表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/444

第8話 宿屋に泊まろう



『そもそもですよ?』


 森を出立し、俺は再び町へと向けて歩き出していた。

 アルル様の説教をくらいながら。


『その五万ポイントで得られたのは、あらゆる者の言葉や意思が翻訳される夢のようなスキルなんですよ? どんなに徳を積んだ聖職者がいようとも、そんなこと不可能でしょう? それを一瞬で取得出来たというのに、何が絶望ですか? ただの等価交換でしょう? 等価どころか、得してるくらいじゃないですか! 徳だけに!!』


 上手いこと言ったみたいに言ってるが、ショックでそれどころではない。五万ポイント。


 理屈では分かっているが、異世界生活がスタートして好きなようにスキルをゲット出来るチャンスだったのに、それをフイにしたわけで。

 また貯めるとなったら、何年掛かるやら。


『もー、うじうじと何時までもー。十六年でそれだけ貯められたんですから、またすぐに貯まりますよ。それより今は、目の前にやるべきことがあるでしょう』


 はあ、気が重い。

 早くも、さっきも見た町の外壁が俺の視界の片隅に映っていた。

 気を取り直して行きたいところだが、モチベーションの低下が半端ない。きっとバッドステータスの《凹み》とかだ。誰か、回復魔法を。


『馬鹿言ってないで、さっさと行きなさい。ここで恥の上塗りをしたいんですか?』


 上塗りって言わないでください。

 さておき、門番さんとはさっきと同様に互いが見える距離まで来ていた。さっきとは違い言葉は通じるのだから、ちゃんと話してさっきのことも謝らないと。

 全知全能の図鑑を鞄に入れて、歩を進める。


「ハ、ハロー?」


「よぉ、さっきはどうしたんだい? 急に走り出して。あ、言葉分かるか?」


「分かります! すげー!」


「は?」


 おっと、スキルが機能してたことへの感動で、つい口に出してしまった。

 モチベーション、ちょっと回復した。

 けど、これ以上怪しまれないようにしないと。


「いえ、さっきはすみませんでした。急用を思い出しまして」


「急用? 森にかい?」


 うっ。そこまで考えていなかった。

 何も無い森に、会話を中断してまで全力疾走する急用なんて存在するわけない。

 これは怪しまれるか――


 ――そう思ったのだが、何故か納得してくれたようだ。


「あー、そういうことか。そればっかりは仕方ねえよな。生きてりゃ誰だってあることだからな」


 何のことだろう?

 話が呑み込めないが、とある可能性があったので、話を合わせておくことにした。


「そうなんですよー、急だったもので。すみませんでした、碌に話しもせず行ってしまって。いやー、言葉は分かっていたんですけドネー」


「いいって、いいって。ここでヤられてたら目も当てれなかったしよ、結果オーライだ!」


 やっぱり、これはアルル様のお陰に違いない。

 相手が都合良く勘違いをしてくれるスキルとかがあるんだろう。

 ありがとうございます、女神様。


「ところで、この町に何の用だい? 宿泊か?」


「あ、はい。そのつもりです」


「あんたも変わってるねえ。町とは言ってるけど、ここは多少大きいだけの村と言っても過言じゃねえぜ? こんな島の外れに、しかもさらに外れの方から上陸して歩いてくるなんてよ。あんた、犯罪者とかじゃねえだろうな?」


