第四章2 ~ドラゴンさんは本格的にヤバい存在のようです~
ぞろぞろと集まってきた人たちは、とても友好的には見えませんでした。
皆揃って武器を持ち、こちらを完全に敵と認識しているようです。
向こうからしてみれば急に空から降ってきた怪しい存在なのですし、仕方ないでしょう。
私とヨウさんを囲むように、一定の距離を保ってじりじりと近付いてきます。
(すごい衝撃だったでしょうしね……)
私が埋もれていた辺りの地面は、ちょっとしたクレーターになっていました。
まるで隕石でも落ちたかのように、石畳が吹き飛んで土の地面が露わになってしまっています。
周りにある建物や、吹き飛ばずに残っている石畳にも、余波なのかヒビが走っていました。
ただ、ちゃんと確認したわけではないので実際のことはわかりませんが、少なくとも落下に巻き込まれた人はいないようなので、それだけは少し安心しました。
ドラゴンさんに勘違いされて放り出された結果、巻き込まれて死んだ人がいたら、その人に申し訳がありません。
「――――」
不意に、ぞくりと嫌な感じがしたかと思うと、足下の地面からなにやら緑のツタが生えだしました。
ヨウさんの方を窺えば、怖い顔をしたヨウさんが怪しく光り輝いていました。
どうやら、周りに集まってきた人たちを牽制しているようです。胸に抱きしめた私を庇うようにして、周囲を睨み付けています。
絶世の美女なだけにその眼力は半端なく、にじり寄って来ていた周囲の人たちが後ずさりしているのがわかります。
ぼーっとしている場合ではありませんでした。
「ま、待って! 待ってください! 落ち着いて!」
私は身体を暴れさせてヨウさんの腕の中から抜け出ました。
不思議そうにしているヨウさんの前に立ち、周りの人たちに向かい合いました。
バスタオル一枚の私に視線が集中しますが、恥ずかしいとか言っている場合ではありません。
それでも恥ずかしさのあまり震える声を振り絞って、熱く火照る頬は無視して、声を張り上げます。
「わ、私は敵じゃないです! 誰か私の言葉がわかる人はいませんか! どうか私の話を聞いてください!」
言葉が通じないのなんてわかりきっていることです。
ですから、とにかく声を張り上げます。何も起きないことがわかれば、少なくとも敵対行為ではないと判断してくれるでしょう。
そうすればあとは、言葉をどうにかして理解しようとしてくれるはず。
魔法による翻訳の手段などがあるのならば、それを試みてくれることでしょう。
どうか伝わってください、と祈りながら必死に声を張り上げました。
さすがに笑みを浮かべるほどの余裕はありませんでしたが、少なくとも敵対意思はないと判断してくれるはずです。
目論見通り、油断なく武器を構えていた人たちも、私の言葉で何も起きないことを悟ったのか、その構えが少し解かれました。
「&$'"$)&#$"……」
戸惑いつつも、何か言ってくれているようですが、言葉がわからないんですってば。
私は同じ言葉を繰り返します。
まずは伝わらないことが伝わればいいのです。
そうしているうちに、なにやら相談しているような様子が見られました。
そして、そのうちのひとりが、急ぎ足でこの場を離れていきます。
これはいい傾向です。恐らくこの状況に対処できる人を呼びにいったはず。
同じ内容を叫び続けるのも、さすがに疲れてきました。
その人が誰かを連れて戻ってきてからでいいかな、と私は一端叫ぶのを止めます。
(ふぅ……これでようやく、まともに話が聞けますね)
そう私が思い、気を緩めた瞬間。
真上から、真っ黒いものが降りて、いや、『落ちて』きました。
それくらいの勢いでした。私の真後ろで爆弾でも爆発したのかと思いました。
暴風が吹き荒れ、危うく身体ごと吹っ飛ばされそうになったところを、ヨウさんがすかさずツタを伸ばして絡め取ってくれたおかげで、私は吹き飛ばされずに済みました。
落ちて来たもの、それはもちろんあのドラゴンさんです。
うかつでした。
なぜか私に執着しているドラゴンさんが、私から離れるわけがなかったですのに。
