第89話 勘違い
長めです。すみません。
魔眼。
これまでで最も異世界らしいインパクトのある言葉。
その告白を聞き、俺はあることに合点がいった。
「そうか、それで……!」
「は、はい。私が初めて声を掛けた時から、あなたは私に惚れたようになったと思います。それが、魔眼の力です。掛かり方は人によって違うのですが、あなたの場合は特に強く掛かっていたようなんです。わ、私は、途中でそのことに気付いていました! そ、それなのに、魔眼のお陰で私のツアーに参加してくれていただけと知っても、それを打ち明けずに、ガイドを続けていたんです! あなたが私に親切にしてくれて、自分を練習台にとまで言ってくれたのも、全て……!」
「……そう思って、悩んでいたんですね」
「は、はい。正直、最後まで打ち明けずに終わろうかとも考えました。幸せな夢を見せたのだから、私は悪くないとも思いかけました。でも、私のために真剣になってくださったあなたを見ていて、それでいいはずがないと思ったんです。そ、そんなことをしてしまったら、私は二度と、自分に自信が持てなくなると……」
彼女は辛そうに、自らの胸を押さえつけ、言葉を絞り出していた。
彼女にこんな辛そうな思いをさせたのは俺にも責任がある。
お人好しぶって言っているわけではなく、本当に。
「……ガイドさんは、そんな風に勘違いをしたまま、思い悩んでしまっていたんですね。そうやって悩ませたのは、俺にも責任がありますね」
「そ、そんなこと言わなくていいです! お人好しにもほどがあります! あなたは何も悪くなくて、むしろこんな私に付き合わされて、被害者に…………?」
そこで、俺の言葉の違和感に気付いたのか、彼女の表情が変化した。
「……か、勘違い?」
「はい。勘違いしてますね」
「……な、何がです?」
「魅了で惚れてること、ですかね?」
ポカンとしていた彼女だが、すぐに考え直したのか、再び険しい表情へと変わっていった。
「そ、それも、魔眼のせいなんです! 自分の気持ちは確かに自分のものなんだと錯覚するのも、魅了されている証拠で……! こ、これまでも、何人も私の魔眼の被害にあった人たちを見てきたので、魅了にかかった人を見間違えたりはしな……」
「確かに魅了には掛かりましたが、もう解けてますよ?」
「そ、そうだと思いました。私の魔眼は常時発動で、私に制御出来るものではないので、解除出来るとは思って…………ふぇっ?」
事態に付いて行けず、阿保面を曝け出すガイドさん。
やっぱ、恋って魔物だわ。そんな顔ですら、愛おしく思えるだなんて。
だが、ちゃんと説明してあげないと、彼女には何が何だか分からないよなあ。
「そ、そ、そんなわけ……! う、嘘吐いてますよね!? だって、私に向けられた雰囲気が、魅了状態の人のそれのままですし……?」
「ああ、それはそうですよ。だって……」
「だ、だって……?」
「魅了が解けた後で、ガイドさんにもう一度、惚れ直したんですから。恋しているのに変わりなければ、雰囲気も同じで…………」
「……」
「…………あ」
「にゃああああ!?」
……やってしまった。
あんなに色々なイメトレを重ねて、告白のセリフを考えておいたというのに。
つい、ポロッと言ってしまったよ。駄目じゃん。
言った俺も恥ずかしさで死にそうだが、言われたガイドさんも予想外だったのか、真っ赤に茹で上がって頭から煙を立ち上らせている。
ま、まあ、想定の範囲内だし? お、俺余裕だし?
……くっ、嘘だ!
俺も、この展開は予想外だよ!
こうなりゃ自棄だ、なるようになれ!
「ま、まあ、そんなわけで、もう魅了の魔眼とやらは俺には効きませんが、好きです、ガイドさん!」
「にゃ、にゃにが「そんなわけ」なんですか!? 意味が分からな過ぎて、パニックです!!」
「だって、ガイドさん、魔眼に頼らなくても魅力的過ぎて、改めて惚れたので、好きです!」
「い、い、一旦落ち着いてください! ちょ、ちょっと待って! 冷静に!」
「冷静ですよ? 冷静に考えても、やっぱり素敵な女性だなーって……」
「わ、分かりました! 分かりましたから! 分かったから、もう許してぇー!!」
やあ、久し振り。
混沌だよ。元気にしてた?
うーん、想像していた告白シーンとは、まるで違う。
普通、「好きです」と告白して、「はい、OK」または「いいえ、NO」と返事をもらうものだよね?
なんで「好きです」と告白して、「一旦落ち着いて」とか「もう許して」という返事をされているんだろうか、俺は?