 島の外れ? 話の内容はサッパリだが、とりあえず合わせよう。


「生まれてこの方、悪いことなんてしたこと無いですよ。せいぜい友達のスマホを勝手に触ったくらいが関の山で……」


「すまほ?」


「いえ! 何でもないです!」


 阿保か俺は。いくらフレンドリーな人だからって、気を緩めすぎだろ。

 いや、俺は阿保だったっけ。


「ふーん……? まあ、怪しいところは有るっちゃ有るが、犯罪者じゃねえのは見た目で分かるしな。いいぞ、入っても」


 よし! 見た目でってのが引っかかるけど、何はともあれこれで宿に泊まれる。


「それじゃ、身分証と入町料を出してくれ。入町料は他と同じで、銀貨二枚だ」


「えっ?」


「ん? どうした? 他と同じだろ? ぼったくったりしてねえから安心しな」


「……えっと」


「ん?」


「……」


「……まさかとは思うが、密入国じゃねえよな? 入国税は何処で払った?」


 俺は走った。全力で。

 後ろから「待てコラ!」と聞こえてきたが、振り返りはしなかった。

 今度は言ってることが分かるだけに、余計にヤヴァイと理解して。


 俺の異世界生活は終わった。




『あー、笑った笑った。あっはっはー』


「笑ってる場合じゃないので助けてください」


 再び町が見えない距離まで来るとすぐ、鞄から本を取り出してアルル様に助けを求めた。

 どうしようもないもん、あんなの。


『もうちょっとアドリブ利くかと思ったんですが、全然駄目でしたねー。ラノベ知識は何処行ったんです?』


「身分証、入町料、入国税のスリーアウトな上に、こっちのお金なんて持ってませんから!」


 一か八か財布の日本円を出すのも考えたが、一発退場の可能性もあったので自重した。


『はあ、仕方ありませんね。日も暮れるし、今回だけは手取り足取り助けてあげましょうか。笑わせてもらったお礼ってことで』


 笑わせるつもりは微塵も無かったんですが。

 アルル様からの助言を受け、俺は今来た道を引き返して行くのだった。




 三度目の正直で、門番さんと顔を合わせる。

 今度は、なんともう一人いる。

 そりゃそうだ。怪しい奴が二回逃げたと思ったら、また戻ってきたんだから。


 追加でやってきた女の人は、この町の保安官、所謂衛兵さんだ。遂に衛兵事案だ。

 流石に密入国の疑いとあっては門番さんだけでは対処出来ないということらしい。

 なお、この二人は幼馴染だ。二人ともこの町が村だった頃からずっとこの町で一緒に暮らしているが、お互いにパートナーがいるので今は親友の立ち位置なのだ。

 子供の頃はお互いに意識もしたが……


 ……なんでこんなに詳しいかって? 全てアルル様の受け売りです。

 絶対に今は必要の無い情報まで仕込んで頂けました。

 予習はバッチリだぜ!


 それはともかく。


「よう、よく戻ってきたな」


「申し訳ありません。また急用で」


「まあ、戻ってきたってことはそうなんだろうけどな。危うく指名手配モノだぞ? せめて一言言ってから行けや」


「申し訳ありません」


 さあ、ここまではOK。

 ここからが勝負所だ。


「で? 身分証、入町料、入国税の件なんだが」


 来た! アルル様の予想通りだ。

 ふふふ、想定内なのだよ。バッチリ仕込まれているともさ。


「実は、身分証を島に忘れてしまいまして。船内で申請して、港で入国税を収めては来たんですけど、港の窓口でのいざこざに巻き込まれかけまして。あ、窓口の件は連絡来てますよね? それで西側の岩場に入ってから仮証をまだ受け取っていないのを思い出して、慌てて戻ろうとしたら道に迷ってしまって。あそこの岩場、方向感覚とか分からなくなるんですよねー。それで彷徨ってたら森が見えたので、地図で確認して近くにこの町があると分かって、それならいっそ町まで来て事情を説明した方が早いかな、と。正直、体力も限界で食料も尽き、道端の草で飢えを凌いでいたので。そのせいで腹の調子もおかしかったですし」


