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ア・ポイノ おじさんとの思い出

作者: 倉本保志

倉本の小学生の時代は、今よりももう少し、社会の危険判断の基準がゆるくて曖昧な、いわば、グレーゾーンが子供たちの遊び場を含めて、いたると頃にあったように思います。そういうなかで、子供たちは自分たちの集団社会の中での、独自のルールをもち、大人たちの社会的ルールに則りながらも、そのなかで、うまく危険性をコントロールしていたのではないかと思います。今は、白だと思っていた人が、急に豹変して黒に変わってしまう、ある意味、昔よりもより危険度の高い、ステルスな時代です。グレーゾーンがない分、その対応についても、学校の役に立たないマニュアルしか知らない、かなり危険な時代になってしまっているのかもしれません・・

ア、ポイノ おじさんとの思い出


みつるの通う、小学校のすぐ近くに、小さな公園があった。

その公園には、少し太めの土管を材料にして縦横に何本か組み立てられている

遊具があり、その遊具を、ちょうど、子供たちは、秘密基地のように利用して遊んでいた。

当時の町には、まだ、多くの空き地があり、必ずしも遊ぶ場所はそこだけではなかったが

子供たちは、この場所がひどく気に入っていて、放課後になると、学校から家に帰らずに、ランドセルを背負ったまま、この公園に直行する子供たちが多かった。

特に、土曜日の正午過ぎには、、学校から、さほど距離はないにしても、全速力で、クラスを中心に構成された、それぞれのグループは、この土管の遊具に駆け込んだ。

彼らがそれほどまでに急ぐ目的は、ただ一つ・・・つまりは、この場所の占有権の奪取である。

当然のことながら、一番先についた者、彼が所属するグループが、この秘密基地で、その日一日、遊ぶ権利を有するのである。着順に明らかな差がある場合は、さほどでもないが、その差がわずか、僅差の場合には、たまに、諍いに発展することもある。

それでも、そこは、子供たち、自分たち、独自のルールに従って、そこで遊ぶ権利を、皆が納得する形で不公平なく、取りきめる。

たとえ、それが、高学年であっても、そのルールを破ることは決して許されず、力にものを言わて、その基地を占有しようものなら、生涯そのことを負い目にこの町で、暮らしていかなければならなかった。

実際、そういった、不届き者は、数人いたが、成人以後、自らに烙印された、不良のレッテルに、耐えかねてこの町をいつのまにか、引っ越しして、居なくなってしまっていた。

・・・・・・・・・

みつるたちは、運が良かった。

今日、土曜日は、担任の先生が、出張で早退し、帰りのホームルームがなかったせいで、

他のクラスよりも、10分ほど早く下校出来たのである。

たかが、10分、しかし、わずかともいえるこの違いは、彼らにとって、天国と地獄ほどの差があるのである。

掃除当番でなかったみつるは、クラスの他の子供たちから、言いつけられたとおり、全速で校門を通り過ぎ、この公園の遊具にたどりつた。

下から、悠然とそびえる、この土管の遊具を見上げる。

これ見よがしに、陣取っている児童は、みつからない・・・

「一番~っ・・・」

みつるは、大きな声でそう叫ぶと、ランドセルを、放り出して、土管の中に滑り込んだ。

・・・いや、滑りこもうとして、土管の中に一歩足を踏み入れたところで、全身が凍りついた。

「かあああ・・・・」

「まさか・・あいつがいるとは・・・」

・・・・・・・・・・

みつる以外、ほかに児童はいなかったはずだ。

はたして、一体、だれがこの遊具の中にいるというのか・・?

