第84話 ツアーと書いてデートと読む?
本日もよろしくお願いします。
「お、お兄さん? もし良かったら、ここの群島をツアーで巡ってみませんか……?」
そんな勧誘の声を掛けられ、声の主を探して振り向くと、そこには一人の女性が――――
……
……
……
「あ、あの~?」
……
……
……
――――か、可愛い。
正直、一目惚れだった。
え? なに? 俺に言ってるんだよね? 可愛い!
「お、お兄さん? 聞いてます?」
「は、はい? 聞いてますよー、もちろん! ええ、聞かないわけがない!」
「は、はあ」
『咲也さん、落ち着いて。かなり気持ち悪いことになってます。彼女に逃げられる前に、軌道修正して』
か、彼女? いえ、まだ告白にゃんてしてないッス!
『駄目だこりゃ。ええと……このままだと、その可愛い女の子に「うわ、キモ!」とか言い捨てられて、碌に話しも出来ないまま唾吐かれるかもしれませんけど、それでもよろしいですか?』
よろしくないわ!
ふう、ヤバいヤバい。完全に自分を見失ってたな。
アルル様グッジョブ! ありがとうごじゃいましたっ!
『まだ、微妙に冷静さを失ってるような……』
とりあえず彼女……クフッ。
いや、彼女に向き直り、冷静に話を聞くように心掛けた。
心はいつも紳士。だって、男の子だもん!
「それで、どうかされました?」
「い、いえ、ですから、私、この群島のツアーを紹介しておりまして。もしよろしければ、話だけでもどうかなーって思いまして……」
「参加します!」
「そ、そうですよね。声かけてから気付いたんですけど、お兄さん、まだ若いですもんね? それなりに金額も掛かっちゃいますし、ごめんなさい、足止めしちゃって」
「参加します!」
「は、はい、ありがとうございました。貴重なお時間を……」
「参加します!」
「……あ、あれ?」
彼女は、急に真顔になり、首を傾げて考え込んだ。
うわ、真顔も、首を傾げた姿も可愛いわ。
ヤバい、ドキドキがノンストップ!
「す、すみません。私の聞き違いですよね? 今、「参加します」って聞こえた気がして……」
「参加します!」
「や、やっぱり言ってた!?」
「参加します!」
「こ、壊れた魔法蓄声器!?」
うわーい、彼女にツッコんでもらえた! もう、思い残すことは無い!!
……そろそろ、流石に自分でも「気持ち悪いな」と冷静さを取り戻し始めた。
ちょっと興奮してたな。反省しよう。
「あ、あの、落ち着いてください。先ずは、冷静に話を……」
思いがけない反応だったのか、オロオロと困った顔をする彼女も可愛……ではなく、困らせてしまったようなので軌道修正を図る。
というのも、何も彼女に惹かれたから即決で参加表明をしたわけではないのだ。
一番の理由……は、正直、彼女が可愛かったからだが、まあ二番目の理由が、アルル様からのミッションがドンピシャで当てはまっていたからだ。
確実にこれだ!と思ったね。
「ああ、ごめんなさい。ちょうど、そういうのがないかなーと探していたもので。運命的な……いや、にゃんでもありません」
「は、はあ。そんなこともあるんですね。そ、それでは、少しお話しましょうか?」
やたーっ!
俺は意気揚々と飛び跳ねるのを我慢し、心の中でガッツポーズを取った。
冷静さを忘れないように注意をし、「それじゃあ、どこでお話しましょう?」と紳士な対応を心掛けた。
真摯な紳士、素敵な大人だネッ!
俺は正直に、この国に来たばかりで、しかも初めてだから詳しくないと告げた。
正直さを大切にし、信頼関係を築くところから始めなければなるまいて。
彼女は、そんな俺のために、小さな喫茶店のような場所へと案内してくれた。
先ずは、大人な対応で、彼女をリードしよう。
「マスター、彼女と俺に、カフェ・エーッスプレッスォを二つ、いただけますか?」
「はあ? そんなものねえよ! 冷やかしか!?」
「ええ!? ご、ごめんなさい、彼と私にミルクティーを二つでお願いしますっ」
彼女は、必死に頭を下げて、何度もごめんなさいと謝っていた。
女の子に恥をかかせて、謝らせてしまった。最悪だ。
もう終わった。死んだ。死のう。
「そ、そんなに落ち込まないでください。この国のこと、知らなかっただけですよね? エ、エーッスプレッスォというのは初めて聞きましたが、この国には無いだけだと思いますので、気になさらないで、ね?」
おお、天使だ、天使がおる。
こんな女の子に恥をかかせるようなゴミクズをも笑顔で許してくれるとは、あなたは神か? 神なのか?
