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第四章1 ~人間の街は戦争中でした~

 眼下を、すごい勢いで景色が流れていきます。

 こうして運ばれるのは初めてではないはずですが、気絶してばかりだったのであまり記憶に残っていません。

 しかし、こうして明確に意識を保ったまま運ばれていると、なんとも恐ろしい運ばれ方でした。

 私には空を飛んだ経験がありません。

 飛行機に乗ったことはありますが、そんな経験は「空を飛んだ」とは言えないでしょう。

 気球レベルでも、身体を直接外に晒したことはなかったのです。

 それが経験できているというのは、得がたい経験ではあるのでしょうけど。


(こわっ、怖すぎ、ます……っ!!)


 空を飛ぶ感動より、空を飛んでいる恐怖の方が遥かに勝っていました。

 激しく顔や身体にぶつかる風の強さ。

 ドラゴンさんに強く掴まれているとはいえ、逆にいえば、いつ手を離されてもおかしくはない不安定な状態ということでもあります。

 身体に唯一纏うバスタオルは、体温が下がることは防いでくれていましたが、それ以外の力までは防いでくれません。

 飛び上がった直後のように、翼がはためく度に上下に揺らされるようなことはなくなりましたが、ものすごいスピードが出ているのは身体で感じます。

 血の気が下がるとはこういうことをいうのでしょう。


(ヨウさんは……平気そうなので良かったですが)


 恐らく妖精の一種である、絶世の美女の姿をしたヨウさんは、私と一緒にドラゴンさんの手に掴まれています。

 バスタオルの加護がある私と違って、ヨウさんは気温の変化やドラゴンさんの力などがその身体にもろにかかっているはずですが、いまのところ体調を悪くしている様子はありません。

 ヨウさんはバスタオルすらない素裸であり、もしかすると超高空の低温に耐えられないのでは、とも危惧していましたが、平気なようで何よりです。


(まあ……それくらいは当然かもしれませんけど)


 彼女たちが元いた森を飛び立つ時、ヨウさんたちは森の強者と言えるであろう存在を従えていました。

 ヨウさんたちは森の管理者、もしくは支配者なのかもしれないのです。

 少なくともそれ相応の力を持つ存在だというのは、ひしひしと感じていました。


(案の定……めちゃくちゃ広いですしね……この森)


 ドラゴンさんはすごいスピードで移動しているのですが、いまだに木々の生い茂った森は途切れません。

 ヨウさんたちの棲む森はとんでもなく広いようです。

 こんな広い森を見たことがないので、どれくらいの広さか検討もつかないほどでした。

 とても自力で歩いていくのは無理だったでしょう。

 ドラゴンさんがいてくれて助かりました。

 まあ、ここに連れてきたのもドラゴンさんなので、感謝するべきかどうかは微妙なところですが。


(そういえば……このドラゴンさんはなぜこんな森の中心にまで……?)


 果実を食べさせたいということであれば、その辺の森でも別に良かったはずです。

 わざわざこんな森の奥深くまで行く必要はなかったように思います。

 そのことを不思議に思いつつ、私は森から出るのを心して待ちました。

 ここからが重要なところだからです。


(ファーストコンタクトをしっかりしないと……まずは、恥ずかしいですけど、私のことを認識してもらわないといけませんね)


 魔王の例があるのだから、魔法が使える人なら意思疎通ができる可能性があります。

 いち早くその人に気づいて貰わないといけません。

 そして意思疎通さえできたなら、あとは流れで少なくとも私に敵意がないことをアピールしましょう。

 元の世界に帰る方法があるかどうかはいまは考えず、とにかく状況の把握をするためにも、言葉で意思疎通できる相手を確保しなければなりません。


(お願いですから、私の言葉がわかる人がいてくださいよ……!)


 そうして祈ること数分。

 相当長い時間が経過したと思われた時、それは見えてきました。

 明らかに、自然に造られるものではない、大きな壁。

 城壁というのがしっくり来る、とんでもなく高く大きな壁でした。現代の感覚でいうのであれば、ダムというのが一番近い建造物でしょうか。

 その壁が横長に聳え立っています。真下に広がっていた森は、その壁にぶつかって途切れています。まるで森の浸食をその壁が防いでいるようにも見えました。


(ん……? なにか、妙な感じが……気のせいでしょうか?)


