第三章4 ~ドラゴンの感覚は人と違いすぎました~
私はドラゴンさんの傍の地面に、木の棒を使って絵を描いていきます。
まずは自分の表す人型と、美女さんたちを表す羽根の生えた人型。そしてドラゴンさん。
(……これがドラゴンさんだって、通じるでしょうか……?)
人型はともかく、ドラゴンを図示するのって難しいです。
とりあえずトカゲに翼と角みたいなものを描き足してみましたが、通じるでしょうか。
私は自分たちとその絵を交互に示して、なんとかそれが私たちを示しているものだと伝えようとしました。
しかし、ドラゴンさんはじっと私の方を見て……いや、絵を見て……いえ、やっぱり私を見ている、ような。
ドラゴンの目は大きくて、視線がどこを向いているのかわかりにくいのです。私を見ているかどうかくらいはわかりますが、手元を見ているのか顔を見ているのかとなると。
(あれ……これ、伝わっているのでしょうか? わ、わかりません……っ)
理解してくれているという前提で、私は少し離れたところに人型をいくつも描き、人の集まるところを図示し、そこ目掛けて矢印を引きます。
これで「人の集まるとこに行きたい」ということが示せたはずです。
果たしてドラゴンさんの反応は、と見上げて見ると、ドラゴンさんに動きはありませんでした。
変わらない様子で私の方を見ています。
(もしかして……サイズが違いすぎて認識できていないのかも……?)
私は一端地面の絵を消し、大きく描き直します。
まず私を示す人型の絵、次にドラゴンの絵、と描いていると、不意にドラゴンさんがその前足を動かしました。
ドラゴンの前足はドラゴンの身体全体からすると細いですが、私の胴体くらいの太さはあり、かつ、先端にある五つに分かれた指の先には、私の手首ほどの鋭い爪があります。
私の身体を掴めるくらいには器用な指先なのですが、その内の人間でいう人差し指に当たる指だけをまっすぐ伸ばしたかと思うと。
ドラゴンさんはその一本の爪で地面を抉りました。
恐らく私が地面を木の棒でひっかいて遊んでいる、とでも勘違いしたのでしょう。
ドラゴンさんにしてみれば私の真似をしたつもりなのかもしれませんが、そこには力の差という絶対的な違いがありました。
ドラゴンさんの爪の一撃は、まるで爆発物でも仕込んでいたかのように地面を抉り飛ばし、そこに残っていた切り株を高々と空中に舞い上げたのです。
小枝を、とかじゃないんですよ。しっかりと地面に根を張っていた切り株を、です。
(わー……結構木の根って深くまで伸びてるものですねー……)
私が現実逃避気味にそう思ったのも仕方ないでしょう。
ぱらぱらと土塊が降り注ぐ中、思わず呆然としてしまいました。
呆然としながらも、ドラゴンさんが破壊を振りまく様を見て、三人の美女さんたちの顔が絶望に染まるのを見てしまいました。
ドラゴンさんはそちらに目を向けることなく、また指を振るおうとしています。
(これ以上やらせるわけには……!)
ただでさえ森に住む美女さんたちに迷惑をかけているのです。
私は咄嗟に振り上げられたドラゴンさんの腕にしがみつきました。無論、私の体重程度ドラゴンさんに何の影響も与えられず、私は大人の腕にぶら下がる子供みたいになってしまいます。
それでも爪を振るうことは止められたようで、ほっとします。
代わりに、ドラゴンさんは私を腕にしがみつかせたまま、腕を高く持ち上げました。
(うわわわっ! 怖い怖い怖いです!)
なまじ半端に『高い』分、逆に怖さがありました。
超高層ビルの上から下を見ても高さの実感が湧きませんが、二階建ての家の屋根の上からだと、落ちたときにどれくらいの衝撃が来るのかわかりやすい、みたいなものです。
ドラゴンさんは自分の視線の高さに持ち上げただけなのでしょうが、私にしてみれば大怪我必死の高さです。バスタオルの不思議な力で怪我はしないだろうと理解していても、怖いものは怖いのです。
腕にしがみついてなんとか落ちないようにするしかありません。
ドラゴンさんはそんな私の努力をあざ笑うかのように、腕を左右に振り始めました。
(ぎゃ――――っ!? ちょっと――っ!?)
