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第82話 マナを感じてみた

本日もよろしくお願いします。


 異世界生活三十六日目。

 朝、目覚めは良好。だが、疲労回復促進のスキルがアップグレードした実感が湧くかと言われると、そうでもない。

 まあ、元々が微妙な効果だったようだし、それがアップグレードしたとは言っても、取得したてならこんなものか?

 アルル様の話の通りなら、熟練度とやらを貯めていくうちに効果も上がるようだし、気長に期待して待っておこう。


 今日の夕方近くには、目的のクリリクリンミュイという島へと到着する。

 それまでは昨日に引き続き暇なのだが、ポイントカードは昨日チェックしてしまったし、今日は双子に教わった技の練習と、魔法の練習をやってみることにしようかな。


 甲板の一角で、ウォーミングアップの後に技の練習を始める。

 だが、強い踏み付け――――震脚(しんきゃく)踏鳴(ふみなり)と呼ばれる――――による振動や音は意外と響くみたいで、他の客の迷惑になる可能性があるので控えることにした。

 仕方ないので、技の練習は筋トレとイメトレで我慢し、魔法の方を重点的に頑張ることにする。


 早速、以前に居合わせたおばちゃんたちに教わったことと、ハピネイルの町で買った「これで君も魔法が使えるブック」を頼りに、魔法の発動と修得を目指して試行錯誤してみる。



・先ずは、周囲のマナを感じること


 ……うん、分からん。


・次に、自分の内を流れるマナを感じること


 ……やっぱり分からん。


・そして、その流れを感じることに集中して


 ……だから、分からんて。


・自らの内のマナを動かしてみて? はい、出来ましたね?


 ……うん、無理だね。



 そもそも、マナを感じるという第一段階がよく分からないので、いつまで経っても先に進めないのだ。

 いつも頼ってばかりで情けない気もするが、今回も「教えてアルル先生!」を頼るとしよう。


『べ、別に頼られたって嬉しくなんかないんだからねっ!』


 テンプレなツンデレセリフだ。

 だが、構ってほしいようなことも少し言っていた気がするから、強ち完全に演技とも言い切れないか?


『そ、そんなわけないでしょっ!? 馬鹿じゃないの!? 死ねよこの〇〇(ピーッ)野郎!』


 照れ隠しがキツ過ぎる! 怖いよ!


『さて、お遊びはこの辺にして、咲也さんの場合はこの世界の人々と違ってマナに親しみある生活をしてこなかった所為もありますからね。余計にマナを感じにくいのは、致し方無いでしょう』


 急に真面目な話になると、頭が追い付かないんですけど。

 それで、マナを感じ辛い俺は、どうしたら?


『今日のところは、先ずは瞑想でもして、大気中のマナを感じる訓練をしてみましょう。合間に休憩代わりに例の筋トレとイメトレとやらをやれば、バランス良く行えるでしょう』


 瞑想? それって、お寺とかで座戦を組んでやる、アレのことですか?


『はい。精神修行ではなく、精神統一するという意味でですが。最初は私が先導しますので、きっかけを掴むことが出来たら、あとはひたすら集中して感覚を掴めるよう続けてみてください』


 分かりました。よろしくお願いします。


 アルル様の指導の下、やってみることにした。

 座禅ではなく、楽な姿勢でいいと言われたので、普通に胡坐をかいて座る。

 目を閉じ、アルル様の声に耳を傾ける。


『普段、大気中の成分など意識することは無いと思います。ですが、それは確かにそこに存在しています。先ずは、イメージして、それらを感じてみてください』


 大気中……窒素、酸素、二酸化炭素とかだっけ?

 拙いながら、イメージでそれらを思い浮かべてみる。

 自分の呼吸で、それらが口から取り込まれ、吐き出されていく。

 とは言っても目に見えない分子レベルのサイズをイメージしているから、なかなか難しい。


『その中に、生きる上で特に必要不可欠なものが混じっています。酸素です。それを意識してイメージしてみてください』


 そう言われても、分かるわけがない。

 だが、イメージは出来る。酸素だけに色を付けるように、ピックアップして思い浮かべ、呼吸をする。


『そして、ここからが本番です。あなたも、転生の際にこちらの人たちと同じようにマナを取り込める体になっています。なので、酸素と同じようにマナを取り込むイメージで、感じようとしてみてください』


 言われるがまま、今度はマナとやらにも色を付けて、思い浮かべる。

 そこにあるものだと信じて。


 ……


 …………


 ………………



 何か、感じ取れているような気が……?


『目を開けると、そこには、一糸まとわぬ姿の、わ・た・し』


 一糸まとわぬ姿の、アルル様が見え――――


「うおお!?」


 ――――思わず、目を見開き、奇声を上げる。

 近くにいた乗組員らしき人が、ビクッとするのが見えた。


 正直、そういうイタズラを仕掛けてくるだろうとは予想してはいた。

 だが、絶妙に集中しているタイミングで、しかも囁く当の本人の体となると、つい素直に想像してしまった。

 流石、神様。テクニシャン。


『あら、私の裸なんて見たことないくせに、しっかりと想像してましたね? 咲也さんのエッチ!』


 やらせておいて何を言う?