「アア、ポイノ・・・ポイノ・・・」

なにやら、呪文のような言葉・・が、土管に響いてみつるに届いた。

(・・・・・・最悪・・・)

(今日せっかく一番乗り、できたのに・・・)

そういって、みつるは、前かがみになったまま、土管からしぶしぶ後ずさり

して出てきた。

・・・・・・・・・・

ちょうど、その時、みつるのクラスメート、ゆうきが、到着し、みつるの

肩を後ろからぽんと叩いた。

「どうした、みつる、なかに入れや・・」

「いや、その・・・」

「なに・・・?」

「ア、ポイノ、・・・ポイノ・・」

「げえっ、ほんとか・・・?」

「ほら、・・」

そういって、みつるは、後ろ、つまり、土管の中をそっと指差した。

中でにっこり不気味に笑う痩せた男・・

「くっそーなんだよっ、せっかく一番にこれたのに~」

ゆうきは、みつる以上に、そのいら立ちを言葉にして悔しがった。

そして被っていた野球帽を、地面に叩きつける。

・・・・・・・・・

先ほどから、みつるたちが、不満をあらわにする理由・・・

この、秘密基地、子供たちの聖域に、出没する、中年の男・・・

「ポイノ、アポイノ、ポイ、」

意味不明の、彼の口癖・・というか、その言葉以外はあまり聞いたことがない。

名前は分からない、住所も不定、年齢は40代といったところか・・?

髪の毛は伸び放題、ひげも又しかり・・・

見なりから察するに、おそらくは、ホームレスであるようだが、詳しいこと

は、みつるたちには、ほとんど分からない。

およそ、5年ほど前から、この町でかれの姿を見かけるようになった。

かれは、雨露の凌げる、この土管の遊具をたまに根城としていたが、子供たちが

放課後、毎日おしよせるため、いつもここにいるというわけではなかった。寧ろ、

ここよりは、大川の河川敷、橋の袂にいることが多かったが、どういうわけか、

たまに、この公園 この遊具の中に居座ることがあった。

「・・・・・・・・・」

「しょうがないけど、諦めよう・・」

「おれ、みんなに言ってくるわ、」

そう言って、ゆうきは、クラスメートのいる学校の方へ駈け出して行った。

しばらく、ゆうきの駆けていく様子を眺めていたみつるだったが、なぜだか、

背中のあたりに妙な、温かさ・・・違和感を感じた。

気になって、恐る恐る、後ろをゆっくりと振り向くと・・・

「わわわわっ・・・」

「もう、びっくりさせないでよ・・この、」

「・・・・・・・」

「ア、ポイノ・・・ポイ・・・」

「もういいよ、それは・・」

「キモいし、ほんとに、面白くも、何ともないんだって・・」

「・・・・・」

みつるは、泣きそうになりながら、ま後ろにいた、男に、自分の気持ちを訴えた。

「・・・・・・」

みつるの気持ちが通じたのか、その男には、少しばつの悪そうな顔をして

奥のほうにこそこそ戻っていった。

(くそ、こいつさえいなければ、僕たちがここで、一日、遊べるはずなのに・・)

みつるは悔しかった。せっかくのチャンス、この土管の秘密基地で遊べる権利を、突然

無理やり、はく奪されたのだ。

・・・・・・・・・

(なんでなんだ、なんで、今日ここに・・・こいつが・・)

(本当に悔しい・・・)

半年ほど前だった。みつるは、その時のことを思い出していた。

初めて、ここに、この男が、来たとき、子供たちは当然のことながら抵抗した。

ちょうど、そこで遊んでいた、高学年の児童たちが、数人で取り囲んで、かなりやばい

雰囲気になってしまった。

みつるは、ブランコに座りながら、その様子をじっと窺っていた。

誰かが、学校の先生をここに呼んできて、先生は、みつるたちを、急きょ、ここから追い出し

始めた。

しぶしぶ公園から立ち退くことになったぼくたちは、そのあと、近所にある駄菓子屋の

スルメを、ごっそり万引きして、大川の土手の草原で、しがんでいた。

その、翌日の朝、校長先生が、緊急の朝礼で、学校で急きょ決まった校則を、

にこにこしながらお話しされた。

・・・・・・

「いいですか、みなさん、あの、おじさん、がいるときは、あそこの公園ではだれも、遊ばないようにしてくださいね。」

・・・・・・・・・・

みんな、下を向いていた。

(なに、一体どういうこと・・・)

(どうして、・・?)