 自分で何言ってるかさっぱり分かってないが、神様仕込みの嘘だ。

 嘘尽くしで罪悪感は半端ないが、正直本気で体力も精神力も限界なので、お許しください、神様。

 いや、その神様仕込みだけども。


「……筋は通ってるな。おい、どう思う?」


「うーん。あたしもおかしいところは無いと思う。確かに港の件は聞いてたし、何人か巻き込まれて逃げたまま戻らなかったとは言ってたからね」


「まあ、そういうことならな。あり得なくはないことだし……お、それじゃあ地図はあるよな?」


 ふふ、抜かりないのだよ。

 俺は男性の門番さんに手招きをし、耳打ちで「実はさっき使ってしまって」と小声で伝えた。

 それからちらりと女性の保安官さんを見て、恥ずかしそうに顔を背けた。

 自分で何してるのか全く分かってないけど、神様仕込みだ。


 案の定、門番さんは「ああ!」と納得した表情で指で小さく丸を作り、OKサインを出してくれた。

 何度も言うが、俺には何から何までサッパリだ。

 何がOK?


「いやあ、大変だったな。それじゃあ入町料の銀貨二枚でいいぜ。あるかい?」


 俺は鞄から()()()()を取り出し、門番さんに渡した。

 門番さんは保安官さんにそれを渡し、保安官さんが門の向こう側へと持って行った。


「お疲れさん。これで手続きは終わりだ。今の女の人が戻って来たら、宿まで案内するからよ。仮証は明日の朝に宿に届けに行くと思うから、今夜は宿から出ずに我慢してくれな?」


「はい、お手数おかけしました。ちゃんと分かってますから、仮証も無しにウロついたりしませんから」


「いやあ、若いのにしっかりしてるな、兄さん。その若さで大変だったな。今日はゆっくり休むんだぞ」


「はい、本当にクタクタです。宿どころかベッドから出ずに朝になると思います」


 はい、ちゃんと分かってません。

 仮証って何?

 最後のセリフだけは本音だけどね。


 門番さんがガハハと笑っていると、門の向こうから保安官の女性が戻ってきて、俺を案内してくれると言った。

 門番さんに再度お礼と挨拶を言うと、門番さんは思い出したかのように急に姿勢を正し、少し芝居掛かった言い方で俺に告げるのだった。


「ようこそ、辺境の町バーバムへ! 何も無いところだが、是非ゆっくりしていってくれ!」



 その言葉を聞いた後から、記憶が朧気だ。

 漸く町に入れたんだと実感したことで気が緩んで力が抜けたのか。

 ここまでの疲れもあってだろう、視界がぼやけ始め、フラフラしてきた。

 その異変に気付いた保安官さんに肩を貸してもらい、朦朧としながら、もう少しだから頑張ってと励まされて最後の力を振り絞って歩いた。

 どこをどう歩いたかも分からないまま宿屋に入り、保安官さんの「手続きはやっておくから」という言葉に甘えて案内にただ従って部屋へと入り、保安官さんに促されて着の身着のままベッドへダイブした。


 町行く人や宿屋の人の()()を気にする余裕も無く、アルル様に門での会話の意味を問いかける気力も無く、そのまま強力な睡魔に襲われ、意識を手放した。


 こうして、俺の異世界での一日目は終わったのだった。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『まあ、今回だけは特別ということで』


【特殊発動による《役者(アクター)スキル》の適用を解除します】


『ありがとう。ご苦労様でした、()()()()()()


 それは女神アルルの独り言か、それとも《世界の声(メッセンジャー)》への語り掛けだったのか。

 まさに、“神のみぞ知る”である。

 それは、アルル本人しか知り得ぬこと。


 饒舌な(うそぶ)きが自身の力によるものではなかったことなど露も知らず、咲也は深い眠りに就いていたのだった。



 --------------------



 現在の保有ポイント:

 592


 累積ポイント:

 50586+6=50592

 (次の特典まで 408P)



最後のポイント表記は、これからも気まぐれに書くことがあるかもしれません。

日常で都度、加算される設定なのであまり当てにしないでいただけると助かります(汗


明日も投稿します。予定では13~15時を考えていますが、変更(19~22時)の場合もあり得ますので、あらかじめご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