大な尖塔を持った、巨大な城。豪奢な造りは品の良さを感じさせ、なによりそこに集中している富の強大さを窺わせます。
巨大な城壁が何重にもなってその城を中心とした城下町を守っていました。
昨日訪れたあの戦争中だったあの町と比べて、遥かに立派で、複雑な造りをしています。
そこはどこからどう見ても――巨大な国の首都でした。
さらに、リューさんは躊躇なくその街の上空に侵入したかと思うと、一直線に中心の城に向かって飛んでいきます。
まさかとは思いますが、ヴォールドさんは城に務めていたのでしょうか。ものすごく偉い人だったりするのでしょうか。
判明していく恐ろしい事態に、血の気が引いていきます。
ある程度城に近付いたところで、リューさんが一端その場に滞空しました。リューさんの性格上、一気に城の中にまで降りそうな気がしていたので、意外です。
(いまさら遠慮するとも思えませんが……?)
そう思っている私の疑問は、どこかで聞いた破砕音でかき消されました。
どうやら、城には上空からの侵入を防ぐように、バリアーのようなものが張り巡らされていたらしく、リューさんは尻尾を振るってそれを砕いたようです。
いまさらですが、そういう相手を迎撃するためのはずの魔法を軽く粉砕するリューさんはめちゃくちゃすぎませんか。
この世界のパワーバランスとかどうなってるんでしょう。
そんなことを考えている間に、リューさんは悠々と城の中庭へと降り立ちます。
とっくに気付かれていたのでしょう。あれだけ堂々としていたのですから、気付かれないわけがないのですが。
中庭に、人がぞろぞろと集まってきていました。