『神は私です』
はい、そうでした。
落ち着けってことですよね?
申し訳ございません。調子に乗ってました。
今度はマジで反省します。
「ごめんなさい、浮かれてました。あなたにまで恥をかかせてしまって……」
「だ、大丈夫です。全然気にしてませんから。それより、咄嗟にミルクティー頼んじゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
「はい、ありがとうございました。大好物です」
そうして冗談っぽく言うと、彼女は初めてクスリと笑ってくれた。
おっしゃー!と心の中でガッツポーズを取る。
「そ、それでは改めまして、この国でツアーガイドをやっている……やっています。早速申し込むと言っていただけましたが、先ずは説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
全力で、頷く。
そうして、運ばれて来たミルクティーを飲みながら話を聞いたのだが……
……ちょっと待って、このミルクティー、かなり乳臭いんですけど?
大好物と言った手前、顔を顰めるわけにもいかないし。
まさかこんなところに試練があるとは。予想外デース。
「ま、先ず、既にご存知かもしれませんが、この国の全体像から入らせていただきますね? この国で居住可能な十分な大きさのある島は、全部で二十二あります。その中で一般人が立ち入れる島は、入国審査のための北西のアプラ島と南東のオクトロス分島含め、二十です」
彼女は、幸いにも俺の顔色には気付くことなく、淡々と説明を始めていった。
俺は、そっとミルクティーの器をテーブルに戻し、もう手を付けないようにしようと心に誓った。
そして、何食わぬ顔で彼女の説明に耳を傾けるのだった。
「つまり、その二つを除くと、観光で巡ることが出来るのは十八なんです。この地図のここ、一番大きい島であるオクトロス本島は特別な許可無しには入れないので、これも除くと……十七の島が対象なんです。わ、私のご紹介するのは、この十七の島を、私のガイドで回りませんか?というものでして……」
「なるほど、こんなに沢山あると、船の時間やルートを調べるだけでも一苦労ですもんね?」
「そ、そう! そうなんです! そこが売りなんです! こう見えてもこの国には詳しい自信がありますので、お客様の手間を省いてさし上げようという……」
「……ちょっと、待っていただけます……か?」
「えっ!? な、何かお気に召さない点が……?」
俺の聞き間違いだろうか?
彼女は日本で言う旅行会社の営業担当のようなものだと勝手に思い込んでいた。
だが、もし彼女が個人で全て取り仕切っていると仮定したら、とある可能性が浮上するではないか。
「……今、私のガイドって言いませんでした?」
「え? え、ええ」
「つ、つ、つまり、あなたが直接、ガ、ガイドを……?」
「は、はい……」
十七の島を、彼女のガイドで巡れる!
こんな幸福な旅があって良いのだろうか? いや、ない!
思わず、歓喜の雄叫びを上げてしまうほどの興奮が襲って来た。
「うおお!!」
「ひい! ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「うるせーぞ! 騒ぐなら出て行け!」
店主さんに怒鳴られ、流石に今回は俺が謝った。平謝りだ。
もちろん彼女にも。怯えさせて申し訳ない、と。
彼女は必死に「そうですよね、こんな頼りないガイドじゃ、嫌ですよね?」と頭を下げ返していたが、違う、そうじゃないんだ。
むしろ、そこがいいというか……じゃなかった。
「いえ、違うんです。こんな可愛い人にガイドしてもらえるとは思ってもみなくて、嬉しくてつい……」
あ、やべ。
し、しまったーー!? つい、本音を言ってしまったーー!!
引かれるかな? 引かれるよね?
今度こそ、終わったか……?
そう思ったのだが、彼女の受け捉え方は俺の想定とは違っていた。
「そそ、そんな気を遣ってお世辞を言っていただけるなんて、ありがとうございます。で、ですが、私みたいな者に可愛いなんて、あまりに不釣り合いな言葉で……」
おやあ? 彼女、本気で言っているのか?
自己評価が低いのか、それともコンプレックスでもあるんだろうか?
こちらの世界の基準は分からないが、誰がどう見ても可愛い部類に入ると思うんだけどな?
