第五章1 ~ドラゴンのリューさん(仮名)~
ドラゴンさんに連れて行かれた先は、ドラゴンの巣窟でした。
ドラゴンには基本的な色というものが存在しないようで、私たちを連れているドラゴンさんのような黒色だけではなく、赤や青、茶色や黄色など、様々な色のドラゴンがそこには集まっています。
姿もヘビっぽいドラゴンから翼もなくトカゲにより近いドラゴンもいて、多種多様という表現がぴったりです。
どのドラゴンも私たちを連れているドラゴンさんに負けず劣らずの体格と威厳を兼ね揃えていました。もしかしたらドラゴンさんはドラゴンの中でも別格に強いという可能性も考えていたのですが、ドラゴンの力の平均は恐ろしく高いようです。
まあ、私の見た感じの印象でしかないので、実際はそうではないのかもしれませんが、弱いということはなさそうです。
(ヨウさんが全力で怯えるわけです……)
集まっているドラゴンさんたちは、飛んできた私たちを興味深そうな目で見上げていました。そんな風に見られると、居心地が悪くなってしまいます。
そんな、多種多様なドラゴンに注目されながら、彼らが集まっている開けた場所に私とヨウさんを掴んだドラゴンさんが着地します。
興味津々な様子で集まってきたドラゴンたちを、私たちを連れてきたドラゴンさんは……ややこしいですね。妖精のヨウさんと同じく、私たちを連れてきたドラゴンさんは私の中ではドラさん……いえ、リューさんと呼ぶことにしましょう。
「グルル……ッ!」
リューさんは周囲に集まってきたドラゴンたちに向け、一際低く唸りました。
するとどうでしょう。周囲に集ってきていたドラゴンたちは一斉に身を屈め、犬でいうところの「伏せ」のような体勢になったではありませんか。
しかし体勢こそ絶対服従の姿勢ではありますが、彼らからはリューさんに恐怖している様子はありません。
ちゃんとした上下関係、というと妙な感じですが、例えるなら、アスリートが自分よりも結果を出しているアスリートに対して見せるような、そういう純朴な敬意が周りのドラゴンたちからは感じられました。
(やっぱり知性ある存在、って感じがしますね)
腕っ節だけで君臨する系統のボスとは、明らかに違うのでしょう。
リューさんは周りのドラゴンの反応を確認したと思われるだけの間を開けてから、私たちをその場に降ろします。
今回はなるべく地面に近付けてから掌を開いてくれたおかげで、私は無事着地することができました。
しかし、ヨウさんは崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまいます。
「だ、大丈夫ですか……!?」
大丈夫なわけがありません。その顔は蒼白を通り越しており、瞳には絶望の闇しか宿っていませんでした。
私たちはリューさんを起点に数多のドラゴンに囲まれた状況です。
ヨウさんが土下座して許しを請うほどの、リューさん並の存在が数多存在しているわけです。絶望したくもなるでしょう。
荒れ狂う大海に放り出された木の葉のような感覚に相違ありません。
そんなヨウさんのことなど気にも掛けず、リューさんが動き出します。
「ぐるる」
小さく鳴きながら歩き、少し行ったところで立ち止まって振り返り、私をまっすぐに見つめてきます。
どうやら、ついてこい、と言っているようです。
私はちらりとヨウさんを見ましたが、彼女はいまだへたり込んだまま動けていません。
周りのドラゴンたちは動く気配がなく、このままだとヨウさんが孤立してドラゴンたちに囲まれてしまいます。
(こ、困りました……ここにヨウさんを置いていくわけには……)
ただでさえドラゴンたちを怖がっているヨウさんを一人にするわけにはいきません。
かといってヨウさんを抱えていけるほどの力は私にはありませんし。
リューさんを待たせるのも良くないでしょう。なるべく心証は良い状態を保ちたいのですから。
どうするべきか少し悩んだ末、ひとつの解決策を見いだしました。
「私に掴まってください」
へたり込んでいるヨウさんの手を取って立ち上がらせ、私の背後から前に手を回して、私の身体にしがみつくように誘導しました。
背中にとても軟らかく大きなものが当たる感触を覚えましたが、意識して無視します。
ヨウさんの両腕をちょうど私の胸を覆うように回してもらったので、私の両手が自由になるというのも利点のひとつです。
こうして、ヨウさんを半ば背負うようにして、動けるようになりました。
「さあ、行きますよ」
幸い、付いてこいと態度で示していたリューさんは待っていてくれています。
私はヨウさんを背に、リューさんの方へと歩いて行きました。
ヨウさんも私の意図を察してくれたのか、途中から半分空中に浮き、私の負担を軽減してくれます。
(浮かべたんですね……軽くて助かりますが)
これなら抱きついてもらわなくても、手を引けばそれで良かったような気もします。
いえ、私としては両手が自由になるのでありがたいのですが。
なにせ片手は街から持ってきた袋で塞がっています。
なので、もしヨウさんの手を引こうとしたら、私は胸を隠すことが出来ず、露わにしたまま歩かなければならないところでした。
(これなら、ヨウさんを背中に隠すという目的も達成できますし、ね)
私はそう自分に言い訳しつつ、リューさんの後を付いて歩いて行きます。
そうしているうちに気づいたのですが、私たちのさらに後ろにさっきのドラゴンたちが付いてきていました。
後ろから大きなものが動いている時特有の、地面を踏みしめる足音が響いてきています。
どうやら、私たちの存在はドラゴンたちにとって興味の対象となっているようです。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、ドラゴンたちが私たちを見つめながら付いてきていました。
(……えーと、なんていうんでしたかこういうの……百鬼夜行?)
