第六章1 ~過去最大の羞恥が次々更新されました~
いつかは人間に会わなければならない、と覚悟はしているつもりでした。
ですがまさかこんな形で、唐突に出会ってしまうことになるとは。
少なくとも、街に行く時はもっとしっかり心の準備をしておくつもりだったのです。
そのときの私に出来たのは、ヨウさんの影に隠れて男性の視線から少しでも身体を隠すことだけでした。
(み、みみっ、見られっ、あー、あーっ!)
恥ずかしさのあまり、思考が全く定まりません。
どのような理由でその男性が連れてこられたにせよ、私が過度に拒否感を出すことは彼にとって良いとはいえないことでしたが、それを慮る余裕もありませんでした。
幸いにしてと言いますか、ヨウさんの方が私よりも色々な意味で目立ちます。
男の人の視線はヨウさんに吸い寄せられて、私からは外れていました。
ほとんど裸の私とヨウさんを見て、男性も戸惑っているようでした。
「%#’()%%)?」
なにやらリューさんに向けて問いかけているようです。
リューさんには私がどうしてこんな反応をしているのか理解できないらしく、不思議そうな顔をしていましたが、男の人に問いかけられてそちらに向き直りました。
どうやら、やはり本来リューさんは人間とでも普通に会話が出来るようです。私にだけ声が届いていないという予想は正しかったようです。
そのリューさんが何を言ったのかはわかりませんが、男の人はものすごく憮然とした顔をしました。
そして、なにやら熟考する様子を見せたかと思うと、リューさんに対して屹然と主張し始めました。
(ヨウさんでさえ怯える相手に、すごいですね……)
男性の視線がリューさんの方に向いているということもあって、この辺りで私は少しだけ冷静さを取り戻していました。
ヨウさんの影から、こっそりと男性の様子を窺います。
日本人とは明らかに違う人種だということは明らかでした。
欧米風ではありましたが、髪の色が濃い青で瞳の色が朱色だったので、私の知るどの人種とも違うようです。
年齢は20歳代後半というところでしょうか。物語によく登場する容姿端麗な美青年……というわけではなく、どちらかと言えば野性味のある野暮ったい風貌でした。
どこか獣を思わせる鋭い目の眼光が特徴的です。
王侯貴族や商人というよりは、どちらかといえば鍛冶屋とか職人さんっぽい印象でした。なんとなくですが気難しそうな雰囲気もあります。
(この人はどういう立場の人なんでしょう。着ている服は上等なものみたいですけど……)
見たところ、着ている服の構造自体は普通の服に見えます。
これまでこの世界で出会ってきた魔王や兵士さん、そして夢で出会った白いローブの人。それらのいずれとも違います。
推測ですが、普通の市民の方がしているような格好です。
なんでリューさんがこの人をここに連れて来たのか、わかりません。
私がリューさんの行動を計りかねていると、リューさんと男の人の間で話し合いが終わったのか、リューさんが洞窟の中に入っていきます。
その際、私たちにも洞窟に入るように仕草で促したのがわかったので、大人しく洞窟内に戻ることにします。
(もうちょっと周りを見ておきたかったですけど……夜じゃ見えないですしね)
リューさんのあとに私、ヨウさん、男性の順で続きます。
後ろから男性の視線が向けられているのがわかり、また恥ずかしくなってしまいましたが、背中くらいならまだなんとか耐えられます。
暗い洞窟内ではヨウさんが再び灯りを作ってくれたので、危なげなく私が寝かされていた広い空間に着くことが出来ました。
リューさんはその広い空間の中心に丸くなって寝転がりました。ちょうどいい収まりを見せている辺り、やはりこの洞窟がリューさんの住処のようです。
(ドラゴンと言えば金銀財宝をため込んでいるイメージですけど……この世界のドラゴンはそういうわけでもないようですね)
本当に巣穴なのか疑わしいレベルで何もないです。
いえ、物を所有するという概念がない生物ならむしろこの方が自然なのかもしれません。
丸くなったリューさんはそのまま目を閉じてしまいました。
どうやら、今日はもう休むみたいです。
夜間でも普通に飛んでいたり、暗い洞窟の中に先頭で入りながらも灯りを点けなかったり、ということから考えると、別に鳥目というわけではないようですが、夜に休むのは人間と変わらないようです。
その事実は夜に休まなければならない人間の私にとって都合のいいことではあるのですが、休みたくてもいまは休めません。
見ず知らずの、それも言葉も通じない男性がすぐ傍にいるのですから。
(ど、どうしましょう……)
リューさんが休む姿勢を見せたのですから、私たちも休むべきなのですが、いかんせんここは何もない洞窟の中です。
さっきまで私が寝かされていた場所には柔らかな草が生えているので、寝床として使えますが私ひとりが寝るのが精一杯でしょう。
もしここで男性も寝て貰うのなら、どうしても身体が接触するのは避けられません。
それは私としては避けたいことでした。
かといってそこ以外は岩肌がむき出しの洞窟です。