「ど、どういうことですか? 一体、何がどうなって……?」
「ええと……」
――――話は遡り、ツアー開始間もなくのとある日。
その夜、寝る前に一人で暇だった俺は、ポイントカードの確認をしようといつものように画面を操作していた。
いざという時に必要なスキルを得られるように、ポイントの確認などはたまに行うように心掛けている。
だが、ふとスキルリストを見ると、その中に見慣れぬスキルがあったのだ。
《魅了耐性・最下》
これまで所持ポイントで取得可能な範囲に、耐性スキルなんてなかったはずだ。
だが、それは唐突に、僅か数ポイントで入手可能な位置へと移行したようであった。
その時はなんとなく、ラッキーだな程度にしか思わず取得したのだった。
【《魅了耐性・最下》を取得しました】
異変が現れたのは、それから数日後のこと。
再びポイントカードを操作していると、信じられないものが目に飛び込んで来た。
《魅了耐性・下》
数日前に取得したばかりの最下位スキルの上位互換のものが、早くもリストに登場していたのだ。しかも、必要ポイントも少なく。
流石に頭の悪い俺でも、その理由には察しが付いたね。
これが、恋の力か、と。
『……』
きっと、一目惚れしたガイドさんと長い時間を一緒に過ごすことで、恋のパワーとかなんかで熟練度が貯まっていたに違いない。
これは彼女が齎してくれた奇跡なのではないだろうか、と。
(※主人公はこの時点ではまだ魅了されています)
そうして迷うことなく、それを取得したわけだ。
【《魅了耐性・下》を取得しました。《魅了耐性・最下》に上書きされました】
二度目の異変は、異世界生活が五十日目を迎えた朝に起こった。
ふと、ガイドさんに抱いていた気持ちに変化が現れたのだ。
【《魅了》が解除されました】
そんな声が届き、俺の心は静まった。
なんのこっちゃ分からなかったが、魅了耐性スキルの熟練度が関係しているのは察しが付いたし、魅了というのがガイドさんに惚れていることと関係しているだろうというのは想像がついたので、その日にガイドさんに会ったときに、彼女をよく見てみた。
すると、それまで何百年かに一人のような美少女に見えていたはずの彼女は、普通に可愛い女性としてしか俺の目に映らなくなっていた。これが魅了解除ってやつか、と思った。
つまり、ガイドさんへの恋心が冷めたってことか?
そう思ってマジマジと彼女を見て、改めて彼女のことを考えてみたのだが……
……新たな鼓動の高まりとともに、最初こそ「その容姿」に一目惚れしていた俺だったが、今となっては彼女の人柄や仕草、優しいところなど「その全て」を好きになっていたと再認識させられることとなった。
つまり、“惚れ直した”のであった。
どういうわけか、今度の恋心には《魅了耐性スキル》は効果を現さなかったようで、その気持ちが解除されることは、その後、無かった。
――――それが、彼女の話を聞いて合点がいった。
つまり最初の一目惚れは、魔眼とやらによる効果で、その影響でポイントカードに《魅了耐性・最下》が出現。長い時間一緒にいることで熟練度がガンガン貯まり、あっという間に《魅了耐性・下》もリストに挙がったというわけだったのか。
《魅了耐性・下》に熟練度が貯まって効果が高まったことで、遂には状態解除に至ったわけだ。
まさか魔眼なんてものが関わっていたとは知る由もなかったが、そんな経緯を知らなかったガイドさんは、俺が魔眼で魅了され続けて自分に協力し続けていると思い、悩んでいたと。
そうと知っていれば、もっと早くに力になってあげられたというのに、不甲斐無いよ、まったく。
ガイドさんには流石にポイントカードのことは話せないので、スキル取得の件は隠しつつ、「元々持っていた耐性スキルが働いたらしく、途中で解除された」という旨を説明しておく。
「そ、それじゃあ、今現在って……」
「は、はい。素の……ありのままのあなたに魅了されている状態です」
「そ、そ、そんなセリフを恥ずかしげも無く……!?」
いや、恥ずかしいことは恥ずかしい。
だけど、一度吹っ切れてしまったせいか、素直に言えるようになっていた。
素直に言われた方は悶えてしまって堪ったもんじゃないだろうけど。
「そ、それでもおかしいです。自分で言うのもなんですが、私は容姿も人並み以下、スタイルも良くないし、れ、恋愛経験も無いから誘惑だって出来ない。なのに、どこに惚れる要素があるって言うんですか? やっぱり、魅了は続いているんじゃ……?」
「人並みとかは分かりませんが、俺の目から見たら可愛いことに変わりなかったし、声も仕草も可愛いし、性格も優しいところも好きで、一緒に話してて楽しかったから、といったところでしょうか? 惚れる要素なら山ほど……」
「あ、ありがとうございます! 分かりましたから、もうその口を閉じてください!」
ありゃ、また真っ赤になった。いやあ、そういうところも可愛いんだってば。
それに、恋愛経験無いのは俺も同じだし、誘惑されてもそれに気付けるかすら怪しいとこだよなあ、俺の場合。