私の身体はそれに伴い、振り子のように思いっきり揺れます。バスタオルの裾がはためき、めくれ上がって、下半身が丸出しになっているのがわかります。
恥ずかしいのもそうなのですが、羞恥より深刻な問題がありました。
全体重を支える腕の筋肉がぷるぷると震え始めたのです。
鍛えているわけでもない私には、あまりにも酷な運動でした。
ドラゴンさんは遊んでいるつもりかもしれませんが、こっちは全身運動です。
(おちっ、落ちる……っ!)
いよいよ腕が限界に達しようとしたとき、ドラゴンさんの腕がぴたりと止まりました。
思わずほっとしてしまったのがいけなかったのでしょう。
腕から力が抜け、相当の高さから落下してしまいます。
一瞬の浮遊感の後、私は頭から地面に落ちました。
地面に落ちる直前、不思議と暖かい風が吹いたような気もしましたが、まったく減速することなく、思いっきり顔を打ちました。
普通なら首の骨が折れていたでしょう。けれど、幸いにしてそうはなりませんでした。
(い、いたく……はない、ですけど……っ)
バスタオルの力でしょう。頭が地面にめり込んだだけで済みました。済んだ、と言って良いのか疑問ですが、とりあえず死んではいません。
私は埋まった頭を引き抜こうと両手を使って踏ん張りますが、抜けそうにありません。
頭だけが地面に埋まって脱出に苦労するとか、もはやギャグ漫画の描写です。
バスタオルの力がなかったら頭が潰れていたか、首の骨が折れていたかでしょうから、よかったのかもしれませんが、想像するとすごく情けない格好です。
手だけでは無く、膝を立てて足も使おうとすると、バスタオルの裾がめくり上がり、胸の辺りまで露わになるのがわかりました。
(絶対に人に見せられない格好ですよねいま……!)
頭が地面に埋まって呼吸できないことによる苦しみもありましたが、死にたくなるほどの羞恥も一緒に襲いかかってきます。
けれど、呼吸を確保しなければならない以上、恥ずかしいとか言ってられません。
早く済ませてしまおうと、手足を踏ん張って頭を引き抜こうと試みます。
その瞬間、頭の周りの土が急に動いて、私はあっさりと頭部を引き抜くことができました。勢い余って尻餅をついてしまいましたが、些細なことです。
呼吸ができるようになって、激しく咳き込みながら目を開けます。
見れば、三人の美女さんのうちのひとりが、私の頭が埋まっていたであろう穴のすぐ傍の地面に手を突いていました。
(もしかして……魔法か何かで助けてくれたのでしょうか……?)
その美女さんは私の方を心配そうに窺ってくれていましたが、ちらりと私の頭が埋まっていた穴を見ました。
すると、勝手に地面が動いて穴が塞がっていくではありませんか。
何らかの力で助けてくれたのは間違いないようです。
私は口の中に入った砂をつばと一緒に吐き出しつつ、彼女に向けて御礼を言いました。
「ぺっ、ぺっ! あ、ありがとう、ございます……っ」
言葉は通じていなくとも、感謝の気持ちは伝わったようで、彼女は少しだけ笑みを浮かべると、すぐさまその場を去って行きました。
ドラゴンさんが怖いでしょうに、傍まで来て助けに来てくれたことに感謝です。
一方、私を殺しかけたドラゴンさんは不思議そうに私を見つめています。どうやらドラゴンさんはいまので私が死にかけたことを理解していないようです。
確かにドラゴンであれば頭が地面に埋まって抜け出せなくなる、ということはないのでしょう。指先ひとつで発破を使用したような地面の抉り方をするんですから。
ドラゴン基準で人を扱うのは本当に止めていただきたいところです。
私は土まみれになった髪の毛を払いながら、ようやく落ち着いて結果について考えることができました。
絵を使ってドラゴンさんとの意思疎通はできない、ということに。
(さて……困りましたね……詰みました……)
美女さんたちとは少し意思疎通ができていただけに、落胆は大きなものでした。
ドラゴンさんと意思疎通ができないとなると、人里に向かうことも難しくなります。
というか仮に意思疎通ができたとして、この無茶苦茶なドラゴンさんを人里に連れていっていいものかどうか。
私はバスタオルに宿った不思議な力があるので死にませんでしたが、いまのを普通の人がやられたら落ちた時点で死んでます。
よくて首の骨が折れて寝たきりになるくらいでしょうか。危険すぎる存在です。
(ん……? でも、異世界なんですし……もしかすると人の丈夫さも違うのでは……?)