(あそこは、僕らの遊び場じゃないの・・?)

(先生は、僕らの味方じゃないの・・?)

(なぜ、あいつを、よそ者を、追い出してくれないの・・?)

・・・・・・・・・

ぼくたち子供にとってなんの説得力も持ちえない、おとなの都合・・・

どうしようもない、理不尽さが、胸につっかえていた。

朝礼の朝の空を、ちょうどその時の空を、みつるは今でもはっきりと覚えて

いる。

朝礼に集まった、全校児童の、言葉に、言い表せない、憤懣・・・

みんなの心境を、そのまま写し出したかのような・・・鉛色の曇り空だ・・・

・・・・・・・・・

みつるは、ふと空を見上げた。

土曜日の正午過ぎ、あの日とは、正反対の青空・・・

じっと見ていると、吸い込まれそうなぐらいに、晴れ渡っていた。

・・・・・・・・・・・

(ようし・・・やってみよう)

みつるは、なんだか、空の青さに励まされたような気分になっていた。

今日なら、いまなら、あいつを、追いだせるかもしれない、

なぜだかわからなかったが、みつるは妙な自信を抱いていた。

「わああああっ・・・・」

そう言って満は土管の中に駆け込んでいった。

「いやだ、」

「なんだか、よくわからないけれど・・・いやだ、」

その気持ちだけははっきりしていた。

「ここは自分たちの、遊び場だ、」

(ルールを勝手に、先生に、大人たちに、決められてたまるか・・・)

「アアア、ポイポイノ、ポイノポイノ、ポイイイイ」

みつるは目をつぶったまま、あの言葉を、呪文のように、大声で叫んでいた。

これまで出したことのないような、大きな声だった。

その言葉に象徴される、訳の分からない、大人たちの理屈

自分でもよく分からない、この漫然とした不満、

それでいて、どこかそれに従わざるを得ないという、妙な服従感・・

それらの入り混じった気持ちを、このよくわからない呪文を吐き捨てることで

その反対側にいる、それらに抵抗する、自分という存在を、やっとのことで、

維持していたのかも知れない。

「アア、ポイノ・・・・」

知らない間に土管の真ん中を通り過ぎて、端の入口に出てしまっていた。

・・・・・・

「あれ、・・・・?」

「あの・・・おじさんは?」

そこには誰もいなかった。

キツネにつままれたような、なんだか不思議なきもちになっていた。

・・・・・・

しばらくして、みつるが公園から戻ってこないのを心配し、ゆうきたちクラス

メートがまた戻ってきた。

「どうした・・・?みつる・・・」

みつるは、我に返り、やっとの思いでクラスメートたちにわけを話した。

「アポイ・・・・ノ、いなくなっちゃったよ」

一瞬の緊張が、彼らを取り囲んだが、やがて、それは、彼らの勝利の歓声と

ともに、晴れた青空に吸い込まれていった。      

ア、ポイノおじさんは、もうそこには、二度と現れなかった

                 おわり

         




昔の子供の方が、今の時代よりも幸せだ。それは一面でしか物事をとらえていない偏ったものの見方だと思います。昔から陰惨ないじめは今以上に多くありましたし、凶悪な事件も、むしろ今よりも多くあったはずです。子供たちに、ある程度の自治が認められていたが故の、副産物といった感じなのでしょうか?

でも、自分たちのルールが、あったからこそ、子供たちはそこで、多くの失敗をしながら、何かを学び、大人になっていったのでしょう。今は、多くの取り決めを大人たちが、一方的に押し付けているような気がしてなりません。失敗しないように、しないように、子供時代をすごし、そして、そのタガが外れた、大人になった時に、とんでもない失敗に、あるいは巻き込まれてしまう・・・そういうことも、もしかしたらあるのかもしれません。まあ、勝手な推測なのですけれども・・・

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