 壁の向こう側には、人の街が広がっているようです。

 ただし、森のように隙間なく広がっているのではなく、壁の一点から放射状に広がっているのが見えました。

 現代のような街の広がり方とは違っていて、昔のようにお城や教会のような重要な拠点を中心に街が広がっていっている感じですね。

 ようやく人の住む場所が見え、期待に胸を膨らませたのも刹那のこと。


(…………いやいやいや、こんなのってありですか?)


 期待に膨らんだ気持ちがあっという間に萎んでいくのを感じました。

 なぜなら見えてきた壁の向こうの人間の世界。

 私がこの世界に来て初めて見る人間の街は。

 戦闘の真っ最中だったからです。


(確かに、人が多く存在する場所には違いないですけども!)


 その場所がまさか戦争まっただ中だとは思いませんでした。

 至るところで黒煙があがり、時折新たな爆発が起きて建物が倒壊したりしていました。

 町並みに良く目を凝らして見れば、人と人が剣やら槍やらを持って戦っているのが見えます。

 距離的に砂粒程度の大きさにしか見えないのが幸いしました。

 近くで見ていたら、とても冷静ではいられなかったでしょう。

 人が切られ、赤いものを噴き出しながら倒れているのも見えましたが、どこかミニチュア人形の戦いのようで、現実味が乏しかったのです。


(平和な状況なら、話ができたかもしれないのに……!)


 とてもじゃないですが、冷静に話を聞いてくれる状態ではなさそうです。

 こんな場所に降りていったとしても、言葉が通じない私の話を悠長に聞いてくれるわけがありません。

 敵と思われて攻撃されるのが目に見えるようです。


「……ぐるる?」


 そのとき、ドラゴンさんが小さく唸りました。

 唸りに応じてドラゴンさんを見てみれば、手に握った私を覗き込んで来ています。

 ここに降りて良いのか、問うているような気がしました。

 とにかくいまはここを離れなければなりません。

 私は慌てて、ドラゴンさんに向かって首を横に振りました。

 こんな場所に降ろさないで欲しい。そういう気持ちを込めて、首を横に振ります。

 それがいけなかったのでしょうか。

 ドラゴンさんは私とヨウさんを掴んでいた手を、無造作に開いたのです。


「ちょっ、ちがっ、そうじゃなくてえええええええええええ!!!」


 いきなりすぎて反応しきれませんでした。

 ドラゴンさんの手から解放された私はそのまま真下に向かって急降下。

 森でドラゴンさんに「高い高い」された時は、感覚的に理解できない高さは逆に怖くないとか言いましたが、落ちていくという状況なら話は別です。

 あらゆる影響を防いでくれるバスタオルも、落下時の浮遊感までは消してくれませんでした。

 胃の中がひっくり返りそうな感覚。

 バスタオルがめくれ上がって大変な状態になるのを、抑えようとして身体が反転。

 そうやって頭から落ちたら、また頭部が地面に埋まって死ぬ、と咄嗟に思った私は身体を丸め、目を閉じて、遮二無二回転を加えて頭から落ちるのを回避しようと努力して。


 結果、自分にもよくわからない体勢で地面に『着弾』しました。


 表現しがたい感覚が全身を包み、耳が全く聞こえなくなりました。一時的な麻痺、だと思いたいです。

 自分が上を向いているのか下を向いているのかもわかりません。

 気絶しなかったようですが、そのせいでかえって自分の状態を掴みかねてしまいました。

 身体を動かしてみようとすると、なにやら柔らかなものに遮られます。目や口は開けられませんでした。

 柔らかなものを押しのけるようにして、なんとか腕を動かすことに成功します。

 そうしている内に、ようやく自分の体勢がどうなっているか、身体の感覚でわかるようになってきます。


(……っ、これ、は……土の感覚……? もしかして、埋まっちゃってる……?)