「えっと、どうみても可愛いですよ? かなりモテるのでは?」
「ななな、無いですよ! こんなんですし、未だにお付き合いの一つすら……告白も、するのもされるのも全く無くて……って、な、何を話しているんでしょう、私は!?」
彼女は顔を赤く染め、両手で顔を覆い隠して照れていた。
可愛過ぎて、俺、死にそうです。これがキュン死ってやつか。
それにしても嘘だろ? 俺が十人、いや、千人いても、千人とも可愛いと言うし、なんなら千人とも告りたいぐらいなんだけど。
本当に、こちらの世界の人たちにはハマらないタイプなのだろうか?
そう思って店内の男性陣を見回すと、確かに彼女の言う通りなのか、誰も特別な関心を抱いてはいないようだった。
俺が奇行を繰り広げたせいで若干の注目は浴びていたが、彼女を異性として意識するような視線は感じられない。
どうやら本当に、俺にとってタイプの女性だっただけのようだ。
うーん、信じられん。
「と、とにかく、そんな感じなんですが、最初に言った通り、それなりの金額が必要になります。船の利用料は一回銀貨三枚から五枚程度を想定していただいて、島内の移動とガイドの手数料など含めて、移動だけでも最低金貨一枚程度が必要です。その他に食費、宿泊費などもかかりますので、失礼ですがやっぱりお兄さんには無理が……」
「大金貨一枚で足りますか?」
出任せだと思われないように、鞄から取り出した現物を見せる。
「き、貴族様!?」
「いえ、庶民です」
こんなところで頭を下げられても困るので、即座に否定しておく。
だが、やはり庶民がこんな大金をポンと出したら、おかしいよな。
さっきとは違う意味で店内の客の注目が集まってしまっているし、後から失敗したと気付いた。
「もし参加するとなったら、出発はいつですか?」
「え、ええ!? えーっと、お客様のご都合に合わせますので、いつでも構いませんけど……?」
「え? そうなんですか? それなら早いほど助かります」
「で、では、明日の始発便……いえ、今日の最終便の乗合馬車でスタート、というのはどうですか?」
彼女、ここで勧誘はしているものの、拠点は他の島にあるのだそうだ。
故に、なるべくすぐに動けるように必要最低限の物だけで移動しているので、その荷物を取って宿を引き払いさえすれば、迅速にガイドを始められるという。
「じゃあ、それで!」
「ほ、本当にいいんですか!? こちらから声を掛けておいてアレなんですけど」
彼女は驚いていたが、アルル様のミッションも関係しているし、このツアーの参加者の中に商人さんの時のような何か意味のある人物が含まれている可能性があるのではと考えた。
彼女以外にもツアーを紹介する人というのはいるのかもしれないが、タイミング的にどう考えても彼女のだよな?
参加を確定させ、小声で彼女に、大金を出してしまった失敗のせいで注目されていることを打ち明け、店を出ようと相談した。
同意を得てすぐに店を出て距離を稼ぐが、誰も尾行して来てはいなかったので胸を撫で下ろし、改めて今後の予定を打ち合わせる。
「そ、それでは、荷物を取ってきますので、後ほど門の前で待ち合わせましょう」
「はい。他の参加者の方たちは、何人ほど?」
「……え? お、お兄さん一人に決まっているじゃないですか」
「……ん?」
固まる俺を尻目に、彼女は荷物を取りに行くため走り去って行った。
その後ろ姿は、仕事が決まった嬉しさからか、軽やかだった。
だが、そんなことは些細なこと。俺の脳は、現状を理解し切れずフリーズしていたのだから。
俺の最大の勘違い。
それは、このツアーが団体ツアーだと思い込んでいたこと。
彼女一人で赤の他人同士の複数人を管理するなんて、出来っこ無い。少し考えれば分かること。
現代日本のような管理の行き届いたものを想像していいはずがないというのに。
そして、現実に起こっている出来事に、漸く俺の脳が追い付き始めた。
これはつまり、申込者一名にガイド一名が付きっ切りという形のツアー。
団体ではなく、おひとり様限定のツアー。
俺と彼女、二人だけの、ツアー。
ドッと、滝のような汗が流れ出す。
それは興奮故の発汗か、なにかの冷や汗かは分からない。
だが、今、一つだけ分かっていることがあった。
これは、ツアーではない! ツアーと書いて、デートと読んでいい!
つまり、ツアーだ!
なにせ、二人っきりなのだから!
『今日は、終始気持ち悪いですね。引くわー』
そんなアルル様の声も聞き流すほど、俺のテンションは天井知らずに上がっていたのだった。
次話は午後から投稿予定です。
どうぞ、よろしくお願いします。