恐らくはリューさんに無理矢理連れて来られたであろう男の人に、そんな負担を強いてしまうのは、人としてどうかと思いはするのです。
(うぅ……よ、ヨウさんになんとかしてもらえないでしょうか……)
恐らくはこの草の寝床を用意してくれたのはヨウさんのはずです。
ならば、離れた場所に男性用の寝床を作ることも出来るでしょう。
ヨウさんに頼りすぎだとは思いましたが、私は男性から隠れるようにしつつ、ヨウさんに縋る視線を向けました。
寝床と男性を交互に見てはヨウさんに縋る視線を向ける、ということを繰り返していると、ヨウさんは私のお願いを理解してくれました。
少し離れた岩肌に同じような草の寝床が作り出されます。
「ありがとうございます!」
男性の方も理解してくれたのか、その新しい草の寝床に近付き、何度も触って安全を確かめるような動きをした後、その上に寝転びました。
そして、早々と目を瞑って眠りについてしまいます。
本当に堂々としたものです。傍に巨大なドラゴンがいるのに平然と眠れるあたり、相当な大物な気がしてきました。
まあ、彼とリューさんは言葉が通じているわけですから、リューさん自身が「危害を加えない」という約束をしているなら、恐れることはないのかもしれません。
ともあれ、彼の正体など気になることは多々ありますが、休めるときには身体を休めておくべきでしょう。
すべては明日からだと思い、私も寝床に横になりました。
「おやすみなさい」
ヨウさんは寝る必要が無いのか、私と男性の間になるように座って穏やかな笑みを浮かべてくれていました。
ほとんど裸の格好で、性格もわからない男性が傍にいる状態で眠るのは怖かったですが、ヨウさんもリューさんも近くにいる状況で襲ってくることはないでしょう。
そういう意味では安心して、男性に背を向け、身体を丸めるようにして目を閉じました。
こんな状況で眠れるかどうか不安でしたが、一眠りしていても疲れはまだ残っていたようで、程なく意識が闇の中に落ちていきます。
今度は、夢をみることはありませんでした。
再び私が目を覚ますと、洞窟の天井がほのかに明るいことに気付きました。
直接光が射し込むことはなくても、歪曲した通路に反射した分がここまで届いているようです。
昨日のような真っ暗な状態にはありませんでした。
あおむけになっていた私は、寝起きでぼーっとしながら天井を見上げてそんなことを考えていましたが、ふと、昨日の夜出会った男性のことを思い出しました。
「――ッ!」
慌てて起き上がりつつ、仰向けになっていてむき出しだった胸を手で隠します。
昨日男性が寝ていた新しい草の寝床の方を見ると、すでに男性は目を覚ましたのか、洞窟内に姿がありませんでした。リューさんもいません。
ほっとしかけましたが、それは無防備に晒していた間に胸を見られたということです。
それを理解した途端に改めて恥ずかしくなって、顔が真っ赤になるのを自覚しました。
(うぅ……最悪です……)
こんな調子で人の多い街に行けるのでしょうか。
恥ずかしさにひとり悶絶していると、近くに座っていたヨウさんが首を傾げていました。恐らくヨウさんには私がどうしてそんな行動をしているのかわからないのでしょう。
種族的に裸が普通なのでしょうから仕方ないですが。
気を取り直した私は、ヨウさんに挨拶しつつ、立ち上がりました。
いつまでも身悶えているわけにもいきません。
(負けるな私……これくらい、なんてことは……あれ?)
立ち上がった私は、腰に巻いているバスタオルの感触に違和感を覚えました。膝辺りに布が当たる官職がします。
慌てて見下ろして確認してみると、バスタオルの再生がかなり進んで、ロングスカート丈になっていました。
これなら、胸から股間までをきちんと隠せそうです。
(よ、よかった……! 再生してくれたなら、少しは安心です!)
私はバスタオルを胸の上から巻き直そうと、一端腰から外すことにしました。
それが致命的な間違いでした。少し緩めて、ずらすようにすれば良かったのです。
一瞬でもバスタオルを外してしまうことがどれほど危険なことなのか、冷静に考えればわかることでした。
普段の私なら間違いなくそうしていたでしょう。
けど、そのときの私はバスタオルが無事に再生してくれたのが嬉しくて、完全に意識をそちらに向けてしまっていました。
だから、洞窟の入口の方から、男性が戻ってきていたことに気付かなかったのです。
タイミング的にも完璧でした。
私がバスタオルを外した、まさにその瞬間に、男性は洞窟の入口の方から顔を覗かせたのです。
しかもそれが視界の端に入ってしまい、私が思わずそちらを向いてしまったのもよくありませんでした。
私と男の人の視線が、ばっちり合ってしまったのですから。
一糸まとわぬ全裸を異性に晒したことなどない私は、一瞬その事実に思考が追いつかず、男の人の見開いた目が全身を眺めるのを、見ていることしかできませんでした。
初めて男性に見られた時は、これ以上恥ずかしいことはないと思っていましたが。
半日経たずして、それ以上の羞恥を味わうことになってしまったのです。
ただでさえ音の響く洞窟内に、悲鳴が木霊しました。