「グオオオオオッッ!!!」
超高空から降りてきたドラゴンさんの咆哮は、衝撃波を生じさせ、ただでさえ脆くなっていた周辺の建物をなぎ倒してしまいました。
その衝撃は周囲に集まっていた人たちをもなぎ倒し、ヨウさん相手には一応成立していた包囲の陣は完全に崩壊してしまっています。
衝撃波によって飛んだ瓦礫とか、そういったものが襲いかかったわけですから、とんでもない被害でしょう。
せめて人死にが出ていないことを祈ります。
(ヨウさんがいなかったら、私もその礫のひとつになってましたけどね……)
そして、さらに、混乱は続きました。
ドラゴン襲来の衝撃を乗り越え、再び立ち上がった人たち。
かなり根性のある人たちと見ました。
そんな人たちは一様に決死の覚悟を持って再び私たちを包囲しようとして。
私とヨウさんの傍に降りて来たドラゴンさんを目にしました。
その目が驚きに見開かれ、固まっていたのも数秒のこと。
「ヒ、ャアアアアアアアアアーーーーーッ!!!」
蜘蛛の子を散らすように、全速力で逃げ出してしまいました。
言葉はわからずとも、彼らがあげた声が悲鳴だというのはわかります。
屈強な姿や装備を携えた人たちだとは思えないほど、もう大変な騒ぎでした。
剣も盾も放り出し、転がるようにして逃げていきます。
「え、あっ! 待ってください!」
呼び止めようとしましたが、それがドラゴンさんをけしかける合図だとでも勘違いされたのでしょうか。
一際激しい悲鳴と怒号を響かせながら、人っ子一人いなくなってしまいました。
その大騒ぎはどんどん伝播して言っているようで、ただでさえ騒がしい町が騒がしくなっているのがわかります。
鐘が激しく打ち鳴らされ、私たちを中心に人が離れていくのがわかります。
取り残された私は、呆然とヨウさんとドラゴンさんを見やりました。
(これじゃあ、さっき人を呼びに行ってくれた人も戻ってきませんよね……)
まさかこれほどこのドラゴンさんが恐れられているとは。
別にこのドラゴンさんに限ったことではないのかもしれませんが、いずれにせよこのドラゴンさんが傍にいると人に逃げられてしまうのは確実なようです。
こうなるといよいよ困ってしまいます。
ドラゴンさんがいる以上、人との会話が無理なのだとすると、なんとかドラゴンさんに離れてもらうしかないのですが。
それを正確にドラゴンさんに伝えられるのなら、そもそも苦労していないのです。
「ああ……もう! どーすればいいんですか!」
やけくそ気味に叫びます。
かといってヨウさんやドラゴンさんが応えてくれるわけもありません。
いよいよ困窮極まった、というところで、ふと、私は周囲を見渡してあることに気づきました。
「……そうだ、街なんですよね、ここ」
予想外の到着の仕方をしてしまったので失念していましたが、ここは人の街です。
そして、街ということは人の営みがあるわけで。
「――服! 服があるのでは!?」
そんな単純なことに、いまさら思い至りました。
現地の人たちとコンタクトを取る計画は、予想以上のドラゴンさんの恐れられっぷりによって潰えてしまいました。
しかし、街に来た目的はそれだけではありません。
街である以上、人の営みに必要なものは一通り揃っているはず。
つまりは、服です。
街で服が手に入らないわけがないのです。
(結構いい縫製技術をしているみたいでしたしね)
さっきまで周囲に集まっていた人たちが来ていた服を見る限り、さすがに現代みたいな機械レベルの縫製技術はないようでしたが。
それでも着るのに支障がなさそうなレベルの服を着ていました。
魔王さんが普通に服を着ていたので、この世界の全てが裸族というわけではないということはわかっていましたが、どの程度の被服文化があるかはわからなかったので、一安心というところです。
その服を得ることができれば、この街に来た甲斐があったと言えるでしょう。
(このバスタオルは手放せませんが……これを下着代わりに、この上から服を着ればいいだけですし!)