私はドラゴンさんが加減知らず、という方向で考えていましたが、もしかするとそうではない可能性もあることに気づきました。
魔法らしき何か、があるような世界です。
当然、人もそれを扱いこなしていることでしょう。それなら、いままで私が受けてきた死ぬような仕打ちも、実はこの世界の人なら普通に受け流せる、という可能性もあるのではないでしょうか。
魔王を倒したブレスは置いておくにしても、じゃれつかれる程度は許容範囲なのかもしれません。
希望的観測でしたが、そう思わないと身動きが取れません。
(……いずれにせよ、人里に行ってみるしかないですね)
そして結局、問題は意思疎通が取れないというところに戻ってきます。
言葉は音すら聞こえず、絵でもダメとなると、いよいよドラゴンと意思疎通の可能性が無くなってきます。
頭を抱えて悩んでいた私は、ふと、重要なことを思い出しました。
(そうです……確か、彼女たちはドラゴンさんと話していたはずです……!)
どういう方法かはわかりませんが、ドラゴンさんと美女さんたちが話していた様子はありました。それならば、美女さんたちからドラゴンさんに言ってもらえばいいのではないでしょうか。
美女さんたちとはある程度意思疎通ができるのはわかっています。完全ではなくとも、仲介してもらえば、『人里に行きたい』くらいは伝わるかもしれません。
私はその期待を持って美女さんたちを見て――それが難しい事に気づきます。
なぜなら、美女さんたちは思いっきりドラゴンさんに怯えていたからです。
いま私はドラゴンさんのすぐ傍に立っているのですが、美女さんたちは十数メートル離れた木の幹の影からこちらを窺っています。
(あんなに怯えている彼女たちに、ドラゴンと話してくださいとは言えませんね……)
ただでさえ迷惑をかけていると言うのに。
彼女たちに代弁してもらった結果、それが運悪く逆鱗に触れて彼女たちに向けてブレスが吐かれでもしたら……それは避けなければなりません。
自分でなんとかするしかありません。
(こうなったら肉体言語です! ジェスチャーなら多少は通じるはず……!)
美女さんたちがドラゴンさんに向けて土下座していたことや、私の笑顔に反応したことなどから、少なくとも動きや表情を読むことはできるはずです。
私はなんとかジェスチャーでドラゴンさんに意思が通じないか改めて試してみることにしました。
両手を翼みたいに上下に動かしてみたり、立ち位置を頻繁に変えて複数の人を表現しようとしてみたり、服を着るような仕草を見せたり……色々試してみました。
ですが、ドラゴンさんはそんな私の頑張りをじっと見つめて、たまにちょっかいをだしてくるだけで、私の意図を理解しようとしてはくれませんでした。
(うー……バスタオル一枚でなにやってるんでしょう、私……)
バスタオル一枚の格好で、馬鹿みたいなジェスチャーをしている自分の姿を想像してしまい、私は穴があったら入りたくなるほど恥ずかしくなってしまいました。
ドラゴンさんの前で体育座りになって、膝を抱えながら溜息を吐きます。
いったいどうしたらドラゴンさんに意思が通じるのでしょうか。