序章2 ~小石すら落ちていない不親切設計~
ひた、ひたと私が裸足で歩く足音が岩壁に反響して響いています。
あんなわざとらしい空間や台座、扉、階段まである時点でわかっていましたが、この洞窟は自然の洞窟ではないようです。かといって、コンクリート造りの人工物とも違います。
いわゆる、ダンジョンと呼ばれるもの……それに間違いないでしょう。
細長いまっすぐな道が、時折枝分かれしながらも先の方まで続いています。
「うう……何も出てこないでください……」
私はバスタオル一枚の格好でそうぼやきました。
モンスターに出会いたくもありませんが、普通の人にも出会いたくありません。
とにかくまずは身体を隠せるものが欲しいと思いました。できれば衣服。いっそカーテンみたいな大きな布でも構いません。
しかし、洞窟の中にそんな都合のいいものは存在しません。ダンジョンというからにはもっと色々装飾があってもいいと思うのですが。
友好的な人に出会えれば服くらい貸してもらえるかもしれませんが、問題はそうでなかった人に出会った場合です。
「危ない人に出会いませんように……」
私はそう祈りながら歩いていました。
そうして、歩き出して暫く経った頃。
誰かに出くわすこともなく、私は延々通路を歩いていました。
最初はおっかなびっくり背中を丸めて歩いていましたが、さすがにこうも何も起こらないと警戒する気も失せてきます。
バスタオルが肌蹴ないように気をつけつつも、普通に歩くようになっていました。
やがて私は、同じ場所をぐるぐる回っているのではないかという気がしてきました。
「目印も、何も作れませんしね……」
この洞窟、小石のひとつも落ちていないのです。
そのおかげで足に怪我をせずに済んではいますが、結果として壁や床に印を付けることもできず、延々と歩くことしかできませんでした。
結構な距離を歩いたとは思うのですが、本当に前に進んでいるのかどうか。
私が不安に思いだした頃、ようやくいままでとは違う雰囲気の場所に着きました。
なにやら道に像が置いてあるのです。思わず身を竦めつつ、それに近付きます。
「何でしょうか、これ……?」
それは変わった石像でした。
ヘビと人を混ぜ合わせたような姿をしています。ゲーム風にいうと……リザードマン、というものだと思います。
普通に服のような物を着ていますし、剣や盾といったもので武装しているようにも見えます。ただ、それらは全て石で出来ており、精巧な石像という風情です。
は虫類の表情はわかりにくいですが、なにやら何かに気づいて驚いているような印象を受けます。
そんな石像が、道なりに何体も置かれていました。
「んん……? これは何を示唆しているのでしょうか……?」
気味悪く思いながら、リザードマンの像たちの横を通り、さらに先に進もうとしました。
その時です。
突如、周囲の壁や天井に、大きな目玉のようなものがいくつも出現しました。
これでもホラーには耐性がある方ですが、唐突に周囲に現れた目玉の群れには心臓を鷲づかみにされたような衝撃を受けました。
「きゃあああああああ!!!」
悲鳴をあげてしゃがみこみ、どれほど意味があるかわからないまま、両手で頭を抱えて縮こまります。
目を瞑って、これから起きる何かに耐えるつもりでした。
しかし、いつまで経っても何も起きません。恐る恐る目を開けて、腕を退けてみます。
目玉は気のせいなどではなく、周囲の天井や壁に現れたままでした。不気味すぎます。
じっとりとした視線を私に向けてきていました。
「な、な、なんなんですか……?」
そう呼びかけたところで、目玉だけのそれが応えてくれることはありません。
ただ、じっとこちらを見つめてくるだけです。私はしばらくその場にへたり込んでいましたが、目玉たちが何もやって来る様子がないとわかると、少し冷静さを取り戻すことができました。
いまだに心臓はバクバク鳴っていますが、身体の震えは止まりました。
ゆっくり立ち上がり、少し肌蹴てしまったバスタオルの裾をきちんと直します。
「な、何もしてこないでくださいよ……?」
恐る恐る、再び道を進み始めます。目玉たちの視線が私の移動に合わせて動きました。
あまりの異常さに意識する暇もありませんでしたが、歩き出してしばらくすると、その視線の多さに、居心地の悪さを感じてしまいます。
ほとんど裸同然の格好で、視線を浴びせかけられる状況。相手が異形とはいえ、視線は視線です。
こんな格好で人前に出たことなんてもちろんなく、私は針のむしろに立たされているような心境でした。
身体にちくちくとした感覚すら感じるくらいです。
「うう……恥ずかしい……」
目玉だけということで不気味さが先に立ち、多少は羞恥も軽減されていましたが、やはりじろじろ見られるのは恥ずかしいです。
私は早足でその道を通り抜けることにしました。
やがて目玉の通路が終わり、ようやく目玉たちの視線から逃れることが出来ました。
恐る恐る後ろを振り返ると、目玉がゆっくりと瞼を閉じるように、再びただの壁になってしまったところでした。
「な、なんだったんでしょう……? とにかく、無事抜けられて良かったです……」
安堵の息を吐き、私はさらに先へと足を進めます。
やはり何もない通路が延々と続いていました。
私の歩く音だけが通路に響いています。そろそろ、部屋とかあってもいいと思うのですが。
そんな私の祈りが通じたのか、小さなドアがあるのを発見しました。あの石作りの巨大なものではなく、私の力でも開けられそうな、木製の小さなドアです。
石で出来た洞窟に、木で出来たドア。一昔前のRPGかと思うような、雑な作りでした。
「やっぱり、何らかのゲーム世界、なんでしょうか……?」
最近流行の小説では、主人公が遊んでいたゲームと瓜二つの世界にアバターの姿で紛れ込んでしまう、というのが多いらしいですし。
でも、私は腕輪を装備してダンジョンに潜る、というシーンがあるゲームをやった覚えがないのです。鏡がないので確証はありませんが、身体は私自身みたいですしね。
やったことがあれば、そのゲーム知識を持ってどうすればいいのかわかったのかもしれませんが。わからないものは仕方ありません。
私はとりあえずその部屋に入ってみることにしました。
着る物があってほしいという期待を込めて。
扉は思ったよりも簡単に開いてしまいました。私は軽く押しただけのつもりだったのですが、思った以上の勢いで開いたのです。
結論から言うと、部屋の中に服はありました。ただし――
「……ギギ?」「ギャギャ?」「ギー、ギー?」
中身付きで。
それも、その中身とは素敵な王子様でも頼れる騎士様でもなく。
その醜悪な顔で、何かの生肉を喰らっている化け物たち――RPGの序盤で出てくる王道の敵、ゴブリンたちだったのです。