「じゃ、じゃあ、私のために色々してくださったのは……?」
「うーん、下心と言うとアレですが、好意ゆえ、ですかね? ガイドさんの仕事する姿が素敵だったのもあって、力になりたいと思って……でしょうか? 一生懸命ガイドに励む姿も、その可愛らしい笑顔も、俺を魅了して止まず……」
「にゃううう……」
ガイドさんはとうとう、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
調子に乗って歯の浮くようなことをベラベラと言い過ぎたなあ。今になって俺もかなり恥ずかしさに襲われているのだが、もう取り返しは付くまい。
「あ、それと」
「ま、まだ何か!? も、もう止め……」
「その魔眼、きっと、ガイドさんに惚れるようなタイプの人にしか効果無いんじゃないですか?」
「へ?」
ふと、思ったのだ。人によって掛かり方が違うなら、その差はどこから生まれるのかということを。
それはもしかしたら、彼女に惚れ、恋をし、夢中になる、そんな心を増大させるのではないかと考えたのだ。そうでなければ、彼女が歩いているだけで男ども、もしかすれば女性ですら魅了状態になり兼ねないだろう。
考えてみても、周りにいた人で、特段彼女に興味を示している人は見受けられなかった。それはつまり、彼女に興味を持つ俺のようなタイプの人間にしか効果がないからなのではないだろうか。
まあ、ただの予想だから、確証は無いけれど。
「そ、そんなことが……?」
少し落ち着きを取り戻した彼女は、昔起きたことを話して聞かせてくれた。
商人として両親とともにやって行こうとした矢先、稀に彼女が接客をした相手の様子がおかしいことに両親が気付き、彼女にある話を聞かせてくれたのだそうだ。
それは以前聞いた先祖の話。
その人物は、言い伝えによると猫系の獣人と淫魔と呼ばれる亜人との混血だったらしく、その瞳は「魅了の魔眼」と呼ばれるものだったのだとか。
その子孫にも魔眼は受け継がれ、今でもたまに先祖返りで魔眼を持つ者が生まれることがあるのだそうだ。
運悪くなのか、彼女にはそれが出てしまっているようで、両親はそれを活かして商売するのもしないのも、彼女の自由だと言ってくれた。だが、彼女自身、自分の実力ではなく魔眼の力で接客が成功していると思うと、商人として両親とともにやっていくことに負い目を感じてしまい、その道を諦めたのだそうだ。
それでも生きていく上で働かねばならず、両親に迷惑を掛けないよう自立してやっていこうと考えた挙句、今に至る、と。
ガイドの客でも、時々魔眼の影響が見られる人もいたのだそうだ。
彼女はそれが嫌だったらしいが、食べていくためにはやむを得ないと思うようになり、自制を心掛けてボッタクリや詐欺などにならない範囲で許容して我慢していたのだとか。
なるほど、傍から見れば、俺の行動はその許容範囲を超えているように見えてたってわけか。
アルル様も少し言っていたが、彼女自身も孤独を感じていたのもあって、自分に真剣に向き合ってくれるのが嬉しくなって、気付いてもなかなか言い出せなかったのだろうな。
「じゃ、じゃあ、商人見習いの頃のお客さんも、ガイドのお客さんも、もしかしたら好意的な人だけが影響されて……?」
「あくまで想像ですけどね。見習いの頃はまだ幼さもあったでしょうから、子供として可愛らしいと愛でる心が増長されたのもあったのかもしれませんね。昔のガイドさんも、そりゃあ可愛かったでしょうし……」
「みゃ、脈絡無く、不意打ちしないでっ!」
それでも、彼女はどこか嬉しそうに見えた。
彼女の心情の全ては分からないが、無差別に魅了してしまっていたのではない可能性と、彼女に好意を持つ人がいた可能性に、希望を見出しているのかもしれない。
そうして、彼女もすっかりと落ち着き、結局渡したお金も彼女にそのまま受け取ってもらうと話が付いたところで、俺は改めて本題を切り出した。
「そ、それで、告白したわけですが、答えを聞かせてもらうことは出来ますか?」
「ふぇっ……!」
そう、まだ保留中。待ち惚け。
お預けのまま、待たされた飼い犬状態なので。
彼女は暫く考え込み、答えを探しているようだった。
こういう時に真剣に熟考してくれる真面目な辺りも、彼女の魅力だろう。その場しのぎのいい加減なことを言うのは――時と場合によるが――相手に失礼だと思うから、さらに待たされているとしても、俺は嬉しい。
そうして、彼女は心を決めた様子で、俺の目を真っすぐに見つめた。
その真剣な眼差しに、俺もゴクリと息を呑む。
「……あなたの気持ち、とても嬉しく思います。わ、私もあなたと居て楽しかったし、この先も一緒に居られたら幸せなんじゃないかと思います」
おおおお!!
やった、やったぞ! 成功だ!
だが、ガッツポーズを取ろうとした俺に、彼女は言葉を続けた。
「で、ですが、あなたと一緒に行くことは出来ません」
喜びも束の間、そんな言葉に、俺はピシリと固まってしまったのだった。
今日この後も、投稿します。




