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序章1 ~お風呂からあがったら異世界でした~

 お風呂場を出たら、そこは薄暗い洞窟でした。


「いやいやいや、おかしいですよね?」


 私はバスタオル一枚だけ身に付けた姿で、そんな場所に立っている現実が信じられず、たったいま潜り抜けたばかりのお風呂場のドアを振り返ります。

 そして、目を見開きました。


「ふあっ!? な、なんですか、これ!?」


 そこにあったのは高さ三メートルはあろうかという巨大な岩の扉で、見たこともない幾何学模様と文字らしき何かが扉の周囲に彫られていました。

 どうみても、最近くたびれてきて開けづらくなった、我が家のお風呂場の扉ではありません。

 岩の扉は閉まっており、いまのいままで入っていたお風呂場もどこにも見えませんでした。

 改めて周囲を見回して見ると、つるっとした岩肌も露わな洞窟がドーム状に広がっています。


「あっちにも、扉がありますね……」


 正面には、私が前に立っている扉とは別の岩の扉があり、扉と扉の間に挟まれる形で、ドーム状の空間の中心に台座、のようなものが見えます。

 壁もそうですが床も綺麗に磨かれているような状態で、完全な自然洞窟、というわけではないようです。

 お風呂上がりで火照った身体に、洞窟内の冷たい空気が触れてきます。


「うわ、ひんやりした風が……」


 このままでは湯冷めしてしまいそう、なんて頓珍漢な心配を思わずしてしまいました。

 まさかお風呂の中で寝てしまって夢でも見ているのでしょうか。

 それとも、立ちくらみで失神したとか。

 まずこの状況が夢であるという可能性を考えました。普通は誰でもそう思うと思います。

 夢かどうかを確かめるために頬をつねってみましたが、普通に痛かったです。


「いたた……夢、じゃないのでしょうか……?」


 どうやら夢ではなさそうです。

 そうだとすると、ますますこんな場所に移動している理由がわかりません。

 次に私は、目の前に見えている台座?のようなものの傍に行ってみることにしました。

 後ろの扉はどう考えても開きそうにありませんし、台座に何か文字が書いているというのは、ゲームなら鉄板です。


「……そう考えると、実にゲームっぽいですよね、この空間」


 私はゲームが好きです。女の子らしくない趣味だと言われたこともありましたが、いまどきその考え方もどうかと思います。有名なファンタジー系RPGは大体プレイしています。

 クリアは……色々あってほとんどできていなかったりするのですが。下手の横好きという奴です。

 そもそも最近のゲームは属性やら耐性やら確率やら要素が多すぎです。こうげき、ぼうぎょ、すばやさくらいで収めておいて欲しいものです。

 現実逃避気味にそんなことを思いながら私は台座の前まで歩きました。


「うう……変な感じです……」


 その際、足下の冷たさに辟易しましたが、裸足で岩肌を歩いているにしては、一時的にひんやりとするだけで思ったより体温を奪われませんでした。

 明らかに空調設備などなさそうな洞窟ですし、実際にひんやりしている感じはするのですが、お風呂上がりだからそう感じるだけで、実際はそこまで寒くないのかもしれません。

 台座にたどり着き、その上を見てみます。

 台座にはまたも見たこともない文字が刻まれていました。


「……うん、読めませんね!」


 これではこの空間についてなにかしら書かれていたとしても読めません。詰みました。

 いやいや、まだ諦めるのは早すぎます。

 台座の上には、腕輪のようなものがいくつか置かれていました。金色の金属のようなものでできていて、装飾などは一切ありません。リストバンドの金属版、という感じでしょうか。

 接合部があって、ちょっと力が必要ですが、その接合部同士を合わせるとぴったり筒状になるようになっているようです。元々の直径が結構大きいので、私だと二の腕辺りでぴったりになりそうな感じです。


「この腕輪を身に付けろ……ということでしょうか」


 ゲームではこういう場合、この腕輪が入場証みたいなものになっていて、装備すればいままで開かなかった扉が開く、というのが鉄板です。

 きっとこの腕輪もそういうことなのでしょう。得体の知れないものを身に付けるという恐怖もありましたが、いまのままではどうにもなりません。

 私は腕輪を左手首に巻き付けます。とはいえ、大きすぎてぶかぶかなのですぐすっぽぬけそうですが。逆にいつでも外せそうなので安心です。

 そう思った瞬間でした。

 急に腕輪が小さくなって、私の腕の太さにぴったり合う太さになってしまいました。

 びっくりして取り外そうとしましたが、接合部がどこにも見当たりません。

 いくらぴったり合うといっても、切れ目くらいは見えそうなものなのに。


「は、外せない……? なんなんですかこれ!」


 思わず叫んでしまいましたが、それに対する返答はもちろんありません。

 都合良く腕輪が喋り出して応えてくれたりはしませんでした。

 なんとか腕輪を外そうとしてみましたが、指を入れる隙間すらありません。

 幸い手首を動かすのに支障はない位置で止まっていてくれましたが、金属のずっしりとした重さが腕にかかっています。

 思ったより重く感じないのは、あまりにぴったりしているせいでしょう。


「なんなんですか、ほんと……家に帰りたいです……」


 意味不明な状況に泣きそうです。そんな私の呟きにも誰からも反応はありませんでした。

 私は仕方なく、私が前に立っていたのとは反対側の扉の前に移動しました。腕輪は気になりますが、どうやっても外せない以上仕方ありません。

 バスタオルが落ちないようにしっかりと身体に巻き付けておきながら、恐る恐る移動します。大きめのバスタオルにしておいて良かったとつくづく思いました。ちゃんと胸の上からお尻の下まで隠せているので、まだマシです。


「せめて、着る物があれば……」


 それでも、下着を身に着けていない、頼りない感覚はどうにもなりません。

 扉の前まで来て改めて扉を見上げます。それは本当に大きな扉で、大きな岩をそのまま切り取ったような、切れ目一つ無い巨大な一枚の岩からできているようでした。

 さっきの扉や台座と同じく、幾何学模様と謎の言語が彫り込まれています。

 とりあえず腕輪を付けた手で扉に触れてみます。

 すると、腕輪が光り、扉が半透明になって、そして消えてしまいました。


「……嘘でしょう?」


 明らかに私の知るどんな技術でもできないことが目の前で起きました。腕輪が私のサイズに合わせて収縮したのは、まあ、理論がよくわからないのは同じでも、なんとなくできるかもしれないという気はします。

 けれど、確かに目の前にあったはずの扉が、忽然と消えるなんてことはありえません。ホログラムか何かだったのかもと思いましたが、私の手には岩の扉に触れた時の感触がはっきり残っています。気のせいではありえませんでした。


「魔法……? いやいや、そんな馬鹿な……」


 扉が消えた先は、階段になっていました。下へと続いています。暗くて奥までは見えませんが、階段の左右には燭台が等間隔に並べられていて、降りていくことはできそうです。

 私は念のため、一度後ろの扉も調べてみることにしました。

 RPGでは新しい場所に進む前に、いまいるところを細かな部分まで探索するというのが鉄板でしたし、今回の場合はそっちの扉が開けばお風呂場に帰れるかもしれません。

 物は試しに、と扉に触れてみましたが、残念ながら開きませんでした。どうやら先に進むしかないようです。


「……ええい、女は度胸です!」


 私は覚悟を決め、バスタオル一枚に、腕輪をひとつ追加した、頼りない装備で階段を降りていきました。

 これが私の長い長い――そして、恥辱に満ちた冒険の始まりだったのです。


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