ドラゴンしかいませんが、その行列の恐ろしさは妖怪の比ではありませんでした。
ヨウさんを怯えさせないように、何事もなかった振りをして再び前を向きますが、山のような体躯を持ったドラゴンたちが後ろに付いてきているというのはかなりのプレッシャーでした。
私は少し歩みを早めて、なるべくリューさんから離れないようにします。
リューさんはそんな私の行動を見て、なにやら嬉しそうでした。長い尻尾が左右に揺れています。
(……ヒヨコが後ろを付いて歩いてくるような感覚なのでしょうか)
確かにヒヨコが後ろを付いてくる想像をしてみると、嬉しくなるのはわかります。
私はリューさんにとって、どういう存在なのでしょうか。
リューさんに懐かれているような感覚でいましたが、自分に主体があると考えるのは間違いだったかもしれません。
懐かれているのではなく、珍しいペットとして可愛がられているという方が正しい気がして来ました。
(ドラゴンがペットに対してどう考えているのかわからない以上、下手な動きはできませんね……)
日本人であれば、仮にペットが気に入らなくなったとしても、その場でペットを殺す人はそうはいないでしょう。生態系的にはあまり褒められた行為ではありませんが、近くの川や山に逃がす、という人が多いのではないでしょうか。
しかし、いまの私の場合、相手はドラゴンです。その場でぱくりと食べられてしまってもおかしくありません。
私は一層の緊張感を持って、リューさんのあとをついて歩きました。
数分は歩いたでしょうか。リューさんは大きな洞窟に入っていきます。
(もしやここがリューさんの住処なのでしょうか……?)
光源はなく、私に暗闇を見通すような目はありません。
どうしたものかと踏み込むのを躊躇していると、背中のヨウさんが動きました。
片手を離したかと思うと、その片手から光の球体を生み出してくれます。
光の球体はふわふわと私たちの少し前を浮遊しています。これなら、足下は見えるようになったので、先に進めそうです。
「ありがとうございます」
振り返って肩越しに御礼を言うと、ヨウさんはドラゴンたちのプレッシャーにか、怯えつつも健気に笑顔を浮かべてくれました。
本当にいい人、じゃなくて、いい妖精さんです。
なるべく早めに元の森に帰ってもらえるようにしなければなりませんね。
私は改めてそう決意を固めつつ、さらに先へと歩を進めました。
リューさんの身体は真っ黒なため、洞窟の暗闇に紛れてしまうと見失ってしまいます。
見失わないように、急いでその後を追いかけました。
(……他のドラゴンたちは洞窟内までは付いてこないみたいですね)
私たちの後ろをついてきていたドラゴンたちは、洞窟の入口で止まっていました。
興味津々な顔ではありましたが、さすがにこの洞窟の中にまでは入れないようです。
もし入ってきていたらすし詰め状態だったでしょうし、正しい選択でしょう。
奥へ奥へと進んでいくリューさんについて歩いてしばらく。
とてつもなく広い空間に出ました。
リューさんが翼を広げて飛べそうなほど、巨大な空間です。
山の内部を丸ごとくりぬいて作られているような、途方もなく広い地下空間でした。
(ここがリューさんの住処……なのでしょうか?)
そのとき、背中にしがみついているヨウさんが震えているのに気づきました。
見れば、リューさんが立ち止まってこちらを見ています。
リューさんは尻尾をゆっくりと左右に振っていて、リラックスしているように見えます。
やはりここがリューさんの住処なのでしょうか。
とりあえずリューさんに近付こうと歩を進めかけた時、それに気づいてしまいました。
巨大なドラゴンの頭が暗闇に浮かびあがったのです。
地下空間の奥、光も届かない先から長い首に繋がった頭部だけが見えています。
その頭部だけでリューさんをぱくりといけそうなほど巨大で、他のドラゴンと比べても明らかに威圧感が違います。
白く長い髭が生えており、このドラゴンには長老という表現が的確な気がしました。
そのドラゴンの大きな瞳に、私の姿が映し出されています。