 てゆーか、イメージも読めるんでしたね。想像した詳細がバレているのは恥ずかしいなあ。


 じゃなくて! 折角集中してたのを、惑わしてどうするんですか!


『顔が赤いですよ?』


 ほっといて!


『まあ、この程度で集中を切らしていては、実践では通用しませんからね。雑念を払う練習も必要ですよ』


 なんか、上手いこと言い包められている気はするが、確かにそうかもね。

 ですが、先ずはマナを感じ取れないことには始まらないので、そこまでは邪魔無しでお願いします。


『はーい』


 気を取り直して、もう一度、瞑想を始める。

 一瞬、誰かさんの裸体が頭を過ったが、それを払いのけ、マナを手繰る。


 空気中に漂う、マナ。

 目の前の空間に満ちる、マナ。

 湯煙に包まれる、アルル様。

 俺の体にも存在する、マナ。


 途中におかしなものも混じるが、集中を切らさず、マナを手繰る。


 ……


 …………


 …………………







「……きゃ……さん。お客さん。もうすぐ到着なので、中でお待ちいただけます?」


 乗組員に声を掛けられ、ハッと目を覚ます。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 慌てて立ち上がり、船内へと戻る。


 結局、筋トレなどは出来ず、時間いっぱい瞑想で終わってしまった。それでも、結局まだ、マナを把握出来はしなかった。

 難しいなあ。何か掴めそうだった気もするが……。

 まあ、いいさ。焦ることは無いし、また時間のある時に挑戦してみよう。


 そうして俺の乗った船は、無事にクリリクリンミュイの港へと到着したのだった。




  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 水墓。

 この国、元を辿れば、国になる前はこの一帯に住む原住民たちが、紡いできた葬送の文化。

 ここ、クリリクリンミュイという島には、その水墓は無い。

 あるのは、水墓を司り、儀式を取り仕切るための祭壇や本部のみ。


 そう、この島は、「水墓を司る地」と呼ばれる最も重要な島なのだ。

 こんな遠方の地が最も重要な役目を担うの?と疑問に思うが、その辺は異文化の不思議。


 そのへんも含め、明日はこの地を観光する予定でいる。

 今日はもう日暮れなので一泊するとして、明日の予定も立てなければ。



 だが、それよりも気になることがあり、俺はある本を手に取っていた。

 後回しにしていた「古代魔法研究と失われた時代の魔法に関する考察・前編」という本を。


 創作かもしれないが、神に至るほどに魔法を極めた魔女がいた。

 モンスターを纏めて封印するような大魔法が、かつて存在した。

 水墓の地を覆う、魔法の結界が張られている。

 魔法の動力で動く船がある。

 

 一般人でも買える魔法に関する本がある。

 魔法書には、火魔法や水魔法も載っていた。

 そこいらにいるおばちゃんですら、魔法の知識は持っていた。

 確かに魔法は存在する。


 なのに、これまで一度も、魔法を使って戦う姿は見ていない。

 武器を使って戦う姿ばかりだった。


 別に、おかしいわけじゃない。たまたまかもしれない。

 けれど、何か感覚的に引っ掛かるものがある。

 それが何なのか分からないが、その手掛かりでも掴めないかと思い、この本を再び手にしてみたのだ。

 小難しい文章に手古摺りながらも、読み進めて行く。気持ちが乗っているためか、以前ほど苦ではない。


 そして、俺の求めていたものが、そこにはあった。



[――今に至るまでの長き時の中で、古代魔法から脈々と受け継がれ、扱い易く改良されてきたはずの魔法体系の一部に、不自然な欠落が認められる。研究を続ける中で同志たちとともに辿り着いた古代魔法の一端から推測するに、本来ならばもっと古代魔法の利点を残した形で――――]



 その「不自然」という言葉が、とてもしっくりと来た。

 感覚的なことで上手く説明が出来ないが、()()()()()()不自然に感じているのだ。


 まるで答えを探すように、その先も読み進めたのだが――――



[――――後編に続く]



 ――――核心に触れられぬまま、本は終わってしまっていた。


 この本の内容を要約するなら、現代とは異なる古代の魔法があったのは確認されているのだから、現代魔法の成り立ちを遡って行けば、その先で古代魔法に辿り着ける可能性がある、そう思って研究していたら、不自然にその成り立ちが欠落した時代の痕跡が見つかった、という感じだった。


 まだ魔法の魔の字にすら届かない俺ではあるが、このモヤモヤする感覚は気持ちが悪い。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()ような。

 マナを感じるための瞑想をしてからだろうか、何故か、引っ掛かる。


 その答えを求めるわけではないが、世界一周の旅の間に、この本の後編を探すという目的も追加されたのだった。



次話は6月30日に投稿予定です。

日程が確定していないため時間は未定ですが、遅くとも20時までに投稿します。

日程次第で前倒しもあるかもしれません。


どうぞ、よろしくお願いします。



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