そうすればかなり余裕を持って構えることが出来るようになります。
願わくば下着や上下の服まで、一通りの服が揃えば最高なのですが。
私はまず周囲を見渡し、服の類が落ちていないかを確認します。
しかし、道ばたに都合よく服が落ちているということはありませんでした。
あったとしても、土塊塗れになって着ることはできなかったでしょう。
こうなると、家の中に入ってみるしかありません。
(勝手に人の家に入るのは少し気が引けますが……)
私はさっそく、近くの崩壊していない家に向かいます。
と、その前に。
私はドラゴンさんを見上げ、その場に留まってもらうようにジェスチャーを行います。
ドラゴンさんは物理的に付いて来れないとは思いましたが、建物を壊されては溜まりません。
すぐ戻る、という主旨のジェスチャーを行います。
これはドラゴンさんに、というよりはヨウさんに向けたものでした。
ヨウさんたちにはこのジェスチャーが通じていましたし、ドラゴンさんと会話が出来ているようなので、通訳して貰うのです。
幸い、察しのいいヨウさんは頷き、ドラゴンさんに向けて何か喋っています。
「グルル……」
なにやらドラゴンさんは不機嫌そうですが、ヨウさんが説得してくれたようで、その場に座り込みました。
ヨウさんは明らかに顔色を悪くしています。人間にとってだけではなく、彼女にとってもドラゴンさんは本当に恐ろしい存在なのでしょう。
負担をかけてしまっていることが申し訳ありませんでした。
言葉が通じるようになったら、ヨウさんには山ほど御礼を言わないといけませんね。
ヨウさんに危害が及ばないよう、急いで用事を済ませるべく、私はすぐ近くの家に駆け込みます。
その家はごく普通の一般家屋という感じで、人の生活臭が強く残っていました。
残ってはいましたが。
「うわぁ。これはひどいですね……」
家の中はぐちゃぐちゃでした。大地震でもあった直後のようです。
実際、私やドラゴンさんが落ちてきた時の衝撃はそれくらいの震動になっていたのでしょう。
家主はとっくに逃げ出しているのか、家の中に誰かがいる様子はありませんでした。
私は申し訳なく思いつつも、落ちている小物などを踏み越えて家の奥へと進みます。
バスタオルの加護のおかげで足の裏が傷つくということはありませんでしたが、裸足で砕けた皿や瓶の破片を踏みつけるのには勇気が要りました。
なるべく考えないようにしながら、家の中を物色していると、それっぽい棚を見つけました。
いまさらですが、完全に火事場泥棒の行動ですね、これ。
(ごめんなさい、お借りします!)
心の中で謝罪しつつ、小躍りしたい気持ちを堪えて、その棚を開けてみます。
中には、喉から手が出るほど欲しかった服が、いくつも詰まっていました。
男性のもののようですが、この際贅沢は言ってられません。
棚の中には、シャツとズボンがありました。
下着は別の場所に仕舞われているのか、見当たりませんでしたが。
そもそもこの世界の下着ってどういうものなんでしょう。
わからないのは仕方ありません。ひとまずシャツとズボンを着ることにしました。
(まずはズボンを履きましょう……ああ、これで漸く心細い状態から解放されます……!)
お風呂上がりに異世界に召還されてからいままで。
下着すら身につけていない状態で、バスタオル一枚でずっと過ごしてきました。
いまだ自分に何が起きたのか、起きた事象の解決策どころか、この世界のことすら良くわかっていません。
けれど、とにかく。
バスタオル一枚という痴女スタイルからは、これで脱却できます。
こうやって問題をひとつひとつ解決していけば、いずれはきっと元の世界に帰る事も叶うでしょう。
私は浮かれた気持ちでズボンに足を通し――男物だけにかなり大きかったですが――そして、バスタオルを巻いている腰に被せるように、ズボンを引き上げました。
爆発しました。