 幸い、森で埋まった時よりは軟らかい土のようです。

 私は土を掻き分けるようにして、自分に被さった土を身体の上から退け、外にでることに成功しました。

 そうしてようやく、私は目と口を開けることができました。

 土から出ると同時に音も聞こえ始めたので、鼓膜も無事なようです。


「ぷはっ!! はあっ、はあっ、し、死ぬかと……」


 呼吸ができるようになって、ほっと一息吐いた私でしたが。

 その喉元に白刃の切っ先が突き付けられ、その息を呑むことになりました。

 切っ先の元を見れば、西洋甲冑に身を包んだ人が、その手に持つ槍の切っ先を私に向けていました。

 頭まで兜に覆われているので、表情はよく見えませんでしたが、視界を確保するスリットから覗く目は、明らかにこちらを睨み付けてきていました。

 いまにも殺そうというような、殺意の籠もった目。そんな視線を向けられたことのない私は、完全に思考が停止してしまいました。


「#%#&$'&()'&!?」


 その人は何か言っているようでしたが、私にその意味は全く理解できません。

 少なくとも音として聞こえてはいるので、まだ意思疎通の可能性はありましたが、状況が状況です。

 この状態では意思疎通の可能性を探ることもできないでしょう。

 だから私は、両手を高く上げ、声を張り上げました。


「私に戦う意思はな、っ――!?」


 手を上げ、声をあげかけた時、その槍を持っていた人は、上げた私の手をいきなり突いて来ました。鋭い槍の切っ先が私の手を弾きます。

 バスタオルのおかげか、痛くはなかったのですが、鋭い切っ先で突かれたというのは、ぞっとする感覚でした。守られていなければ、掌を貫通していたのは間違いありません。


 あとから冷静に考えてみれば、この世界は魔法がある世界なのです。


 突然目の前に落ちてきた相手が、両手を挙げて何かわけのわからない言葉を叫ぼうとした、というのは、私の世界で例えるなら、「素性不明の外国人が目の前で銃を取り出し、銃弾を装填しようとした」くらいの感覚だったのかもしれません。

 私だったら全力で逃げるでしょうし、警察官なら取り押さえようとするでしょう。ですので、その人の行動も無理からぬことでした。

 無論、そのときはそんなことを落ち着いて考える余裕はなく、私は慌てて弁明しようとしてしまいました。


「ちょっと、待ってくださっ、ぐぇ!?」


 痛くはないとはいえ、槍で突かれた手を庇いつつ、斬りかかってきている人に再度話しかけようとしたら、その人はいきなり跳びかかってきました。

 槍では効果がないと思ったのか、直接制圧しにかかってきたのです。

 私は自分よりも遥かに身体の大きな人に押し倒され、口を塞がれてしまいました。

 いえ、塞がれたというか、頬を思いっきり殴りつけられました。

 私が話そうとしていることを、呪文の詠唱なのだと思っているのでしょうけど、とんでもなく荒っぽいやり方でした。

 殴られても痛くはないのですが、衝撃で言葉が途切れてしまいます。


「話をっ、きゃあっ! や、やめっ!」


 彼も必死だったのだとは思います。

 私が敵対する存在かもしれないと思えば、魔法の詠唱らしき行為を見逃すわけにはいかないのでしょう。

 けれど、自分より遥かに大柄な男の人に、必死の様相で殴りつけられるこっちは恐怖でしかありません。

 顔を手で庇おうにも、その人は器用に足で私の手を押さえていて、こっちは顔を殴りつけられるままに殴られるしかないのです。

 心底、怖かったです。


「――――」


 不意に、その殴打の嵐が止みました。

 恐る恐る、閉じていた目を開いてみると、私に跨がっていた人の身体に緑色の縄、いえ、ツタが巻き付いていました。

 ツタは屈強なその男の人の動きを完全に絡め取っており、男の人が逃れようとして暴れてもびくともしていませんでした。

 私がもしかして、と思う間もなく、そのツタはその人を持ち上げ、私の上から退けてくれます。

 そのままその人は空高く放り投げられ、空中でじたばたと足掻きながら、遠くの方に落ちていきました。

 瓦礫の向こうからものすごく鈍い金属音が響きましたが、そんなことに構っていられませんでした。


「た、たすかっ、た……?」


 男の人にのし掛かられ、殴られ続けた恐怖の余韻がまだ私の身体を震わせていました。

 地面に仰向けに寝転がったまま、呆然と空を見上げていると、その視界に光り輝く人型の存在――ヨウさんが入り込んできました。

 その目はどこか不安そうに私を見ています。

 浮かんでいる表情から、私を気遣ってくれているのがなんとなく理解できました。

 ツタの時点で予測はついていましたが、やはりヨウさんが助けてくれたみたいです。


「あ、ありがとうございます……っ!」


 私は急いで起き上がり、すぐ近くまで降りてきたヨウさんに抱きつきました。

 恥ずかしいとか、そういうことは考えていられません。

 とにかく、少なくとも味方ではあるヨウさんに縋っていたかったのです。

 ヨウさんは戸惑っているようではありましたが、抱き締め返してくれました。

 せっかく人間の街に出てこれたというのに、あまりにも恐ろしい初遭遇です。

 そして、その窮地はまだ続いていました。


 周囲に、完全武装の人たちがぞろぞろと集まって来ていたのです。

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